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第90話

「手を……握ってもらってもいいですか?」

 ナオが言うと、澄人は両手を握ってきた。

「こうかな?」
「つ、次は……頭を撫でてほしいです」
「いいよ」

 澄人は右手を離すと、ナオの頭を撫でてきた。

 いつ敵がくるかわからない以上、気を引き締め続けていなければならないのは、頭ではわかっている。けれど、澄人の優しい手つきに、ナオは頬を赤くして顔をほころばせてしまう。

「澄人……うれしいです」

 次第にナオの思考は澄人で染まっていき、それに浸りきろうと思ったのだが、

「おい。あいつ、こんな時に何をやっているんだ?」

 数名の傭兵から、視線を向けられていることに気づく。

「澄人、あの……」
「あ、ここだと目立っちゃうか」

 澄人は周囲を見回すと、生活用品などを入れて運んできた、大型コンテナで目を止めた。

「あのコンテナの中に入ろうか。風通しはちょっと悪いけど、大きな声を出さなければ、大丈夫だと思うし」

 ナオは澄人に手を引かれ、コンテナへと入った。

 大半のものは、すでに倉庫内へ運んだが、中にはまだいくつかの荷物が残っており、澄人はブルーシートと大判のバスタオルを取り出し、それを座布団代わりにした。

「ここに座って、ナオ」
「は、はい」

 ナオが靴を脱いでちょこんと正座をすると、澄人も隣に座り、彼女の頭を再び撫で始めた。

「あ……」

 誰にも邪魔されないコンテナの中。もう気にしなくても良い。

 ナオは甘ったるい吐息を出した。

(もっと、澄人の温もりを感じたい……)

 撫でられているうちに、己の抑制が緩まってきたナオは、両手を前に広げた。

「澄人。抱きしめて……ほしいです」
「わかったよ」

 澄人の両腕が、ナオの体を包む。

 コンテナの中は若干暑いくらいが、ナオは彼の腕から伝わってくる体温と、抱きしめられている幸福感に酔いしれる。

「澄人……もっと、ぎゅっとしてください……」
「うん」

 ナオの望み通り、澄人は腕に力を入れてきた。

「あぁ……澄人……」

 このまま押し倒してほしい。押し倒して、キスをして……好きにしてほしい。すべてを捧げ、彼のものになりたい。

 いくらわがままを言っていいと言われても、言うことができないない――叶うことのないことだが、それでも言葉に出してしまいそうになる。

 代わりに何かを言わなければ――このままだと言ってしまう。けれど、冷静に言葉を選ぶ余裕はなく、とっさに出た言葉は、

「スキ……」
「えっ?」
「好きです……澄人」

 今まで、ずっと言うのを我慢してきた言葉の一つ。

 これくらいのことを言わなければ、逆に澄人を押し倒しそうだった。しかしその代わりに、ナオは『好き』という言葉を抑えることができなくなった。

「ずっと、ずっと……澄人のことが好きでした。好きなんです……」
「ナオ……」
「わかっています。こんなこと、言っちゃダメだって。でも、我慢できなくて……だから、言わせてください。言わせてくれるだけでいいんです。返事は、いりませんから……」

 そう。澄人に好きと言ってもらうことはできない。いや、言わせてはならない。だからこれは、一方的な告白だ。

 自分の姉の恋人に告白するなど、なんという罪だろう。きっと罰が下るに違いない。
それでも、ナオは幸せだった。抱きしめ合いながら自分の気持ちを伝えられることに、彼女は今、人生で一番の幸せを感じていた。

「好き……大好き……大好きです、澄人」
「うん」
「あなたの顔も、声も……ぜんぶ……ぜんぶ好き……好き……好きぃ……」
「うん……」

 ナオの気持ちに応えられない代わりなのだろう。ナオが好きと言う度に、澄人は頷いて見せ、彼女の気が済むまで抱きしめ続けた。

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