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5.ゲテモノ好き同士は引かれあう。多分。

「いや、やっぱさ。分かる人には分かるもんなんだわ、この良さが」

「その通り。久遠寺は良く分かっている」

「いやいや。私はまだまだ……あ、文音でいいよ」

 何だろうこれは。

 久遠寺と星生はついさっきまで初対面だったはずである。
 
 こと久遠寺に関して言えば、星生のもう一つの顔である、イラストレーター・月乃茜の存在すら知らなかったのだ。この事に関しては天城も驚いたが、曰く「や、あんま詳しくはないよ?アニメだって見ないわけじゃないけど、そんな積極的に見てるわけでも無いし」とのことだった。要するに久遠寺と星生には何の接点も無かったはずなのだ。そう。数分前までは。


     ◇          ◇          ◇


 話は少し遡る。

 階段の踊り場。星生は経緯を説明してくれた。

 部室に向かうところ、だったそうだ。

 曰く、昼休みは大体そこで過ごしているらしく、今日もそこへ向かう途中だったらしい。
 
 いつも通り一人で、いつも通りの昼食を抱えて、いつも通りの道筋を歩き、いつも通りではない光景に出会ったのだ。天城を連行する久遠寺の姿だ。
 
 星生にとって久遠寺は全くの他人であり、天城に至っては誰なのかも分からなかった。だからこそ、はじめは無視をするつもりだったらしい。しかし、

「これが落ちていた」

 そう言って見せられたのは、天城が久遠寺や、その友人にも見せた、小説の冒頭部分だった。どうやら久遠寺に引っ張られるうちに落としてしまったらしい。それを見たことで何となく興味がわいて、追いかけて、結果として二人の会話を完全に盗み聞きするような形になってしまったのだという。

 そこまでは良かった。いや、良くはないのかもしれない。とにもかくにも話を聞かれてしまった以上、久遠寺としては放っておくわけにはいかない。下級生だったという事も有り。思いっきり懐柔する方向に切り替える。今の今まで天城に詰め寄っていた権幕はどこへいったのかというレベルの猫撫で声で、下級生に優しい、頼れる上級生を演じた上で、

「星生さん……で、良いのかな?一つお願いがあるんだ。あのね、今日ここで聞いた事は全部忘れてほしいんだ」

 無理だと思った。

 いくら何でもギャップが大きすぎる。その上、星生にはなんのメリットもない。当然ながら、星生は首を横に振って、

「それは出来ない」

「そこを何とか」

「難しいと思う。むしろ、もっと話がしたい」

 星生は天城の方を向いて、

「提案がある」

「なんだ?」

「私に、ついてきてくれないだろうか」

 最初、そんな提案に対して、天城は積極的で、久遠寺は消極的だった。しかし、数でいえば二対一。久遠寺がいくらその場でごねたとしても、天城は星生についていく。そうなると久遠寺はただただ置いていかれるだけだ。二人がその後何を話すのかも分かったものではない。最終的には放置しておく方がまずいと思ったのか、しぶしぶといった形で、久遠寺もついていくことにした。そこまでは仲良くなるような兆候は微塵もなかったのだ。

 そんなこんなで三人で部室へと向かう途中、久遠寺が、

「ゴメン、お昼買いに行っていいかな?」

 そう切り出す。

 既に調達を済ませていた星生とは違い、天城と久遠寺は昼食を持っていない。
 
 天城は適当に済ませることが多かったので特に気にもしていなかったが、久遠寺は気になるようで、その調達を先に済ませることにした。別に特別争奪戦が起きているわけでも無い購買部で、適当なパンと飲み物を見繕い、部室へと向かう途中。こんどは星生が、

「少し、寄り道をする」

 そう言って校舎の外へと出た。壁伝いに歩いていき、普段は余り来ることのない辺りにまで足を踏み入れると、

「ここ」

 自販機だった。

 それもただの自販機ではない。すごくマイナーなメーカーの自販機だった。そんじょそこらの自販機やコンビニではお目にかかれないような、なんとも言えないチープな飲み物がずらりと並んでいる。

 星生は自慢げに、

「学校の敷地内だと、ここにしかない」

 知らんがな。

 天城もそんなに学校内の地理に詳しい方ではないが、恐らくこの自販機の存在を知っている生徒はそんなに居ないのではないかと思う。クラスを見渡しても、この手の飲み物を持っているやつがいるのを見たことがないし、そもそも学年やクラスによっては、遠すぎて買いに行くのも億劫なはずである。何せ校舎の裏も裏。裏門の付近なのだ。部室棟からならまだ近いが、それでも多少は遠回りをする位置にある。ハッキリ言って物好きでもない限り、こんな自販機は利用しない。そのはずだった。

