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ハーフ円卓会議 4

 いや、この際そんなことはどうでも良い。問題は、名君の中の名君たる赤の王が、出奔王と馬鹿にされていることである。しかしながら、幼いギルヴィスには、三人の王を相手取って問答できるだけの能力がない。だからこそ、幼王の視線は赤の王へと向けられる。
(若輩の身なれば、貴方の考えを汲み取ることは叶わないけれど、きっと何か気高い理念の下動かれていると承知しております。このままでは変な汚名を被ってしまいます。どうぞ、何か仰ってくださいませ)
 そんな思いをたっぷりと含めた視線に対し、返ってきたのは、それはもう能天気な笑顔だった。
「なに、屋内に引きこもって執務をこなしてばかりでは、息が詰まってしまうだろう? 定期的に外の空気を吸わなくては、カビが生えてしまう」
 ガーン、とあからさまに衝撃を受けた顔を晒すギルヴィスの左方から、再び大きな笑い声が上がる。
「ほら見たことか。小僧は見る目がないなぁ」
「ロステアール王はロステアール王で、美化され過ぎでしょ」
 赤の王を指差して盛大に笑う二人の王の言葉が耳に入っているのかいないのか。ギルヴィスの口から零れたのは、なおも赤の王をフォローする言葉だった。
「あの、しかし、視察とか、そういった、」
「いや、国内にいては、宰相や騎士団に捕まりやすいのだ。なにせ連中、私が逃げたとなるとそれはもう本気の策を練って追ってくるのでな。毎度毎度それを躱すのが楽しい。ああ、勿論旅自体も面白いぞ」
 可哀想なことに、ギルヴィスの必死のフォローは、当の本人に呆気なく否定されてしまった。愕然とするギルヴィスを尻目に、黄の王も、うんうんと頷く。
「第一、視察でわざわざカジノに行く必要ないもんなぁ」
「え、あ、いえ、ええと、……それは、金銭の集まる場では情報も集まりやすいからとか、」
「いいや。脱走対策なのか、最近は私の個人資産まで家臣の許可がなくては手を出せない状況になっていてな。無断で出て行くと、ほとんど持ち合わせがない状態なのだ。そんなときに手っ取り早く滞在費を稼ぐとなると、私の強運を生かしてカジノで荒稼ぎするしかあるまい」
 ギルヴィスのフォローを無下にしたのは、またしても赤の王であった。ここまで来れば、さしものギルヴィスも自分の方が間違っているのではないだろうかと思ってしまう。ぐるぐる混乱する頭をなんとかまとめようとしている子供の前で、しかし王たちの会話が止まってくれることはない。
「この間は、青に行ったのだったかしら?」
「ああ。まぁ稼いだ場所は裏カジノであるから、青の国の財に影響は……おっと」
「ははは! こりゃ良いや! 非合法の裏カジノだろうとも、青の国であんたががっぽり儲けたとあったら、あのミゼルティア王の澄まし顔にも青筋たっぷりだろうなぁ!」
「でかしたぞロステアール王! これはもう飲むしかあるまい! 青のとこの小僧にバレたら大目玉だろうがな!」
 陽気に笑う王たちを見て、赤の王もにこりと微笑む。
「そうだろうとも。だから、円卓会議の場が水蒸気で満ち溢れないように、今の発言はくれぐれも内密にお願いしよう」
 ひ、ひえぇ。
 とんでもないことを聞いてしまった、とギルヴィスは青褪める。だが顔色を悪くしたのはギルヴィスただ一人だけで、他の面々は、それはもう楽しそうに笑っているだけだった。
「ぃよっし! ロステアール王、キングオブキングスで勝負しようぜ!」
「ああ、構わないとも」
「だがその前に儂と飲み比べだ、ロステアール王。今度は負けんぞ!」
「中々に気合が入っておられる。その気迫、今回は貴殿に勝ちを譲ることになるやも知れんな」
「顔色一つ変えたこともなしに、よう言いよるわ! なればいざ、尋常に!」
 どんっ、と橙の王が赤の王と己の間に酒樽を置き、あれよあれよという間に、二人の飲み比べ勝負が始まってしまった。位置関係的に挟まれた形になってしまっているギルヴィスは、かなりの勢いで消費されていく酒と二人の飲みっぷりに気圧され、おろおろとしながらもクッションごと尻をずらして後退していく。
 そこで不意に肩をとんとんと叩かれ、ギルヴィスの肩が盛大に跳ねた。振り返ってみれば、いつの間に移動したのやら、薄紅の女王がギルヴィスの後ろにいた。
「まったく、どうしてこうも野蛮なのかしらねぇ。ほら、ギルヴィス王、こちらへおいでなさい。妾の膝を貸してあげてよ?」
 美しい微笑みを浮かべた薄紅の女王が、己の膝をぽんぽんと叩いてギルヴィスを招いた。世の男のおよそ八割が無条件に頷いてしまうだろうそれに、しかしギルヴィスは思い切り首を横に振る。
「そっ、そんな、淑女の膝の上になどっ」
 ギルヴィスがそう返答することくらい判っていように、薄紅の女王はわざとらしく、美しい形の眉を顰めて小首を傾げる。
「あら、妾の誘いを断るの?」
「え、あ、いえ、あの」
 そう返されてしまっては、ギルヴィスはあたふた慌てるしかない。淑女に己の体重を預けるなど有り得ない話だが、かといって、こう言われてなおも断るとなると、誘った側に泥を塗るような形になってしまう。勿論、からかわれているのだと判らないわけではないが、だからと言って上手く立ち回れるほど、彼は大人ではなかった。
 にっちもさっちもいかない状況に、赤の王に助けを求めたくなるが、彼の王は飲み比べの真っ最中である。たかだか飲み比べとはいえ、勝負は勝負だ。待ったをかけるのは躊躇われた。
 救いの手を求めて視線を彷徨わせていると、不意に軽薄な声が二人の間に割り込んでくる。
「ラーンファ殿っ、膝なら俺がお借りしますよぉ!」
 声の主は黄の王であった。彼は飲み比べ対決を観戦していたはずだが、この場で唯一の女性が場を移したのに気づいて、同じく移動してきたらしい。王と言うには少しばかりだらしのない笑みを浮かべた彼は、今にも薄紅の女王の白い腿に頭を乗せんばかりである。
 しかし、ずずいと寄ってくる黄の王への返答は、その額を強かに打つ扇であった。
「あまり調子に乗るんじゃあないわ」
「いてっ」
 それなりに良い音を立てて小突かれた額を抑え、黄の王は少しだけ唇を尖らせてから、ギルヴィスの方を見た。
「あーそうだギルヴィス王。流石に喉乾いてんだろ。どれ飲む? 早くしねぇとあそこの二人に飲み尽くされちまうぞ」
「子供の口には甘い方が良いかしら? 果実酒があるわよ?」
 両手に酒瓶を持ってこちらを見て来る二人の王と、その後ろで楽しそうな笑い声を上げながら酒を喉に流し込んでいる王たちを見てから、ギルヴィスは遠い目をして、ひとこと。
「……取り敢えず、お酒でないものを、頂きたいです……」

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