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1
「ん?」
気が付くと、そこは自室だった。
謁見の間を飛び出し、風夜達に会い、火焔に手刀を入れられたのは覚えている。
それ以降の記憶はなかった。
だが、部屋に戻っていたということは誰かが運んでくれたのだろうと思う。
ふと時計に目をやると、6時を指している。
朝食まではまだ時間があったが、もう一度寝る気にはならなかった。
(ちょっと気分転換でもしようかな)
カーディガンを羽織って、部屋を出る。
擦れ違うメイド達に挨拶しながら向かったのは、中庭だった。
朝の涼しい空気に触れ、段々と頭が冴えてくる。
それと同時に両親と王とのやり取りを思い出す。
まだ結論は出ていない。
確かに能力が今はない花音は、元の世界に帰ることができる。
だが、帰りたいかと聞かれると、どうしたらいいかわからなかった。
中庭に座り込み、空を見ながら考えていると、後に気配を感じて花音は振り返る。
そこには、大樹の姿があり、優しく笑っていた。
「おはよう。朝、早いんだね」
「なんか、目が覚めちゃって」
「そっか。隣、いいかい?」
花音に断りをいれて、大樹が横に座る。
そのまま、無言の時間が流れる。
先に口を開いたのは、大樹だった。
「昨日のこと、空夜さんから聞いたよ。皆、心配してた」
「……」
「君を火焔が気絶させたあと、皆で話したんだ」
「……何を?」
「君のこと。君の両親は何としても今のうちに君を連れて帰りたかったみたいだけど、俺達は君の判断に任せることにした」
「えっ?」
「能力の有無関係なく、君が帰りたければ帰っていいし、残りたければ残っていいってことだよ」
そう穏やかに話し続ける大樹に、花音は俯いた。
「私は……」
「結論は急がなくていいよ。君の両親も、何日か滞在するみたいだから」
大樹はそう言うと、視線をチラリと背後にやって、笑みを浮かべる。
「それに、君が元気ないとどうしても気になる奴がいるみたいだからね」
「えっ?」
大樹に言われた花音が視線を追うと、いつからいたのか壁に寄りかかり、此方を見ていた風夜と目があった。
話が終わったと思ったのか、壁から身を離し、近付いてくる。
「そうだ。夜天が君に話しておきたいことがあるって言ってたんだ。もし結論が出ないなら、聞いてみてもいいかもしれないよ」
風夜が近付いてくるのを見て、大樹は花音に言うと、立ち上がる。
そして、風夜と入れ替わるように立ち去っていった。
「大樹の奴、最後になんて言ったんだ?」
大樹が行ってしまったのを見て、風夜が聞いてくる。
「えっ!?ああ、なんか夜天君が私に話があるみたいだって」
「ふぅん」
「それより、風夜はどうしたの?出掛けるわけでもないのに、中庭に来て」
「別に。た、偶々来たらお前と大樹がいたんだよ」
「……心配してくれたんじゃないんだ」
花音が言うと、風夜は視線を外した。
だが、その頬は僅かに紅くなっている。
「ふふっ」
「だ、大体あんな取り乱し方を見たら、気になるだろ?だから」
「……ありがとう」
花音はそう言って、笑みを浮かべる。
少しだけ元気が出たような気がした。

