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「綿屋くんも地区指導に関心があるの? 少し耳に入れようかな。あの方に縋っても無駄だよ」

このお店が駅前ビルに出店した際に、地方の店舗を急成長させた実績を認められ、引き抜かれたらしい。
そこから「悲劇が始まった」と先輩がこぼした。
「売り上げ目標額、1200万円を7日で達成したんだ。駅前なんて激戦区なのに」

え、
駅前には商業ビルが建ち並ぶ。競合他社はテナントをこぞって入れている。
そんな荒波に立ち向かえたのか。
しかも単価が低いのに、売り上げたのか。

「地区指導に成られる前から、様子を見に出かけたよ。売り場のスタッフへの指導は手厚く、しかし上司である幹部には食いつく様があった」
指導者としてどうなんだ。
「言い方が悪いけど、囲われたんだ」
へ?
「あの容姿だ。手離す理由がないよ」
なんてことだ。
カジュアルな服を扱うお店で違和感のあるスーツ姿、もしや自分を守る鎧だろうか。
そこまで執着し、いいようにされるなんて、許し難い。

『綿屋碧くん、越後だけど、元気にしてるかな』
休憩時間に鳴ったスマホに動揺した。何を話せばいいのか。
『直に顔を見に行くよ。あれ、返事をしないな、音量が低いんじゃない?』
あのね。
『じゃあね』
おい! なんなんだ。
あ、でも心配してくれているのかな。献身的だな。

あなたはご自分を守らないと。
容姿に惹かれた、たおやかな立ち居振る舞いに心が揺れた。
地区指導、あなたの為に僕は何が出来るかな。



このお店の服は流行を先駆けている気さえする。
店頭に並べた直後、5日も立たずに近隣店舗がフェイク商品を売り出すからだ。
手にした一見何気ないTシャツ。夜空に浮かぶ星空が売り元から項に掛けてプリントされていて、これだけでも欲しいのに、広げると燕尾状だ。バックはお尻まで届く長さだが、正面はおへそまでの短さ。このデザイン、パタンナーは大変だろうに。それで1980円とは恐ろしい。売れて当たり前だ。

ボトムも凝っている。
アンクル丈のバルーンパンツなんて初見だ。
男子は好みがあるだろうが、流石はユニセックス。女子には受けるぞ。
これで2980円。試しに買うだろう。

女子用のワンピースも古典的だが、上品。
身長が無いと裾を引きずる70センチ丈のロングワンピース。
深緑の色合いに白いレースがあしらわれ、それにウエストを託し上げるために同色のリボン状の紐がついている。ベルト扱いだな。隙が無い。短くも長くも着れる。1枚あれば、お出かけに困らないぞ。

それにしても気になるのは小物。コンバースのフェイクスニーカー780円に混じって置かれたカバン。合皮は1500円、しかしどう見ても本革が佇む。豚の皮かな。2980円。服より高いが。
これがよく売れる。
ビジネスライクなカバンだからかな、若いサラリーマンや、学生が買う。

拘りがあるな。
しかもそれをお客が見抜いている。

このお店が繁盛する訳だよ、客層を問わないんだ。



「いらっしゃいませ、お預かりします」
レジを操作し、お包みしてお客様に両手で渡すと、時々「ありがとう」と言って貰えるのが嬉しくなった。これも励みだ。
「綿屋くん、すぐに慣れたね」
「店長、お疲れ様です。ありがとうございます! もっと精進します」
「へええ、流石は  地区指導が選んだだけあるなあ。今時の子が『精進』て言うかい」
あら。家庭で言うからな。
うちはおかしいのかな。
「親御さんの教育がしっかりしてるんだな。服を畳むのも初日から出来たし。挨拶はあれだったけど」
うう、古い傷をえぐらえた。
「越後地区指導、明日みえるよ。挨拶しなよ」
おお!
「勿論です、お礼を言わなければ」
「綿屋くんくらいだな。越後地区指導目当てでバイトに来ないの」
「はい?」
「たまにみえる越後地区指導に惚れてさ、今居るスタッフのほとんどが越後地区指導目当てだよ」
同士ばかりだったのかよ、おい。

「あれだけ綺麗だとなあ、細身で腰回りとか色気があるし」
はい? 店長?
「若く見えるし、実際まだ25だし。まるで天使だ。意義素類語心が胸を打つ」
おいこら、
「早く会いたいなあ、越後地区指導。あの方が選んだんだから嫉妬するよ、綿屋くん」
「えー」