 天城は笑って、

「っていってもなぁ。これ、使ってるやつ見たことないよなあ?」

 久遠寺に同意を、

「あれ」

 いない。

 正確にはさっきまで居たはずの天城のすぐ後ろにはいなかった。

 当の久遠寺はふらふらっと吸い寄せられるように星生の背後から近づいていき、

「……星生さん。いや、」

 星生は全く意識をやらずに、

「何?」

 ガシッ。

 久遠寺が星生の両肩を掴み、

「同志よ」

 星生が漸く振り返り、

「おお」

 その目には少しだけ、喜びの色が宿っていた、かもしれない。


     ◇          ◇          ◇


 時は戻る。

 そんなわけで、お互いの存在を全く知らなかった久遠寺と星生は、へんてこな自販機を通じてすっかり仲良くなっていたのだった。ちなみに久遠寺曰く、この自販機には隠れたマニアが結構存在し、学校内、特に教師の間に人気があるのだという。だから、知らんがな。そんな事。

「しかしまあ、うちにこんな部活あったんだなぁ……」

 招かれた部室内を眺めながら呟く。

 正直な所、天城も全くその存在を知らなかった。

 天城たちの通う学校は割と自由な校風である。

 一応制服はあるし、校則の数もそれなりにあるといえばあるのだが、その殆どが形骸化している。実際女子のスカート丈だとか、男子はボタンをきちんと一番上まで留めるだとか、そういうきっちりとした校則も、生徒手帳を確認すれば確かに存在している。しているのだが、学校内をざっと見渡してみても、ちゃんと守っているの生徒は半分もいればいい方である。
 
 通常ならばそんな事態を問題視して、厳しく取り締まるべきという主張をする教師が一人位はいてもいいはずなのだが、どうもいないらしい。それには色々な理由があるが、一番のところは「それで問題が起きるわけではないから」だそうだ。

 そして、そんなゆるゆるな校風を象徴するのが部活動だ。校則を確認すれば、生徒は部活動に参加するのが望ましいという一文は確かにある。しかし、その一文が示しているのは望ましい姿だけであって、生徒が望ましくない姿になる事に関しては何にも言及していない。その為、部活動への参加は別に強制されないし、「部活動は入りたいやつが入ればいい」という風潮が主流となっており、天城も帰宅部のまま現在に至っている。

 ところがどういう訳か、部活動自体の参加率は結構高いらしく、何らかの部活動に参加をしている生徒は全体の80%を超えており、籍だけ置いているという、所謂“幽霊部員”の数も少ないと聞く。
 
 更にはその種類も実に多種多様で、しかも一度成立してしまえば後は部員が一人しかいなくても存続していくシステムなので、何だか良く分からないんだけど、それなりに活動し、それなりの青春を送る場として機能している部活動が乱立しているのである。

 つまるところ、星生の所属しているのも、そんな”なんだかよく分からない部活動”の一つらしかった。

 部活動名は「現代文化研究部」。

 部員数は一人。
 
 部長は星生葵。

 活動内容はその名の通り「現代文化を研究する」である。
 
 研究するといえば聞こえはいいが、現代文化というふんわりとした表現は要するに漫画にライトノベル、果てはゲームまで何でもござれの股の緩さを示しているし、星生がそれらを研究という目的で見ているかと言えばかなり怪しい。
 
 部員が一人なもんだから、当然のように活動日は不安定で、その内容はほぼほぼ星生が漫画だのラノベだのを持ち込んで読んでいるか、絵を描いているかの二択である。部活動というよりは単なる一生徒の放課後でしかないし、部室というよりは星生の部屋といった方が良いかもしれない。

 そんな部室だが、内部は結構整理整頓がなされていた。中央には折り畳み式の長机が二つ。その横にパイプ椅子が二つづつの合計四つ。奥には社長席のような位置に一人分の机と椅子が備え付けられ、そこには数冊の文庫本が積み上げられている。どうやらあそこが部長席――つまりは星生の席――らしい。視線を左右に動かしてみれば、本棚がずらりと並んでいるが、その殆どは空白である。そんな空白に抵抗するかのように、僅かながら入っている本のジャンルは、漫画から専門書までと節操がない。