両親がこの世界に来てから一週間。
両親が明日帰るという日になっても、まだ結論は出ていなかった。
それについて聞いてくる人はいなかったが、皆何処か気にしているようで、花音は夜天が話したいことがあると言っていたのを思いだし、話を聞きに行くことにした。
夜天に与えられている部屋の前で一度大きく深呼吸をしてから、扉を叩く。
すぐに返事が返ってきて、花音は静かに扉を開けた。
中に入ると、夜天は読んでいた本を閉じて、椅子を指す。
「適当に座ってくれ」
「う、うん」
言われた通りに座った花音に、向かい合うように夜天も座ったのを確認して、話をきりだした。
「私に話があるって、言ったよね?」
「ああ。その前にお前大丈夫なのか?」
「えっ?」
何の話がしたいのかと身構えていた花音は、夜天に聞かれ、首を傾げる。
「お前、光輝の名前を聞いてから様子がおかしくなったらしいからな」
「……大丈夫。前と違って、少しずつだけど思い出してるの」
夜天にそう返す。
『光輝』、彼の名前を聞いて花音が取り乱してから数日。
誰もがその名前を出さないよう気を使ってくれていた。
だが、今、夜天は彼の名を出した。
そのことで、夜天は光輝のことを話そうとしているのだと思った。
また頭が痛みだす。
それでも、逃げてるだけではいけないのだ。
花音が大丈夫だともう一度頷くと、夜天は溜め息をついて話し始める。
夜天の話は簡単に纏めると、こうだった。

花音の弟であり、現在行方を眩ませている光輝が闇の国にいること。

両親のことは恨んでいるが、姉である花音には会いたがっていること。

それを聞いて、胸を締め付けられる。
彼はこの世界で一人で生きてきた。
その間、ずっと自分のことを覚えていて、再会を望んでくれている。
それに引き換え、自分は彼のことを忘れていたのだ。
彼のことだけではない。
この世界の住人であったことすら、数日前に知ったばかりだった。
「花音?」
「……大丈夫。何でもないよ」
顔を俯かせていた花音を心配そうに見てきた夜天に笑って返す。
「本当なら、俺が口出しすることじゃないかもしれないけど、話した方がいいかと思ったんだ。花音にあいつの気持ちも知ってほしかったから。でも、余計悩ませることになってたらごめん」
顔を曇らせた夜天に花音は首を振った。
「そんなことないよ。話してくれてありがとう。光輝もいい友達を持ってるみたいだね」
「俺は別に……」
夜天は照れたように視線を逸らせる。
「ふふ。答えを出すのは明日だし、もう少し考えてみるね」
「ああ」
そう言って、花音は夜天の部屋を出た。
自室に戻ってきたところで、花音は頭の中を整理する。
自分が光の一族であり、この世界に必要とされていること。
湖で見た黒い陰。
水蓮から聞いた彼女達の決意。
王や両親の思い。
夜天から聞いた光輝の思い。
異世界に来て、風夜達と過ごした日々の思い出が甦る。


