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「すみません、店員さん。聞いていいかしら」
あら親子連れ。
「息子が会社員になって初めての秋口、履く靴を探しに来たの。お勧めは?」
「畏まりました。お尋ねしますが、どのような職種で」
「オレは営業です、ほぼ毎日車に乗るし取引先めぐりとか。疲れなくて手入れがしやすいのがいいかな」
いける。
「本革よりも合皮のものがよろしいかと。本革ですと毎日クリームで艶出ししなければ光沢を失います」
「へえ、そうなんだ。でも、皺とか入ると見栄えが悪いんじゃない? 店員さん」
「合皮でプレーントゥなら足の負担が軽減されますので、履くのも楽ですし、皺は寄りにくいですよ。営業職なら足のむくみが危惧されますよね。甲が広いので、安心して1日通して履けます」
「替えは? 何足くらいあったらいいかな」
「最低でも3足は必要かと。毎日履き替えて下さい。靴への負担が減りますので長持ちします」
「足の消臭はどうしたらいい? これは靴屋さんに聞く事じゃないかな?」
あ、これ。
丁度良かった。ギリギリまでネットを見たからな。
「消臭スプレーもご用意出来ます、こちらですね、お値段が699円で、」
は?
「あの。スプレーはお気に召しませんか。では、ご家庭で簡単に」
「店員さん。5足買います。下の名前を聞いてもいいですか?」
「は、」食いつかれてる、どうして。お母さんあなたも両手を口に当ててどうされました。
「可愛いですね、何処かの事務所とか入ってますよね? 毎日ここにいます? 来ていいですか?」
「息子と一緒に来ます! 何か差し入れしましょう。手際のよい可愛い店員さん! お好みは?」
雪崩。
「靴を買って頂けたら、その」
どうする。
「いつでもここでお待ちしております。お買い上げありがとうございます。お名前お尋ねしてよろしいですか? 覚えますので」
6万弱、感謝します。よく分からないけど。
「きみ、見かけないな。今日からかな、新人さん?」
サラリーマンかな。午前中にお散歩?
「ええ、今日からです」
「何かお勧め出来る? ちなみに私は販売業。さて、どうかな?」
あらら。試されてる。
見くびられても困るな、わずかな知識だけど。ここで引けない。
「お客様の風格から幹部職とお見受けします」
「ほう、これは。驚いたな、きみ、何処かで働いてた? 経験は?」
「子供服屋ですが」
「やさしい顔立ちだと思ったよ。理解した。じゃあ、お勧めを3足ばかり見繕って。27センチ」
ボックス型の椅子に腰かけて足組みか、これは僕が探す様さえ楽しみつもりだな。
あ。
これだと思ったビットローファーのサイズが切れてる。
在庫を持たない危機感を尋ねたい。売り逃すだろう。
「きみが探しているのを当てようかな」
「はい?」
「馬蹄型のついたローファーだろう。だが、その様子だと在庫切れ」
読まれているな。
次、どうするかな。
「まず、こちらを」と1足、棚から持ち上げた。
「本革です。ロングノーズのスクエアトゥ。外羽式で優雅で気品があります。お客様に如何かと」
「ほう、ロングノーズは履いた事がなかったな。こうして見ると確かに優雅だ、スーツに合うな」
「ちなみにバンプアンドグラインドです」
「おや、ブランドものか。へえ、面白いものを出すね。そんなものがあったんだ。知らなかった。私は割とよくここに来るんだが、そんな提案はなかったな」
せんぱい。

「じゃあ、試し履きしてみる。靴ベラを貸して」
「はい」あ、子供服屋の作法が抜けていなかった。子供目線を気にして両膝をつくのが癖だった。
「……きみ。幾つ?」
「はい? 20才ですが」
「大学生?」
「ええ、そうですが?」
「ふうん。まだ伸びるね。見つけた、私はこういうものだ」
名刺、ですか。え? これ、店に出している国内有名ブランドのM社。幹部? はあ?
「大学行くか辞めるかはきみに委ねるよ。とりあえず、きみの上司に談判する。きみの給料はうちが払う。今、時給は幾らで雇われた?」
「1500円、ですけど」
「満足? もっと出す。きみなら後500円足しても少ないと思う」
何が起きているんだ、交渉にしか聞こえない。
「きみさあ、うちの会社の靴を売りなさい。伸びしろがある。ここで収まってもいつかは解雇だ。バイトだろ? 将来が見据えない不安を解消する。きみが気に入った。うちが引き取る」

