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三章

 孤児院出の子供達の会談から数カ月、王子が生誕した。
 国は喜びに沸き、祝いの儀式が行われる。
 ケントも、もちろんその祝いの儀式に参加する。
 民が城の外に集まり、口々に王子への祝いの言葉を述べる。
 そして祭壇の前では、神官達が集まり、王子の為に特別に選ばれた武官や文官が忠誠を誓っていくのを見守るのだ。
 ケントは、勇者の特権を駆使し、特別に願い出てシスターと俺達同期の孤児院のメンバーを呼んでいた。もちろん、監視は付いているが、特例として許可してもらった。
 なんでか祭壇の横に立つ妖艶な巫女に舐めるような眼で見られていて居心地が悪いが、参列させてもらったのが名誉な事に変わりはない。
 闇武官は、武術さえ出来ればいいと銘打ちながら、皆美形で状況に合わせて礼儀正しく振舞え、声もよく通り、頭脳面にもパラメーターを振っていた。
 ケントは、苦肉の策として、仮面をして、他の闇武官に囲まれる形で立つ事になった。
 それでも、ケントは喜んで俺達に事の次第を報告してくれた。
 俺達やケントの位置からでは見る事すらできない小さな赤子。
 それがこの国を背負って立つ王子であり、ケントの主なのだ。
 先輩闇武官達のしごきに堪えて来た甲斐があると、儀式の開始前、ケントは胸を張って言った。
「闇武官達よ。王子殿下バークレイ・ザード・ラ・セルシュ・キストランに忠誠を誓うか?」
「はい。王子殿下に忠誠を誓……「断る」」
 ケントが返事をしようとした時、突如、闇武官が剣を抜き去った。
 闇武官が激しく発光する。
 ケントはとっさに王子の前に立ち塞がる。
 一閃。
 激しい金属音がした。
「きゃあああああ!」
 巫女が悲鳴を上げて逃げる。
「王子に何をする!」
「ケントさん、伝統あるフィリア流剣術と得体のしれないケンドー、どちらが上か勝負しましょう?」
 ケントの問いに、闇武官の一人が好戦的に微笑んだ。
「ケント!」
 アトラが叫ぶ。
「ケント! やめろ、この!」
「ここはいい! 王子を避難させろ、クダ!」
 クダが監視をなぎ倒し、王子を抱き上げて走る。
 その姿は人ごみに紛れてすぐに見えなくなった。
 パラメーター、かくれんぼだ。
 闇武官達が切り合いを始める。ケントは戦いながら、必死でパラメーターを振れるだけ振っていく。視界を邪魔する仮面はすぐにはぎとった。実践の多対多は初めてだ。幸い、パラメーターを振る選択肢は現れた。
 女の闇武官が、蒼武官の一人の足を突き刺した。
「貴方、クダとかいう方を探してくださいませ」
「わ、私は、王子に忠誠を誓いっぐっ」
「私、気が短いんですの。教えてくれますの? どうですの?」
 足を次々と突き刺され、蒼武官は屈服する。
「あ、あそこ……」
 蒼武官は探索のスペシャリストだ。対してクダのパラメーターは子どもの遊び。探索パラメーターを発動すると、すぐに場所がわかった。蒼武官が指さした先の淡い光を、闇武官は切り払った。そこにいた神官達も纏めて。
 クダが背を切り払われ、倒れる。
「王子様は、やらせねぇ!」
 クダが、王子に覆いかぶさった。
「クダ!」
 ケントは体が書き換えられる痛みに耐えながら、闇武官と切り結ぶ。
 光り輝き、剣が舞う絢爛なその様子。
 王子側でケント以外の闇武官が全て切られ、ケントの方に新たなる敵が向かう。
 ここに至って、ようやく俺は硬直から脱した。
「アトラ! 行け!」
 皆が、あっけにとられて俺を見た。なんだよ、そんなに俺の事を信用していないのか。
「――ラトドルグ!」
 弱単体強化呪文だ。それがケントに掛かる。ケントの動きが、目に見えて早くなった。一人、二人と倒していく。それでもクダを救うには遅すぎた。
 闇武官の剣が、緑の制服を貫き……。
「緑武官をなめんなぁぁ!」
 血を吐きながら、緑武官が剣を振るう。
「――ラトドルグ!」
 アトラが、緑武官に呪文を掛ける。
「――バグピース!」
 アトルが、緑武官に癒しの呪文を掛ける。
 ケントが、闇武官達を倒し、クダを救出に行く。
 女の闇武官が緑武官を切り払う。蹲るクダに、一突き……。
 ケントが、背後から闇武官を切り払い……。
