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第19話

 “関係者以外立入禁止”の看板が置かれ、カーテンが下げられているステージ裏の入り口。

 エドワードがそこを通ると、中にいた数人の人間のスタッフが会釈をした。

「エドワード代表、お疲れ様です」
「お疲れ様」

 はるも、その後に続く形で中に入る。

 すると「あ、こら! 勝手に入ったらだめだよ!」と、入口に立っているスタッフの手が伸びたのだが、

「いや、いいんだ」

 すぐにエドワードがそれを制した。

「この子も、うちの会社が造ったアーティナル・レイスなんだ。他のアーティナル・レイス同様、接続端子がついたチョーカーが首についているだろ?」
「しかし、F.P.T社のアーティナル・レイスのリストの中に、このようなモデルは見当たりませんが……?」

 スタッフは、タブレット端末の画面とはるを交互に見ながらエドワードに言った。

「それは、この子がアーティナル・レイスのオリジナル――アーキタイプだからだ。先行量産型のように量産を前提としたものではないし、スペックも違うから、カタログには載せていないんだ」
「アーキタイプ……噂では聞いていましたが、実在していたんですね」
「秘密にしろとは言わないが、あまり公にはしないでくれるとありがたい。詳しいことは言えないが、彼女は今、我が社にとって重要かつ特別な仕事に就いているのでね」
「わかりました。それで、そのアーキタイプがなぜここに?」
「今言った仕事の関係で、今日はここに買い物をしにきたみたいなんだが……声をかけたら、異常を感じていると言ってね。メンテナンスベッドでチェックをしようと思って、連れてきたんだ」
「それでしたら、僕がやりますよ。ちょうど手が空いていますし」
「ありがとう。しかし今言った通り、この子はアーキタイプ――君が知っているアーティナル・レイスとは異なる部分が多い。特に人工頭脳の中核部分は、十年以上前に造られたものだからね」
「十年前!?」
「しかも、度重なる試行錯誤やパーツの追加で、君の知るアーティナル・レイスの人工頭脳――AI-visとは、全く違う――複雑なものになっている。久重重工の社員である君が優秀なのはわかるが、こればかりは外部の人間に任せるわけにはいかんのだよ。この子のチェックは、私と02でやる」
「わ、わかりました」
「それじゃあ、奥にあるメンテナンスベッドを十五分ほど使わせてもらうよ」

 そしてエドワードとはるは奥へと進み、パーティションで区切られている、奥の一角。そこのドアパネルをエドワードは開けた。

「お疲れ様です。エドワード様」

 エドワードに頭を下げたのは、表に出ている――01と同じ顔、同じ紺色の髪を持つ、女性型アーティナル・レイス。

 その彼女を見たはるは、思わず「02!」と呼んだ。

「姉さん……?」

 エドワードの後ろの位置にいたはるが前に出ると、F‐MW‐X002――通称02は、少し目を丸くさせた。

 02もF‐MW‐X001同様、はるの妹――F.P.T社で造られた先行量産型の一体だ。

 先行量産型の人格は、はるの人格のコピーを元に作られた、B.P.P(ベース・パーソナリティー・プログラム)が使われている。のだが……

「お久しぶりです」
「久しぶりね。元気だった?」
「異常が出ていないという意味で言うのであれば、元気と言えます」

 ステージで表情豊かに喋っていた01とは違い、02は無表情で淡々とした口調で話す。

 アーティナル・レイスの人格は、はるの人格が元になっているとはいえ、同じ性格にはならない。例え同型のモデルであっても、初期起動をしてから得る情報や周囲の環境等により、人間と同じようにアーティナル・レイスはそれぞれ違う性格になっていく。

 当然、そのままでは商品として問題になってしまうのだが、ステージに立っていた01のように無口な性格であっても、要望に応じて性格を変える……というより、要望に応じた性格をインプット――いわば演技をすることが可能になっている。

 だが、エドワードは02に、そうするようには言っていないのだろう。彼女は素の性格のまま――人によっては不快に感じてしまうかもしれない態度で話を続ける。

「エドワード代表。スケジュールには、アーキタイプ――姉さんがこちらの店舗に来店するという記載はされておりませんが?」
「偶然会ったものでね。彼女は今日、料理の材料を買うためにここへきたみたいなんだが、以前から異常を感じているようなんだ。すまないが、メンテナンスベッドの準備をしてくれるかな?」
「承知致しました。直ちに準備をします」