初見で、しかも今日から売り場に立ったと話したよな。
何が気に入るんだ。
ヘッドハンティングでもないだろう、僕は在庫切れすら把握していなかった初心者だ。
「きみ、今。私に靴を履かせようとしたよね」
「申し訳ございません。前の子供服屋では履かせる事が主だったので、つい癖で。失礼致しました」
「両膝をつく姿勢は、そこで学んだんだ?」
「仰る通りです。不躾をお詫びします」
恥をかかせたか、まずいな。
「そこがいいんだよ。謝らなくていい。それをするスタッフは初見なんだ。驚いた」
はあ。
いいのか、でもしかしもどかしい!
「この頂いた名刺と、何か関連しているのでしょうか。正直、自分には不相応なお話だと思います」
「うちの店、ここの近くにあるの知ってるかな?」
あ、配属前に立ち寄ったな。全面ガラス張りの綺麗な空間で、美麗。高級感が溢れていた。
流石に買う振りをするのはためらいを覚えて、陳列された靴だけ眺めたけど。
「その店にきみを立たせたい。ガラス張りだ。ラグジュアリーな空間こそ、きみは腕を試せるんじゃないかな。このショッピングモールだと、高級な靴は売りにくい。思わないか?」
「ええ、感じますが。なんとか努めようかと」
「接客技術のあるものが欲しいんだ。安い靴ならスタッフ抜きで売れる。だけど高価なものはね」
ああ、そうか。
人件費、これか。


「この靴、値札を見なくても分かるよ。15800円くらいだろ」
「え、」
何故、分かるんだ。
見ただけだぞ?
「そのレベルまで行かないか? 指導するよ。教育を惜しまない。きみはこの売り場に立つまで、会社から何か教わった? ないよな、そういう社風ではない」
そうだけど。

「ここは大企業だ。人材育成よりも経験者を求める。雇用したら即戦力扱い。何も知らずとも売り場に立つ。お客は商品知識のあるスタッフと思い込み、尋ねてもいつかはきみは知識のなさを痛感するだろう」
言い当てられてるな、しかし。

「この会社を希望して採用されたからには勤めて、」

「愚直だね。今、きみをすくい上げないと気の毒だな。それともこの会社に何か恩でもあるか?」

恩、は正直ないな。
固執しているものもない。
「飼い犬みたいだよ。嫌な言い方して悪いけど」
「そうでしょうか」
「とりあえず、後日改める。少し時間をあげよう。でも、きみを助けたいと思うから考えて欲しい」
返された革靴がやけに重く感じた。
これ、こんなに固い感触だったかな。
「連絡していいよ。きみなら」と立ち去られた。
参ったな。
どうしたらいいのか。M社に行けば間違いなく自分のレベルは上がる。
この流れに乗るかな、

は!?

轟音が鳴り響いたから振り返るとガラスの板が落下して割れてる、耐久性がないのか、いや違う、そこじゃない。どうして落ちる? 接合してあるはず。
床に敷き詰めたペルシャ絨毯を真似たカーペットに、薄い緑色の破片が散らばる、何これ。
近くにお客はいないよな、安全が最優先だ、ああ、あと保安に連絡して清掃担当と。
持たされている社内専用のスマホを取り出すと、手首ごと払われた、はあ?
「何しているんです、先輩。……まさか、暴れていませんよね、バックヤードではありませんよ」
「後輩、おまえの代わりに砕いたぞ」

店の備品を破壊するなんて、先輩、あなた、気は確かですか。
本当におかしいんですか?
あの男気は、なんだったんです。
この人、取り乱してる、まるで自分に目を向けたくて親の前で暴れて床に転がる子供のよう。
何回も見た、お店で。その顔、目、あなた幾つです。