 俺ははらはらとその様を見ていた。見ている以外、何もできない。
 他の武官は闇武官に切られたか茫然と見ているかだ。
 クダと王子に癒しの呪文を掛ける。アトラのMPはそれで打ち止めだ。
「殿下! クダ! 大丈夫なのか!?」
「傷は、とりあえず見えなくなったけど……起きてよ、クダ!」
 俺はそこでようやく駆けより、術の掛かり具合を見た。
「大丈夫だ。後遺症もないはずだ」
「良かったぁ……」
 ブール―が、怒りの表情で女の闇武官の胸倉をつかんだ。
 その時、神官達に守られて部屋の隅に下がっていた最高司祭が、声を張り上げる。
「皆さん、動いてはなりません! 紅武官、反逆者どもの拘束を。闇文官を呼んできなさい! 今、陛下の闇武官の半数が来ます」
 紅武官は逮捕、処刑を司る武官で、闇文官は陰謀を張り巡らす政治の暗部と言われている。闇文官が罪人の尋問に直接出るのは珍しい。王子暗殺だから当たり前か。
「そこのお嬢さん、強力な回復呪文を使えるのか! 回復を手伝ってくれ!」
「ごめんなさい、威力特化だからMPがもうないの」
「国宝のポーションがここに数本あります。アトラ、貴方は治癒を」
 最高司祭がアトラに話しかける。
「さ、最高司祭様。どうして、私の名を……」
「ケントの友を儀式の場に呼ぶように予め神託があったのです。ミャロミャロス様のお言葉に従ってよかった。お陰で、こうして殿下を救う事が出来ました」
「ミャロミャロス様が……」
 アトラは茫然とつぶやく。
「やっと会えましたわね、アトラ様、アトル様。私はミスティアーク。ミスティと御呼び下さい」
 巫女が艶めかしい体を見せつけるように挨拶をした。
 最高司祭がそれを咎めようとしたその時、闇文官が声を上げる。
「最高司祭様! この者達、恐らく我らより多いパラメーターの陰謀で守られております」
 最高司祭は眉を顰めた。
「フルパワーでパラメーターを使いなさい」
「はっ」
 ブール―は、祭壇付近の喧騒には全く我関せずで、闇武官を尋問する。
「犯人は誰だ! 正妃様か!? 違うな……しかし、妃のうち一人だ。第三妃か!? 第三妃も身ごもってらっしゃるだと!?」
 ブール―は相手が答えていない事を聞き返す。恐らく、陰謀を使っている。それををフルパワーで攻撃に使っているのだ。しかし、陰謀は同時に二つの事を出来るのだろうか。これは、まずいんじゃ……。
 俺がブール―に一言忠告しようとした時だった。
「今、何と言いました?」
 最高司祭が、ブール―に問うのと。
「ミスティアーク様! 何かを隠していらっしゃいますね!? これは……ケント様に関する事……魔王退治についての話で嘘を!?」
 闇文官がミスティアークを問いただすのは同時だった。
 急いでブール―は陰謀を防御に回す。
 最高司祭は、ため息をついた。
「ミスティアーク。じっくりと話を聞かねばならないようですね」
「嫌ですわ、最高司祭様。私を疑うと言いますの!? 私は嘘をついてなどいません」
「ただ、全てを言わなかっただけ。それも、かなりの事を。最高司祭様……」
「闇武官、ミスティアークを別室に連れて尋問を。蒼武官は第三妃の調査を。ブール―、貴方には闇文官と共に尋問を続けてもらいましょう。ケント、お友達の方々には泊ってもらいなさい。貴方の忠誠心、確かに証明されました。これからは王子から決して離れずついているように」
「しかし、最高司祭様。今日だって無理を言って休みを貰ったんです。二日続けて休んだら……」
「貴方達は王子暗殺事件の関係者なのですよ? 二日で済むはずがないでしょう。私から通達を出すので心配は要りません」
「は」
 ケントは頷き、俺達に向かって頭を下げた。
 部屋に案内され、豪勢な食事を供される。
「すっげー! これ全部食っていいのか!?」
 クダが歓声を上げる。
「貴方方は殿下をお救い下さいました。当然の事です」
 給仕がにこりと微笑んでワインを差し出した。
「その割には給仕が闇文官なんだな」
 俺が問うと給仕が再度微笑み、アトラとアトルは驚いて給仕を見る。
「どうか、話をお聞かせ下さい。王子暗殺に関係がないというのならば。硬くならずに結構です。肩の力を抜いて私と歓談して下されば、私が全て見抜きます」
