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4話

『妹』

教室を出て校舎が別れる階段手前の朝通った道を逆走する。高校二年生の教室は高校校舎の三階にあるので、少し奥にあり校舎としては真ん中に位置する階段を上り、上りきって真正面の教室がお姉ちゃんのいる教室となる。

わたしの教室からお姉ちゃんの教室まではそう近くはないけど、お昼休みに心の距離を近づけるために身体の距離も近く知覚することを考えたら苦どころか喜びのあまり走り回るほどだ。

というわけで階段の後の平地は軽く走ってみた。そのままお姉ちゃんの教室にゴールインすると、あ、ゴールインって結婚するみたいに聞こえる。長年の交際を経て念願の結婚式!純白のウェディングドレスお披露目(お互いにのみ)!誓のキスは蜜の味。蜜って言うと秘密っぽくてさらに良い。もちろんわたしたちにゴールなんてないと思うけどね。自分で自分にゴールしてるなんてありえない傾向と体系。強いて言うならわたしは常にお姉ちゃんに満足してる。

そんな上昇思考の最中のわたしは、そんな対象のお姉ちゃんの教室に、そんな小走りでたったったっとインする。時間的にも場所的にも学校の中で、一番密で、蜜な(早速使ってみた)ことだから自然とワクワクする。血液が新しく生成されて冷たい水が胴体を流れる感覚を受け取る。って言って分かるかなぁ。お姉ちゃんに以前聞いたとき分かると言ってくれたから、それでいいや。問題無し。

「食べよー」

視界と鼓膜はお姉ちゃんしか受け入れないので拝見と拝聴も必然的に、根底的に同様なのであーる。お姉ちゃんに向けてわたし音波送信中……認証中……送信完了!ってな。届いたお姉ちゃんは頷いて反応してくれた。よしっ、と日常の日常たる所以を堪能し、席にダウンしようと向かう。

お、さっき二人机にしてくれていたのですな。ありがたやー、お姉ちゃん。そのお心遣いに感謝するとともにお姉ちゃんの存在そのものに多大なる敬意を僭越ながら抱かせてもらいます。二礼二拍手一礼。ははぁー。

用意されたお姉ちゃんの前の席に座る。間接的にとはいえお姉ちゃん以外の人間に触れるなど本来なら生まれてきたことを後悔し経験してきたあらゆる恥を吐露し最終的に切腹するべき事態だけど、こういうときはまぁ妥協しようということに決めている。仕方ない。椅子を持ってくるわけにもいかないし。

自分の持ってきたお弁当を開けて、がつがつむしゃむしゃ、なんて音を華の姉妹がたてるはずもなく、静謐な清流のごとき耽美を伴う佇まいで食事をとる。それはまるで、人里離れた、薔薇の香り漂う箱庭を模した空間にいるかのように。真っ白なテーブルとイスが、背景の絡まる緑に合っている。


「あら、お醤油の染みが襟についてしまっていてよ、縁。」

「あ、も、申し訳ございません、絆《きずな》様……」

「いいのよ、縁。ただし次からは気をつけることよ。」

「はい、絆様!」

「だって、せっかくの衣装にこんな染みが目立ったらいけないですもの。縁はこんなに可愛い顔をしているのに、衣装のせいで馬鹿にされるなんてことがありましたら、もったいないですわ。」

「絆様……!(あぁ絆様、そんなにわたしのことをお考えになさっていたのですね……!)」

「縁……!(ふふっ。やっぱり可愛らしいお顔をしているわ、縁ったら。)」

「絆様……!」

「縁……!」


声を聴くと、気持ちが昂っていくのが分かる。
鼓動に乗せられているかと思った。

ついにわたしたちは食事中にも関わらず、お嬢様としての気品を投げ捨ててお互いを求め合う。
そこには決まった作法などなく、相手を想う心のみが身体に触れる。
時には優しく舞う鶴のように、時には猛々しい小熊のように。
永遠なのか一瞬なのか、時計が飾りと化してしまうほど。
それでも確かなのが、嬉しい。
二人の境界がこんなにも役に立つなんて。
なんて、素晴らしいのだろう。
実感する間も無く、実感する。
姉妹というのを意識しても駆り立てるばかり。
もう、失うものは必要ない。
着いては離れ。上げては止んで。
夜の闇に堕ちる、その時と一緒。

「…………」

「…………」


息遣いが外の羽虫より聞こえやすい。
わたしたちは、部屋の中。
解放から日常へと連れ戻されて。
二人の連続は終わってしまう。
しかしまた、新しく始まるのだ。

隣にいるから。



なんて想像を普段から考えている。でも、想像が妄想で終わるとは限らない。創造が空想で終わっていいなんて、わたしは許さない。現実に起こったって、いいじゃない。幸せはそうやってきてほしいとわたしは願う。願うことしかできないのか。

つまるところ実際に醤油をこぼすなどのきっかけをつくれば、お姉ちゃんとさらに具体的に発展できるのでは、と思った。お姉ちゃんのことになるとわたし急に天才になってる気がする。ある意味専門家だし。けどその作戦にはお姉ちゃんに迷惑をかけるだけに終わってしまう可能性もある。それはいけないなと、わたしの積極性を封印、封印。

