バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

僕はあなたが好きなんです3

♢♢♢

「お時間を割いていただき、感謝します」
新規でアポを取った先で自己紹介をすると一笑された。

「伊達男が来たものだ。美麗な営業マンかね。さて、手腕は如何ほどだろうて?」
器量で名を通す腑抜けと思われたく無い。ここは強気で圧したいが、高慢な相手だ、わざと少し遜り(へりくだり)もしてみよう。
「貴社の華やかなイメージに沿う、艶やかな色彩と存じます。顧客満足度に貢献可能と読みます」
お、表情が崩せた。少し口角が上がったぞ。
そして、外垣がフォローするように提示価格は下げないが納期は短縮できるとちらつかす。社内での連携があってこそ言える。

「真面目で背筋正しい営業担当だ。これは失礼した。業務に真摯だ、容姿ともども中身があるものと見たぞ。包材をいただこう。今後とも顔を出すように」

エレベーターが閉まりきるまでお辞儀を続ける、この様子を見ていた総務担当から事務用品は無いかなと引き合いもあった。意外な場所で次へ繋がる。

社内用スマホも着信し依頼を受けつつ『来月、うちのお店でちびっこ運動会が催されるんだが騎馬戦で出れないかなあ?』まずい。親に言われて激しい運動は控えて来た。プールさえ入ったことが無いし、バレーとバスケさえも。もしも取引先で倒れたら全社に悪影響だ。
すると外垣が単独で出向くと言い出す。助かった、首の皮一枚。取引先との親交は密にしたいところだからな。
本当に、俺を守ってくれるんだ。

「ありがとう、頼む」
「何のこれしき。仕事ですから」
あ、また着信だ。最近、目まぐるしい。

『五辻くーん。今度、お食事会しないかい? えびの水餃子が得も言われぬ美味なお店』
通常なら、俺たちが接待せねばならぬ。だがお誘いならば断わる理由が無い、むしろ失礼。

「お心に掛けていただき、感謝します」
『まあ、そう固く成らずに』
餃子のお店なら使い捨ての割りばしだろ、どこから仕入れて居るか尋ねて食い込むか。
「弊社の外垣とお邪魔します」勝手に決めた。
「先輩、僕にも都合を聞きましょう」
悪い。
「いつですか? あぁ、ほら聞いてない」
こちらからお尋ねするのもおかしいと思い、案件を作り上げて「七夕用の打ち合わせ」と切り出してから日時を確認。
「外垣とお邪魔します!」
「先輩、僕に聞きましょうっ。どこまで驕り高ぶるんですか。しかも急ぎすぎ。あなた、明日にでもお空へ行くんですか? 冷静に、落ち着いて下さいっ」

最近、多忙だからか。しかし、常に外垣の存在が頭にあるなあ? 側に居て当たり前・セット感覚だ。どうしてだろ。

取引先での受注を獲得して、外垣とランチを取る。時間に余裕があったので、桜鯛とあさりがメインのダッチオーブンで焼いたパエリア。見目も良いし、あさりの風味が利いて見事なものだなあと、いただく。
「先輩は品がありますよね、空腹でしょうに慌てず咀嚼される」
食べるところを見られるのは。まあ、いいや。
「生き急ぐから、かきこむかと思ってヒヤヒヤしました」
ダッチオーブンだから、そんなことしたら舌がやけどする。



「食事の仕方に、人の本来の性格が出ると思うんです」
そう?
「五辻さん、技術を得た医者には医者の所作があると思います、あなたにも長い年月の習慣が今日に現れて居るのですよ。オーダーの前に、僕に『貝は食べられるか?』とお尋ねに成った。面倒見がいい反面、笑顔で居ないと傲慢と取られがち」
前にも似たようなことを言われた。お坊さんには香木の香りがすると。

「食物アレルギーマイスターだそうですね、お兄さんから伺いました。お母さまのためだけで無く、お兄さんでしょう」
隠せないと思うから「郁はED治療薬の副作用で鼻血が出たことがあるから、アレルギーのメカニズムを知り、ステロイドと生活習慣の見直しを学んだ」と話す。この資格では生活ができないのもあり、スーツを着たという経緯の1つもあるが。

「あなたは20歳までしか生きられ無いと宣告されたから、生き急いで居たと思うのです。言動の荒々しさの所以です。でも、安堵して下さい。生涯をともにすると固く決意したものが寄り添います」

凄くいいことをいってくれるけど、引っかかる。
「自分のことでは無いだろうな」
「驕り高ぶる先輩。僕はいつまでもあなたの側にはおりませんよ?」

あ、そうなの? 少し動揺する、急に引かれると自分が嫌われたかと焦る。もとよりA1ランク大学卒の学歴を持つ優秀な子だ。

「あなたを安心させます、僕を道連れにして下さい。添い遂げます!」
何なの。
「僕はあなたの補佐が心地よいのです。男なので職位を得たいとも思いますが、応援して居る人が頂を目指す。その背中を追いかけて行くのが生きがいと感じるんです」

