バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

7話

『妹』

お姉ちゃん、好き。
言いたかっただけ。定期的に言わないと身体が疼いちゃう。言ったら安心しておなかのあたりが落ち着く。お姉ちゃんが好きという毎日が楽しい。お姉ちゃんさえいれば二ヶ月くらいは何も食べなくても生きていけそう。せめて貴重なタンパク源で高貴なワクワク源(ワクワクさせてくれる)でもある、お姉ちゃんの髪の毛を一本ずつでも毎日食べれでもいたらなお一層幸せな感じ。その毎日も魅力的。最期には「わたしを食べて」と言い残してお姉ちゃんの血となり肉となって年中無休でお姉ちゃんの内部に住み着きたい。あ、そうすればお姉ちゃんの臓器や体液とも知り合いになれるってことなのか。そうでしょ。

わたしはよく見てさえいればお姉ちゃんの繊細な手やウエストの動きからお姉ちゃんの心境を予測、さらに発展させて限りなく現実に近いことを願う夢想をすることも可能なのだ。それはもう口から出るものと同じくらいの理解度で身体のあらゆる箇所からもお姉ちゃんの意思を読み取れるということなのでは。

だとしたらきっと、細胞レベルの小さいお姉ちゃんの一部とも意思疎通ができるんじゃないのか。身長を一ミリに縮めてたお姉ちゃんが、血管と名付けられたヴァージンロードを和気あいあいと次から次へ通過していく様子を思いついてしまう。血流に乗っている最中悪いけど、わたしも乗せてってくれない?と夢のヒッチハイク物語。旅路は大きいお姉ちゃんの全身を巡る慰安旅行。笑いあり涙ありの感動長編スペクタクル。もはやなんでもあり。そんなお姉ちゃんも、あり。

ただ注意すべきなのはわたしはまだ死んだことがあるわけないから、肉がバラバラに消え去ってもそこに魂が残るかどうかに自信がないということ。普段決して無駄ではないほど自信を抱いているわたしであっても、こればかりは流石に分からない。

くそー、肉体に縛られたくない。ヒトの枠、生き物の枠からはみだせたらいいのに。生死を問わず、精神解放宣言だよ。人魂になってお姉ちゃんを見守りたい。って、もしかしたらすでにわたしには見えない霊魂がお姉ちゃんをストーカーしている可能性もあるのかな……?わたしと志を同じにする輩がいるかもしれないのか。どうしよう、消したい。考えは一緒でも、そいつは同士ではない。本当は一緒とも言いたくないし。

もし本当に卑怯で卑屈な不可視の敵が出てきたら、どうにかして抹消したいなぁ。見えないのに見られてる、しかもその相手がお姉ちゃんだとしたらお姉ちゃんもわたしも耐えきれないストレスに苦しむだろう。よくある退治の方法だと懐中電灯とか掃除機とかで無に還したりするけれど。そもそも見えないのにどう戦うんだ。闇雲かな。常にお姉ちゃんの周囲や行先を無菌にしておくのか。そんな毎日は大変そう。甲斐はあると思うけど。

無駄長話《むだながばなし》(無駄話+長話)もほどほどにしておこう。わたしは(お姉ちゃんの)夢(を頻繁に)見る少女だけど、本気でフィクションの世界を目指しているわけではない。現実のお姉ちゃんが何より好きだから。

だから。

ちょっとした思いつきなのか長考なのかはっきりしない物思いが駆けている時、お姉ちゃんから映画に誘われた。それにわーお恋愛モノ。
ほうほう、これはチャンスっ。もちろん映画の内容など無いようなもので興味の向かう先じゃないよぅ。あーでもお姉ちゃんを取り上げた作品だったらいいかも。わたしが映画監督になったらお姉ちゃんの教室での何気ない仕草や表情、行動を監督権限を行使して余すところなく味わって動画のみならず場合によっては写真なんかも撮っちゃったりしてそれで秘蔵アルバムを作って日付・時間・場所・天気等必要事項を記入して対応する箇所に一枚一枚丁寧に赤ちゃんの頭を撫でるようにぺったんこしてそれを周期的に閲覧するわたしは全面的にわたしの功績を讃えて圧倒的な幸福感を得て終いにはお姉ちゃんに色々告白して誰もいない舞踏会で夜通し二人だけのワルツを奏でるんだ。うん、絶好調。

