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中編「演奏、やってます」(3)

 さて、あらためて、このお話は、天使についてのお話です。

 その割には、天使があまり登場しません。
 最初にも申し上げましたとおり、天使は「人間を見守る」存在だからです。
 とはいえ、4月に入って、ミカの中の天使にとって、残り時間が5か月を切りました。
 そろそろ天使も気になってきています。

 始業式の日の夜、天使がミカと状況の整理をしています。
「バンドの3人の幸福は確実だろう」と天使。
「存亡の危機を救ったわけだから」とミカ。
「父親は、これから関わりを深めることで、確実になるだろう」
「1回会って、とても幸せそうだった」
「祖父母は、基本的にはいままでと変わらないが、孫娘が、バンドの仲間と時を過ごし人前で演奏して、高校生ライフをエンジョイするようになって、今までより一層幸福感を感じているといえる」と天使が分析する。
「ライブに見に来て、幸せだって言っていた」
「これで6人。天使に戻れる条件の『7人幸福』まであとひとりだ」
「...ノエルは?」とミカ。
「そうだな。『諸刃の剣』だな。関与を深めて幸福にできそうな一方、恋愛感情を抱くことになっては「恋愛禁止」に抵触して、元も子もない」
「ノエルに限っては、恋愛感情を抱くつもりはありません」
「そううまくいけばいいのだが...」
「前にも言ったけれど、彼のことについては、見守っててください」

 4月9日の日曜日。陽光降り注ぐ穏やかな日です。
 薄手のカーディガンの上にスプリングコートを羽織ったミカと、ダウンジャケットを羽織ったノエルは、城址図書館の前で10時に待ち合わせし、城址公園へと向かいました。
 相変わらず髪型はスポーツ刈りのノエル。「慣れてるから」ということですが、色がすっかり白くなったので、どこかちぐはぐな感じもします。

 幾重にも重なる薄ピンク色の帯。満開で、はらはらと落ちる花びらもある桜並木。今を盛りと咲き誇る桜に彩られた城址公園は、うららかな光の中、花に誘われた人たちでいっぱいです。T県内でも有数の桜の名所。市外から見物に来る人も多数いるとのことです。
 ミカもノエルも毎年見ている光景ですが、あらためて圧巻の景色です。

 ノエルはダウンジャケットを脱いで手に持っています。
「春物の準備してなかったから、惰性で着てきちゃったけど、いらなかったな」
 厚手のシャツ姿のノエル。痩せたからでしょうか、少しぶかぶかな感じがします。

 両側から覆うような桜並木の下を、二人はゆっくりと歩いていきます。
 ふだん写真をとらないミカですが、今日は次から次へとスマホのシャッターを切ります。
「ずいぶんたくさん撮るんだね」とノエル。
「うん。だって、お花がとってもきれいだから。ノエルは撮らないの?」とミカ。
「おれはいいわ。あとで厳選したのを送ってくれ」
「了解」

「そうだ、俺の写真一枚とってくれ」
「いいよ。けどどうして」
「遺影用の写真」と少し声を落としてノエル。
「マジ?」
「うん」
「わかった」
 ノエルは手櫛で髪を少し直すと、ミカのほうに、うっすらと微笑みを浮かべた顔を向けました。
 ミカは、ノエルの上半身が入るくらいに距離と角度をとって、シャッターを切ると、ノエルに見せます。
「ありがとう。これでいい。じゃあ、ついでにもう一枚」
 というとノエルは一本の桜の木の前に行って、ミカに向かってピースサインをします。
 ミカは桜の花とノエルの全身がはいるアングルで、シャッターを切ります。
「こんどのは何?」
「これがほんとの『イエーイ』」
「あのそれ...」とあきれた声のミカ。
「すーーっごい古典的なオヤジギャグなんですけど」

 思い思いに楽しむお花見の人たちの中、桜並木をさらに進みます。並木の外側には、そこここにバーベキューや宴会のグループもいます。
「こりゃあ、きっと誰か知り合いが来てて、またいろいろ言われるだろうな」とノエル。
「わたしは覚悟してるから」
「そうか。まあ、おまえがそうなら、おれは構わない」
「そうだ!」と言うとミカは立ち止まります。
「並んで」とノエルを促します。
 桜並木をバックに二人そろって自撮りです。シャッターを切ります。
 いい写真が撮れました。
「宝物にするね。マジで」とミカ。