謙虚なんだな。俺には無いものだ、天を仰ぎ地に伏す心掛けが叡智を生むと悟った。外垣が聡い訳を知る。
かつて、郁が俺に説いた『謙虚』をようやく咀嚼していけそうだ。

「パエリア、二人分ですか? やけに多く思えましたが鯛のせいでしょうか。香りで食が進みます」

外垣の食べる様子がいいと思う、美味しそうに食べて居るからほほえましい。まさかこいつが俺にセクハラして居るなんて、自分の記憶すら疑う。

「五辻 英さんもお兄さんも、歯列が整ってますよね。営業職はそういうところも観られると思います。歯が欠けて居るだけで生活の在り方を問われますもの。ご両親に感謝ですよ」

うん、やはり夢幻。俺の臀部がどうとか下着は何だと迫り来るものは幻想だ。スマホでも。

……セクハラLINEを見てしまう。既読なのが悔しい。

「先輩、フォンダンショコラをシェアして食べませんか? 頼んでいいですか? ん、どうされました。僕が『ふうふう』して差し上げますから、熱くても食べれますよ」

おまえ、もう! 可笑しいぞ!




会計を済ませて社用車へ戻ると外垣が口臭ケアタブレットをくれた。スパイスが利いて居たからな、この気配りが助かる。
「本当にあなたに出会えて良かった。僕は、もう淋しくない。目標予算達成及び過去の実績を超えると言う目標へまい進される・あなたを追いかけることが生きがいだからです」

……何かあったんだろうなと察するが、誰でも淋しいんだ。だからSNSが流行るのか、あの人も言ってたな、でもやめたと。そうか、淋しく無いし嘘にまみれるのには疲弊したからだ。身近な声に耳を傾けたい、そう思ったのなら俺も共感する。そう、俺もあの人に出会えて学べたし、外垣と知り合えてよかった。

人それぞれ見方や考え方が違う。人を見ることだ、ようやく俺は理(ことわり)を知れるように成れたのかも知れない。肩の力が抜けていく。やっと、楽に成れた。

「五辻さん。我を俺様と思わずば、急転直下して大安楽日を迎えます。驕り高ぶるあなたを諫める役割を担い続けます」
時々まともなことを言うんだよな。

「うち、寄る?」
「喜んで!」
笑顔だなあ。
「お着換えされますよねえ? それこそ生きる醍醐味です」

このとち狂いめ、欲望が表情に出て駄々洩れだ。弾ける笑顔に隠せぬわだかまり。貫く視線は間違いなく俺をスーツの上からしかんして脳内で蹂躙して居る。狂気の沙汰だ。とめどない性欲、

そうか、ランチを食べさせ過ぎて満腹だからかっ。

絶望の鐘が鳴り響き、黒い羽根の天使が高らかに嘲笑う。カラスが啄む(ついばむ)、背筋が凍る。だが屈しない。

「念を押す。そういう誘いでは無い、話をしてみたいなと思って」
「先輩、お尋ねしたい案件がございます。お答えしづらくとも勇気を出して下さい」
なに?
「不能ではございませんよね。僕が誘っても乗らない理由をお聞かせ下さい。まさかのEDですか? お兄さんと同じで。そんな、先輩、まさかですっ」
足を踏み鳴らすな。おまえがふざけていると思うから……不意に肩を掴まれたので瞬時に腰を抱き寄せてキスをした。唇を舐めて割らせ、舌先を入れると絡めてくるが、体が戦慄く。矢張り、うぶだろ。可笑しい。
「ああ、慣れておられる」
「何だか……」

おまえのほうが艶めいて見えるんだけど気のせい? 元々、幼げ残した顔立ちだし、そこに色気が加わると誘って居るのが一目瞭然。
本気なのかな。頬を撫で上げると、目を丸くしつつその手に重ねてくる。ストレートの髪が風に吹かれて切なげな表情を際立たせてる。あ、こんな顔をするんだ。初見だ。

「先輩のパーマの髪、揺らいで居て奇麗です。本当に小顔ですね、このまま散りそう、儚げで」
甘い声音だな。

「あなたに出会った時期、ぼたん雪が降って居たんです。その雪にさえ溶けそうで、なんて儚くて奇麗な人が居るんだろうと思いました。覚えてますか? あなたは僕と雪に埋もれたんですよ」

えっ? 聞けば雪道で慣れぬ革靴の底を滑らせた外垣に俺が手を差し伸べたが、俺も滑り、互いがもつれ合い腰を抱いて上手投げが決まり、脇へどけてあった雪の塊へ突っ込んだらしい。

ああ、そうそう。それで注目されて、俺と外垣が組むことにされたんだ。「気が合いそう」と上司が豪快に笑って。あの頃は、まだ名前も覚えて貰えぬ営業担当だった。まさに埋もれた中から、外垣のお陰で抜け出せた。

「僕は叱咤されると思い、詫びようとしたのですが」
うん?

