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第30話

 澄人を安全な場所へ連れて行こうと、屋根を伝っていくはる。しかし――

「う……っ」

 五百メートルほど移動したところで、彼女の顔は歪む。

 急いで――寝間着のまま家から飛び出したため、はるは当然裸足。それで固い屋根を何度も踏んでジャンプをしたため、足の裏の人工皮膚はボロボロに剥がれ、冷却効果も担っている――人工血液が出血していた。

 普段の――何も異常がないはるならば、この程度なら痛覚を遮断するだけで、まだジャンプし続けることができただろう。けれど……今の彼女にとってわずかでも出血するということは、冷却機能が低下するということ。

 もし季節が夏だったら、はるはすでに動けなくなっていただろう。ただ幸いにも今は冬であるため、彼女は辛うじて動けていたのだが……それでも、出血による冷却機能の低下は深刻で、熱が彼女の動きを鈍らせる。

 結果、はるは地面へと下り、両膝をついてしまった。

「はる!」
「す……みま、せん……」

 発熱に加え、エネルギーもかなり少なくなったはるには、これ以上澄人を抱えてジャンプしたり、走ったりすることは無理だった。

 けれども、ヒューマノイドの足音がまだ聞こえてきている。すぐに移動しなければ危険だ。

「僕がおぶって走る! 背中に乗って!」

 靴を履いていなかった澄人は、着ていた服の袖を破って足に巻くと、しゃがんではるに背中を向けた。

「…………はい」

 澄人に背負ってもらうのは、はるにとって非常に心苦しいことだ。だけど、今はそんなことを言っている時ではない。

「しっかり、掴まっていて!」

 澄人は、はるのことを背負うと一気に走り出した。

 しかし……他人よりも体力の劣る彼が、走り続けられる時間はそう長くはない。少し走っただけで息が上がり、スピードも落ちていく。

 すると澄人が進んでいる道の先に、四十歳くらいの女性を抱えて走っている、H.Mタイプ――若い男性型のアーティナル・レイスがいた。

「はあ、はあっ……すみません! 助けてください!!」

 澄人が声をかけると、そのアーティナル・レイスは足を止めてくれた。

「ひゅっ、ヒューマノイドに追われていて……はあ、はあ……ど、どこに行けばいのかわからなくて……!」

「わかりました。一緒に避難を――」

「ちょっと! そんなのダメよ!」

 アーティナル・レイスにお姫様抱っこされている女性が、強い口調で言いながら首を横に振った。

「あなた達なんかと避難していたら、余計目立って危ないじゃない! それに、このアーティナル・レイスは私のものなのよ? 他人を助けるために買ったわけじゃないの!」
「そ、そこを何とか……!」
「ダメよ!」
「……お願いします! 僕、この子を……大切な人を助けたいんです! お願いします!!」
「大切な人って……それ、アーティナル・レイスじゃないの」
「え……」
「そんなモノを背負って走っているから、避難が遅れたんでしょ? 壊れたモノを背負って避難しているなんて、何考えてんのよ。さっさと捨てなかった、あなたが悪いんじゃない。自業自得でしょ」
「そんなモノ……だって……?」

 女性の言葉を聞き、固まる澄人。

 そんなモノ……それが、その女性の価値観だった。

 アーティナル・レイスは、あくまでも機械のモノ。ヒューマノイドと同じ、道具の一種。
 そういうふうに思っている人間がいることを、澄人とはるは知っていた。だが……目の前にいる女性に、はるを――自分の恋人を『モノ』と言われたことがショックで……悲しくて……辛かったのだろう。澄人は目に涙を浮かべると――

「モノじゃ……ない……!」
「え?」
「……はるは、モノなんかじゃない! 僕の……かけがえのない――大切な人だ!!」
「な、なによ……あんた、頭おかしいんじゃない?」

 怒鳴り声を上げる澄人に、女性は口を歪め偏見の目を向けた。その直後、

「「「ジ――ジジ……」」」

 ヒューマノイドが脇道や建物の屋根の上から次々に現れ、そのうちの一体が飛びかかってきた。

「――!」

 女性を抱えたアーティナル・レイスは素早くジャンプをしてそれを避け、澄人も後ろへ下がった。

 結果、両者の間にヒューマノイド達が入り込み、澄人は女性を抱えているアーティナル・レイスが避難しようとしていた方角とは、まったく逆の方向へと逃げることを余儀なくされてしまう。

「――くそっ!」

 大きい道を進んでいては、すぐに追いつかれる。

 澄人は細い路地へと入って行き、右へ左へと曲がり――走り――逃げる。

「はあっ、はあっ……げはっ……がっ、はぁっ……はあ……!」

 息を苦しそうに吐き、心臓が――筋肉が悲鳴を上げる。

 足に巻いた服がずれ、小石が足を傷つける。

「……澄人さん。もう……わたしのことは……」

 はるは、自分のことを下ろすように言おうとした。けれど、

「はあ、はあ……離さな、いっ……!」

 言う前に、澄人の手にグッと力が入る。

「僕……離さない、からっ……! 絶対にっ……!」
「澄人さん……」

 澄人は歯を食いしばり走り続け、そして細い路地から大通りへと出る。すると、道を渡った向こう側に、コンビニがあることに気づく。

「はあっ、はあっ、あ、あそこに――!」

 澄人は、すぐにそのコンビニの――少し開いている自動ドアの前まで行くと、その隙間に足を入れて開けて中へと入り、棚の影に隠れた。

「っ……」

 そして、ヒューマノイド達の足音が聞こえてくると、彼は息を止めた。

 ザ……ザ……ザッ、ザッ――と、大きくなる足音。その音が、二人が隠れているコンビニの前で止まる。

「…………」

 十秒……二十秒……はるは祈った。すると、その願いが通じたかのように、ヒューマノイド達はコンビニの前から立ち去って行った。

「っ――はあー……はぁ、はぁ、はぁ……い、いなくなってくれた……?」
「そう……みたいですね……」
「はぁ、はぁ……とっ……とりあえず……しばらくここに隠れていようか」
「……はい。夜になるまで……ここにいましょう。今、下手に外に出たら……すぐに見つかってしまうでしょうし……もしかしたら……その間に、救助がくるかもしれません……」

 しかし、救助がくる可能性は非常に低い。
 
 ヒューマノイドが暴走している地域は、おそらくここだけではない。加えて通信障害……そんな状況で、生きているかもわからない人間を探すよりも、避難に成功した人間の命を守ることを、政府は優先するだろう。

「……窓のシャッター、閉めた方がいいかな?」
「いいえ。閉めない方が……いいと思います。閉めたら……ここに人がいると言っているようなものですから……」
「あ……そうか」
「レジの、奥にある……スタッフルームに……移動しましょう。そこなら……見つかる危険性は、低いと思いますから……」
「わかった。ちょっと、カギがかかっていないか見てくるよ」

 澄人は、外にヒューマノイドがいないか注意しながら、レジスペースへ入り、スタッフルームのドアに手をかけると、カギはかかっておらず、すぐに開いた……が――

「ジ……ジジ……」

 そこには、コンビニの制服を着たヒューマノイドが立っていた。

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