「さっき初めてお姉ちゃんが窓からわたしを見てるのに気付いたよー」

今まで頭の中で巡らせていた事案とは切り替えて、朝のことを話題にしてみる。まぁ朝だけじゃなく、さっきの授業中も見てたんだけどね。補足すると、見つめ合ってた。

「秘密にしてたつもりはなかったんだけどね。この前の席替えで縁のこと見えるって気づいて、隠れて眺めるのが楽しかったからさ。ごめんごめん。」

やっぱり席替えしてたんだね。ってあれ、謝って欲しいとかそういうわけじゃないだけどな。ただの話題選択、今日のフラッシュバックなだけで。ちなみに「ごめんごめん」とハニカミながら言うお姉ちゃんの爽やかは言わずもがな、だよね?なのです。

「いや、お姉ちゃんは悪くないよ?最初は驚いちゃったけど……」

逆に影で隠れて見られていたと考えるとそれはそれで……って、またお姉ちゃんとわたしをモチーフにした創作への意欲が掻き立てられるところだった。ふぅー、回避回避。会話中だしもっといえば食事中だから艶美な話は控えよう。それはそれで(二回目)食欲湧きそうだけど。
そのうち現実と幻想の分別がつかなくなってしまいそうだ。それはそれで三回目ー。
それって何だ。それそれ言ってると正直何が何やら。おや、とうとうここにきて代名詞はお姉ちゃんを指すものしか必要ないんじゃないかという説が有力になってきましたな。それは理想的。あっ。

「大丈夫だよ、驚いた顔も可愛いかったから」

え?

……え?

「え、え……そう?ありがとうお姉ちゃん」

そ、そ、そそそそ、そう。そうか。まさか不意打ちとは。そりゃあ、皆さんお察しの通り、わたしたちの姉妹の情の深さからしてこの程度、いやこの程度なんて軽々しく表現するのは憚られることなんだけど、「可愛い」と伝えるだけで今更特別嬉々として舞い上がるわけではない。でも、それでも、ちょっとは意識しちゃったりするわけで。結果、体温上昇中で。

悟られたくないので、平静を装おうとする。できているかは不安でも。妹だからって、お姉ちゃんに甘えてばかりではよくない。お姉ちゃんに余計な負担は、できればかけたくない。もちろん、姉妹という関係自体はわたし自身特別に思っているけどね。でも、支えあっていかなきゃ。好き、だから。それはお姉ちゃんがたとえ「お姉ちゃん」じゃなくなったとしても変わらないことだと思う。

あーあんなに脳内を膨らませているわたしでも、受け身になると弱っちゃうからなー。だったら攻めていきたいですな。得意分野を開拓していきたい。

「もぐもぐ……ごくり……そういえば、それで最近わたしの方見るとたまにニヤっ、てしてたんだね」

というわけでちょい攻め。責め、ではないよ。

「……本当に?」

本当本当。それも可愛いお姉ちゃん。


「なんか私って気持ち悪いね」


…………………………は

……………………は

………………は

…………は

……は


は?

えなんでなんでなんでそうなるの、そうなるのはなぜどういうこと?え、は、え、え??は???ふぇ????
「そんなことないよ!」そんなことないよ!そんなことないよ。そんなこと、なんで?原因?理由?説明?結論?
とにもかくにも最終的に結果的に究極的に統合的に全体的に局部的に根本的に絶対的に論理的に理論的に倫理的に感情的に、なんで?お姉ちゃん、気持ち悪い、繋がりは?なくない?お姉ちゃんが気持ち悪いなんて、あるの?反語にならざるを得ないよねそうだよね。ね。ね。
「お姉ちゃんが気持ち悪いなんてないよ……あり得ないよ。絶対だよ。」そうなんだよ口が言ってくれてるよ。わたしはお姉ちゃんが大好きなんだよお姉ちゃんしかいないし要らないんだよ。「そんなことがあるんだったら、わたしどうすればいいの……。」わたしが生きられなくなっちゃうじゃんわたしの感情の全部を捧げたい相手はお姉ちゃん だけなの。お姉ちゃんは大好きに思われているのはわたしなの。「お姉ちゃんは綺麗なんだよ。美しいんだよ。わたしにとって本当に本当に……大切なんだから、お姉ちゃんも、自分を大切にしてよ……」本当に本当に。お願いだから、お姉ちゃんはお姉ちゃんを否定しないでよ。お姉ちゃんが否定してしまったら、否定を肯定するにもそれが届かなかったらわたしは一体……。本当に……。
わたしはお姉ちゃんと生きている。
わたしはお姉ちゃんと息している。
わたしはお姉ちゃんと生きたい。
わたしはお姉ちゃんと往きたい。
わたしはお姉ちゃんと行きたい。
わたしはお姉ちゃんと逝きたい。
でも最後の最期は、まだ早いから。
わたしは、お姉ちゃんと生きたい。
お姉ちゃんとだけ、居たい。

一拍置いて。
答えたのは、わたしの思いの欠片を拾い集めてくれたお姉ちゃんだった。

「……ありがとう」

わたしはお姉ちゃんの言葉を聞いた。その言葉もまた、欠片である。けど、一片からでも、想像できる。パズルのピースみたいに。いいや、わたしとお姉ちゃんならパズルなんかよりもっと簡単に分かり合えるはず。それにわたし、想像に関しては得意分野だ。
わたしの心の叫声、が届いたかどうか。送信、できたかどうか。

わたしは、届いていると、信じる。

じゃあこっちも改めて送信するとしよう。いや、言い方を変えよう。これは「返信」だ。

さっきの真の意味での一通目は、あんまり余裕がなかったから。

妹として、頼りになるようにならないと。


「お姉ちゃんは可愛いから、自信もっていいよ」




お姉ちゃんを、信じる。













「……縁もね。」







え、え、そ、そそそそそ

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