 アトラとアトル、俺は互いの顔を見合う。ブール―の陰謀を信じよう。
 クダはというと、食べ物に夢中だった。
「まず、アトラさまは補助呪文の使い手。そうですね? 先ほどの戦い、凄かった。形勢不利な戦いを、あっという間にひっくり返しましたね」
「はい、そうです」
「そして、アトルさまは回復呪文の使い手。あのような強力な回復呪文の使い手。城にすらいない」
「ありがとうございます」
「クダさんは、美貌とかくれんぼにパラメーターを? 他に特別なものはお持ちですか?」
「俺は落ちこぼれだからねぇよ」
 ふてくされるクダに、闇文官は微笑む。
「殿下を直接お救いしたのは貴方です。貴方は自分を誇っていい」
「そ、そうだよな! いやー、やっぱ俺ってすげぇな!」
「そして、貴方は……」
「俺は言うつもりはない」
 闇文官は、食事の手を止めてじっと俺を見る。
「頑なな拒絶……ですね。何故、それほどまでに嫌がるのですか?」
「そちらには関係ない。そもそも、パラメーターに関する事を人にあれこれ聞くのはマナー違反だ。俺は王子殿下には関係ない。興味もない」
「なんて事言うんだよ!?」
 クダが怒るが、俺は肩をすくめた。
「まあまあ、そう怒らずに。しかし、孤児院出の貴方達が何故そんな技術を?」
 アトラが言った。
「さる尊いお方に教えてもらいました。その方が誰かは言えません」
 アトルが、後を追って頷く。
「トモヤじゃないけど、パラメーターについての質問は王子殿下に関係ないのでは?」
 闇文官は少し驚いた顔をした。
「これは、私とした事が。貴方達が孤児院出という事を忘れていました。強力な魔術師は、国で接収する事になっているのですよ。これは面接でもあります」
「は?」
 俺は思わず間抜けな声を上げる。
「あ、はい。四年後に就職させて頂きたいと思います」
 アトルが言うが、闇文官は首を振った。
「貴方のような強力な回復呪文の使い手、すぐに賊に浚われてしまいますよ。他国も出てくるかもしれません。回復呪文を使えるという事はそういう事です。貴方の治癒はそういうレベルであり、既に貴方の護衛の選抜やスケジュールが練られています。アトラさんもです」
「私も!?」
「でも、僕はさるお方と四年後に必ず力をお貸しすると約束したのです」
 アトルはなおも言い募る。
「それは秘密にしなければならない事ですか?」
 俺達は黙った。
「アトルさん、貴方にプライベートはもうないのです」
「そんな! そんなのめちゃくちゃです!」
 アトラが立ち上がる。
 その時、バタバタと走る音がして、神官達が入ってきた。
「トモヤさん! トモヤさんは攻撃呪文の使い手ですか!?」
 俺は首を振る。
「え、違うけど。アトラが覚えようとしてたけど、ミャロミャロス様が補助呪文を覚えるように言っていたそうだから」
「残りパラメーターは!?」
「まだ得ていないものを含めて3000だけど」
 神官は崩れ落ちる。
「ミスティアーク……貴方はなんて事を……! 後はマゼラン様が四年後に戻ってくる事を期待するしか……」
「ん? マゼラン様はパラメーターシステム変わったから攻撃呪文使えないぞ」
「なんと……! ではケントか、マゼランの財宝に賭けるしかないのか!」
「じゃあ、俺は無関係だし、行くぞ。アトル、四年後に力を貸してくれ。監視ついていてもいいから」
「う、うん。わかった。仕方ないね。じゃあね、トモヤ」
 雲行きが怪しくなってきたので、俺はどさくさに紛れて帰る事にした。
 アトルも一緒に帰りたかったが、さすがに誘拐されるとあっては連れていけない。
 回復呪文の使い手は昔はそう珍しいものではなかったから、そんな事情があるなどと思いもしなかった。
 俺は家に帰ると、一人ため息をついた。
 四年後、本当にアトルを借りる事が出来るかどうか。
 もしもの時の為の手段を考えておいた方がいいかもしれない。
 それに、俺の財宝ってなんだ。そんなものまで狙われていたのか。あれは全て燃やしてしまおう。何があったっけ。呪文書と、マジックポーションと……スク……ロール……。
 そうだ! 呪文を封じ込めたスクロール、それを使えばアトルの力を借りずとも美咲を助ける事が出来る! 俺はなんでこんな大切な事を忘れていたんだ!
