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緑山峠(神奈川・横浜市)

 
挿絵



神奈川県へと向かう道中、明るい肝試しは次に伺う心霊スポットの予告を車中でライブ配信を行い始めた。

「明るい肝試しの公式TikTokをご覧の皆さん!お憑かれ様です!甲州です!山梨編いかがでしたか?明日1月11日は神奈川編です!また再び朝は早くなりますが、朝8時から、横浜でも有名な心霊スポットのひとつ、”緑山峠”で明るい肝試しを実施したいと思います!そこで噂される今は歩行者しか通行が出来ない場所にも関わらずバイクが走り過ぎるような音がする、首なしライダーの霊が出る、などの噂されている心霊現象を検証したいと思います。ライブ配信が始まるのは7時55分からYouTubeとニコニコ動画で同時に行いたいと思いますので、山梨編と引き続き見て頂いたらうれしいです。引き続き皆さんの温かいご声援並びにご支持のほど宜しくお願いします!また緑山峠でも引き続き、山梨編と同様に霊能者の饗庭さん、烏藤さんの御二方に同行していただけますので霊能者の意見も引き続き聞ける、我々明るい肝試し一同にとってはまたもない貴重なチャンスですのでとても楽しみにしています。ではまた明日のライブ配信を楽しみにしてくださいね~!」

にこやかな笑顔でカメラに手を振りながら次回の心霊スポットの予告のライブ配信を終え、村田が「緑山峠、あの二人がどんなリアクションを示すのか楽しみだな。」と話すと、甲州が「何それ?だって今の現在霊能者なら誰も行きたがらなかったあの青木ヶ原の樹海を平然とあの二人は霊視を行った結果をわたしたちに伝えてくれたんだよ。なかなかそんな人はいないと思うよ。信頼できる。」と強く言い切ると、油井は「本業が警察官と自衛官だからね。職業柄どんなことであれ突撃しないといけないからだろ。他の霊能者と違って精神的にタフなんだよ。」と話すと、後藤は「YouTubeの動画を見ても帯同はしていないが画像や動画を見て霊視を実施した結果を伝えたり等のことはやっているようにも見受けられるが、饗庭さんはそもそも伺う前から言っていたんだよね。”除霊は不可能”ってね。だから実際に行って、あれだけ多くの霊達が彷徨っている姿を確認した結果二人では処理しきれないと判断したことを俺達に伝えた上で危険性についても示唆した。数多もの御霊達が彷徨っているってね。祟り返しに遭うからとかそういう理由でも何でもなく、ただ単に”多すぎるから”という言葉が示すように、今も自殺者が件数は少ないがある。その背景を物語っている何よりの証拠ってことだろう。それだけ松本清張さんが執筆した”波の塔”による影響が大きかったってことだろうな。」と話すと、それを聞いた後藤は「松本清張さんが執筆した小説で有名な自殺の名所なんて青木ヶ原の樹海で自殺をした”波の塔”だけに止まらないだろ。”ゼロの焦点”の舞台になったヤセの断崖(石川県)もだろ。」と切り出すと村田は「因みにヤセの断崖は松本清張さんが小説の題材として取り上げる前から投身自殺はあった。つまり小説がきっかけで自殺の名所になったわけではない。青木ヶ原樹海が松本清張さんの”波の塔”をきっかけに自殺者が急増したとも言われているのは主人公のヒロインが自殺を図った場所として描かれたことによるものと関連付けたメディアによる報道を見て影響された説もある。”黒い樹海”と誤解されるかもしれないが、題材となった場所がそもそも違うからね。”波の塔”では青木ヶ原の樹海を清らかな場所と捉え、ここで最期を遂げる主人公のヒロインの死は報われない恋の悲しいエンディングでもあるんだよ。」と話すと、後藤は「やはりここもウェルテル効果によるものか。」と呟くように語ると、斧落は「自殺した人、どれだけ辛いことがあって生きるのに嫌気が察したのか、わたしたちには想像がつかないほどのことがあって、また蒸気穴に落ちた可能性もあることも饗庭さんは言っていたよね。それも可哀想な話だよ。SOSの声が届かず穴の中で餓死だよ。」と話すと、杉沢村は「確かそんなシーン、映画の樹海村(2021年公開 清水崇監督作品)にもあったな。でも普通に考えて母娘で樹海を彷徨う設定が明らかにおかしいんだよね。蒸気穴に落ちた母が娘たちに対して”わたしのことはいいから行って”って言うのも、娘二人を保護したボランティアも、怖い部分だけがクローズアップされていて内容がしっくりこないんだよね。散歩にしては住宅地から離れたあんなところでわざわざ行く理由なんて存在しないしね。それにボランティアだって幼い姉妹二人で樹海を散策することはありえないとまず判断するだろ、その時点で親を探すだろ、普通ならそうするということが抜け落ちている。」と話すと、それを聞いた油井は「あれはあれでいいんだよ。細かなところまで突っ込んでしまったら犬鳴村もまた突っ込みどころ炸裂の作品になってしまう。そもそも犬鳴ダムが造られたのはWikipediaの情報では1970年に工事が着手されて竣工したのが1994年と記載されている。母親が出産途中で亡くなり養子になったという設定のあの男の子だって、作品は若い女性で母親の霊が描かれていたが主人公の祖母と知人だったと考えたら年齢的に50歳を過ぎている。年齢的に考えて若いわけがない。それに高齢出産だから。もうこんなこと言ってしまえば、本当にウォーリーを探せぐらいの突っ込みどころを探せという内容になってしまうだろ。」と苦笑いをしながら話すと、それを聞いた斧落は「犬鳴村も樹海村も見て怖いと思いながらびくびくしながら見たのにそれ聞いてがっくり。」と話すと、杉沢村が「怖いところだけがクローズアップされて中身がしっかりしていない。都市伝説の部分だけ拾い集めた駄作に過ぎない。だから突っ込まれる。しっかりとした歴史や時代背景も視野に入れた上で脚本が作られていない何よりの証拠だ。」と強く言い切ったのだった。

