バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

インチキ魔術師

 サーデライト魔術学校。
そこはその国唯一の魔術師の学校だった。
この学校に入らずに魔術師になる者はもちろんいるが、今ではそれはごく小数になっている。
それも当然だろう。独学で、あるいは師についての勉強だと、どうしても知識が偏ってしまう。
この学校ならば、その道の専門家達からそれぞれの分野を勉強でき、卒業後も他の魔術師達の研究成果を参考にしたり、共同研究のパートナーを探す事ができる。
各地に散らばり、単独で、あるいは少数の弟子と研究をしていた頃とは全く能率が違った。
当然、サーデライト魔術学校への入学を望むものは多く、毎年入学試験の時期には多くの受験者がやってくる。
 その日は、五日かけてする第一入学試験の三日目だった。サーデライト魔術学校では、一日から二日にかけて魔力を調査し、三日目で個々の術を、四日目、五日目で学力を調査する。
といってもメインは二日目までの魔力調査で、後はその後の指導をどうするか判断するためのテストだ。
二日目を好成績でクリアすれば、合格は出来るのだ。
 そして第二入学試験。それは入学1ヶ月後に行われる。
2回に分けて試験を行うのは、強い魔力を持つ者を確実に学校に入れるためだった。
強い魔力を持つ者は、下手をすると大きな災いにもなりうる。
だから、まず第一入学試験で入学させ、第二入学試験で力を持つに不適格とされた者は魔力封印の処置をして退学させる。
本当の試験は第二入学試験というわけだ。
 つまり、今日のテストは、生徒にとっては失礼だが、本当にどうでもいい日のはずだった。
使える術のあるものがそれを披露してみせるという形式のため、参加しない、もしくはできない受験者も多い。
術を使う以上、トラブルが起こる危険ももちろんあるが、試験官の魔術師が3人もついているし、面白半分に見学にくる魔術師、弟子を見守りにきた魔術師が大勢いる。
問題がおこるはずが無いのだ。
ましてや、術具の研究をする、冴えない魔術師に声が掛かるなど。

「ザイルさんがいて助かりました。ちょっとご意見が聞きたくて」

 試験官のトリスが、にっこりとして書類を渡してくる。
トリスは植物の育成に関する術を主に研究している。
緑を基調に、所々草を模した模様のあるローブに、さらりとしたロングストレート。
まだ学生で、若々しいトリスの笑顔が眩しい。
ザイルは自分の茶を基調とした地味なローブを一瞬見下ろし、ため息をついて書類を受け取った。

「なんだ、カリト村の魔術師の弟子か。何か問題が起きたのか?」

試験をしている広場へと歩きながら、問題の生徒の書類を見る。
カリト村の魔術師は、数少ない学校とは無関係の魔術師だった。
カリト村付近に出没した少し強い魔物を倒した事で、存在が明らかになった魔術師だ。
全くの無名の魔術師だが、学校とは無縁の魔術師は珍しいという事でザイルの記憶に残っていた。
書類には受験生の名はディーン、師匠の名はハヤトと書いてあった。
ハヤトとは変わった名だ。もしかして、異国の魔術師なのかもしれない。

「いえ、問題というわけでは。あの…たまに、術の試験に術具を使ってくる子がいますよね?」

トリスは含み笑いをして言った。それにザイルはぴんと来る。
 術具というのは便利なもので、中には予め術をかけておく事で、ほとんど魔力の無い人間でも何かしらの術を使えるというものがある。
魔力の無い偽物や粗悪品も出回っており、これで魔術師になれると騙されて試験でそういった術具を使う
受験生は毎年、必ずいる。三日目の試験自体が殆ど意味の無いものだし、優れた術具で魔力が手に入るわけもないのに。
インチキなもの、面白いもの、まれに眼を見張るもの、様々な術具を見ることが出来る。
三日目試験の、魔術師の卵達の、突拍子も無い術と術具が魔術師達の楽しみの一つとなっている。
トリスが笑っているという事は、あまりに強力な術具で…というわけではないだろう。

「インチキな物だったんだな?」

 ザイルはにやりと笑い返す。

「魔力は皆無ですが、相当手が込んでまして。呼ばないとザイルさん、怒ったと思いますよ」
「それは楽しみだ」



広場の近くまで行くと啜り泣きの声が聞こえる。
ザイルは、眉を顰めた。

「おいおい、あまり苛めてやるなよ。騙されて出来の悪い術具を買った事ぐらい、誰でもあるだろ?相手はまだ魔術の勉強さえしてないんだからさ」
ザイルに責められ、トリスはぺろっと舌を出した。

「あまりに面白かったので、皆でノリに乗っちゃって…。それに、わざとやってるのかと」

 そこには、赤毛の派手に着飾った青年が、帽子を抱きしめて泣いていた。
床には色とりどりの紙が散乱している。
青年の周囲を、気まずげなローブの一団が囲んでいた。

「あの、私、凄く楽しかったよ。お花ありがとう」
 
 幼い少女が声をかけると、15歳ぐらいだろうか、貴族らしい少年が優しく声をかける。

「多分、ちょっとした冗談だったんだよ。君の師匠もさ」

ザイルは青年の所へ行き、そっけなく声をかけた。

「術具を研究しているザイルだ。君の師は術具に長けていると聞いてきた。
別室で君の術具を見せてもらえるかな?」

 青年はまた涙を零す。

「術だって、師匠は言ったんだ…」

 術具の力を自分の術だと騙したのか。それも魔力の全くない術具で。
悪質なやり方に同情する。恐らく、服も騙されて買ったものだろう。
真っ赤なそのスーツは、明らかに特注品だった。
いくら異国の者でも、魔術師の試験ではローブ着用が普通な事は知っている筈だ。
目立つ為にあるようなその服からは、悪意を感じる。

