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36.毒を吐けるっていうのも大事なことだ。

「なあ、鷹瀬(たかせ)

「なんでしょうか」

 しかし、その理由が、天城(あまぎ)の中でどうしても消化しきれない。

 だから、

「あいつ……久遠寺(くおんじ)にとっての俺って、どういう存在なんだろうな」

 鷹瀬はふふっと笑い、

「なんですか、突然」

「いや、ちょっと気になってな」

 実際の所、天城が抱えていたそれは「気になった」などという曖昧なものでは無かった。

 一つの、あまりにも都合のよすぎる解釈が、頭の中で首をもたげていた。

 鷹瀬はなおもおかしそうにしながら、

「そうですね……基本的にはうざったいやつ、ですかね」

「うざったい、なぁ」

「まあ、隠そうと思ってた本性を暴いただけでは飽きたらずに、ちょっかいをかけてくる人の評価なんてそんなものでしょう。でも、同時に信頼もしてると思いますよ」

「信頼、か」

 信頼。

 その言葉が天城の背中を後押しする。

「俺、さ。久遠寺が機嫌を損ねたのって、ずっと裏でこそこそやってたからだと思ってたんだよ。あいつにも“今回は実力で勝負したい”なんて言われてたし、俺もそのつもりだって伝えてたしな」

 ふうっ、と深いため息、

「違ったんだな。元から。あいつはそういう裏でこそこそされんのが嫌だった。ただそれだけだった。そういうことなんだろ?」

 鷹瀬は肩をすくめ、

「さあ、どうでしょう」

「どうでしょう……って」

「そりゃ、そういう反応しか出来ませんよ。だって、私が知っているのは過去の貴方であり、過去のあの子(久遠寺)なんですから。貴方方があの部室でどんなやり取りをしたのかも知りませんし、貴方も、あの子も、聞いたって答えてくれないでしょう。私に出来るのは、過去から現在を想像することだけです。だから”どうでしょう”なんです。分からないんですよ、私には何も。ですけど、」

 息をつく。

「多分、あってるとおもいますよ。貴方の考えていることは。あの子はこの学校に来てからずっと素を出していなかった。恐らく中学校の友人と連絡を取ることもそうそうなかったでしょう。私も詳しいことは知りませんが、恐らく家庭環境にも恵まれていない。そんな中で、うざったいけど、それでも自分がどれだけ毒を吐いても全く離れていこうとしないやつがいる。しかも、そいつがくれるアドバイスは、自分の書く小説をぐっと良いものにしてくれる。形はどうあれ、気が楽になる相手だったことは確かだと思いますよ」

「気が楽になる、ねえ」

 言いたいことは分かる。

 しかし、天城からしてみればあまり実感はなかった。

「そんな風には見えなかったけどな」

「まあ、実際本人も意識しているわけではないでしょうしね。それでも、貴方や、現代文化研究部という存在が、彼女の中で大きなものとなっていたのは確かだと思います。そんな折、自分だけが仲間外れのようなことが起きた。しかも二回続けて、です。やっていたことを理屈としては理解できても、心では納得できなかったんじゃないかと思います」

 ああ。

 蓋を開けてみればなんてことはない、至極単純な話だったのだ。

 高校での久遠寺は“完璧な外面”を取り繕った。その試みは見事に成功し、彼女は学校内で知らない人はいないくらいの有名人となり、その知名度と比例するように人気も上がっていった。傍から見ていれば問題などなにも無いように見える。

 では、内面はどうだろうか。天城は久遠寺の中学校時代を知らない。だから、彼女が今までどんな学校生活を送ってきたかは全く知らないし、そこでどんな友人と出会い、どうやって仲良くなり、そしてどのようにして喧嘩するに至ったのか。それらは一切が闇の中である。

 ただ、想像することは出来る。

 鷹瀬の話を聞く限り、きっと今とはまた違う形で人気者だったに違いない。友人も一杯居たはずである。結果として喧嘩別れすることになった相手もいたかもしれないが、いくら何でも全員と殴り合いの喧嘩をやらかしたとはちょっと考え難い。そうなれば当然、最後まで久遠寺の味方だった人間もいただろう。