一方で星弥と烏藤の乗る車では、烏藤が助手席に座る星弥にある指摘をしていた。

「あのさ、俺まだ青森にいて帯広に異動なんてしていないのになんで帯広にいるのでって説明をしちゃうわけ!?2月から北海道に行くって話をしたよね!?」

ハンドルを握りながら烏藤が突っ込むと、星弥は悪気がなかったような感じの口調で「あ~ごめんごめん。忘れてた。まだ青森にいたんだね。」といって謝ると、烏藤は「あれじゃ、皆誰しもが皆俺が帯広から来ていると思われちゃうじゃんかよ~。まだ北海道に俺は住んでいないと言いたかったのに、釈明の余地もないまま終わってしまった感じがある。もうこんなこと言ってしまえば細かなことでって思われるかもしれないが俺は未だに引っかかる。」と話すと、星弥は「リンゴの食べ放題が出来るか海鮮丼の食べ放題が出来るか、違いはそれぐらいだろ。」と言って返事すると、烏藤は思わず「そういうことじゃないんだよ!」と突っ込むのだった。

そして一同の乗る車は横浜市内で予め予約をしておいたビジネスホテルにチェックインをした後、朝が早い事を考えて22時には就寝することにした。

2026年1月11日 日曜日の朝を迎えた。

朝の6時に起床すると足早に朝食を取り終え、7時過ぎにはホテルをチェックアウトすると、打ち合わせを行うためにも緑山峠に隣接する駐車場を目指して出発する。駐車場に到着して車を駐車させると、駐車場から緑山峠の入り口が徒歩では距離があるということもあり一同は歩きながら打ち合わせを行うことにした。

