第22話 夏の夜の色
月夜見亭を後にした途端、ありすが満月を指差して、ウーが爆笑した。
「ほら見なよ」
満月に「工事中」という看板がぶら下がっている。
「なんだあの看板。あははは!」
「女王が悔し紛れに着けたんでしょ」
「ばっかみたい」
「何が工事中だよ。取り作ろいやがって。できないなら、そうと認めろよ」
……気づかなかった。さっきの四人家族もそれを見て笑っていたのか。
冷え切った夜空は澄んでんでいて、星々が瞬いている。時夫はすぐにオリオン座を見つけた。
「今夜は寒い分、星座がはっきり見えるな」
時夫は女王の侵略を防げたことでほっとして、夜空を見る余裕ができていた。
「ほら、キラキラ瞬いて……」
「オリオン座の下にあるの分かる? うさぎ座だよ」
ありすにも心なしかゆとりが感じられた。
「え~と、どれどれ」
ウーは遠くを見るときの癖なのか、右手をおでこにくっつけて前傾姿勢になった。
「あれがおおいぬ座、こいぬ座、それでふたご座……」
ありすが順に指差していく。
「う~ん、あたしちょっと近眼入っててさ」
ウーでなくても、星座の素人には、それらがなぜその形に見えるのかという問題に頭を悩ませることになるものだが。
だが、星空はまるでネオンのような輝きで三人の前に広がり始めていた。しばらくしてビカビカと各色で発光するうさぎの形がくっきりと浮かび上がる。
「あーホントだ。うさぎの形してるよ。やっと分かった」
ネオンで縁取られたうさぎや大犬、子犬、狩人、双子らが3Dのワイヤーフレームのように立体感を持った絵として夜空に描かれている。今にも動き出しかねない。
「これならあんたにも分かったでしょ」
ありすの横顔は得意げだ。無邪気に見上げるウーを尻目に時夫は怪訝な顔つき。
「な、なんだこれは」
この辺りの町が星丁目なのか、何丁目なのか。それともこれもありすの科術の一種なのだろうか。時夫には判断がつかなかった。……もう考えるのは止そう。
眩く輝く星空が、次第に青く明るくなったような気がした。中央通りを歩いて店に帰宅途中の三人は、まるで昼間のように明るい真夜中の恋文町を歩いている。いや、青空だし月ではなく眩い太陽としか思えない天体がギラギラと輝き出したのであった。これはなんだ、明るいなんてもんじゃないぜ。時夫は汗ばんできた。
「今、何時だ?」
「午前二時。丑三つ時。まだ真夜中だよ」
「……白夜か!」
そうだよ白夜なんて地球じゃ普通の現象だよ。たとえここが北極や北欧みたいな緯度の場所じゃなかったとしてもね。そして暑い。これはもう夏である。いや、おかしいだろ。
「夜の恋文町は昼よりも恐ろしい。特にこんな、夜なお明るい恋文町はね」
ヴヴヴヴヴヴヴ……。
ヴヴヴヴヴヴヴ……。
「電光鮫だ!」
ウーが叫んだ。行きに見た電撃に光るチョウザメが、ぐるりと向きを変えて三人に突進してきた。
「何匹もいる」
ウーは熱唱してうさぎビームを撃ちまくりながら、ズザザザと引き下がる。
「女王は引っ込んだけど、こいつら、自動策敵システムだよッ。くそっ、数が多い。ありすちゃん、お願い。例の科術で」
「そうね。さっきの月夜見亭の料理で、元気になったみたい。どうやら、女王のときにも使わなかった秘奥義の封印を解くときが来たようね。金時君。電柱の陰に隠れてなさい」
嫌な予感。
ありすは、数百に膨れ上がった電光鮫の大群を前にして、まるで屋台でフライ返しでもしている様なポーズを取った。
たこやきの中にたこやきが!
そのたこやきの中にたこやきが!
そのまたたこやきの中にたこやきが!
……(くりかえし)
時夫が呆れるのも当然だろう。しかし、二刀流フライ返しを持っているかのようなありすの手つきから、光る弾丸がバシバシと撃ちあがっていく。よく見ると一個一個が光るたこ焼きだ。それが電光鮫の一体にぶつかると、鮫は弾けて消えた。ありすの呪文はまだまだ続く。
たこやきの中にたこやきが!
HEY!!
たこやきの中にたこやきが!
HEY!!
たこやきの中にたこやきが!
HEY!!
ありすの科術「無限たこやき」と、ウーの「うさぎビーム」によるデュアル科術攻撃は、続々と押し寄せる電光鮫どもを次々撃退していった。「無限たこやき」はその昔ありすが、たこ焼きを作っていてタコを入れ忘れ、「いやこれはたこ焼きの中にたこ焼きがある無限たこ焼きだ」と強弁したところ、強力な科術の呪文として発せられる事を発見した、というのが始まりらしい。二人の呪文のおかしさはともかく、科術使いの二人とも只者じゃあない。それは確かだ。店に戻る前に、ありす行き着けの買い食い処「ボングー」でたこ焼きを買って帰宅した。