しかし、結果として久遠寺は彼ら彼女らとは違う学校を選んだ。恐らく彼女もまた、天城同様“あえて”志望校を変えた口だろう。そうなれば当然同級生たちの多くは違う学校へと進学しているわけであり、そこで新しい友達も作るだろう。

そうなってくると、どうしても「過去の友達」との交流は希薄になる。恐らく久遠寺の友人もその一人なのではないか。もちろん、久遠寺を軽く扱っているわけではない。とkろろが現実というのは残酷なもので、彼ら彼女らの視界に映るのは過去の記憶では無く現在の学校生活である。思い出では今この瞬間にはどうしても太刀打ちできない。

 そうなれば久遠寺は一人である。もちろん友人は沢山いる。もしかしたら中には余り気を使わずに接することが出来る相手もいるかもしれない。しかし、天城に向けるような態度で接する相手など、恐らくはいないのではないか。久遠寺にとって、天城という人間は「うざいけど、的確なアドバイスをくれる相手」というだけではなく「自分の素を出しても大丈夫な相手」として認識されていたとしても、全く不思議ではない。

 ため息。

「ぜんっぜん、実感ねえなぁ……」

 正直な感想だった。

 当たり前である。天城はここ数か月で、それなりに久遠寺と仲が良くなったような気もしているが、少なくともそれを本人に行ったら「何を言ってるんだこいつは」という目で見られること間違いなしだし、そもそも「仲がいい」と言ったら星生(ほっしょう)の方がよっぽど、

「星生は?」

「はい?」

「いや、星生だよ。久遠寺、結構意気投合してるけど」

 鷹瀬は「ああ」と理解して、

「難しいと思いますよ」

「そんなもんか」

「ええ。だって、考えてもみてください。久遠寺が星生の胸ぐらをこう、ガッと掴むのって、想像つきます」

「……つかないな」

 鷹瀬は笑って、

「でしょう?そういうことです」

 分かるような分からないような。

 天城は食い下がるように、

「だったら、お前はどうなんだ」

 鷹瀬は目をぱちぱちさせながら、自らを指さして、

「私ですか?」

「ああ。ほら、鷹瀬を相手にするときの久遠寺って、結構素だろ?だから、」

「あははっ」

 笑った。

 鷹瀬が、声を上げて。

 初めて聞いた気がする。

「ふふっ……貴方、面白いことを考えますね」

「そ、そうか?」

「ええ。だってそれこそあの子と私こそ、犬猿の仲と言って良いレベルじゃないですか?」

「そりゃそうだけど……」

 そこまで言ってふと気になり、

「……そういや、なんで仲悪いんだ?いや、相性悪そうには見えるけど、この間まであんな感じだとは知らなかったぞ」

 鷹瀬は「当然」という具合に、

「それはまあ、知らないと思いますわ。だって、あの子と私しか知りませんもの」

「何が有ったんだ、一体」

 鷹瀬はやや逡巡し、

「……単純な話です。私がラブレターを破って捨てるところをあの子が目撃して、あの作りに作った外面でこう言ってきたんです。“人が頑張って書いたんだからちゃんと読んであげないと駄目じゃない”って」

 言いそうだ。

 凄く言いそうだ。

 そして恐らくそれは本心でも何でもないはずである。

 それは鷹瀬も承知の上だった。

「だから私言ったんですよ。貴方だって別に、告白してくる男子のことを考えているわけではないでしょうって。そしたら、違う、ちゃんと考えてるって。それがもう、全然、力無くって。余りに面白かったから、ついつい過去のことも指摘したり、いろいろと」

 うわぁ。

「……どうなったんだ、それ」

 鷹瀬は天城の肩を掴む”ふり”だけして、

「こうやって両肩を掴まれて、何でお前がそれを知ってる、みたいな感じで」

「まあ、そうなるよな……」

 目に浮かぶようだ。

 久遠寺からしてみれば、中学校時代に起こった出来事の多くは封印したい過去であり、黒歴史のようなものである。だからこそ進学する高校は「同じ中学校の生徒が選択しにくいレベルの高校」だったわけであり、だからこそ自分を封じ込めて、外面を作って学校生活を送っていたのだ。
 