「いつも冷静でないものに、術は使えないよ。ほら、泣かないで。魔術師は強くあらねば」

 ザイルはディーンを立たせる。
 ディーンのものらしき、使い古したノートを読んで笑い転げてる試験官、ミグを思い切り蹴って、ノートを回収してディーンに渡す。

「ミグ…お前、確か私の講義に出ていたな。今日の事はしっかり成績に加味しておくぞ。いたいけな受験生を傷つけおって」
「えええ!?酷いですよ、ザイル先生!」

 抗議するミグを無視して、ディーンを連れて行く。
トリスに眼を向けると、テキパキと次の受験生の名前を呼んでいる。
それに頷き、研究室へと向かった。



呆れた。
ディーンの術具を見せてもらった感想を一言で言うとこれだった。
いや、それは術具ではない。ただのおもちゃだ。
どうしてこんな事にここまでするのか、という仕掛けのオンパレードだった。
ここまで手が込んでいて、欠片たりとも魔力が使われていない徹底振り。
こんな物を作る才能があるなら他へ使えと言いたくなる。

「私はこれ一個に値するような道具を作れた事があるだろうか…」

 この発想力。この技術。もしも自分にあったなら、どんな立派な術具を作れただろう。
考えるだけでも、虚しくなる。
私の言葉に勘違いしたのか、ディーンはそれにぱっと顔を輝かせた。

「だろ!?師匠はやっぱり凄いんだ!!」
「あ、ああ…そうだな。他には何を教えてもらったんだ?」

 ディーンはノートを取り出し、一瞬動きを止める。

「あ…でも、試験の先生は笑って…」
「私は笑わないよ」

ディーンの手からノートを取り、中身を見る。
そこにあるのは、あらゆるインチキの方法だった。数人でやる、かなり大掛かりな物もある。

「師匠が、俺の為に一生懸命作ってくれたんだ。国一番の魔術師にしてやるって…」
 
 間違いなく国一番の詐欺師になっただろう。
ノートを見て強く思う。だが、ただの冗談でこんな事が出来るはずがない。
ぼろぼろのノート。それに綴られたインチキの方法の数、質共に尋常ではない。
なんと言ったらいいのだろう。これはもう、詐欺というレベルではなかった。
あまりにも手の込んだ、誰かをより楽しませる技。
王族の抱える道化だって、これ程の事はできないだろう。
そもそも、見た事も聞いた事もない技ばかりだった。
しかし、一部は旅芸人がやっていたのを見た事があった。
ノートの端々には、笑いを取るための口上まで丁寧に書いてある。
詐欺ではない。騙すつもりではないのだ。
ただ、あまりにも手が込みすぎて、ディーンが魔術と勘違いしたのも無理は無い。

「君と君の師匠の間で、行き違いがあったようだね?」
「行き違い…?」

 ディーンは怪訝そうに見上げてくる。
そう、これを書いたのは明らかに魔術師ではなかった。

「これはね、ディーン。魔術ではないのだよ。旅芸人や道化のやる技の、とても素晴らしいものなんだ。どれも道具を使って、仕掛けのあるものばかりだろう?何より魔力を感じない」
「そんな……」

 ディーンは、しかし何かに気づいたように顔を上げた。

「あ…そういえば師匠、初めてこれを見せてくれた時、『テジナ』って言ってた……。あれ、魔術って意味だと思ってたけど……」

 ザイルは心得たように頷いた。

「君の師匠は、異国人だ。そうだね?」
「多分……でも、そんな…じゃあ俺の習ってきた事は…」

 ディーンはこくりと頷いた。その顔色は青い。

「だが、君には魔力がある。魔術師になる事は、できるよ。君は若い。今からでも遅くは無い」

 ザイルはその手を握ってやる。ディーンはしばらく考えた。5分にも及ぶ沈黙だった。
 辛抱強く待ち続けると、おもむろにディーンは口を開いた。

「師匠は、俺の憧れの人だ。それは変わらない。でも、俺は……師匠を超えたい。超えないといけないんだ。魔術師になれば、いろんな事が出来るようになるんだろ?だったら俺は、魔術師になりたい。師匠の所では、風太が頑張ってる。だから俺は外で頑張るって決めたんだ」

 ザイルはそれににっこりと微笑んだ。

「そうか………いや、君の師匠にはぜひ会いたいな。魔力のありなしはあれど、同じ道具を作るものとして、君の師匠を尊敬するよ」

ディーンはにっこりと笑った。

「師匠はとっても凄いんだ」

ザイルも笑み返す。

「君、私の研究室に入らないかね。君の持つテジナの道具をもっとよく見たい。君の師匠にも、ぜひ会って話を聞きたいな」
「え、でも俺……まだ合格するか…」
「ああ、受かったらの話だよ。合格を祈っているよ」

ディーンはその二日後、試験が終わった直後から研究所に呼び出される事になる。
魔術について習っていなく、魔力もそれほど高くは無いディーンは本来落ちるはずだった。
だが、ザイルの強力な推薦によって合格する事となったのだった。

しおり