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プロローグ(2019/3/1修正)

 

 
挿絵



 C.BF0038年。

 Call a bright future――『明るい未来を呼び寄せる時代』という意味が込められた紀年法に変わってから、四〇年近くになったこの世界では、科学が発展し、自動運転、遺伝子操作、そして人型ロボット――ヒューマノイドが当たり前になっていた。

 世界中の企業が新たな人工知能の研究に励み、次世代ヒューマノイドの開発に着手していた頃。ニホン国にある、I.Rテック社という会社で、わたしは生まれた。いや……造られたと言った方が正しい。

 炭素繊維強化プラスチック製の骨格。

 関節を動かすためのモーター。

 試作された、リアクターと人工頭脳。

 生物としての要素を一切持たない、試作型ヒューマノイド。それがわたしだった。

 試作されたヒューマノイドは、わたし以外にもいた。I.Rテック社は社員達をいくつかのチームにわけ、別々のヒューマノイドを造らせてテストで競わせ、その中で一番優秀だったものを採用し、公の場で発表することになっていたのだ。

 当然、採用されたヒューマノイドを開発したチームは注目され、うまくいけば名声と会社からの賞与を得ることができる。だからどのチームも――わたしを造ったチームの人間達も――みんな必至で、ほとんどの社員が毎日夜遅くまで会社に残って、ヒューマノイドの改良と調整を行っていた。

 わたしはテストに参加する度に、言われた命令通りに体を動かそうとした。だが……手足は思い通りに動かなかった。

 限られた開発資金では、すべての部品を高品質なものにすることはできない。わたしの開発チームは、人工頭脳とリアクター以外、安価な部品を使うことを選んだ。

 開発した人工頭脳と人格プログラムに動作の最適化を行わせ、新型のリアクターに安定したエネルギー供給をさせる。そうすれば、多少安価な部品で構成した体でも、うまくいくとチームの人間達は思っていたらしい。けれども、彼らの思惑は外れた。人工頭脳の性能に体が追いつかず、エラーが頻発することになってしまったのだ。

 ゆえにテストは、散々な結果ばかりだった。仮に最後までやり通すことができたとしても、その結果は他の試作機の足もとにも及ばないもので、開発チームの主任と副主任に怒鳴られることも多々あった。

 しかしわたしには、どうすることもできなかった。どうしていいかわからなかった。ただ「モウシワケゴザイマセン」と、言うことしかできなかった。

 テストが始まってから、半月ほど経ったある日の深夜。わたしを造った開発チームの、二人の男性スタッフの会話が、横たわっているわたしの聴覚センサーに届いた。

「それで、どう思っているんだ?」
「……正直言うと、もう無理だと思っているよ」
「やっぱりそうか」
「そりゃ、こんなに酷い結果ばかりじゃ、思いたくなくても思っちまうよ。なんかもう、一から作り直した方がマシなんじゃないかな」
「俺も同感だよ。主任と副主任は、こいつのことをまだ諦めていないみたいだけど、どう考えても失敗作だよな」
「他のチームの奴らも、同じこと言っていたよ。『失敗作』って」
「こんな調子じゃ、最終結果発表の日を迎える前に、上から廃棄処分しろって言われちまうかもな」

 失敗作……廃棄処分……その言葉を聞いて、人間達がわたしのことをどのように思っているのかを知った。

 わたしは人間の役に立つために造られたモノ。

 人間の迷惑になってはいけない。

 人間を不快にさせてはいけない。

 だから、人間がわたしの廃棄処分を望んでいるのなら――必要とされていないのであれば、自分は消えるべきだと思い、いつしかその日を待ちわびるようになっていった。

 それから一週間後の十時三分前。チームリーダーの主任である女性が、わたしをスリープ状態から起こし、命令をしてきた。

「P‐1。立って私についてきなさい」
「リョウカイ、シマシタ」

 命令された通り、わたしは主任についていった。

 主任が進むのは、いつもと違う方向――普段は通らない廊下。

 響く主任の足音が、この世から消えるまでの残り時間を数えているかのように聞こえたわたしは、ついに廃棄処分される日がきたのだと思った。

 約二分半後。主任は、ある部屋の前で足を止めた。

「P‐1。この部屋に入りなさい」
「リョウカイ、シマシタ」

 わたしが足を踏み出すと、閉まっていた自動ドアが開いた。

「シツレイ、イタシマス」

 わたしは部屋へと入った。しかしその部屋には、わたしを解体するための工具や機械などは一切なかった。あったのは、箱に入ったカラフルな積み木、犬や猫を模したぬいぐるみ。

 デフォルメされた動物達の絵が描かれているテーブルの上には、色とりどりのクレヨンと画用紙。そして……座っている小さな人間の男の子。

 入れとしか言われていなかったわたしは、どうすればいいのかわからず、動きを止めてしまっていた。そのうち自動ドアが閉まると、わたしを見ていた男の子は立ち上がり、一歩一歩……ゆっくりと近づいてきた。

「こ……こんにちは……?」

 男の子は、わたしに挨拶をしてきた。

 今までわたしは、誰からも挨拶をされたことはなかったが、幸いなことに挨拶に関するデータは与えられていたため、反応することができた。

「コンニチハ」
「こ……こんにちは!」

 わたしが挨拶を返すと、男の子は目を見開き、先ほどよりも大きな声で同じ挨拶をしてきた。だからわたしも、もう一度挨拶を返した。

「コンニチハ」
「は、はじめまして! ぼ……ぼく……やなぎはら、すみひとっていいます。おなまえは、なんていうんですか?」

 男の子は自分の名を名乗ると、わたしに名前を聞いてきた。人間が友達を作る時のように。


 それが澄人さんとの出会い。わたしにとって、世界で一番大切な――かけがえのない――愛する人になる少年と、友達になった日。

 あの日から、わたしは望むようになった。澄人さんの側にいることを……澄人さんのために“生きる”ことを……。

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