「あなた、何を」
「ここがなくなれば行けるんだろ。違うか?」
え、何を。
「選ぶのはおまえだ後輩。俺も正直、初日でさらわれるとは予想しなかったが。こうなると話したよな」
「先輩。暴れ方が酷すぎます。あなた自由奔放すぎますよ」
「その話じゃない」

「首輪を今まさにつけられている後輩。それを外せるか。数時間ですっかり社畜じゃないか。会社に依存しても助からないぞ。渡る船があるなら乗ったらどうだ。男として、腕を試してみないか」

そう言いながら目で何か訴えてますね。あなたの男気はどうやら、まやかしか。
接客経験者を舐めると痛い目、遭いますよ。先輩。
縋るような目、なんですか。おかしい。何かがおかしいですよ。

「おまえは自由だ、さあ、行けばいい。俺のように信念を持て」

その格好で言うかな。
シャツって言ったけどブラウスだ。誰が見ても分かる。会社に借りてるんだよな。乗せられているよな。
おかしい。
先輩、あなた何しているんです。
僕に構う前にする事ありますよね。出会って累計数時間、でも分かる。
「僕に言いたい事がありますよね」
「今、話しただろ」
「違います」
あなた、どうして僕を知ったんです。
そこですよ。
経験のないものを側に置く意味、なんですか?

もどかしいものは分かった。
あなた、さっきから側にいたんじゃないですか。そうでなければ話が聞こえませんよね。
例え6畳ないフロアでも。

「先輩。その格好を止めて下さるなら、側に居ます」
「たわ言を。おまえ、ここは売り場だぞ」
話したい顔していますよ、子供ですか。
いつから僕をそんな目で?
容易いな。子供を相手にしてきたからかな。

「バックヤードに連れ出したら、あなた、もっと暴れますよね」
「暴れるのは、」
分かった。
そう言う事でしたか。あなた、誤魔化さなくても可愛いんですよ。
何時からそんな姿を晒していたんです。誰を待っていたんです? 
自由って、あなた本当は手にしていませんね。

「飼い犬ってあなたでしたね。そういえば仰った。『俺のようになるな』と。僕を庇うには悪戯が過ぎますね、先輩」

「これ以上は売り場でお話しません。先輩の立場があります。こう見えて、僕も引く時は引きます」
あなた、おかしいです。
ここまで追い込んだのに落ちないか。

勘違いか? いや、そうじゃない。

「先に休憩、頂きますね。先輩。少し頭を冷やします。その方があなたのためでもあります」
「急に上からものを言うな、後輩」
「ん? そうですか。後輩の務めだと思いますけど。先輩、姿見をご覧下さい。その様、おかしいですよ。ブラウスがレトロで合わないとか、ヒールを高くしろって言う意味ではありません」
これは手こずるかな。
まあ、きちんとした格好を見ていないから本気出さなくてもいい気はするけど男気に惹かれる。
少し放るか。
「失礼します」
一礼して休憩室へ向かった。靴音は聞こえない、良かった、売り場で暴れてない。
でもガラス片が。それくらいはご自分でして頂こうかな。僕を庇いすぎてる。気づいてくれるかな。



ああ、珍しいな。休憩室が分煙でしかも空調設備が整ってる感じ。
煙草を吸わないから分からないけど、煙は臭うからな。助かる。
「常葉くん、少しいい?」
あら。総務の方。面接前にお会いしたな。
「きみを寄越せと言われたが。話は聞いてる?」
手回しがいいんだ。
「はい」
「じゃあ、よろしく」
「は?」
「きみは取引先からお給料を頂くんだろう。もっと顔が見たかったが仕方ないな」
あらら。本当にあっさり切るんだな。
そうか、するとどうするかな。
放っておいたらまずいか、しかしな。
……薄着で出歩く季節ではない事くらい話さないと出て行けない。


バックヤードを歩きながら『相手に惚れるな』と言われたのを思い出した。
相当、躾けられた飼い犬かな。
尻尾も振れないなんて、これはおかしい。どうしたら。って、何この轟音。またか! 
僕がいないと駄目なのか。
不器用な圧が半端じゃない、もう手に負えない、このタイミングの良さが逆に怖い!