 ところが突然、その平和を脅かしかねない相手が現れたのだ。当然動揺もしたはずだし、何をおいてもまず、黙らせなければいけないとも考えただろう。

「んで?鷹瀬はどうしたんだ?」

「決まってるじゃないですか。当然適当にあしらいましたよ。さあ、なんででしょうねーとか、そんなことを言って」

「……良く殴られなかったな」

「まあ、それをしたらバラされるとでも思ったんじゃないですか?まあ、そんなわけで、久遠寺と私のファーストコンタクトは最悪な形だったわけです。だから、私からどうこう、というのならばともかく、久遠寺から、というのはまあ、無いと思いますよ。少なくとも今は、ね」

 少なくとも今は。

 鷹瀬はそう言った。

 それはつまり、将来的には、

「さて、」

 鷹瀬がすっと立ち上がり、

「随分と時間を取らせてしまいましたけど……これで、貴方ならもう、どうしたらいいかは分かるんじゃないですか?」

 そう言って視線を下す。天城は肩をすくめ、

「どうだろうな。でも、何となくは見えた、かもな」

 鷹瀬は笑って、

「なら良かった」

 手元の、もう中身など大して入っているはずのない缶コーヒーを一気飲みするような素振りだけ見せて、

「それでは、また明日」

 立ち去ろうと、

「あの、さ」

 したところで、足を止め、振り返る。

「何でしょう?まだ、聞きたいことが?」

「えっ……と」

 聞きたいこと。

 そんなもの、いくらでも思いついた。

久遠寺文音という人間が、いかにして中学時代を過ごし、高校に進学し、今を生きているのか。そして、何故天城とすれ違ったのか。その理由は痛いほどに理解出来た。そこに関しての疑問はもうない。

 疑問が残っているのは、

「何で、俺なんだ?」

 失笑。

「どういうことですか?」

「いや、そのままの意味だ。久遠寺には才能があって、それを俺が引き出すような形になった。それはいい。だけど、もし鷹瀬が、久遠寺の書く面白い小説だけを期待してるなら、そのサポート役は俺でなくともいいんじゃないのか?星生だって、二木さんだって認めてる。それなら、もう俺である必要は、」

 瞬間。

 天城は次の言葉を出せなくなる。

 まただ。

 また、その目だ。

 心の奥底を見つめるような、二つのブラウン。

「貴方でなければ駄目なんですよ、天城さん」

 鷹瀬はふっと目を閉じ、

「久遠寺には確かに才があります。それは間違いない。その才が発揮されて、出来上がった作品を見てみたい。それは確かです。でも、」

 再び天城を見据えて、

「私がそれ以上に興味があるのは天城さん、貴方なんですよ」

「俺……?」

 首肯。

「ええ。言ったでしょう。私は貴方の過去を知っている、と」

 過去を知っている。

 そのフレーズの意味が、天城にはすぐに理解できた。

「……期待されても困るぞ」

 鷹瀬はふっと微笑み、

「困って頂いて結構ですよ?それでも期待するだけですから」

 返事が出来ない。

「……さて、それじゃ、今度こそ失礼しますね」

 鷹瀬がくるりと振り返る。

 行ってしまう。

 その背中が、余りにも遠く見えて、

「もし、あれだったら、さ」

「……何でしょうか」

 振り向かない。天城は続ける。

「現代文化研究部、入らないか?ほら、一応俺もいるし、久遠寺は嫌がるかもしれないけど、まあ何とか説得する。星生はきっと気にしないと思う。部室もまあ、広いし。どうだ?」

 どうだ、ではない。

 そんなこと、きっと鷹瀬は望んでいないはずである。星生はどう思うか分からないが、久遠寺だって望んでいないだろう。そんなことは分かり切っているはずなのだ。
 なのに、天城はどうしても声をかけずにはいられなかった。

 そうしないと、鷹瀬がこのままどこかへ消えてしまいそうな、そんな気がして。

「ふふっ」

 笑った。

 鷹瀬は天城の方を振り返り、

「考えておきます」

 それだけ言って、去っていく。その顔に拒絶の色は全くなかった。

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