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まあ、言いながら違うだろと思っていましたよ。
僕の腰に手を回して抱き着いたじゃないですか。
あなた、素直になれますね。じゃあ、いきます。
何度でも言いますよ、あなたその格好が目ざわりです。
不愉快です。見ていられません。社内ならともかく街を歩いたら職務質問です。
会社は大迷惑です。
在庫を抱えるし売らないし。あなたの覚悟は口だけで。あ、そうか。

「先輩。もっと分かりやすく口説いて下さい」
しかしだ。おかしい。何かがおかしい。諭したのにこの様か。
もどかしい。わずらわしい。放り出したい!
「先輩、二度と言いません。僕が冷静なうちに、もぞもぞ動くの止めて頂けません?」
「暖かいな、後輩」
理解はしたが。先輩、ここは社内です。バックヤードです。
どきなさい、盛るな変態、何処を触るか許すまじ。
バン! とお尻を叩いたら流石にへこんだ。子供か、矢張り。
「先輩、愚行をお許し下さい」
「痛いぞ、後輩。折角、暖をとったのに。寒いんだ」
分かるなら止めたらいい。
レディースを着る意味すらもう理解出来ない。

「ならば先輩。今度こそ普通に。一般常識に添うお姿されますね? でなければ抱きません。如何です」
「後輩」
「はい、そろそろ在庫の確認ですね」
言わないんだろ。
「取引先への売上報告はFAXなんですね。データ送信の方が楽なのに。そこはまだ開発過程なんですか」
意外だな。まあ、先方に技術がなければ叶わないか。
しかし大企業の意向に沿わないとはね。
ああ、いましたね。ここにも。
社風を問われる変態が。


思い出しましたよ、先輩。
子供服屋でバイトをしていた時の事です。
幼少期の男児にフリルを着せる親御さんがいました。可愛くて仕方ないんだと眺めていました。
あなた、その癖が抜けていないんですね。そうですか。分かりました。あなた子供です。
「何だ、後輩。口元に笑みを浮かべて」
よく見てますね。おかしいな。

「透けて見えるようで大変恐縮です、先輩」
あなた、おかしんです。このわだかまり、一気に出しますよ。口ではなく心です。
先輩、一応尊敬していますからね。
「先輩、」
「薄目が麗しいな、後輩」
「そうですか? あなたねえ……」
伝われ、その薄い生地から。
さあ、聞け先輩。怒り心頭だ。
売り場に立たすか足手まとい。僕に告白も出来ない情けなさ。
いつまで待とうと抱きません。
子供であろうと、あなたは成人。甘やかすか馬鹿野郎。
この変態、再教育だ。どうして靴の販売未経験の僕に執着するんだ、早く言え。
もう待たん。

「……何か言ったか」
「いいえ? 先輩。僕の目だけ見てて下さい。良い目だと仰いましたよね?」
まだあるぞ、こん畜生。
あなた、社内のお荷物だから、こんなに売れる見込みのないフロアへ飛ばされたんでしょう。
何が覚悟だ、引けないだけだ。
現に僕にも何も言えない、荷物抱えて吹っ飛んでくるだけだ。子供か!
入社前に僕を散々脅したのは、全部押し付けたかったんだろう、販売経験のある僕に。
先輩、あなた接客が出来ませんよね。見抜いてます、出来る人ではない、気配りがない。
今まで大事に育てられた事でしょう、世間を知らないのは罪ですね。
傷を負わないと成長しないんです。
ぶつかるだけでは相手が怪我するんです。知らないでしょう。今まで怪我してないから。
僕しか見てないあなたに何が出来ます、必要なんでしょう?

言えば応えるのに、間抜け。
いつから僕に気づいたんだ。いつからそんな服を着たら人目が惹けると勘違いしたんだ、とち狂い。
僕を見て盛るのも知ってる。
尋常じゃない目つき、欲情してる。

じゃあ、言えばいい。
どうなんだ変態!
「何か言ったか」
「いいえ? 靴の在庫確認でしたよね」
何処の幼稚園が引き取るんだ、こんな根性なし。子供の方が可愛いぞ。しがみつく。