漸く

結論が出た。



次の日、花音は両親と共に謁見の間にいた。
人払いがしてあるのか、花音と両親、王の四人だけだ。
「それで、答えは出たのか?」
「はい」
王に聞かれて、表情を引き締める。
「私は……この世界に残ります」
「花音!?」
花音の答えに母が声を上げる。
少し胸が痛んだが、もう決めたのだ。
王から両親の方へ視線を移す。
母は悲しげに、父は真剣な眼差しで見つめていた。
「花音、本気なのか?」
「うん」
父から視線を逸らさず、花音は頷く。
「此方に残ったら、そう簡単には向こうに戻れない。何があるのかもわからない。それでも、残るのか?」
「……うん」
「……そうか。わかった」
「貴方!?」
少しの沈黙の後、諦めたように言った父に母が抗議の声を上げる。
「仕方ないだろう。これが花音の答えなんだ。……風真」
顔を俯かせた母から、父は王へ視線を移した。
「私達の娘を頼む」
「わかった。彼女の身の安全は保障しよう。それでいいか?」
「ああ」
父はそう返し、王に頭を下げる。
それを見て、王が謁見の間の外で待機していたのであろう兵士を呼びつける。
「風夜を呼んでこい。この者達を送らせる」
「はっ!」
兵士が風夜を呼びに退室していく。
王は花音達親子に視線を戻して、口を開いた。
「花音。この世界に残る以上、親には会えなくなる。風夜が来るまでそんなに時間は掛からないだろうが、話したいことがあれば話しておきなさい」
王の言葉を聞き、花音は頭を下げると両親と共に謁見の間を出た。
謁見の間を出てから、花音達は無言だった。
何か話そうと思っても、言葉が出てこない。
それに花音は、両親の顔を見ることが出来なかった。
見れば、折角の決意が揺らいでしまうかもしれない。そう思った。
ただ無言のまま、時間が過ぎていく。
それを破ったのは、地を踏む音。
「花音」
そして、三匹の飛竜を連れた風夜の声だった。
「風夜、もう行くの?」
「ああ」
風夜が花音の両親を見る。
「転移場所まで送ります」
「ああ。お願いするよ」
父が答え、両親がそれぞれ飛竜に乗る。
「花音、お前も行くか?」
「う、うん」
風夜に聞かれ、頷く。
風夜に手を借りて乗り、彼の腰に手を回すと、かすかに両親の笑い声が聞こえた。
「花音はやっぱり一人では乗れないみたいだな」
「仕方ないわ。小さい頃は私達と乗っていたし、向こうの世界に飛竜はいないもの」
優しげな笑みを向けながら話す両親に、花音は顔を赤らめる。
「しっかり掴まってないと落ちるぞ。じゃあ、行きますよ」
風夜が言って、飛竜の腹を軽く蹴る。
上昇を始めた飛竜に、両親はちゃんとついてくる。
飛竜に乗って飛んでいくと、段々と見えてきたのは、花音がこの世界に来た時にいた森だった。
飛竜から下りて、風夜の後についていく。
彼が立ち止まったのは、花音がこの世界に来た時に最初にいた場所だった。
「ここなの?」
「ああ。此処が一番転移しやすいんだ」
「花音」
風夜と話していると母の声が聞こえ、振り返ったと同時に抱き締められた。
「お母さん……!」
今更、寂しさが溢れて涙が出てくる。
十六年も一緒に暮らしてきたのだ。
寂しくないわけがない。
今、別れてしまえば、もう二度と会えないかもしれないのだ。
涙が止まらない。
そうしていると、花音と母は父に引き離された。
「これ以上此処にいたら、別れが余計に辛くなるだけだ。私達はもう行くよ」
そう言った父と母を光が包む。
「花音、元気でな」
「お父さん……」
「もしいつか、光輝に会ったら謝っておいてくれ」
「うん。わかった。……お父さん達も元気でね」
涙を拭き取り、無理矢理笑みを浮かべる。
それを見て、両親も笑ってくれたのがわかった瞬間、二人の姿は消えた。
「……大丈夫か?」
両親がいなくなった後、涙を拭いていた花音に風夜が声を掛けてくる。
「……大丈夫だよ。私が決めたんだもの」
「……わかった。帰ろう」
風夜が言い、再び飛竜に乗る。行きとは違い、誰も乗っていない二匹の飛竜を見て、止まった筈の涙がまた零れる。
「花音?」
「何でも、ないよ」
誤魔化すように風夜の背に額をくっ付ける。
その時また涙が零れたが、彼は気付かない振りをしてくれたようだった。
「あいつら……」
城の上空に来た時、風夜がそう呟くのが聞こえた。
地上を見ると、飛竜の着地地点である中庭に数人の姿が見える。
段々と近付くにつれて、それが誰なのかがわかった。
飛竜から下りると、風華と水蓮が駆け寄ってくる。その後には、火焔、夜天、大樹、雷牙の姿もあって、花音は笑みを浮かべる。
両親との別れは辛かったが、帰りを待っててくれ、傍にいてくれる皆の気持ちが嬉しかった。

(ねぇ、光輝。今、貴方は何をしているのかな?貴方が私との再会を願ってくれるように、私も貴方と会いたいよ)


暖かい気持ちになりながら見上げた空。

同じ空の下にいるだろうこの世界での唯一の家族である弟に、花音はそう願った。

しおり