 四年間、一生懸命お金を溜めて旅をする準備をしよう。
 一応ケントにも四年後の協力を頼んでおくか。


「アトラの家はここか?」
「アトラは神殿の方に来ましたよ」
 体格のいい髭面の親父が訪ねてきたので、俺は答える。
「じゃあ、アトラと一緒に暮らしてるってのはお前だな。アトラがいなくなって、新メニューを教えてくれる人がいなくなってな。直接聞きに来たってわけだ。それに、俺とした事が今までの新メニューのお礼をしてなかったからな。お前、俺に雇われないか? 仕事は一緒にメニューを思考錯誤する事だ。給料は弾むぜ? それとは別に今までのメニュー代を払わせてもらう」
 男は髭面をニコリとさせた。この人、料理長か。アトラから、いい人だという事は聞いていた。
「今行っている洗濯屋の後で良かったら……」
「ああ、わかってる。シスターが頭下げて就職させてくれたんだからな。勝手に断るわけにはいかねぇだろ。さ、早速今日から来いよ。皆日替わりメニューを楽しみにしてんだ。明後日のメニューを考えなきゃな」
 親父は頷き、俺を連れていく。
 店は大きくて清潔だった。孤児院出でパラメーターのない俺達が、こんな所に雇われる事が出来るなんて信じられなかった。アトラは女の子だから、シスター、頑張ってくれたんだな。
「さあ、何を作る?」
「材料がいっぱいあるので、シチューという料理が作れるか試してもいいですか?」
「おう、細かく説明してくれれば俺が創作料理でなんとかするからどんどんやってくれ」
 俺はラグーの粉とバターを炒め、ミル乳を入れる。
「粉を炒めるのか? なるほどな」
 俺は適当に具を入れて、煮込む。料理長が同じ事をするが、手つきが全く違う。
「お。パラメーターが振れるな」
 料理長の腕が光り、その光が鍋に移ってくる。
 料理を作ると、最初の一口を俺に食べさせてくれた。初めて食べる味だった。こんな上手いもの、食べた事がない。城ですらも。
「どうだ、美味いだろう」
「はい、とても」
 俺は掻き込むように食べた。
「うん、まあまあの出来だな。早速明後日の限定メニューに出すか。洗濯屋の休日に遊びに来いよ。俺の一番得意な帝国料理をごちそうしてやるよ。それと、今日から弁当を持たせてやる。朝食と夕食作る暇、もうねーだろ」
「はい!」
 俺は満腹の腹を抱えて家に帰った。
 誰もいない部屋。俺はたった一人だ。
 寂しいとは思わない。けれど、退屈だと思った。
 翌日、洗濯屋の仕事を終えた帰りに地図を買った。
 この世界の地図は酷く大雑把だ。町の位置が大まかに描いてあるだけ。村の位置は描かれていない。地図は軍事にも使えるから当たり前なんだけど。
 俺は地図を眺めて必死で記憶を引っ張り出す。
 マゼランの時の記憶は、地図を持ったミトに引っ張り回される記憶ばかりだ。
 夢のような記憶。やめろ、考えるな。俺はもうマゼランじゃない。
 地図を見つめ、俺は見知った名を一つ二つ見つけた。見知った名を線で結び、その逆方向に指を滑らせる。
 森の絵に、洞窟と竜と髑髏のマークが描いてあった。
 俺のいない間に何があった。
 え、俺の家、竜に占領されてるのか!? そんな馬鹿な。俺、攻撃呪文使えないぞ。
 やっぱりケントに力を借りないと駄目だな。
 アトルよりは力を借りやすいだろう。いや、闇武官って王子から離れていて大丈夫なのか。
 両方無理だったらどうしよう。自殺行為だけど、なんとか竜をすり抜けていけるかやってみるか。
 俺が悩んでいると、来客があった。
「トモヤさん、最高司祭様の命によりお迎えにあがりました」
「少し待って下さい」
 俺は窓から出て、走り出した。
 緑武官が凄まじいスピードで走ってきて、捕まる。
「何をする! 俺は関係ないって言っただろう!」
「ケントのご友人は皆王子殿下の助けとなりました、貴方もマゼラン様の弟子、必ずあの場所にいた意味があるはずです」
「無い無い無い」
「ケント様は暗号の解読がうまいとか。ミト様の残した手記をどうか解読して下さい」
「ミトの手記? ああ、日記か。そういえばこそこそ書いていたな」
「は?」
「いや、なんでもない。プライバシーに干渉する必要はない」
 俺が断ると、緑神官は俺を担いだ。
「ちょっ行かないって言ってるだろ!」
「そんな事を言っている場合ではないのです。せめて、魔王を倒した攻撃呪文を何としても探し出さないと。これは最高神官様のご命令なのです」
 俺は担がれて城へ向かう。