烏藤が明るい肝試しのメンバーに対して「前回の青木ヶ原の樹海で今の俺の立場に対して誤りがあった。今俺は帯広にはいない。まだ青森にいて2月から帯広に異動になったから、それだけは伝えたい。じゃないと誤った情報が拡散されて、俺は上司に怒られてしまう。釈明したい。」と話すと、それを聞いた杉沢村が「そんなちっちゃなことで!?でもそれで上席の人がああだこうだ文句を言われるというのならば烏藤さんの立場を守る観点から釈明の場を与えても良いよ。別に俺達からすると、青森にいようが帯広にいようが問題はないんだけどね。」とケロッとした口調で話すと、烏藤は「上司は怒らないが、いま東北地方で主に除霊や御祓いの依頼を受けているから北海道に行くとなると今後の依頼はどうなるのかとか、そっちの話になってしまう。主に青森だったり、岩手や秋田、宮城や山形、新潟などで活動しているから、俺が北海道に行ってしまうと、今迄依頼をしていた方達からの連絡がスパッと途絶えてしまうことにも繋がりかねない。」と理由を説明すると、星弥は淡々とした口調で話した。

「霊能者の屯田兵として開拓の余地はある。」

それを聞いた烏藤は「あのさ、屯田兵っていつの時代の事を言っているんだよ!!時代は令和だよ、明治時代に遡るんじゃねぇよ!」と勢い良く突っ込むのだった。

二人のやり取りを聞いて居た後藤が、星弥に対して「ところで霊能者を副業としていることに、公務員とかなら基本的に副業をしていることそのものがNGじゃん。饗庭さんとか侑斗さんも該当するけど、一般的に副業が霊能者ってどういう扱い方がされるのか、俺たち一般人が思う疑問について教えてほしい。」と質問すると、聞かれた星弥は「要はお坊さんと一緒。昔はお坊さんだって信心深い檀家さんが複数あって亡くなられた親族の5回忌、10回忌、15回忌だから来てほしいとか、或いは御盆で帰ってきているかもしれないので来てほしいだからとか、亡くなられた方の供養目的でこまめに依頼を引き受けて、御参りをさせて頂くのが一般的だったんだけど、最近は御朱印があるような有名なお寺でない限り、もう檀家さんの存在ってのが少なくなってね、お坊さんも副業をしていかないと生活が出来ない時代になっていて、実は霊能者もかつては学校で英語の先生だった某有名霊能力者の存在があって改めて霊の存在を世の中に伝えることが出来た時代もあったけど、霊の存在に対してそれがオカルトブームの一つに過ぎず懐疑的な考えを持つ人からすると、馬鹿馬鹿しいとか邪道とか今も心霊的なことを取り上げるのは一部の番組ぐらいしかもうなくなった。それでは俺達も生活が出来ないので、より身近な存在として警察官なり自衛官なり消防士とかあと某有名霊能力者のように学校の先生をしていたりなどして地方公務員として勤務しながらお坊さんと同じ扱いで霊能者として活動している。」と答えると烏藤は「言わばね、霊能者って慈善事業ぐらいでやらないと、中には高い金額で除霊をしますよなんて霊能者の存在もいるけど、世の中そんな高い金額を掲示されてもすぐには出せないものじゃん。アメリカの有名な心霊研究家だってそうだったと思うけど、あの夫婦だって基本的に御祓いに関してはボランティアで行っていたんだよ。目に見えぬ存在と対峙することになるから、お金の価値で考えるのは難しい、そういう考え方だね。だから俺達も基本的に除霊や御祓いは一切お金を受け取らないスタンスなんだ。」と補足で説明を行うと、甲州は「お坊さんや霊能者もそれだけで生活が出来る時代ってまた戻ってきたりするのかな?」と二人に対して聞くと、星弥は「いやもうないだろう。時代の流れやニーズに合わせて対応していくしかない。」と話すと、斧落は「わたしたちの活動を見て改めて霊能者がいることの有難さに気付いて、霊能者の需要のニーズも高まっていくんじゃないかな?」と違う質問をすると、星弥は「いや、それもないな。結局心霊系を扱うYouTuberに対しての指南・助言を行う。仕事はそれぐらいしか無いだろう。オカルト系番組も行く行くは衰退の危機にまで迫ってきているし、出演の機会もやがて減っていく事には間違いない。」と話しているうちに、都・県道139号線旧道へ入っていくための入り口に辿り着いたと同時にスマホの時計がライブ配信を開始する7時55分になったため、予定通りライブを行うことになった。