中身は完全無視するだろうけど、劇場という場所はよく出来ているから利用せざるを得ないところ。混んでなければいつも通り世界にわたし達二人きり状態とほとんど変わらないし、家のテレビとは違って大画面大音量だから特殊な空間に移っているような気分にもなる。家で突然手を握るのは不思議と不自然な感じがするけど劇場だと何かしらの法則名がついていいほどやりやすい。雰囲気的にも肘掛け的にも。まぁわたし達の場合どこにいても関係ないといえば関係ないけど、気持ちとか趣向が違うよね。今は、うん。改めて意識するまでもなく、手を繋いでるんるんしてる。

たとえそれが何であろうとお姉ちゃんとの行為を表現をオノマトペに頼ってしまう自分の情けなさと、しかしながらお姉ちゃん効果でオノマトペの可愛らしさが元より数段高まっているという誇らしさが心中で並立していると、家の前に着いた。玄関の鍵はポケットに入れていつでも取り出せるようにしてあるので、一旦お姉ちゃんの手を離すのを惜しみつつわたしがドアの前に出る。特に理由はないけど、わたしが鍵担当となっている。お姉ちゃん、好き。不意打ち。

まるで思い入れのある生まれ故郷の実家に戻ってきたかのようにドアを開け、例えるならば靴が三足並べてあるような玄関に中学生の女の子みたいな足を踏み入れる。事実を比喩にすることで現実にスパイスを効かせてみたよ。どう?どう、でもいい?なんてこったい。評価が酸っぱいす。

スパイスなのに酸っぱいって、とお姉ちゃんの存在に比べたら天と地、いや天と海底の差を感じる下らなさを不覚にも覚えてしまったこれまでの自分にさよならを告げるがごとき引き締まった気持ちで靴紐の引き締まった靴を丁寧に脱ぎ捨てる。ふー、やっぱりお姉ちゃんと暮らす我が家が一番リラックスできるやいとしみじみしたその時。お姉ちゃんが唐突なスキンシップを図ってきた!

ひゃ、ひゃっ。く、くすぐったい。くすぐったさがやってきたっ。スキンシップどころか、もっと過激なやつだこれはぁ。てか、くすぐったいというよりは……んっ……これ、どことなく、いや明らかに、別の志向の反応が……あっ、んっ…………。なんか、後ろが、背中がぞくぞくするぅ……。それに、したって……あっ……お、お姉ちゃんっ……どうしていきなり……?あっ……お姉ちゃんの、指がっ…………。でも、んあっ…………お姉ちゃんなら、しても、いいよ……?お姉ちゃん、なら、なんでも…………んっ……あっ……はぁっ…………。お姉ちゃん、良い顔っ……してるぅ…………。可愛いぃ…………。お姉ちゃんがっ……楽しいならっ……はっ、んんっ…………わたしは、それが、一番っ…………。……わたし、こんなに、されてもっ……ぜんぜん、いやじゃないっ…………むしろ、嬉しいぃ…………んっ……。はぁぅ、嬉しいぃ……嬉しいぃ……嬉しいぃ…………嬉しいぃ……。

程なくするとアルファベット八番目的なくすぐりから、笑いを強制するくすぐりに進化した。笑うだけではなく、お尻やら耳元やら至るところをまさぐられて驚きと喜びの渦の中喘いでしまった。お姉ちゃんにいっぱい触られて、お姉ちゃんの潤いのある肌をわたしの肌がたくさん吸い取って、深々とお姉ちゃんに溺れていくようだった。時間の感覚を忘れて、自発的でないにも関わらず無我夢中になっていた。おかげでマラソン終わりみたいにぐてぇっと横になっている。けど、気持ち良かったぁ。

体力が回復するまで待って、自分の部屋に戻る。勉強道具が整頓されて置いてある机の下に収まっているイスを引っ張り出して座る。一息ついて、思うことがあった。

生身の体があるから、肌と肌の触れ合いも楽しいって。
精神だけで満足なんてできない。精神論しか使わずにお姉ちゃんの全てを感じることなど、できやしない。身体が資本なんだ。お姉ちゃんの生命活動を支えてくれてる、健康な身体に感謝しないと。


だからカッターナイフを持ち運ぼう。


引き出しに入れていた文房具を手に持ち、鍵の入っている制服のポケットに忍ばす。
現実観のあるわたしだけど。
現実が非現実になるのはそう珍しいことではない。
見えないのは霊魂の類とは限らない。
念には念を、ね。

しおり