それらの持主と思わしき星生は仕切りなおすように、

「さて」

 天城に向き直り、

「早速だが、話を聞かせてほしい」

「話を、ねえ……とは言っても、大体聞いてたんじゃないのか?」

 星生は縦に頷き、

「そう。ただ、痴話喧嘩を聞いていただけでは分からないところもあった」

「痴話……え、何だって?」

「痴話喧嘩。夫婦漫才と言ってもいい」

「「誰が夫婦だ」」

 ハモった。そして思わず目が合う。先に久遠寺が目線を逸らし、わざとらしく咳ばらいをして、

「こほん。あのね、葵。私と天城は別にそういう仲じゃないぞ?」

 星生は首をかしげて、

「そう?息ぴったりにみえた」

「いやいや。そんな事ないでしょ。ねえ?」

 話を振られた天城は即座に、

「そうだな、そんな事は一切ないな」

 久遠寺は地の利を得たりという感じで、

「ね?だから夫婦漫才みたいなんてのは気のせいよ、気のせい」

「そう、なのか?」

 そうそうと久遠寺が頷く。星生はまだ微妙に消化しきれないその問題を取り敢えず脇に置いて、

「それなら、まあ、いい。それよりも問題なのはこれの続きだ」

 再び久遠寺の原稿を取り出して、

「今は持っていないのか?」

 久遠寺は意外な所からの一撃に面食らった様子で、

「あ、え?もしかして続き読みたいって事?」

 頷く。久遠寺は天井を眺めながら「あ~~……」と暫く悩んだ後、

「んじゃ、ほら、そこの人に教えてもらって」

 天城を指さす。

「おいこら。そこの人ってどういう事だ」

 久遠寺はジト目で、

「うっさい。あんた、あれでしょ。私のアカウント知ってるんでしょ?」

「ああ、あの殆ど誰も見ていない、自己満足のやつか」

 久遠寺がゆらりと立ち上がり

「ねえ、知ってる?昔のラブコメには、パイプ椅子を武器にするヒロインがいたんだって。再現してみようか、今ここで」

 座っていたパイプ椅子を力の限り鷲掴みにする。天城はいたって冷静に、

「やらんでいい。そもそもそれは相手が特段頑丈だったから許されたギャグであって、俺とお前でやったらただの傷害事件だぞ」

「分かっとるわ!ったく……何であんたは息をするように毒を吐くかなぁ」

「そうしないと気が済まない質だからな」

「最低だなオイ」

「はっはっはっありがとう」

「褒めてねえぞコラ」

 久遠寺で遊ぶのもほどほどに、天城は星生に向き直って、

「で、その続きだったか。それはだな、」

 スマートフォンを取り出して、操作しながら、

「このサイトのだな……えっと……これだ。このアカウント」

 星生はその画面と、自らのスマートフォンを見比べながら、

「ここの……これ」

「そう。作品は一つしかないから分かるな?」

「うん」

 星生は、それだけ言って自分の席――つまりは部長席――に戻っていく。天城がそんな姿を眺めていると横から、

「ねえ」

「おっと。急に距離を縮めるな。暗殺者か」

「違うわい。そんな事より、あの子」

「あの子って……星生の事か」

「そう。さっき天城凄い驚いてたけど、そんなに有名なの?」

 即座に頷き、

「勿論だ。むしろ俺から言わせてもらえば何で知らないんだっていうくらいだな」

「そんなに?」

「そうだ。月乃茜は数年前、彗星のごとく現れた謎のイラストレーターでな。その絵は勿論上手いんだが、その最大の特徴は見る目にある」

 久遠寺は、もったいぶるなと言いたげな口調で、

「……どういう事よ」

「そのままの意味だ。月乃茜が発掘してきた作品は、どういう訳かその後大きなヒットとなる可能性が高いんだ。最近だと……何て言ったかな……小説だか何だかの大賞を取った作品もそうだ。そして、そういう可能性を感じる相手としか仕事をしない。挿絵の依頼だってかなりあるはずなんだが、どういう訳か全く受けようとしない。あくまでフリーの身で有り続けている。そして、その割には、気に入った作品のファンアートは良く描いてるんだ」

「なんで?なんでそんな、」

「分からない。ただ今言えるのは二つ。月乃茜……いや、星生葵は作品を見る目がとにかく優れているという事と、」

 かじりつくようにスマートフォンの画面を眺めていた星生が顔を上げ、

「最初の方だけ読み終わった」

 天城が付け足すように、

「――その星生が気になった作品は、本物の可能性が高いって事だ」

 そう、告げた。

しおり