「どうも!明るい肝試しをご覧の皆さん!おはようございます!油井です!最近はすみませんね。お休みなのにこちらの都合上、どうしても心霊スポットの距離とかそういった関係で時間を少しずつ早くしなければいけない実情というのがありまして、今回も朝の8時からYouTubeとニコニコ動画で同時ライブオンエアで緑山峠を肝試ししたいと思っています。今回も引き続き、霊能者の饗庭さんと烏藤さんに引き続き同行をお願いしたいと思います。ではまたまた今回の神奈川編も宜しくお願いします。」

油井が星弥と烏藤を案内すると、烏藤が「引き続き、山梨編と同様で僕と星弥で霊視検証を行った結果をお伝えしたいと思います。と言いたいところですが、もうすでに僕と星弥は明らかにここにいるだけでも違和感を強く感じています。この先歩いていけば二輪車と車が通行できぬようにね、車両通行止めの柵があって、そこからは歩行者か自転車かぐらいしか行けなくなっているんだけど、ここにきているだけでも危ない予感が凄くします。」と話すと、星弥が「遠くからバイクなんか走れないのにバイクのエンジン音が聞こえてくるんだよ。どう説明するんだ。秩父さん、音が拾えるかどうかわからないが俺が聞こえた方角にマイクを向けてほしい。」と苦笑いしながら説明した後に秩父に音声を拾うようにお願いしたところで、村田が「行く前に早速霊障を感じたから中止をと言いたいのか?」とすかさず聞き始めると、星弥は「いや。それはない。引き受けている以上は緑山峠を往復して霊視検証を行う。」と答えてから先を歩くことにした。

歩きながら油井が「いやーこの先にある緑山スタジオも心霊の話があるけど、星弥さんとかなら行ったことあるよね?」と聞くと、星弥は「赤坂見附にある赤坂スタジオなら幾らでもあるけど、でもここ基本体育会系のイベントのロケ撮影ぐらいしか使われんよね。」と話すと、烏藤も頷きながら「そうだね。たまに関東ローカルの番組に出演することがあるんだけど、ここで最近心霊番組の収録を行ったって経験は正直俺もない。基本的にここはドラマの収録とかがメインなんじゃないの。出ると分かっているところではテレビ局もしないスタンスだと思う。」と話すと、それを聞いた斧落は「そうなんだ。ってことは行ったことはないってことなんだね。」と話すと、星弥は「収録中に心霊現象らしきものがって話であって、緑山スタジオは心霊スポットには該当しない。今も現役で使われている撮影スタジオだからね。」と答えた。