 案の定、翌日の昼休み、2組の教室に、ミカと市立三中からいっしょのリツコこと富山律子がやってきます。彼女は特進コースの3組になりました。
「ミカ、ノエルくんとお花見してたんだって」と笑みを浮かべながらリツコ。
「うん、昨日行ったよ」とミカ。
「やはり、つき合ってんだよね」とミカの顔をのぞきこむようにしてリツコ。
「その、『つき合う』って言葉をどういうふうに理解するかによるけれど」
「でも現実にデートしてるんじゃん」
「『友達付き合い』って言い方もあるでしょ」
「ちゃんと白状しなよ」と、じれった気にリツコ。
「ちゃんと話してるよ。リツコの言うような関係じゃないことはたしか」と、きっぱりとミカ。
「じゃあ、どういう関係?」
「彼は『ダチ』って言ってる」
「ああ...まあいいや。進展あったら必ず報告するんだよ。中学からのつき合いなんだから」
「そうそう、いまリツコの言った意味の『つき合い』ならあてはまるよ」
「はいはい...」いささかあきれた風でリツコは自分の教室に戻っていきました。

 ルミナス女子高校の1学期初めは忙しく過ぎます。学園祭が5月のゴールデンウィークの次の週末に催されるからです。今年は13日のと14日。クラスごとの催しや模擬店などの準備に、1か月くらいしか時間がありません。
 ミカとタエコの2組は、ゲーム研とのコラボでゲームカフェをやります。タエコとゲーム研の部員が中心になって企画します。マイとヨッシーの1組は、お祭りの夜店の模擬店をすることになりました。
 部活動やサークルにとっては、新入生勧誘の機会です。文化系はステージや展示で、体育会系は勧誘のブースを用意してアピールします。
 軽音部のステージは13日。ミクッツはレパートリーから2曲演奏します。

 そんな中、軽音部恒例の「顧問面談」が、4月13日に行われました。しとしとと雨の降る日でした。
 各バンドのリーダーと顧問の香川先生が、月1回集まってミーティングをします。そして年1回、バンドごとに全員が面談を行うことになっています。
 前のバンドの面談時間が終わりになるころ、4人は部室の前の軒先で雨を避けながら順番を待っています。
「香川先生は、情報の授業を受けたことはあるけれど、面と向かってお話しするのは初めて」と緊張気味のミカ。
「あたしは結構よく話す」とタエコ。
「音楽については一般の人のレベル。学外ライブには、お誘いしない限り来られない。報告しなければライブやったころすらご存じないこともある」とマイ。
「自由放任主義でね」とヨッシー。
「そう。口癖は『自分で考えて、やって、その結果についてはとれるだけの責任をとりなさい。残った責任は私がとります』」とマイ。

 ミクッツの番になり、部室に入ります。丸椅子に先生と4人が座って面談をします。
 まず、これからのライブの予定について。「エンジェル」でライブすることに「すごいわね」と感心されました。
 それから、例の「ツイッター盛り上がり」事件について。今のところ特に問題ないことを報告します。
 そして話題はミカのことになります。
「あなたが鷹司美紅さんのあとに入った、ベースでボーカルの方ね」
「はい。森宮美香です。よろしくお願いします」
「ステージネームは?」
「二代目ミクベーです」
「それはいいわね。がんばってね」

「ところで、みなさんは3年から全員国立コースになったんですよね。すばらしいです。でも、勉強との両立がますます大変でしょう」と香川先生。
「みんなバンド活動は高校限り、と考えているので、7月の校内ライブまでは、今までと同じように活動するつもりです。受験勉強は夏休みからがんばります」とマイ。
「いいんじゃない。結果は自分の責任ですから。悔いの無いようにやってください」
「はい。それと『エンジェル』のライブ、ぜひ来てください、っていうか、チケット買ってください。割り当てあるんで」
「6月10日の土曜日ね。予定いれときますよ」
 面談は30分ほどで終わり、ルミッコと交代です。

 文化祭まで目まぐるしい日々が続きます。授業の内容も宿題もレベルアップ、ミクッツの練習は今までと同じペース。しかもクラスの模擬店の準備もあります。ミカも、平日は5時間くらいしか睡眠時間をとれなくなりました。

