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第4話

 手首を掴まれた男性社員は、なぜ邪魔をすると言わんばかりに振り向く。するとそこには、澄人が立っていた。

「や、柳原さん……!?」
「…………」

 澄人は無言のまま、男性社員の手を掴み続ける。

 怒鳴らず、表情も普通。しかしその瞳には、明らかな険しさが含まれていた。

 それを感じ取ったのか、社員達は全員口を噤み、手を掴まれている男性社員の腕からも、力が抜けていた。

 澄人は男性社員の手を離すと、すずかの側へ駆け寄っていった。

「おとーさん……おとーさん……!」
「すずか、大丈夫か?」
「ひっ……うぇ……いたい……ぐす……ひざ、いたいの……」
「転んだ時に、床にぶつけちゃったんだな。よしよし」

 澄人はすずかの膝を擦った。

 そこへ、恐る恐るという感じで、腕を掴まれた社員とは別の社員が、澄人に声をかけた。

「あの……柳原さん、他の仕事は?」
「まだ残ってはいるけど、一段落したから、ちょっと様子を見にきたんだ」

 澄人はすずかをお姫様抱っこして、メンテナンスベッドへと寝かせると、ポケットから出したハンカチで、彼女の涙を拭いた。

「すずか、ちょっと待っていてね。みんなと話をしてくるから」
「うん……」

 澄人は社員達と部屋の隅の方に移動すると、落ち着いた口調で話し始めた。

「どうしてこんな強引なやり方をしたんだ?」
「いや、その……早く歩けるようにしないといけないって思って……」
「すずかがこんな状態で、君達が焦る気持ちはわかる。早く成果を出して、他の研究所に異動したいと思っている君達にとって、RAY・プロジェクトは、またとないチャンスの場だ。だけど、強引な手段をとっても、すずかが嫌がって余計に時間がかかるだけだし、君達の評価が上がることもない。俺よりも頭のいい君達なら、それくらいのことはわかるはずだ」
「「「「…………」」」」

 社員達は頭を垂れ、視線を落とした。

「俺は、チームメンバーである君達を信頼しているし、信用したい。立派に出世してほしいとも思っている。だから、すずかに暴力を振るうような――強引な手段をとらないでくれ。いくら相手がアーティナル・レイスだからと言っても、暴力的なことをする人間を、会社は出世させてはくれない」
「じゃあ、どうすればいいんですか! まさか、一から歩き方を教えろとでも? 人間の赤ん坊だって、自分で歩けるようになるんですよ!」

 先程、澄人に手首を掴まれた社員が口を開くと、それを皮切りに、他の社員達も次々と声を上げた。

「仮に教えるとしても、どうすればいいか、私達にはわかりません。アーティナル・レイスに歩き方を教えた前例なんてありませんし」
「それに、強引なやり方をするなと言っても、スケジュールに遅れが出ているんですよ? 今日中に歩けないと、さすがにやばいですよ」

 どの意見も、もっともだった。

 前例がない以上、試行錯誤が必要になる。しかし、スケジュールに遅れが出ている以上、そんな余裕はない。第一、今の社員達には焦りがある。それに、すずかとの信頼関係も、ほぼないと言っていい。そんな状態で、経験も前例もない――アーティナル・レイスに、一から歩き方を教えろと言って任せるのは、流石に酷だ。

 澄人は顎に手を当て、数秒視線を下げた後、

「……わかった。じゃあ、すずかには俺が歩き方を教える。みんなは、武装の調整を進めてくれ」

 そう皆に言うと、社員達から「えっ」という声が漏れる。

「そんな時間あるんですか?」
「他の仕事を早く終わらせて、何とかして時間を作る」
「何とかしてって……」

 隣の者と顔を合わせ、社員達は困惑の様子を見せる。

 今の澄人の仕事量は、普通の社員達よりも遥かに多く、単純計算でも、他人の二、三倍だ。それで時間を作るとなると、かなりの労力が必要となる。けれど澄人は、それを苦だと思っていないのかのように、笑顔で言う。

「心配いらないよ。すずかなら、すぐに歩けるようになるさ」

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