車両通行止めの柵を乗り越えたところで、村田が「やっと事故が多発しただろうスポットへと足を運んだけど、饗庭さん、烏藤さん、霊能者としてこの場に訪れて何か感じることはあった?」と聞くと、星弥は「かつてはローリング族といって、峠道などのカーブが続く道でバイクの車体を倒した状態で膝を擦り乍ら走るという暴走族の一種があって、あえて普通に走るのが難関な峠道や埠頭を選んでレースしてドリフト走行を行うことによって速さを競い合ったりなどしていた時代があった。当然ながら道交法違反だからね。またそんな危険な走行方法で死亡する者も続出した。中には猛スピードでガードレールに突っ込んで首と胴体が一瞬で切断されてしまった末に亡くなったという事故もあったと言われている。真偽はどうであれ、こんなところで猛スピードで走ればどうなることか、若かりし頃のやんちゃでは済まされない行為だよね。きっと悪さをして騒ぎたい、若かったからこそ色々馬鹿騒ぎをしたりしてそれが楽しいと感じる世代だったんだろうね。でもだからこそ、”危険行為”だという認識が甘かったために起こりえた事故もあったから、彼らは今も”そんなことで死ぬとは思いもしなかった”という感じで訴えてきているね。見た感じはティーンエイジャーの世代の子たちの、バイクの免許が取得できる年代かな。だいたい16歳から、比較的若い世代の少年たちが茂みから俺達のほうを見ているよ。」と話すと、星弥の話を聞いた油井は「今はもうないらしいんだけど、昔は遺族の方が設置した慰霊碑というのがあって、その慰霊碑にはこう綴られていたらしい。”最愛の子よ 十七歳の青春 ここにて 永遠に眠る 昭和六十三年五月二十一日”って内容だったらしいんだけど、因みにその5月21日というのが命日だったらしい。時代的に考えてもそのローリング族が流行ったのは1980年代だったことも考えたら、流行っていた時期に亡くなったってことだよね。」と話すと、星弥は「死亡事故が相次いで発生したから警察による取り締まりも強化されたとは聞いて居るし、それにローリング族による死亡事故が続いたのは何もここだけじゃない。埼玉の正丸峠、茨城の多良崎城跡なども該当する。そこもまた亡くなったライダーによる心霊の話が尽きない。」と話すと、それを聞いた秩父が「僕達、お正月早々に多良崎城跡に行ってきて、バイクなど走ってもいないのは明らかなのに、エンジン音が聞こえたんだよ。まるで近くを走っているかのようにね。でもやはり場所的に走っているだろう公道からも離れているし、こんなところにいてもバイクのエンジン音が聞こえるのはおかしいとなって怖い思いをした。」と話すと、星弥は「バイクのエンジン音に関してはね、その動画は俺も見たけど、死んだライダーが御霊となってもバイクに乗っているわけではないんだよ。そんな御霊は存在しないんだけどね。ただ可能性として挙げるとしたら、その当時の状況が霊感が敏感だったり強い人ほど俊敏に感知して脳裏を通してフラッシュバックしてしまうものかもしれない。場所は違うけど、大阪の千日前デパート火災跡地で体感したことがあって、それは今は家電量販店なんだけど、火災など何も起きていないのに逃げるために飛び降りる者が何名もいたり、建物から白い靄のようなものが沸き上がっていたとか、中に入ろうとするとさらに黒煙で包まれて先などが見えるような状態ではなかったのと全く同じことなんだ。火災など起きていない、バイクなども走っていない。なのに実際にその現場にいるかのような錯覚を覚えてしまう。つまり、それだけ亡くなられた方々の無念が漂っているという事なんだ。」と話すと、烏藤は「いわゆる亡くなられた方々の残留思念ってやつだよ。こうして霊視しながら歩いていくと、まだまだ明るい未来があっただろう、成人式すら迎えることなくこの世を去ってしまったかもしれない若い世代の後悔の思いは強く感じる。今もこうしてまた語っていると近くをまた。」と話そうとしたその瞬間だった。

”ブーン”(バイクのエンジン音)

近くをバイクが走るような音が聞こえてきたので、星弥が音が聞こえた方向を確認しに行くと、星弥は「バイクにはまたがっていないが、そのような体勢でガードレールを前に避けようとしていた16歳か17歳ぐらいの少年の霊を確認した。恐らくガードレールを避け切れずに正面衝突して死亡したパターンだろう。」と自分なりの意見を語るとまたしても異音が聞こえ始めた。

”ガッシャーン”

音は明らかにガードレールから聞こえてきたが、一同はガードレールには一切近付いておらず、村田は「何今の音!?ガードレールから聞こえてきたんだけど!ってか今も死んだという自覚がないまま死亡当時の状況が繰り返し起こっているのなら、霊能者として”死んだ”と伝えるべきなんじゃないの?」と話すと、烏藤は「それは容易なことではない。」と答えるにとどまった。