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 5月1日。「ソヌス」でのリハーサルのあと、戸松さんが言いました。
「あのね、くどいようだけど、『愛の才能』やってみない?」
「でも、編成が...」とマイ。
「あの曲なら、ギター1本のアレンジでもいけるんじゃない? マイちゃんの弾き語りってのはどう?」
「ええ?!」
 思ってもみなかったマイが声を上げます。
「そんな、私が、歌なんて...」
「マイの弾き語り聴いてみたい!」とヨッシー。
「激しく同意!」とタエコ。
「やってみたら? わたしだって、最初は無理だと思ったけど、励ましてもらって、ここまでできるようになった」とミカ。
「『エンジェル』のライブに向けて練習してみて、ダメ、と思ったらやめたらいい」と戸松さん。
 しばらく黙って何かを考えていた後、マイが言います。
「音域的にはなんとかいけるかも。じゃあ...譜面起こして、練習してみます」
「マイちゃんの声、きっとこの曲にぴったりだと思う」と戸松さん。

 ゴールデンウィークの休日も、練習やらクラス模擬店やら文化祭の準備で、ほとんど休みはありませんでした。

 そして迎えたルミナス女子高校文化祭。軽音部のライブは、5月13日土曜日の午後に大講堂で催されます。
「五月晴れ」の模範となるような空の下、2時から軽音部のステージが始まります。見慣れない1年生の顔もたくさん見える客席。おじいちゃん、おばあちゃん、少し離れたところにおとうさん。
 そして、ノエルの顔も見えます。
 最初に、入部したての1年生のバンド。中学からやってきた経験者とはいえ、初々しい感じが伝わってきます。それから2年生のバンドが2つ。うち1つはミクッツと同様、経験者、初心者混成で高校から結成されたバンド。マイ、ヨッシー、タエコは、自分たちの1年前の姿を見るようです。

 短い休憩時間を挟んで、3時。いよいよミクッツの出番になりました。
 1曲目は「1/2」。ミカも含めてすっかりなじんでいます。
 演奏が終わると、マイのMCです。
「どうもありがとうございました。一曲目は川本真琴さんの『1/2』をお送りしました。それではメンバー紹介します」
 一呼吸おいて、マイが続けます。
「最初に、ベースとメインボーカル担当。二代目ミクベーです」
 ミカがお辞儀をすると、客席から拍手が起こります。
「二代目っていうのは、初代の子が去年の夏休みで転校してしまって、存亡の危機にあったバンドに、後任として彼女が加入したからです。まさに救世主」
 場内から「ほお」という声。
「続いて、キーボードとサイドボーカルのミクピー」
 ヨッシーがペコリとお辞儀すると、拍手。
「彼女は音楽初心者で、高校から始めて、ここまでしっかりしたプレイヤーになりました。そしてドラムスのタイコ」
 タエコがスエアドラムを「トゥロロン」と鳴らすと、拍手。
「マイペースですが、とっても頼りになるプレイヤーです」
「そして、ギター。我らのリーダーにして音楽の師匠、その名もシショーで~す」とヨッシーがマイを紹介。
 マイが丁寧にお辞儀をしてから言います。
「この4人でやってます。ミクッツです。よろしく!」
 場内の拍手が高鳴ります。
 拍手がおさまった頃合いにマイが続けます。
「今日は本当にありがとうございました。それでは2曲目、ミクッツのステージ最後の曲です。私が大尊敬するアーティスト、シーナ&ロケッツの『YOU MAY DREAM』」
 短いイントロの後、ミカの歌声が始まります。
 
 トリのルミッコのステージが終わって、部員総出で後片付け。機材とかを部室に運び込みます。
 片づけが終わると、バンドごとにまとまって校内へと散らばります。
 おとうさんからメールが入っていました。
「今日はありがとう。近々会おう。また連絡する」とのこと。

 4人は、大講堂のエントランスに行きました。ノエルが待っています。
 開口一番。マイが言います
「うちのミカがお世話になっています」
「こちらこそ、ダチのミカがお世話になってます」とノエルが返します。
「どうでした? うちのライブ」とマイ。
「とってもよかったです。ダチのミカをここまでひっぱりあげてくれて、うれしいです」
「ダチ、ダチっていうけど、実際はどうなんですか~? 『ラブラブ』なんでしょ」といたずらっ子ぽくヨッシー。
「ははは。そうですねえ...おれはビョーキで、『ブラブラ』してます」
 そのノエルのひとことに一瞬、二重の意味で場が凍りました。
「オヤジギャグ、キター」
 タエコのひとことで場が救われました。
「あああ。見事にかわされちゃった」とヨッシー。
 三人が目配せをします。
「じゃあ、私たちはこれで」とマイ。

