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プロローグ・パートⅡ 『彪』についてと、『斎姫』について

 昨夜着ていた占天省の単衣を床から取り上げ、簡単にたたむと、部屋の外に出す。部屋の扉のわきには、箱が置いてあり、中には、新しい単衣と、今日着る正服が、ちゃんとそろえられて入っている。……毎日が、こうなのだ。
 その箱を部屋に引っ張り込み、蓋をあけ、しわひとつなくたたまれた衣服一揃いを見た彼は、あらためてため息をつきつつ、朝参に向けて、ようやく、着替えだした。

 ……白点 彪という少年は、十三という歳にしては小柄で、裾にゆとりのある長ズボンの上から、長い衣を何枚も重ね着するという、宮廷勤務者用の正服を着ている時にはあまり気づかれないが、衣を脱ぐと、まだ子供らしく、余計な肉のついていない、やせた細い体をしていることに気が付かされる。  
 しかし、『巫覡』であるがゆえに、いわゆる『菜食者』ではあるのだが、それでも骨や筋肉などはしっかりしており、小柄である割には、肉体は意外に恵まれていて、頑丈なほうだ。
 濃い焦げ茶色の短い髪を、普段は後ろで一つにまとめ、象牙色の、きめの細かい肌をしている。顔の造作は、まだ愛嬌があり、かわいらしい。『大人になったら、かなりいい男になるに違いない』、と予想されることも多いのだが、しかし、現在まだ『子供』である今は、……彪本人にとっては、かなり不本意な言われようなのだが、暎蓮に言わせると、『上等なお人形さん』のようなのだ。
 彼は、温和な性格をしており、大抵の人間や動物から好かれる。それは、ここ、宮廷でも同じで、年若い彼をかわいがってくれる人は大勢いるのだった。
 ……もちろん、庶民の出で、後ろ盾がなく、かつ史上最年少で宮廷入りした彼に、蔑みや妬みの視線を送る者も、いなくはないが、彼には暎蓮や扇賢という精神的に大きな支えがいたし、彼自身が、そんな『馬鹿』に付き合っているほど暇な性格ではなかったため、彪はそんなことは毛ほども気にかけてはいなかった。

 ……それにしても。
 彼は、再び、思った。
 ここにいて、本当にいいことが一つあるとすれば。
「お姫様と頻繁に会える、ってことだけだよなあ」
 彼は、また独り言を言った。
 お姫様……暎蓮は、『彪と自分の『気』の相性度は抜群だ』と言って、彼を占天省に誘ったのだった。それは、彪にとっては、いわば殺し文句のようなもので、それと、宮廷にいれば、彼女と会える確率も今までよりぐんと上がる、という打算も多少はあり、彼は、結局こうして、ここにいるのだった。
 彪は、頭を一振りして、考えるのをやめると、支度を済ませて、朝参に向かうべく、部屋を出た。

 ……朝参の後、いつものように、占天省の入っている『宇天宮』へと向かっていると、辺りを行き来する、ほかの宮廷勤務者たちに気付かれないように、近くの建物の物陰から、暎蓮が顔を出して、笑顔で彪を手招きしているのに気が付いた。
 暎蓮は、『斎姫』だが、夫である扇賢以外の男性と隔絶されている『雲天宮(うんてんきゅう)』に住んでいるため、城内の警備兵以外の、王宮勤めの人間の大半が出席する朝参には、基本、出ない。そのため、時々こうして、そっと『雲天宮』を出て、彪に会いに来る。
「……お姫様。おはようございます」
 彪は、急いで、彼女のほうへ向かった。自分も物陰に入り、小さな声で、あいさつする。
「おはようございます、彪様」
 暎蓮は、言った。
「午後の休憩の時に、『雲天宮』までいらしてくださいませんか。ご一緒に、お茶にしましょう」
「は、はい」
「ありがとうございます。……では、お待ちしていますね」
 暎蓮は、いつも着ている、薄いベージュ色の、『斎姫』専用の、体の線を隠す、丈の長い衣装の裾を踏まないように、衣服の腿の辺りを両手で持ち上げると、彼の顔を見、もう一度にこっとして、一礼してから、くるっと体の向きを変え、他人と会わないように気をつけつつ、小走りに『雲天宮』のほうへ戻っていった。
 『雲天宮』は、城の最奥部にあるので、城の奥へ行けば行くほど、宮殿の警備兵以外の人間に出会う確率は少なくなるのだ。その宮殿から、彪の勤める『宇天宮』近くまで来るというのは、彼女にとっては、大きな勇気が必要で、且つ冒険のようなものなのだが、それでも暎蓮は、彪に会いたいと思ってくれるらしく、こうして、他人の眼にふれるかも、という危険を冒してまでも、『雲天宮』から出てきてくれるのだった。

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