プロローグ
ピコピコ。ピコピコ。ピコピコ。
ゲームのキャラクターに、パラメーターを振る。
賢さに一つ、二つ、三つ、四つ、五つ……。
ようやく、賢さが、カンストになった。
体力はなく、力が弱く、防御力もなく、MPすらない。格好良さももちろんゼロ。
MPが切れたらそこでもう終わり。
俺は、醜く小さく、汚らわしい一人の老人の魔法使いを幻視する。
彼は、一人では何もできないほどに弱いだろう。
けれども、そのキャラの広範囲魔法は全てを薙ぎ払うのだ。
俺は微笑む。
一人でそこまでのレベルに行くまで。並大抵の労力ではなかった。
目的は達成した為、俺はそこでゲームを止める。
ゲームクリアに、興味はなかった。
俺が興味があるのは、ただ一つ、一度でいいから一番になる事だけだ。
仮想現実の中だけじゃない。現実の中でも一番を取って見せる。
いや、一番じゃなくてもいい。俺はただ、双子の妹の美咲に勝ちたい。
ゲームを止めると、俺は現実世界へと戻った。
しかし、俺は自分で思うよりもずっとそのゲームにこだわりがあったらしい。
俺は敗れるたびに老魔法使いの夢を見た。
深い深い森の中、人里離れた広い洞窟でたった一人、研究をしている老魔法使い。
服はたったの二着だけ。両方とも、ぼろぼろの黒いローブ。
枯れ枝のような手。
毎日の食事は、薬草を煮た薄いスープ。
外に出るのは年に一度。小物の魔物を倒して町に売る時のみ。
その時に町の人々から浴びるのは、嘲笑。
誰も彼の偉大さを知らない。それでいい。そうして、彼は誰にも知られずに消えていく。
俺が夢見るのは、そんな魔法使いの日常の夢だった。
派手な戦いの場面は一度もない。何故なら、防御力も素早さもない彼は強い魔物を狩れないから。
他の人が見れば、惨めなのかもしれない。情けないのかもしれない。寂しいのかもしれない。何が幸福かわからないと言う人もいるだろう。けれども、俺は憧れた。その老魔法使いの夢を見ては、あの老魔法使いになれたら、と思った。
けれどもある日、その夢に異変が訪れた。
勇者が、訪ねて来たのだ。
若く、美しく、体格が良く、太陽のような笑みを持つ女。勇者は妹そのものだった。
魔王を倒そうと勇者は言う。老魔法使いはにべもなく断った。
勇者は、老魔法使いを抱えて行ってしまう。力のない魔法使いには抵抗しようもなかった。
強引な勇者に、少しずつ流され、ほだされていく老魔法使い。
「やめろ、やめてくれ!」
俺は必死で叫ぶが、声は老魔法使いに届かない。
老魔法使いが勇者に惹かれるたび、俺と老魔法使いの心は剥離していく。
どんな強力な魔物も、勇者が魔法使いを庇い、その間に魔法使いが呪文を詠唱する事で倒す事が出来た。
強力な魔物と戦う高揚感。見知らぬ文化を見る時の驚き。人との触れ合いの暖かさ。
勇者に引っ張られて、灰色だった魔法使いは様々な事を知っていく。
これも全て勇者のお陰。魔法使いは嫌っていた勇者に、いつしか感謝を捧げ始める。
胸糞悪い夢。もう見させないでくれ。
夢を見た後、吐くことすらあった。
けれども、老魔法使いの夢のような日々は終わりを告げる。
魔王を打倒した時、勇者が死んでしまったのだ。
いかに優秀な魔法使いと言えど、死人を生き返らす事などできはしない。
いや、勇者がかろうじて生きていたとしても、救えなかっただろう。
もうMPが無かったから。いや、あった。MPの代わりになるものが。
老魔法使いは呪文を唱え始める。
老魔法使いの生命力が、削られていく。しかし、老魔法使いは後悔しなかった。
老魔法使いの腹に、魔物の爪が突き刺さっていた。どうせ、少し死ぬのが早くなるだけの事だ。
今度は、魔物のいない平和な世界で共に暮らそう。
老魔法使いは、異世界への扉を開いた。
そして、二人の魂を異世界へと送り出した。
それが最後に見た老魔法使いの夢だった。
俺は夢を見なくなって心底安堵した。
気になってあのゲームを起動させてみると、それはクリアされていた。
美咲が勝手に進めたのだ。
俺は、ゲームを捨てた。ゲームを捨ててしまうと、気が楽になった気がした。
けれども問題は、全く解決していなかったのだ。