 それから1時間ほど、ミカはノエルといっしょに校内を回りました。3年3組の喫茶店に入って席に着くと、ウェイトレス姿のリツコがお水を運んできました。
「いらっしゃいませ~。ご注文は?」
「コーヒー2つ」とミカ。
「ブラックでいい?」
「ああ」とノエル。
「ご注文繰り返します。コーヒー2つ。ブラックで」と言うと、リツコはカウンターに模した机の列のところに戻っていきます。
 ミカとノエルのほうをちらちら見ながら、クラスメイト達と話に興じるリツコ。
「さあて、おまえ本格的に大変だぞ」とノエル。
「大丈夫。覚悟してるって言ったでしょ」とミカ。

 5月16日火曜日の放課後、マーちゅんとマイが、ルミッコとミクッツのメンバーを軽音部室に集めました。あわせて9人。
「急な招集でごめんなさい」とマイ。
「相談したいことがあって集まってもらいました」
「どうしたの」とヨッシー。
「ルミッコとミクッツで、7月の校内ライブでコラボができないかなっていう相談」とマイ。
「『ソヌス』の戸松さん。来賓で来られるけれど。本当にお世話になっているから、演奏でお礼ができないかな、ていう趣向」とマーちゃん、
「ミクッツで川本真琴さんの『1/2』をやってるよね。実は戸松さん、奥さんとの思い出のアーティストが川本真琴さんなんだって」とマイ。
「へえ~」とルミッコのメンバー。
「戸松さんに勧められて、『愛の才能』って曲を実は私、弾き語りでできるように練習始めた。最初は無理かな、と思ったけれど、ぜひものにしたい、と思ってがんばってる」
「あともう一曲、戸松さんが聞きたがっている川本真琴さんの曲があって、『DNA』。鳴らすね」とマーちゃんは言うと、部室内のスピーカーに接続されたプレイヤーをオンにしました。

 6分弱の曲が流れます。みんな聞き入っています。
 曲が終わるとマイが言います。
「戸松さんから『ミクッツでできないか』と言われた。けれどこの曲は、ギターが2本ないと曲の雰囲気伝えられない。だからミクッツではできない、と言った」
「その話を聞かされて、『うちならギター2本あるじゃん』ってマイに言ったところから、趣向の話になったわけ」とマーちゃん。
「校内ライブは、ミクッツのあとにルミッコだよね。だから、ミクッツの最後に『1/2』やって、マイの『愛の才能』やって、そのあとに『DNA』をやれば、川本真琴メドレーになるよね。戸松さんに、奥さんもご一緒してもらうように言っておけば、さらにいいかも」

「じゃあ、ルミッコで『DNA』やるの?」とミカ。
「そこをコラボにするの。戸松さんは、ミカの歌う『DNA』を聞きたがってるよね。だから、ボーカルはミカ」
「えっ? わたし?」と驚いたミカ。
 マーちゃんが続ける。
「バックはルミッコに加えて、この曲タンバリンがおもしろいから、タエコにタンバリンやってほしい。そしてヨッシーはサイドボーカル」
「タンバリンは中学吹部のパーカス以来」と嬉し気にタエコ。
「ルミッコと共演できるなんで、サイコー」とヨッシー。
「ルミッコメンバーは、大丈夫だよね」とマーちゃん。
 みんなニコニコしている中、ナッチは下を向いていました。
「というわけで、あとはミカの気持ち次第。実は私、あなたのボーカルのバックを一度やってみたいと思ってたの」
「ありがとう...わかった。よろしくお願いします」
「オッケー。そうと決まったら、譜面作らなきゃ。ギター系とボーカル系はマイがやってね。私はベースとキーボードとドラムスにタンバリンやる」
「了解。じゃあ、出だしとエンディングどうするかとか、このあとちょっと二人で打ち合わせしよう」
 マーちゃんとマイを残して、他のメンバーは部室を後にしました。

 家に帰って「ルミッコとコラボすることになった」とノエルに報告しようとしていたとき、ノエルからのメールが届きました。

「入院した」

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