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62話 胎動

「それじゃあな。無理すんなよ?」
「ああ、インギーも。それから、私がいなくて寂しいからと言って、浮気などしたら……」
「………ゴクリ」
「スパっといくから気を付けろ」
「オ、OK!了解だ」

 何をスパッと行くのかわかんないけど、妙に緊張感のある夫婦の別れの挨拶ね。イングおにいが一瞬内股になって汗ダラダラになってた。そしてメッサーさんの視線は、今までに見たことがないくらい鋭かった。ああ~、怖い。

 迷宮から帰還したあたし達は、戦利品をギルドへ売り払い、迷宮攻略の指名依頼の達成手続き。
 それから一旦領都に戻って、あたしの家の管理やお世話になった人達への挨拶。お家の管理は隣のおばちゃんが請け負ってくれたわ。

「あんたが迷宮に行ってる間もやってたんだ。今までも何も変わりゃしないよ」

 そう言ってカラカラと笑いながら、たくさんのミートパイを手渡してくれたおばちゃん。嬉しいなあ!
 そしてまた迷宮街へと戻って来て、お世話になった人達へ挨拶をしている所なの。結構忙しかったわ。

「ラーヴァさん、これを」

 コルセアさんが何かお姉ちゃんに手渡してる。

「これは?」

 小さな箱を受け取ったお姉ちゃんは、不思議そうな顔をしている。

「認識阻害の効果があるピアスなの。耳、隠さなくても大丈夫よ? それがあれば」

 ああ、なるほど! 今は帽子で耳を隠してるけど、隠す必要がなくなるのね。あたし達が迷宮に潜っている間に作ってくれたんだろうなぁ。

「ありがとう、コルセアさん!」
 
 お姉ちゃんがうれしそうに、小さな魔石がぶら下がる感じのピアスを耳に付けた。
 あ! すごい! 長く尖ってた耳が普通な感じ!

 そしてアインさん達騎士団の面々や、馴染みの冒険者達、それにセラフさんも見送りに来てくれている。

「皆さん、どうかお体に気を付けて、無事に戻って来て下さいね」
「そうそう、シルトちゃんに何かあったらおっちゃん達が悲しむからな」
「シルトちゃん、大丈夫か? 忘れもんはないか? 俺が一緒に行ってやろうか?」

 うん。今日もおじさんにモテモテね!

 迷宮街から街道へと出る所には、丸太を組んで作った簡易的な門が作られていて、いずれ迷宮街全体を柵で囲う計画らしい。
 門の所で振り返り、見送りに集まったみんなにもう一度挨拶をする。心配そうな顔、寂しそうな顔、ここは俺に任せろとでも言いたげな顔。色んな思いを乗せた視線があたし達を見送ってくれる。

「みんな! 行ってきまーーーす!!」

 少しばかりの寂しさを振り払うように大きく手を振り、

「よし!」

 迷宮街を背にして拳を握り、気合を入れる。

 迷宮運営に関しては、まだまだルールが確立されていない部分もあり、暫くは試行錯誤の時期が続くだろう。でも、あたし達も道筋は示して来た。残った彼等ならきっとやれる筈だ。

 そしてあたし達は迷宮を作ったお母さんの意図、そしてお父さんが何者なのか、手掛かりを求めて旅に出た。

「あのー、隣の帝国って、一応敵国なんですよね?」
 
 あたしは単純な疑問を口にした。だって、敵国に簡単に入国出来るものなのかな?

「そうだね。あの森の領有権を巡って対立してはいるよ。ただここ数年は、お互いに威嚇や挑発だけで本格的な戦闘には至っていないね。まあ、仕掛けてくるのは大抵は帝国側さ」

 あたし達が住んでいるシェンカー辺境伯領は、王国の端に位置しており、広大な森を領有している。迷宮もその森の中にあったりするの。でも、広大すぎる森はまだ全貌が把握されていない為、国境線が曖昧なまま。
 なので、国境を接している帝国側でも森の領有権を主張しているって訳。
 木材や魔物などの資源が豊富な森。しかもその範囲の広さ故に、開拓すれば大きな見返りも期待できる。だから、王国も帝国も、譲り合うつもりはなくて平行線のまま。それが古くから続いている。
 
 でも、メッサーさんの話を総合すると現在は緊張状態にあるけど、本気ではない、って感じなのかな?

「でもまあ、そろそろ迷宮の噂は帝国にも広がってるだろうし、冒険者に扮した諜報部隊も入り込んでいるだろうからね。迷宮のある森を強引に手中にしようと動き出す頃かもしれないかなぁ」
「え?お姉ちゃん、帝国の冒険者も国境を越えてこっちに来れるの? 一応、敵国なんだよね?」
「うん、冒険者ギルドって、国家間のしがらみには囚われない組織なんだっけ? メッサーさん」
「そうだね。冒険者の身分証明があれば、余程の事が無い限り出入国に制限を掛けられる事はないよ。私達みたいな高ランクともなれば逆に好待遇で取り込もうとすらしてくる可能性もある」

 へえ~。それじゃあ取り敢えずは帝国行きには問題なさそうなのかな? 後は出たとこ勝負で!

*****

(はあ、はあ、はあ……)

《まだ遠くには行っていないハズだ! 探せ! 生け捕りが好ましいが最悪殺しても構わん! 機密を王国に漏らすのを食い止めるのが最優先だ!》

 俺達はただいま絶賛逃亡中だ。山中で息を潜め、街道を行く追手の兵士達をやり過ごそうとしている。

 数日前。 

「汝を呼び出したのは他でもない。その力を以て帝国の尖兵となり我が宿願を為す為に戦え」

 いきなりこれだ。頭おかしいだろあのおっさん。確かに俺達は、この国に拾われ保護して貰った恩はある。それに、一般の人間じゃ話にならない戦闘力がある。
 まあ、保護されて即、戦闘技能の習得をさせられたのは胡散臭さ全開だったが、生きていくにはやむなしってヤツだったからな。それは受け入れた。

 でも俺達は知ってしまったんだ。この国の闇を。二十年前から続いている非道の実態を。そして俺達もその非道の被害者だって事を。こんなクソみてえな国の為に身体を張る義理はない。

「断る!」

 そんな訳で、俺達はこの国の野望を訴える為に隣国へと逃亡中って訳だ。

「流石に王国へ逃げるのは予測されているようですね。まごまごしてると包囲網が完成しちゃいますよ?」
「かと言って、他に逃げると言ってもなぁ。最悪、強行突破するしかねーかもな」
「ごめんなさい……私、足手纏いで……」

 そうは言っても、コイツも被害者だからな。俺だけ逃げるってのも気が引ける。最悪コイツだけでも逃がして見せるさ。

「私だけ逃がそうとしてもダメですよ? 逃げるも死ぬも、私達は一緒ですからね!?」

 なんで俺の考えが分かるんだよ……それはさておき、どうにか追手をやり過ごせたみたいだ。こんな山中で魔物に襲われてもつまらないからな。さっさと移動しよう。

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