 城門から入ると、王子殿下を抱き、仮面をしたケントが走ってきた。
「トモヤ! 待ってたぜ」
「うわあああああ赤ちゃん持って走るな! 何やってるんだよケント!」
「お前、ここはもういいから。俺はトモヤと二人で話す。作業室には俺が連れていく」
「必ずだぞ、ケント」
 俺とケントは応接間に向かう。ケントは、ソファーに座ると王子殿下をあやしながらため息をついた。
「いや、参った参った。忠誠を誓う儀式の時に邪魔が入ったろ? 王子に忠誠を誓った他の闇武官は入院中だし、忠誠の儀式って闇武官が最初だから……。今、王子直属の部下が俺一人なんだ。第二妃は凄く身分が低いし直属の部下が実質俺一人、第三妃は王子暗殺だろ。で、正妃には子供がいない。その上勇者騒ぎで今権力闘争勃発寸前なんだ。信頼できる侍女もまだ見つからなくて、俺が面倒みるむちゃっぷり」
「だ……大丈夫なのか」
「ブール―がいるからな。昨日、状況を分析して教えてもらった。トモヤ、悪いけど、なんとか攻撃呪文、教えてもらえないかな。その為に城がピリピリしてるんだ。俺の事も勇者勇者って崇めてたくせにあっという間に手の平返してさ。どいつもこいつも呪文を探せ、マゼランの残した財宝を探せって」
「……仕方ない、か。俺の研究成果は渡さないけど、攻撃呪文ぐらいなら、な。その代り、こちらも頼みがある。四年後、俺は旅に出る。それについてきて欲しい」
 ケントは、身を乗り出した。
「魔王退治か?」
「いや、例の用事だ」
 ケントは、椅子に背を預ける。
「あーあ、トモヤはそうだよなぁ。いいよ、魔王は俺が倒して見せる。今は馬鹿にされてるけど、ミャロミャロス様は確かに俺を選んでくれたんだ。ミャロミャロス様が正しい事を、俺は示す」
「頑張れよ、ケント」
「ああ、頑張るさ。にしても、ブール―が今度生まれる王族の闇文官として抜擢されそうなのが痛いんだよなぁ。第三妃のご命令だから断れないしさぁ」
「なんでだ? ブール―は第三妃の企みを暴いた側だろ」
「確かにそうだけど。パラメーター三千越えってのがばれてさ。俺は第二妃の臣下に下ったんだし、正妃との斬り合いにも必要だから寄こせって」
「はぁぁ。大変だなぁ。第三妃は罰せられるんじゃないのか?」
「証拠が孤児院出のブール―の証言だけだしな……。ブール―もそれ以上探れなかったし」
 本気で大変そうだな。まあ、俺には関係のない話だ。
「じゃあ、作業場に連れていってくれ」
「ああ、悪いな、愚痴聞いて貰って」
 作業場に案内されると、兵の視線が突き刺さった。
 俺は黙って中央の机に向かい、そこに置かれた古臭い冊子に目を通す。
 そこにあったのは、ミトの赤裸々な日記だった。
 魔王を倒せるという人がいる事をキュロスから聞いた事。
 深い森を通って、洞窟にすむ俺を見つけた事。
 なんて小さなおじいちゃんなんだろうと思った事。
 醜さが逆にパラメーターの極振りを予感させて、わくわくした事。
 体が軽かった事。
 世間知らずだった事。
 一気に魔物を倒してしまった事。
 素直じゃ無い事。
 でも優しい事。
 目の前で起こっていない事はなんだろうと全力で見捨てる癖に、目の前で起こった事は全力で救おうとする事。
 なんでも食べるので好き嫌いが無いように見えるが、実は凄い好き嫌いが多い事。
 褒められると必ず顔を逸らす事。
 日記に書かれていたのは、全て俺の事だった。
 私の勇者様。私だけの勇者様。ミトは、日記の中で何度もそう言っていた。
 俺もそうだったよ、ミト。いや、違う。
 蘇るな、俺の中の記憶。蘇るな、俺の中のマゼラン。
 ミトは、とっくに死んだのだ。美咲は別人だ。そして俺は美咲を憎んでいる。
 俺は日記を閉じて、手を差し出した。
「紙」
「まさか、もう解読したというのか?」
「単なる日記だった。必要な所だけ書きだす」
 俺は紙にサラサラと呪文と魔王についての事を書きだす。
「おお、まさか……」
「良くやりました、最高司祭様に確認してくるのでここでお待ち下さい」
 兵が声を上げ、文官が走り去ろうとする。そこで、突如現れた蒼武官と闇武官に切られた。
 兵が、とっさに俺を庇う。
 蒼武官は、呪文を書いた紙を拾い、それを眺めた。
「確かにパラメーターが出ますね。本物だ。これは、孤児院出ごときの貴方が知っていい情報ではありません。可哀想ですが、口封じさせてもらいます」
 闇武官が蒼武官に紙を渡す。そして、剣を握った。
 俺は唇を噛んだ。抗うすべはない。
 闇武官が剣を振るう。兵があっという間に斬られた。
