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第4話 捕われる

 予告日の夜、イザベルはぜいぜいと息を吐いていた。

「何で……?」

 呆然とつぶやく。

 目の前にはデイビッドがいる。それはいい。彼がここにいる事は予想通りだ。ただ予想と違うのは彼に全く隙がない事。それと追いつめるはずがしっかりと待ち伏せされていた事。

「どうしてだろうな。さ、ディア、おいで」

 あっという間に間合いを詰められ、腕を掴まれる。

「離してよ!」

 彼の足を満身の力で蹴飛ばそうとしたが、あっさりと避けられる。その時デイビッドの手が離れたので、イザベルはくるりと踵を返した。もう逃げるしか選択肢がない。

「じゃ、また後で」

 デイビッドの楽しそうな声が追いかけて来る。

 走りながら考える。どうしてこうなったのだろう。これでもう四度目だ。三番目の場所では危なかった。抱き寄せられ、耳元で呪文を詠唱されそうになったのだ。でも抵抗すると毎回あっさり離してくれる。なんかもうデイビッドの手のひらの上で遊ばれている気がする。

 もうそろそろ彼はアジトに転移するかもしれない。デイヴィスだって何度も何度もイザベルをからかっている暇はないだろう。彼の魔力の中に入ってしまったら不利だ。

 でも次はきっと大丈夫だろう。彼がいつも転移している直前の場所に行くのだ。そこでなら勝ったと考えて油断しているかもしれない。そうでないとイザベルは彼からイヤリングを奪えない。

 急いでその場所に向かう。それにしても道がおかしい。あるはずのものがことごとくない。道を一本間違えたのだろうか。

 気がつくとイザベルは行き止まりの道に追い込まれていた。

 上から笑い声が振って来る。慌てて上を見ると大木の一番大きい枝の上にデイビッドが座っていた。

「残念だったな、小さな悪魔さん。そろそろ決着にしようか」

 デイビッドは満足そうに唇をゆがめる。そうして手をかざした。魔術を使う気だ。逃げようと思うのに足が固定されたように動かない。目も彼を見るのをやめてくれない。

 悔しそうにデイビッドを睨むディアブリーノと、ディアブリーノを楽しそうに、でも嘲るように見下ろすデイビッド。どちらが有利かは誰でも分かる。

 だが突然、彼の余裕綽々の笑みが消える。

「ディア! 後ろ!」

 え、と思う間もなく後頭部に衝撃を受けた。薄れる意識の中、デイビッドが真剣な表情で木から舞い降りるのが見えた。


****

「ディア! 後ろ!」

 デイヴィスがそう叫ぶのと、男がイザベルの頭にこん棒を振り下ろしたのは同時だった。

「ちっ!」

 舌打ちをしてすぐに木から飛び降りる。だが、男がイザベルを拘束し、ナイフを突きつける方が先だった。

「久しぶりだな、デイビッド」
「……エイリングの右腕か」

 彼の事はよく覚えている。確かデイビッドが殺した男――エイリングの元左腕――の兄弟だったはずだ。勿論憎まれている自覚はある。

 いつの間につけられていたのだろう。イザベルをからかう事に集中していて、敵探索を怠っていたのだ。そしてあの時、デイヴィスはイザベルの足を地面に固定していた。敵の気配に気づいてすぐに解除したが、イザベル自身は解除されたことに気づかなかったのかもしれない。いつもならしないミスに自己嫌悪する。

「ずいぶんとこの女を気に入っているようだな、デイビッド」
「こいつは俺らの確執とは関係ないだろ。離せ」
「やだね。あんたにとって大事な女なんだろ? だったら関係がある」