「おはよう、お疲れ様」
晴れやかな表情で越後地区指導が来店視察だ。
久しぶりだけど、変わらぬ姿。かっこいいな。周りも惚れ惚れしてる。ライバル多し。
「じゃ、本日の売り上げ目標ね。87万」
一斉にどよめいた。12畳の広さしかないこの売り場。平均売上高が52万円、商品の値段が安いから客単価は頭打ちだ。月度目標が750万円なのにその1割を提示か。
敏腕なんだ。店長を務めていた姿が知らされる。
「いけるよね。その売上高を俺に報告して」
やさしい顔立ちだけど、人を引っ張る揚げて士気を高めるか。天使がラッパを吹くようだ。
「じゃ、よろしく」
返事を聞かない。

開店前に商品が続々と入荷したので荷受けして箱に記載されたバーコードを端末機で読み取らせる。これで商品が無事に届いたと本部への報告になる。
「綿屋くん。目視確認もしてね」
地区指導、いつの間に。
「これを数えるんですか」
「物流担当は目視確認だ。入れ忘れがあると棚卸の際にロスがでる。窃盗もロスの原因だけど、最少額に収めたい。幾ら売り上げを稼いでも、売り逃しや、粗利が減るのは御しがたいんだ」
今日は圧力があるな。
「分かりました」
箱の中身はカットソーが30枚はあるぞ、でもやるしかない。
しかし、このバックルームは冷えてて肌寒い。
「……上着は持ってる?」
「いえ、」
「じゃあ、貸すね。張り切って」とジャケットを脱いで肩に羽織らせてくれた。
「いつでも、俺は綿屋くんの側に居る証。青い空さえ拝めない白い空間で少し寂しいだろうけど、きみに在庫管理を託すから、倒れないでね」
あなたの香りで失神しそうだ。なんて罪な人だよ。高潔感があり、献身的だ。天使かよ!



売り場へ戻り、商品出しを始めようとビニール袋に梱包された服を出すと「間に合わない」と地区指導が5枚持ち、さくりとテーブルに広げて細い腕に全部通した。ハンガーを手にして滑らすようにレーンに
掛けて行く。
「セールに入れば、時間勝負、今のうちに手早く出せるように覚えて」
「はい」
そうか、1枚1枚を掛けているより効率がいい。
「素直だね。それに吸収が早い」
「あ、ありがとうございます」
「接客態度もいいらしいね。店長から聞いた。ちゃんと『いらっしゃいませ』言えたんだ」
「はい!」
あなたの為だ。
恥をかかせないように努めてる。
「次は値札を暗記しようか」
「はあ?」
「バーコードの前に品番が記載されてるよね」
たしかに。
14桁の数字の下に『ニット』とか『ドルマンカットソー』と書かれている。
「番号で何の商品かあてて。他店からの客注文に即、対応出来る」
うげえ、すぐに覚えられるか
数量がいくつあると思うんだ。
「期待してる」
「はい」
畜生、負ける。

「この世界に柔軟な対応、凄いね、きみは」
そうかな、アドバイスを下さった。
「行こうか」と」背中をそっと押された。何かな。
「店長、綿屋くんと『かしわ』行きますね」
「どうぞ、」
嫌そうだな、店長。一緒にかしわへ行けると踏んでた顔だ。失望してる、申し訳ない。




名古屋で生まれたこのお店。今は全国規模の展開だけどランチを『かしわ』と呼称するのは名古屋が鶏肉をかしわと呼ぶかららしい。一般にかしわと聞いてランチとは想像しないだろう。品格かな。
ちなみに『いずみ』が休憩。『すみれ』がお手洗い。
お客が聞いても不快な思いをさせない社内用語。

企業努力が伺える。僕はきっと成長する。地区指導のおかげだ。慕っているな、自覚はある。


お店を出て、何処かでランチかな。
先を歩く後ろ姿も様に成るなあと思ったら、街ゆく人が振り返る。何て派手な人なんだ。まばゆい。
引き締まった臀部だ。すらりとした足。目を惹くよ、自覚はありそうだな、無視して歩いているから。
他人の視線とライバル店のスタッフまで飛び出してきた。
この街では有名人なんだ、たまにしか拝めないとも理解されているし。
「ん?」
見返った。
「如何されました」
「いや、隣を歩かないのかなと思って」
え?
「ここ、歩道が狭いし」
「そうだね。気遣いが出来る子だ。弟が居ると違うよね。ああ、でも俺は違うな。自分本位だ」
「卑下しないで下さい」
一笑するかな、美人の笑顔は迫力がある。まいった。
鼻にかけて、つんつんしない。見下さない。ああ、天使だ。

しかし黒いスーツなんて、ホストか葬儀だと思ったが、似合うな。
そういえば、不謹慎だが葬儀に参列する際、やたらと色気を漂わせるらしい。
大切な人を失う悲観に暮れる様が、目を惹くと。

「綿屋くん、クレープか、パンケーキ、何がいい?」
二択。
意外と甘いもの好きかな、かわいいな。痩せているのに食べるんだ?
無料動画配信で、やたらと大食いの女子を見た事がある、その傾向か?

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