あなた待ちなさい止まれ!
それ、前の店で見ました、大量な納品があった際に使うワゴンですよね、何抱え込みました。
在庫金額が相当のはずです、圧迫してます、分かるでしょう。

「先輩! 僕は出て行きますから止まって下さい!」
怪我します、もう嫌。
って、突っ込まれてまただ。今度は両足取られた。何がしたいんだよ、組み敷きたいのか。許さない。
「先輩。腰から下、持っていかれたので今度こそ離して下さい」
屈辱しかありません。何これ、松葉……違いますよね?
後頭部打ったし、髪も多分ぐしゃぐしゃだ。尻なんてワゴンに預けているし恥辱。
「もう出て行きますから。帰ります」
何も言わないな。
身を翻して立つと「あなた。どうしてこんなに在庫を抱えました?」
緑色の箱が見る限りで30はある。セール品かな。
「後輩が来るから手伝わせようと」



「あなた。言うのが遅いです。もう僕は出て行きます。でも、何処でもお会いしますよ。呼んで下さるなら。先輩、どうなんです」

圧すからな。
はっきりさせるぞ、こんな狼藉働く先輩をこのまま置いていけないし。

「後輩の分際で生意気だ」
ああ、そうですか。
あなたおかしいです。
ここまで僕は譲りましたよ。
何処かおかしい。まだ見抜いていないものがあるのか。まさかな。
自分の洞察力には自信がある。培ったのは子供服屋、我儘言う子供の相手で。は? もしかして。


店を出る前に事務所へ立ち寄り「半日でしたがお世話になりました」と一礼した。
「カードはスキャンしないといけないから、後日持参するか郵送して」
「はい」
本当にあっさりだ。
おかしいぞ、ここだな、突いてやる。
「お尋ねしたい事があるのですが、よろしいでしょうか」
「何かな、常葉くん」
「どなたが僕の身辺調査をされましたか? あまり耳にしないし、これで跡にするのは個人情報が気がかりなんです」
「総務だよ。話したよね」
ああ、違うか。
良かった、そこは間違えてて助かりました。
「またお店においで。買い物だけになるけど」
ばっさりだ。
「ありがとうございます。貴重な経験でした」本当に。


社員用の出入り口を後にしたら、かなり外は冷えていた。
先輩、薄着の事言ってないけど平気かな。
まあ、ぬくもりを求めるな・と言ってたし。
いいか。
いや、違う。分かりにくいな、どうするか。
建設してから半年もたたないこの建物を見上げた。灰色がかかっている。
知らないうちに、煤けたのか。
煙草の煙もこの冷たい風も通らない場所にいるのに。

僕はこのまま出て行きます。あなたが追うなら違いますけど。
そうでしたね。
まだ、あなたの名前を呼んでいませんでした。
ここまで追い詰めたの、先輩が初めてです。

名前って難しい、呼ぶタイミングを失うと流れる。でも大事。
あなたが先に名乗りました。
気づけないのは僕でした。何処かで会えたら、呼びます。もうお会い出来ないでしょう。


寝過ごしたい朝にしつこく鳴るスマホを持ったら『常葉くん。店に戻れるかな』おい。何だ。
『お客がね、きみがいない・どうしたとサービスカウンターで騒ぐんだ。お菓子を持って』
ああ、あの親子連れ。落としたな。大失態だ。親子の人生狂わせた。
「すみません、でも僕は」
『先方は掛け持ちでいいって』
そんなうまい話が何処にある。どうせお給料はM社持ち。分かる、僕を売ったんだから。
『今から来れる?』
「今起きました」総務、あんたのせいでだ。
『待ってる。よろしく』おい切るな。

