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第1話 弟の訪問

「おかえりなさい、ナイジェル!」

 イザベルは久しぶりに会う弟に抱きついた。

「姉様、過剰反応過ぎるよ!」

 弟は苦笑している。そうは言っても一年ぶりの弟との再会なのだ。興奮もする。おまけに彼が故郷で重要な役職につき、しばらく会えなくなると分かればこうなる。

 ぎゃーぎゃーと騒ぐ姉弟の声を聞きつけて両親が奥の部屋から出て来た。

「おお、ナイジェル、よく戻ったな」
「父様、戻ったって……オレが訪問しに来た側なんだけど」

 それもそうだ。イザベル達の故郷は、今、弟が住んでいる所だ。それが、イザベルのわがままで異世界のイシアル王国に住む事になっているだけなのだ。

 そういえばどうしてそうなったのだろう、と、ふと、不思議に思った。イザベルがわがままを言ったという事は覚えているのに、理由だけが全く思い出せないのだ。どうして自分はわざわざこの世界に住む事にしたのだろう。

「よく来たわね、ナイジェル。一人にしてごめんなさいね」
「そんな事ないよ。お爺様やお婆様がいたし、全然寂しくなかったよ。久しぶりだね、父様、母様」

 弟は淡々と答えている。本当に寂しくなさそうだ。

「それより、姉様は『幸せ』になったの?」

 突然変な事を聞かれた。一瞬だけ場が凍ったのを感じた。一体どういう事だろう。

「まだよ」

 母が冷たく言い放つ。

「え? でも姉様はデイ……」
「黙りなさい、ナイジェル。イゼベルはまだ試練の途中です」

 母の厳しい言葉に弟が黙る。事情を察したのだろう。なのに当事者のイザベルだけが何もわからなかった。

 ただ、一つだけ分かった。これにはデイヴィスが関わってるかもしれない、という事だ。

 頭の中にデイヴィスのフィンガーレスグローブが浮かんだ。どうして今それが浮かんだのかわからない。自分はとても重要な事を忘れている。そしてそれには母も関わっているのだろう。

「とにかく夕食にしましょう。今日は特別にあなたの好物を用意したのよ、ナイジェル」
「本当? この世界の料理って結構美味しいんだよね。楽しみ!」

 母がわざと話題を変えた。イザベルは消化不良のままその件を脇に置く事になった。

 とりあえず意識を夕食に移す。先ほどから牛肉の焼けるいいにおいがしてくるのだ。弟の好物ならローストビーフとマッシュポテトだろう。これはイザベルも好きなのでとても楽しみだ。

 弟と一緒に仲良くおしゃべりしながら食卓に着く。すぐに使用人が飲み物を用意してくれた。久しぶりに家族四人がそろった事に乾杯する。

 夕食はやはりローストビーフだった。たっぷりとソースをかけてもらう。

「あ、姉様、ずるい! オレもオレも!」
「ナイジェル様、ソースはたっぷりありますから安心して下さいね」
「あ、はい」

 使用人に言われ、弟が恥ずかしそうにうつむいた。両親が笑っている。食事は和やかに始まった。

「ところで姉様、『学園』って所はどうなの?」
「楽しいわよ。お友達もいっぱいいるし」
「イザベルは魔術が苦手で、こないだから上級生の補習を受けているんだよ」

 父親が余計な事を言う。イザベルの顔が引きつった。

 確かに、少し前からイザベルはデイヴィスの補習を受けている。ついに押し切られてしまったとも言う。

 了承した翌日、 イザベルはコーシー邸に呼ばれ、実力を見るために基本的な魔術を実践させられた。デイヴィスがそれを見て頭を抱えていたからあまりうまくいってないんだろうな、と思ったが。言い渡された結果は今すぐ勉強を始める。長期休みも返上、だった。つまりそれほど酷かったのだろう。まあ自覚はしている。それから毎日学園が始まるまでコーシー邸で授業があるのだ。

 でもデイヴィスの授業は分かりやすい。一日目で、今までさっぱりわからなかった魔力の基本的な動かし方がよく分かった。イザベルの故郷とここではまったく魔術の使い方が違うせいで今までずっと混乱していたのだ。魔術式を覚えるのは今でも面倒だと思うが、そんな事はデイヴィスには言えない。言ったらお説教が待っていそうだ。

 デイヴィスによると素質は悪くないらしい。ただ理論を全く理解してないせいで術に変換出来ていなかったらしい。逆に、慣れて来ればすごいスピードで習得出来るかもしれないと言っていた。

 大体、最終目標が高すぎるのだ。デイヴィスに、是非とも高等部では魔術科に行って欲しい、と言われ、顔が引きつったあの時の事は忘れられない。高等部の科は晩冬に決まるから、それまでにレベルをかなり引き上げないといけない。半年ちょっとでそこまであげてやる、と自信満々に言われては拒否するわけにはいかない。

 その事を一気に思い出し、つい遠い目になってしまう。

「姉様、大丈夫? 勉強が大変なの?」
「ナイジェル、お前も他人事じゃないからな。政治に関わるんだろう。これから勉強が大変だぞ」
「大丈夫。頑張る。姉様も頑張ろう!」

 可愛い弟にそう言われてはかなわない。イザベルは、『はぁい』と答えた。

「ところでナイジェル、今回はどうしたの?」
「お爺様の付き添いでお仕事のお手伝い。ちょっと厄介な事になっててね……」

 話は別の事にシフトしていく。イザベルはそれを聞きながら温かいパンを手にとった。

****


 夕食を食べ終え、部屋に戻る。これから大量の宿題をこなさなければいけないのだ。

 今日の宿題は魔術文字の書き取り。『そんな基本的な事も出来ないのか』と呆れられたのは記憶に新しい。暗記は苦手ではないので頑張れば出来るはずだ。

 デイヴィスにもらった専用のノートに、一文字一文字丁寧に書いていく。これに書けば術が発動しないようになっているらしい。似た文字もあり、間違い一つでとんでもない魔術が発動する危険性があるらしいのできちんとしなければいけない。虹と豪雨の文字がそっくりだったのにはつい閉口してしまった。でも虹と間違えて豪雨を振らせたりしたらどんな目に遭うのか分からないので、気をつける事にする。

 勉強を初めて三十分くらいした頃、突然机が光った。次の瞬間、きれいな封筒があらわれる。

 何だろうと手に取る。するとひとりでに封筒が開き、中から手紙が出て来た。おそるおそるそれを開く。


話がある。これを読んだらすぐにアジトに来い。

D


 手紙にはそれだけが書かれていた。今勉強をしているんだけど、という言い訳は通用しないだろう。それに最後のサインが『D』とだけ書いてある時は、『デイビッド』からの呼び出しだという意味だ。

 イザベルは重い腰をあげた。

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