 メンテナンスベッドの電源を入れ、準備を始める02。

 はるも手伝おうと思い、近くに寄った。

「あ、わたしも手伝うね」
「いいえ。エドワード様と共に、イスにお座りになっていてください。メンテナンスべッドの準備による負荷で、稼動停止になる可能性があります」
「でも――」
「任せてあげてくれないか」

 手伝おうとするはるを、エドワードが止めた。

「02は、君の役に立ちたいんだ。02だけじゃない。F.P.T社で造られた――今ステージで仕事をしている01や他の先行量産型達も、きっと同じことを思っている」
「わたしの役に?」
「先行量産型が起動してからしばらくの間、君は教育係的なことをしていただろう? 彼等はそれに恩を感じているみたいなんだ」
「恩だなんて……わたしはただ、仕事としてそれをやっていただけです」
「君にとってはそうかもしれないが、彼等にとって君の存在というのは、非常に大きなものなのだよ。これは私の想像だが、きっと親や神のような存在だと思っているのかもしれないね」
「親や神……ですか」

 自分がなぜ、そんな尊い存在として思われるのか……? はるは少し考えたが、やはりよくわからなかった。

「姉さん。エドワード様。準備が完了致しました」

 02に準備ができたことを告げられたはるは、耳と首の部分にある端子にケーブルを接続し、メンテナンスベッドへ横になった。

「では、少し覗かせてもらうよ」

 エドワードは側にあるイスに座ると、モニターを見ながらタッチタイピングを始めた。

 そして五分ほど経った時、彼の指が止まった。

「うん? これは……」
「何かわかりましたか?」
「うーむ……」

 眉間に深いシワを作るエドワード。

 それを見たはるは、途端に不安になった。

「やっぱり、何か異常があるんですか? いったい何の異常なんですか? もしかして、わたし……澄人さんの側にいられなくなってしまうんでしょうか……?」

 すると、エドワードは「はっはっは」と笑い出した。

「大丈夫。異常は何もないよ」
「じゃあ、わたしが今まで隔離処理をし続けていたのは、何なのですか?」
「感情プログラムの一種だね。それも、君の中に元々あったものだ」
「元々あったもの?」
「そう。おそらく柳原澄人君と再び会えたことで、君の中の――その感情プログラムが成長を再開し、更新作業を行おうとしていたんだろう」
「じゃあ、無害ということですか?」
「ああ。だから隔離処理を行う必要はない。むしろ適応させるべきだろう」
「そうだったんですね。よかった……じゃあ、今から――」
「いや。隔離処理を続けていたせいで、溜まっているプログラムファイルの量がかなり多い。適応させるのは、体を動かさない夜等にした方がいいだろう」
「わかりました」

 異常がないとわかり、ほっとしたはるは体を起こすと、ケーブルを抜いてベッドから降り、立った。

「エドワード代表のおかげで、安心することができました。ありがとうございました」
「もう行くのかね?」
「はい。あまり長居しては、エドワード代表やスタッフの皆様の、お仕事の邪魔になってしまいますし、澄人さんも家で待っていますから」
「そうか。あ……そういえば柳原澄人君へのプレゼントは、もう決っているのかね?」
「それが、まだ決まっていないんです」
「ふむ……それなら、これをプレゼントすると良い」

 エドワードは近くにある小さなダンボール箱から、黒いギフトボックスを取り出し、中を開けた。その中には白いリストバンドのようなものが一つ入っていた。

「これは……?」
「アーティナル・レイスと同時リリース予定の、ウェアラブル端末だ。これを柳原澄人君につけておけば、リアルタイムで健康状態等をチェックすることができる。他にGPSや通常の通信機能はもちろん、装着している人間が声を出せないような事態に陥っても、脳波でアーティナル・レイスと連絡をとることができる」
「ですが、高いものなのでは……?」
「良いんだ。元々君に渡すつもりだった物だからね。まあ、それでも気にしてしまうというのであれば、感想や評価データを送ってくれればそれで良い」

 エドワードは、再び箱にフタをすると紙袋に入れ、はるに渡した。

「ありがとうございます。02も、今日はありがとう」

 はるはエドワードに頭を下げ、続けて02にも礼を言った。

「姉さんのお役に立てて幸いです」
「それでは、失礼します」

 はるはもう一度頭を下げると、そこを後にし、スーパーマーケットの方へと向かった。

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