「あなたは凛と立ち上がり、そのアッシュブラウンでカールの髪に絡む雪にかまわずコートを払い、革靴のセンターに付いた雪を見て『零れ梅だ。春の兆しだな』と僕に微笑んでくれたんです。素敵な笑顔でした。見栄えのする、絵になる人だと感じました」

……どこのスーパースターだ。映画のように奇麗すぎて妄想の悪寒もするが、そんなこともあったのか。

「僕から挨拶した際もフルネームで名乗って挨拶を交わしてくださり、その時に名前を覚えました。他の社員の方は名字だけでしたのに、あなたは下の名前も仰られたたので、印象が良くて、覚えようと」

ああ、こいつもフルネームで返してきたんだった。だから覚えた、外垣 理(のり)。律儀な子が入って来たと思ったんだ。背丈があるし。他の社員はこぞってLINEアカウントを聞いたらしいがSNSをして居ないと断られたと。ん? 俺には来るぞ? セクハラLINE、いつ交換したっけ。

「あなたは容姿端麗ですのに目立たぬように、はしゃがぬように、努めておられたから、同僚とも組まずに単独行動・徒党も組まず爪弾きにされそうで」
よく見てたな。



「僕は入社時に背丈で覚えていただきましたが、先輩のように美麗では無く、すぐに忘れ去られました」
物珍しさだけ、だったのか。

「こういうものとは分かってます。でも、僕はあなたを看過できない。第一印象で面倒見のいい先輩に、縋りたい想いと守りたい気持ちです」
外垣が思いのたけを曝け出す、張りつめた空気に息が苦しい。
「続けざまですみません、でも、お伝えしたいっ」
絞り出す声に、軽く頷くしかなくて。

「変わりゆく社会の中で、あなたは目を離した隙に消えてしまいそうな儚さを覚えて。僕は追いかけると決めました、あなたが『辛い』と愚痴をもこぼせる相手に成りたいと。あの頃の僕ではあなたにふさわしくなかったかも、ですが」

俺はそんな大そうなものじゃない、出会った頃は会社のお荷物に成りかけで、おまえとも不良在庫の片づけに奔走した。最初からうまく行けず、まさに狩りに出かけたが獲物が来ない日もあった。それを乗り越えた、きっかけは勘違いの恋だが、錬成して吉運を得た。

「誰とも飲み歩かず、帰宅されると聞き、総務部から事情を聴きました。双子であり、共同生活だと。あなたに似た人がこの世に居る、それでもっ」
揺さぶられる。まっすぐな瞳に。

「僕に他の誰が出会ってくれても、あなただけなんです。ずっと、五辻 英さんしかだめなんです」
外垣、腹から声を出して居る。どう答えてあげたらいい。

「……許されないなら、目を離した隙に消えてしまいたいくらいでっ」

切なくて、胸を打つ。外垣の心が砕け散ってしまわぬよう、腕を伸ばす。
引き寄せて抱きしめた。身長差が無いと、顔が近い。本当は胸に抱きたかったけど首元に顔を埋めさせる。

これは、憧憬かなあ。
清らかな風が吹き抜ける。

『誰が風を見たでしょう。僕もあなたも見やしない。けれど木の葉を震わせて。風は通り抜けていく』
英国のロセッティの詩だったなあ。
ざわめきを残して駆け抜けてきた想い。外垣の黒髪と俺のカールの髪が揺れて居る、風にだろうか、想いだろ……目に見えないけれど確かな想い。



「業務では当初、不愛想でガッカリしましたが」
何て?
「僕が気付かせてあげられたらと。社内での悪意に満ちた尾ひれつき噂。美麗だから奢ってるとか。言いましたよね? 笑顔が無いと驕りと取られると」
ああ、助かったよ。なかなか気づけぬもので。
「五辻さんは真摯に業務へ挑まれますし。補佐に成れて、同行ができて嬉しいんです。でも、僕はそれだけでは……恋心を拗らせそうです」

「どうしたいの」

失言した。
しばし見つめあう。俺から行くと、躊躇するところがある。ふうん、かわいいと思った。

「とにかく帰社しよう。あのさ、俺は不能では無いからな。侮辱するな」
スマホを取り出すと、その指に触れてくる。絡めとりたいのか、それともこのまま帰社するのは嫌なのか。でも、勤務中。
「家へ誘ったんだから、そこで話をする。乗れ」
先に社用車に乗せると総務部へ連絡する。

「五辻です、お疲れ様です。今から帰社するのですが、1つお尋ねしたいことがありまして。個人情報の案件ですが宜しいですか?」
……案外、簡単に教えてくれるんだ。本人に聞くより遠回りだが、俺の読みが間違って居たらお互い不幸だからな。はっきりさせたい議題だし。

ふうん、5月生まれなんだ。



しおり