その間、蒼武官は紙にちらりと目を走らせる。
返す刀で、闇武官は俺に剣を振りかざした。
「待て! 何故魔王と刺し違えたミト様が生前残した日記に、魔王との戦いの様子が乗ってある!?」
 剣が俺の首に振れ、俺の首からは血が流れていた。
「単なる日記だったって言ったろ。その本には必要な事は何一つ書かれていなかったよ」
「貴様は……誰だ!?」
「マゼランの三人目の弟子、トモヤだ。振っているパラメーターは暗号解読だけど、攻撃呪文自体は知ってた。それと、俺を殺すとマゼランが怒るぞ」
「なんだ、そうだったか。心配せずとも、賊の仕業に見せかけるから問題ない。マゼランから情報を引き出すのはアトラとアトルがいる。やれ」
……こいつら、最低だ。
俺が覚悟を決めたその時だった。
「トモヤ! 無事か!?」
 ケントが、王子殿下を抱いてやってきていた。
「ちっ」
 闇武官と蒼武官が消える。
 俺は息をついた。
「トモヤ! 血が出てる……」
 俺はケントに治療をしてもらい、息をつくのだった。
 その後、一室に通され、最高司祭自ら謝罪に来た。しかし、闇文官を連れている。
「トモヤ、すいませんでした。さぞ怖い思いをなさったでしょう。しかし、攻撃呪文を知っていたなら教えてくれれば……アトラとアトルは補助呪文と回復呪文しか知らなかったから、てっきり暗号しか習っていないかと……。他は、マゼラン様から何を習いましたか?」
 俺は冷たい目で最高司祭を見る。
「言うと思うか? 最高司祭様が俺を殺そうとした可能性もあるのに?」
「是が非でも聞かねばならないのですよ。それに、この呪文。パラメーターの表示はされますが、パラメーターアップの表示はされません。これだけでは記述が足りない」
 俺はため息をついた。
「魔術の基礎から書けってか!? あんたら、魔術師の部下いないのかよ。だいたい、強欲なんだよ。アトラとアトルを手に入れ、ケントもいて、攻撃呪文とパラメーターを操る術を手に入れて、まだ何か欲しいという。俺は攻撃呪文を使えないんだし、マゼラン様も旧パラメーターは使えない。ここまでおぜん立てされたんだから、自分達で何とかしろよ。魔王退治をなんの努力一つせずに達成できると思うな。俺には仕事があるんだ。もう行かなきゃ」
 俺はいらいらと吐き捨てる。
「貴様っ最高司祭様になんという言い草だ」
 最高司祭様の護衛をしている緑武官が声を上げる。
「気にいらないなら殺せばいい。その代り、お前達はもう何も手に入らない」
 ケントは、慌ててフォローする。
「こいつ、孤児院でもいつもこうなんですよ。気にいらない事は命の危険を感じても絶対に従いません。マゼラン様もこんな性格なんで、こいつが死ぬとマゼラン様の協力は絶対に得られませんよ。俺がアトラと協力して魔王退治するから、もういいじゃないですか。乗り気だったのを警備不備でやる気無くさせたのはこちらですし」
 全くだ。
「しかし……いえ、そうですね。マゼラン様からは、是が非でも財宝の居場所を聞き出さねばなりませんし、マゼラン様の機嫌を損ねる事は避けた方がいいですか。ああ、報酬を用意せねばなりませんね。これは秘密だったのですが、今、アトラやアトル、ケント、ブール―、クダのご両親を探しているのです。貴方の両親も探して上げましょう。貴方もご両親に会いたいでしょう?」
 あまりの事に、俺やケントは茫然とした。
「なんて事を……俺達がどこ出身かわかってるのか!?」
「孤児院ですが」
「そうだよ。俺達、捨てられたんだよ。一度は捨てたくせに、大貴族に雇われたとたん寄ってくる親は多い。シスターがどれだけ苦労してそんな親たちから俺達を守ってきたか……。クダなんて、親に虐待されてて自分で孤児院に駆けこんだんだぞ。ここでそんな事したら、今まで守ってきた、孤児院に捨てられた子どもと親は無関係って秩序が台無しになる」
「……しかし、自分達のご両親ですよ?」
「わかってない。最高司祭様は何もわかっていない。俺達がどんな思いで決別して来たか。捨てられた事もない奴に、わかるもんか! シスターが俺達の親なんだ」
 ケントが吐き捨てる。
「ふむ。クダの両親が見つかったのでクダに内緒で面会させたのですが……」
 ケントが駆けだした。俺も後を追う。
「もうやめてくれよ! 俺は自由になったんだ、自分の力で生きていくんだ」
 クダが耳を押さえ、叫ぶ。クダの父が、クダに手を伸ばした。
