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第16話

 十五分ほどで朝食を作り終えたナオは、それをテーブルの上に並べた。

「お待たせ致しました」

 ここにきてから、まともな食事をとっていなかった澄人の胃のことを考え、柔らかめに炊いた白いご飯。

 おかずには、甘く良い匂いが湯気となって立ち上っている、じゃがいものおかか煮と、焦げないよう丁寧に焼かれた、ふわっふわの黄色い卵焼き。それから、ほうれん草のおひたしや冷奴、納豆などもある。

 冷蔵庫内にある食材だけで用意したので、味噌汁だけはインスタントになってしまったが、それ以外はすべてナオが作ったものだ。

「じゃあ……いただきます」

 手をあわせ、朝食を食べ始める澄人。その彼を、ナオはテーブルの横に立った状態で見つめていた。

(澄人が……澄人が、私の料理を食べてくれています……! あ、味の方は、口に合っているのでしょうか? 吐き出していないところを見ると、不味いということはないと思いますが……)

「モグモグ……」
「お味はいかがでしょうか?」

 料理が澄人の口に合っているかどうか、気になって仕方がなくなってしまったナオは、澄人に聞いた。

「あ、ごめん。こういう料理って、久しぶりだから……つい、食べることに夢中になっちゃって……とってもおいしいよ。作ってくれて、ありがとう」
「い……いいえ。お口に合ったのでしたら幸いです」

(よかったです! 澄人がおいしいって言ってくれて……しかも、ありがとうって言ってくださるなんて……私が料理できるのは、姉さんからいただいたデータのおかげなので、お礼なんて言っていただかなくても……うふ、うふふふ)

 そう思っていても、やはりナオの外見的な表情や態度は変わらない。けれど、もし感情を表に出すことができていれば、今頃彼女は頬を赤くし、そこに両手を当てて体をくねらせていることだろう。

 彼女がそんな心境でいると、澄人の茶碗があっという間に空になった。

「おかわりはいかがなさいますか?」
「じゃあ、お願いするよ」

 澄人から茶碗を受けとると、彼女は炊飯器のところへ行き、ご飯をよそい始めた。

(私の料理、おかわりまでして食べてくれるなんて……ああ、もう幸せ! 幸せです~!)

 アーティナル・レイスは本来、人間の役に立つことに喜びを感じる傾向にあるが、ナオは今まで、会社のプロモーション活動や実験機としての仕事ばかり。誰か――特定の個人に仕え、役に立ち、世話をするということがなかったため、なおさら幸せに感じるのだろう。

「おかわりをお持ち致しました」

 ナオがご飯を盛った茶碗をテーブルに置くと、澄人は目を丸くした。

「す、すごい大盛りだね」
「はい?」

 そんなによそったはずは……と、ナオが茶碗を見てみると、なんとご飯が山盛りになっていた。

(わ……わわ、私ったら、なんて非常識な量を……)

「……申し訳ありません。多めによそい過ぎてしまったようです。すぐに減らしてきますので」
「ああっ、別にそういう意味で言ったわけじゃないんだ! たぶん、減らさなくても大丈夫だから。ナオが炊いてくれたこのご飯、柔らかくて食べやすいし」
「そうですか」

 ナオは茶碗に伸ばしかけた手を引っ込めると、心の中で反省を始めた。

(う~……いくら澄人に料理を食べてもらえるのが嬉しいからって、こんな単純なミスをしてしまうなんて……姉さんがいたら、間違いなく注意されちゃっています)

 そうして彼女がしょげていると、澄人は箸を止め彼女の方を向いた。

「あ、そうだ! よかったら、ナオも一緒に食べようよ!」
「いえ、私は……」
「遠慮しなくていいから。僕も一人で食べるより、君と一緒に食べた方が楽しいっていうか、嬉しいっていうか……」

 ようやく笑顔になってくれた澄人。その笑顔に影を落としたくなかった。

 彼がそれを望んでいるのなら――できるのならば、一緒に食事をしたいとナオも思った。けれど……

「……申し訳ありません。私は食事をすることはできません」
「どうして? もしかして、食費のことが気になるとか?」
「それもありますが、今の私は食事をすることができない体なのです」
「食事ができないだって……?」
「久重重工の実験機として使われることが決まった際、試作型のリアクターとジェネレーターを搭載するために、食べ物をエネルギーへ変換するためのリアクターが取り除かれました。ですので、食事をすることは不可能となっています」
「……ごめん。そんな事情があったなんて、知らなくて……」
「お気になさらないでください。今の私には、食欲というものはございませんので。食事を取らなくても問題ありません」
「じゃあ、せめて座ってくれないかな? 立って待っていられるのも、気が引けるし」
「わかりました」

 澄人と向い合う形で座ったナオは、澄人の食べる姿を見て、彼とはるが食事をしている光景を想像した。

(姉さんもこんなふうに座って、澄人と食事を共にしていたのでしょうか)

 そうして見つめ続けていると、彼の箸がまた止まった。

「その……ナオは、また食事を食べられるようになりたいと思ったことはない?」
「ないわけではありませんが、あまり考えたことはありません」
「だったら……もし仮に食べられようになるとしたら、何か食べてみたいものはある?」
「……強いて言うのであれば、パフェを」
「パフェ?」
「はい。過去に一度だけ、味覚テストを兼ねて、姉さんと食事をしたことがあります。その時に食べたのがパフェだったのですが、とても美味でした」

 その時の味をデータとして記憶していたナオは、今でも鮮明に思い出すことができた。

(あの時食べたパフェ、アイスクリームやいちごが乗っていて、甘くておいしくて……姉さんも、とっても嬉しそうに笑っていました)

 もし叶うのなら、またパフェを食べてみたい。そう思っていると、

「じゃあ、僕が食べられるようにしてあげるよ」

 澄人がそんなことを言い出した。

「今すぐには無理だけど、いつか……いや、この実習期間中に、君がまた食事をできるように治してあげる。約束するよ」
「ありがとうございます。ですが……」

 それは決して簡単なことではない。そもそも、そのような機会が訪れるとは限らない。それに、例え食事ができるようになるとしても、ナオに残された時間は……。

「どうしたの?」
「……いいえ、何でもありません。治すと言っていただけるのはありがたいのですが、そのお気持ちだけで充分です」

 言う必要はない。言ったところで、どうしようもできない問題だと、彼女は黙っていることにした。

(せっかく澄人が元気になってくれたんです。私のことで心配をかけてはいけませんよね、姉さん)

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