「常葉くん、お客様から手土産を頂いているんだって?」
まずいか。
まさか総務に呼び出されて、その話が出るとは。社風が問われる。迂闊だった。
「皆さんに配れば問題はない。どうも1人で抱え込んでいるものがいるようだ。そこが問題」
ああ。変態が喜んでさらうなあ。
「元々、風格がないからな。どう? きみから見て。先輩格だけど」
さらりとずばり聞く。
これは本音を言うしかない。
「僕は入社間もないスタッフですが、疑義の念を抱いています」
「そうだろう。解任させる。きみがM社に出向するときだけ居させるのも意味がなさそうだし」
あらら、先輩。
庇えないしな、実力でもあれば説得するけど。
僕は矢張り愚直なんだ。
感情むき出しなところはどうかと思うし、服装もおかしい。何も言わないのも納得しかねる。
「常葉くんって動揺しないんだね。流石は経験者。少しの間だけど一緒にいたのに」
「はあ。業務です」
「誰も救わない人っているね。感情のコントロールも出来ないものは接客に向かない。きみはよく理解している。あれとは違う」
あれ。
「誰が雇ったか。正直、怪しいものがいるとお客から苦情も入っているんだ」
まあ、そうでしょうね。
「きみは凄いな、M社に引き抜かれただけある。全く庇わない。まるで子供を放置する親のよう」

「後輩、何で呼ばれた?」
僕しか見てないな。おかしい。本当に困る。
大体、いつもあなた。あら、

「普通の服。お持ちでした?」
丈がやや長いチュニックだけどギリギリセーフ。これならメンズにもある。
「どうされました。雪でも振りますね。まあ、でも、その方がおにあ、」
ガン見してる。
ああ、そうか。僕から言わないとダメなんだ。
でも惚れ直させないと。それくらいの努力はして頂きます。
今もあなたを庇いませんでした。
「先輩。恐らく近日、あなたに厄運が訪れますよ」
「脅すな、後輩。最近、妙に上から物を言うな」
言ってるんですよ。
分かるんだ、子供でなくてよかったです。
「不躾を承知で申し上げてよろしいですか」
「何が」
「辛い時は呼んで下さい。暖めます。それくらいはします。あなた、僕が好きでしょう?」

無言か。

「業務は任せて下さい。でも、どうかご自分を見失わないで。結構、近くにあなたを心配するものがいますよ。そろそろ言わないと、僕は売り場に戻ります。手土産も、もう差し上げません」
子供は手がかかるな。
「冷酷だな」
「あなたがそうしろと仰いました。冷酷に売れと。だから、あなたにそうしているんです。分かりませんか? 僕は買う気はありません。売りに出ました。これ以上は譲りません」

「品格の意味が分かるかい、常葉くん」
M社の直営店は息が詰まるな、だけど経験に繋がるし。
「己の正しさとか規律、ですか」
「ゆるがないもの、と私は捉える」
成程ね。
気持ちに芯があればぶれないな。
「きみにはありそうだ」とビットモカシンをかざされた。
「馬蹄つきのモカシン、きみが初見で私に勧めた靴だ。在庫は切らしていたが」
「ええ、よく覚えておいでですね」
「もう値段は把握出来るようだな」
それなら14800円。
「まだまだきみには期待している」
「ありがとうございます、では今日は失礼します」

定時でも直営店だから20時あがりか。そろそろ学業に響くぞ、どちらか引かないと。
引く。
あ、そうだ。
僕もそうなのか。
どうする今更。放り出したからな、このまま見過ごすか。それにもう売り場にはいないはず。
いや、いる。人生を見失った人だ。行き場はない。解雇されて傷を負ったから本物になれる。
今なら、先輩は自分を取り戻せるんだ。傷なしで得られるものはこの世にない。
先輩、気づかれましたよね。


あ、しまった。店に靴を置いて来た。
内羽式のストレートチップ、センターの尖ったデザインで「きみに合う」と履かされている。
手入れしないと。は、ああ、そうなんだ。
僕がここまでこれたのは、変態・いや、先輩の押し付け・いや、機会があったんだ。

折れてあげます。

迷子は迎えに行きますか、通報される前に。
先輩、あなた、僕の人生で最初に駆け寄らせるんですからね。
本気で責任取らせます。惚れ直させて下さいよ、必死で口説いて来い、接客経験者の上を行け、変態。
走った後に何かが割れた感触。
ああ、もう薄氷が張るんだな。
割りましたからね。
今、粉々に、先輩の言う通りにしましたから、今度は応えなさい。もう機会は与えない。
「常葉くん、今日はM社ではなかったのかい」
「ええ、少し別件で」
「仕事でなければお客用の出入り口を使って」
ああもどかしい。
「はい、では」
今夜も賑わうな、流石はショッピングモール。さて、いい子でいて下さいよ、階を駆け上がります。


おわり
ありがとうございます

柊リンゴ
追記
ここまで読んで下さってありがとうございます
またご縁がございましたら、よろしくお願い申し上げます

柊リンゴ
ブログ「ヒロガルセカイ。」投稿内容とか作業をぼやいてます 告知もここです



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