「クダ、私が間違っていたよ。報奨金も貰ったし、一緒に暮らそう。お前は死んだ母さんにそっくりになってきたな……」
 クダが身震いした。
「俺に触んな!」
 ケントが、クダの父の前に立ちはだかった。
「報奨金も貰ったなら、もう充分だろう。クダから離れろ」
「な、なんだお前は! クダは私の子供だ!」
「もうお前の子供じゃない。クダは五歳の時にそう決めたし、一人で生きてきた」
「クダ、行くぞ。兵舎まで送る。どっちの方向だ?」
 俺はクダに声をかける。
「あ、ああ、ケント、トモヤ」
 俺はクダの手を引いて兵舎へと向かう。その時、クダは言った。その声は沈んでいる。
「お前、俺の事馬鹿にしてんだろ」
「俺も捨て子だ。それは皆同じだろう?」
「……そうだけどよ……」
「誰にでも起こりうることだ。だから、この件に関してだけは、共同戦線を張ろう。アトラとアトルを守ってくれ」
「あ、ああ。そう言う事ならいいぜ、守ってやっても。どうせお前は何もできないからな」
「ああ、そうだな」
 俺はクダを兵舎に送った後、クダの仲間の兵士達に事情を話して頭を下げた。
「ああ、孤児院出も大変だな。報奨金、全部親にとられたんだって?」
「親に取られたんじゃなくて、国が親に渡しちまったんだろ。全く、もうちょっと調べろよって話だよな。大丈夫、俺達が庇ってやるよ。クダは俺達のアイドルだからな」
「ありがとうございます。じゃあクダ、俺はここで帰るから」
「礼はいわねぇからな」
 俺はクダと別れ、急いで仕事へと向かった。
 料理長に遅れた事情を話す。
「大変だな、お前達も。アトラも苦労するだろうな……差し入れを持ってやっていければいいんだが」
「その気持ちだけでアトラは喜びますよ。それより限定メニュー、人気なようで嬉しいです」
「おう、毎日限定メニューだけ食べる奴が多いんだ、これが。この前なんて、貴族が来てたぜ。このまま行けば、貴族からも御呼びが掛かるかもな」
「じゃあ、今日は高級っぽい見た目の料理でも作ってみますか? 大分久しぶりだから、うろ覚えだけど」
「出来んのか!? よし、やってみてくれ」
 いつもの料理を終え、俺は帰る。
 しばらく、平穏な日々が続いた。
 それは第三妃の出産があり、儀式が行れるはずの日だった。
 国民に、正妃の懐妊と、正妃のお命を狙った罪での第二妃、第三妃、王子殿下と王女殿下を処刑するという布告が出た。
 アトルとアトラのお披露目もされた。
 さすがに俺は心配した。大体、第二妃の王子殿下のお命を狙った罪で罪を問われなかった第三妃が、なんで今度はいきなり処刑になるんだよ。王族だぞ、王族。それも、貴重な王子殿下。信じられない。ケントはどうしているだろうか。
 お披露目には呼ばれたが、俺は行かなかった。いつもどおり料理長の所に行って、料理をした。
 そして帰ると、家の前には、黒髪黒眼の綺麗な女がいて、俺を待っていた。
「ああ、ラグル! 会いたかったわ。私、貴方を捨てた事をずっと後悔していて……まさか、貴方がマゼラン様の弟子になっているなんて、鼻が高いわ。それで、マゼラン様の財宝はどこかしら?」
 ……本当に、他人事じゃないもんな。
「人違いです、俺はトモヤ。俺が捨てられたのとおんなじ時期に孤児院に赤ちゃんの死体がありましたけど、貴方が親だったんですか? お気の毒に」
「いいえ、マゼランの弟子の貴方が、私の息子なのよ。私にはわかる」
「だから、俺はトモヤですって。大体、孤児院出の餓鬼なんかにマゼラン様が財宝のありかを教えるわけがないでしょう」
「嘘よ! だって、アトラとアトルには回復呪文と補助呪文を教えたって。貴方も何か習っているんでしょう?」
「暗号の解き方なら教わりましたが」
「それよ! それはきっと部屋にあったマゼラン様の宝の地図を解読するためなのよ!」
「待って頂戴! それは私の子よ!」
 何人かの男女が現れる。
 俺の心が警鐘を鳴らす。
 まずい、部屋にあったってなんだ。長屋は危険だからと、常に貴重品を身につけていて本当に良かった。部屋を引き払わなければならない時が来たようだ。
 俺はじりじりと後ろに下がる。口の中でもごもごと呟く。
「――アースザゲート」
 一定の距離内で知っている場所に行く呪文だ。
 とりあえず、孤児院にでも行くか。
――命中率が足りません。
「はい?」
 門が現れ、開く。そこは儀式の場。血だらけのケント。赤子を抱くクダとブール―。
 ブール―が何事かと振りむく。そして俺と目があった。
「トモヤ、来てくれましたか……!! ケント、クダ、逃げますよ!」