そういえば先輩に会わず2週間。お元気かな。まあそうだろうな。
暴れて手もつけられないだろう。
頬を刺す北風が辛い。参った、どうしてだ。あの変態暴走先輩が気がかりだ。
何をお召しだろうか。止めろと言ったが社畜。
行きかう女性を眺めてはまさかなと思う。嫌な妄想。
ブーツのヒール音に身震いする。先輩、責任取らせます。

北風を受けて行きかう人が足早になる季節に、クラシックトレンチコートを羽織って歩道橋から見ろしたら雑踏の中から交差点を歩く姿を見つけた。
咄嗟に駆け出して階段を下りると信号の先で待っていた。
意外だった。あなたも僕に気づいていたんですか。

「何だ、後輩。この飼い犬が。好いようにされても黙るくせに俺を見つける嗅覚はあるんだな」
「先輩。そんな女子が持つようながまぐちのショルダーバッグを掛けていたら見つけますよ」
それも黒地にファーなんて。
「お話があります。お時間頂けます?」
「寒いから帰る」
このわだかまりをどう伝えたものか。本人を目の前にすると余計に言葉が出なくなる。
何故なら先輩、まさかです。
あなた何してるんです。社内だけじゃないんですね。
ご趣味ですか、いよいよあなたおかしいです。
僕が止めます止めさせます。
あなた、おかしいんです。身を隠して心も隠すおつもりですか。
オーガンジーのように透けて見えます。

僕を好きだと言いなさい。


「先輩。いえ、近衛さん。寒いなら、この羽織っているコートをお貸しします。着て下さい」
「着る訳ないだろ。おまえの趣味は俺に合わないし、第一、おまえが寒くなる」
「薄着で出歩く近衛さんが心配です。人に暖かさを求めるな・と仰いましたね。でも探してますよ」

さて、どう切り出せばいいやら。この感情は何か分からない。駆けた意味も己では理解出来ない。
構えば避けるし、逃げれば暴走、大事故だ。言葉1つも油断出来ない、許さない。
しかし避けては通れない。関わってしまった。この人、僕が好きだから。

「自由奔放な近衛さんを見て、決断出来ました。僕はもう飼い犬ではありません。否定しても拒絶しても同じ売り場に居ますから。薄着で歩かせません。近衛さんは僕の先輩です。見本になって頂きます」
子供の扱いには慣れてます。

大企業と言うのは人を切り捨て、思うように操るのか。
成程、いい勉強だ。
この店には週2日。M社に週4日。僕は何がしたいんだ。あなたのせいです先輩。
やけに嬉しそうですね。
素直になれば可愛さが増すのに、いつ言おうか。タイミングを間違えば社内の珍事だ。
この変態。
「後輩。今日のシャツも似合う」
「そうでしょうか。僕にはこれはニットにしか見えません。しかもVネック。鎖骨が露わです」
「色がいいな。肌色」
「先輩。これは白です。何処をご覧になられているか分かります。御自分で何を言われたか自覚ありますか?」
言わないな。もどかしい。わだかまる。
「先輩。ところで1ついえ、2点3点よろしいですか。僕はあなたに話したはずですがご理解頂けませんね。いなくなりますよ。よろしいんですか。そのサーモンピンクの燕尾長の、」
ふと横を見たらいない。あら。

ぐっ!
小柄とはいえ、全力で胸に飛び込まれると辛い。子供のそれより重い、当たり前。
バックヤードの壁に頭をぶつけたし、腰を打ち付けた。股座に埋まって何ですか。
おかしい。
先輩は僕を抱きたいんですか、許可しません!


「先輩! 体当たりはありません。お言葉を頂戴したく思います。先輩は変態ですが人間です」
「いい腰つきだな、後輩。M社で何かあったな?」
「先輩。嫉妬される前に僕に言う事ありません?」

腿の上に鎮座してるな。危ないな。これ触るぞ。
とんだ化け物だ、僕を絡めとりたいのか。

「先輩。そのおかしなメレンゲニットチュニック、捲りますよ。どいて下さい。あなたが僕に尻尾を振らないなら組み敷きます。首輪をつけて鎖で繋いで僕が飼い慣らします。お覚悟は?」


しおり