 その言葉に憤り短刀を構える。だが男はイザベルの頬に遠慮なくナイフを当てた。真っ白で美しい頬から真っ赤な血が流れる。

「てめえ……」
「動くな、デイビッド。あんたの情婦がどうなってもいいのか」

 こいつは俺の情婦じゃない。そう言いたいが、そうするとこの男は確かめるためにさらにイザベルにナイフを入れるだろう。それか目の前で強姦されてしまうかもしれない。

 おまけにどこらからかデイビッド自身の命を狙っている者まで潜んでいる。怨まれているとは思っていたが、ここまでとは思わなかった。

「あんたのそんな悔しそうな顔は初めてだな。どうやら相当いい女らしいな」
「こいつを娼婦みたいに言うな」
「似たようなものだろう。さ、その美しいお顔を拝見するか」

 そう言ってイザベルのかぶっているヴェールに手をかける。だがすぐに悔しそうな顔をする。

「何故外れない?」
「そんなの知るか」

 さらりと嘘をつく。あのヴェールはどこにでもあるただの布だ。木から舞い降りた時、外されないよう魔術をかけただけだ。せめて彼女の正体が知れないように。

 魔術攻撃で取り返そうか、と考える。だが、別の気配にそれをやめる。ゲイリー・ティルランドだ。彼も魔力持ちだ。魔術を使えば貴族だと知られれてしまう。通り過ぎてくれればそれでいいのだが。だが、デイヴィスのその願いは届かなかった。

「追いつめたぞ、デイビッド! さあ、イブリンのイヤリングを返してもらおうか」

 空気を読め! と怒鳴りたくなる。そのかわり、目だけで一瞥し、あとは無視する。

「それよりお前、何をしているんだ。人さらいか?」

 その言葉に男の顔がひきつる。

「こ、この女はデイビッドの情婦だ」
「情婦?」

 ゲイリーが眉をひそめる。情婦じゃねえよ、ともう一度心の中で言う。

「まあいい。デイビッド、この女は連れて行く。ヴェール越しに見ても上玉じゃねえか。楽しめそうだ」
「下劣な事を……。この糞野郎が……」

 そう言うと、ゲイリーが不思議そうにこちらを見る。心外だ。

「デイビッド、オレが立ち去るまで動くなよ。動いたらあんたの情婦を傷つける。そうそう、お頭からの伝言だ。この女を取り戻したかったらアジトに来いとな」

 そう言って男はイザベルを連れて立ち去ってしまう。

「デイビッド」

 ゲイリーが話しかけて来る。

「何だ?」
「あの……少女は……?」
「ディアブリーノだ」
「え? どうしてディアブリーノが……」
「勝負している途中で俺と敵対してる盗賊に掴まったんだよ」

 何故こんな質問に素直に答えているのだろうと苦笑する。でも話し相手がいてよかった。でなければめちゃくちゃに暴れていただろう。

「あれ、これ、何だろう?」

 ゲイリーが先ほどまで男がいた場所にいて何かを手に取って見ている。
 その物を見て息を飲んだ。

「よこせ!」

 慌ててひったくる。何をする、と騒ぐゲイリーは無視する。

 間違いない。この紫の柄のナイフはイザベル愛用の魔剣だ。イザベルは目を覚ましていたのだ。それで状況を見て、起きてたら危ないと判断して気絶した振りをしていたのだろう。そしてそれをデイヴィスに知らせるためにこっそりと魔剣を残した。

 『魔術師』であるデイヴィスに。

「あの馬鹿!」

 くるっと踵を返す。

「どこに行くんだ?」
「助けにいくんだよ。邪魔すんな」

 ゲイリーをきつく睨みつける。

「『デイビッド』が『ディアブリーノ』をか?」
「あいつは俺が認めた好敵手だ。あんな下種野郎どもに奪われっぱなしでいられるかよ!」

 そう言って立ち去ろうとした時、懐であのイヤリングがこすれた音がした。そういえば今日イザベルがあんなに頑張った目的は……。それを思い出し苦笑する。なのにデイヴィスに遊ばれ、そのせいで攫われてしまったのだ。少しは彼女の努力が報われてもいいだろう。そう思い、イヤリングとメッセージカード——イザベルと間合いを詰めた時に抜き取ったもの——を取り出す。
 そうしてそれをゲイリーの手に乗せる。

「デイビッド、これは……!?」
「礼ならあの小娘にしろ」

 それだけ言うとデイヴィスは今度こそその場を立ち去った。


****

「ありがとう。幸運を祈るよ、デイビッド、ディアブリーノ」

 誰もいなくなった路地でゲイリーはそうつぶやいた。

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