「は?」
 ケント、クダ、ブール―が走る。闇武官が追ってきた。
 俺は慌てて三人を迎え入れ、扉を閉めて再度呪文を唱える。
 これはやばい。
「――アウェイザゲート」
 知らないどこか遠くへ移動する呪文を放つ。門が現れ、俺は三人を引っ張って見知らぬ森の中へと向かう。扉を閉めて、ようやく息をついた。
 クダがへたり込む。グルルルルル、と腹が鳴った。
「ほら、弁当。二つある」
 無言でクダが奪い取り、半分をがつがつと食べてケントに渡した。
 ブール―はケントの治療をする。
「何があった?」
「捨て子を拾いました」
「ブール―」
「捨て子を拾いました」
 俺はため息をついた。気持ちはわかる。俺達は捨てられる事に敏感だ。
 その上、王子殿下はケントの、王女殿下はブール―の主だ。俺は腕を組む。
「良くわかった。「親は関係ない」だな。俺もそういう風に扱うぞ」
「わかってる」
「トモヤ! ケント! お前ら、何言ってんだよ。このお方たちは……」
 クダが文句を言うが、俺はじっとケントを見た。
「でもトモヤ、お願いだ。この子たちに何か、贈り物をくれ。捨てられた俺達に、ケンドーを、数学を、回復呪文を、補助呪文をくれたように。この子達が得られるはずだった物に代わる何かを、与えてくれ、父さん!」
 ハッとブール―が俺を見る。え、父さんて何。
「ちょっと待てよ。俺は何も貰っていないぜ。どういう事だよ、トモヤ」
 俺は戸惑った。いきなり同い年に父と言われて戸惑わない人間はいないだろう。
「俺は何も与えるつもりはなかった」
「それでも、シスターは俺の母で、トモヤは俺の父だった。お願いだ父さん、この子達に贈り物を!」
「トモヤ、お前、俺には何もくれなくていいから殿下達には何かくれてやってくれよ」
 俺はため息をつく。深い深いため息をつく。
「俺が与えられるのは祝福じゃなく呪いだけだ。……五歳まで、パラメーター振りを禁ずる。ただし、この子達の面倒はちゃんと見ろよ。この子達が死ねば、俺が死ぬから」
「トモヤ!」
 ケントが、歓喜の声を上げる。
「とにかく、どこか町を探して乳と宿を手に入れよう。魔力を回復しないと」
「話はまとまったようですね。あちらの方に町の明かりが見えます。魔物が出ないとも限りません。行きましょう」
 町へと降りると、俺は宿を一部屋取った。
 ケントもブール―もクダも、旅装に有り金全部を持ってきていたので助かった。
 俺達は宿を取り、乳を買ってきて赤ん坊に与えながらこれからの話し合いをする。
「これからどうする?」
「ケントはケンドーの値をとにかく上げてくれ。魔物退治でそれくらいの金が稼げるだろう。ブール―は城での俺達の場所の秘匿と、何かこの町で仕事を。クダはこの子達の護衛と世話を。俺も何か仕事を探すよ」
「うえ、俺が王子の世話するのか? 俺力あるから、大怪我させそうで怖いな……」
「トモヤ、貴方ではろくに仕事を見つけられないでしょう。子供達の世話をよろしくお願いします」
「うーん、それもそうか……。お前ら、これだけ俺に手間掛けさせるんだから、絶対ドラゴン退治手伝えよ」
 ケントが、目をきょとんとさせた。
「ドラゴン退治って、なんだ?」
「俺の住んでた所、ドラゴンの巣になってるんだよ。そこに癒しのスクロールがあるから、それを使って美咲を治す。後、全部燃やす」
「待ってくれ、トモヤ。もしかして、攻撃呪文のスクロールもそこに……」
「ああ、十個位あるけど」
「早く言えよ! それがあれば……」
「まあ、報酬として渡してもいいか。他は全部燃やすがな」
 クダは盛大にため息をついた。
「これだよ。信じらんねー。やっぱりトモヤはトモヤだよな」
「魔王が現れたと聞いてもこっそり対策方法だけ用意しておいて、それを用意できない世界の人間を見下して、自分は何もせずに研究を秘匿して死んでいく。これを喜びとし、信念とするような人間に何かを期待してはいけません。クダ」
「まあまあ、トモヤは子供達に贈り物をくれただろ。これで、他の王族と同じように、パラメーター管理してやれる。精々立派な人間にしてやろうぜ」
「この子達は単なる捨て子だろ。王族としてなんて考えはやめろよ、ケント」
 ケントは優しい表情で子どもを抱くのみだ。
 新しい生活が始まる。アトルとアトラも、ここにいれば良かったのに。


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