烏藤の思いもしない答えに油井が呆れながら「霊能者として来ているんだろ!?だったら除霊ぐらいしないと、近くには住宅街だってあるんだしさ、心霊スポットじゃないほうが皆行きやすくなるに決まっているじゃん。」と話すと、星弥は「死に方は違うけど、八甲田山の歩兵第五聯隊の兵達の霊を彷彿させるよ。つまり俺達が”死んだから諦めてあの世に旅立ちをしなさい。”といってもそう観念して成仏してくれるパターンではない。今でもレースを行っている、そんな感覚でいるから、”死んだ”ことを前提に話をしても聞き入れてはもらえないんだよ。先を行こう。」と話すと、油井は星弥に「それでいいのか!?それが答えなのか!?」と問い詰めると、星弥は「霊能者は神や仏様じゃない。生きている人間だから死者の説得には限界がある。そりゃあ何とかしたい気持ちはあるけど一番大事なのは死んだ彼らの気持ちに対して寄り添ってあげることが出来る力を持つものがこの場にいない。俺達は除霊や御祓いをすることは出来ても、死んだ人たちの心の痛みを和らげることはできない。それは神にしか出来ないことだ。」と正直な意見を話すと、油井は「それじゃ、御祓いは形式上ってことなのか?」と聞き方を変えると、烏藤は「一応ね。除霊をしたから二度と御霊が現れない保証というのはない。常日頃から浄化行為を繰り返しその地で続けることが必要なんだ。しかしそれも場所によっては限度があるよね。だから俺たち霊能者が行う行為にはそもそもこれ以上のことはできないというのがあるんだ。だから俺も星弥も”完全に除霊しました”とは強く断言しない。だから今の俺達に出来ることは例えば慰霊碑の前とかでもそうじゃない場所であっても手を合わせて亡くなった方々へ追悼の意を捧げてあげること。痛みを和らげることはできないけども、安らかに成仏してほしいことを願う気持ちは伝わってもらえる。御霊達もその気持ちがあると分かれば、禍を齎したりはしない。」と答えると、油井は納得したのか「未だすっきりしないところはあるんだけど、でも霊能者にも限度があるってこと。それが言いたいんだよな。」と質問すると、烏藤は「そうだね。俺だって何かしてあげたいけど、今の俺達には”霊がいる”ことを伝えることしか出来ない。」と返答するのみだった。

そして一同はこどもの国通りと交差する場所にまで辿り着いたところで、帰路につくために再び峠道を目指して歩くことにした。

斧落が「山道ならではのアップダウンの激しさは歩いてみて感じはしなかったけど、カーブが連鎖している道だったから若者達が”こんな場所でこんな走りをしたらカッコいいだろ!?”といった感じで当時は自慢し合ったりするのが目的で互いのスピードを競いながら走っていたのかなと思うと、彼らが生きていた時代に戻れることが出来たら”そんな場所で馬鹿騒ぎはしないで”って怒ると思う。」と思ったことを話すと、村田は「暴走族なんて所詮そんなもんだろ。それが違反行為だという認識があったらそんな危険な行為には出ないって話。自慢し合ったり、それが出来てカッコいいと思わせる姿を見せることが彼らにとっては自身の一つだったはずだろう。有名な話では、緑山峠一のスピードで駆け抜ける走り屋のリーダーが取り締まりを行う警察車両を避けようとしてセンターラインを越えて反対車線へと飛び出した結果、走っていたトラックと正面衝突して死亡したという事故もあったらしいね。馬鹿騒ぎをした結果死んでしまったのだから、死んだ彼らは自分たちの愚行に対してただひたすらこの地で猛省するしかないだろう。」と話すと、星弥は「たとえ若者の若かりし頃の愚かな行為だとしても、彼らを追悼する気持ちを持ち接してあげたほうが良い。怒りたい気持ちは皆おさえよう。怒ってもどうしようもない。」と明るい肝試しのメンバー全員に対して気持ちを静めるように話すと、峠の出口にある車両通行止めの柵を乗り越えた付近で改めて手を合わせ亡くなった方達に黙祷を捧げた。

そしてこどもの国通りへと再び出てきたところで、緑山峠での明るい肝試しのライブ配信を終えることにした。

杉沢村が駐車場に戻ってきたと同時に星弥と烏藤に対して「緑山峠で除霊することは出来なかったけど、でも霊能者の視点で見た霊達がいる場所や、音が聞こえた方向を教えてくれたことで、益々心霊現象に懐疑的な見方を持つ人に新たな研究テーマを与えることが出来たかもしれない。それはきっと饗庭さんや烏藤さんのような霊能者にとって仕事が増えるいい機会かもしれない。吉報を待ってほしい。」と話すと、星弥は「いや。俺はこのままでいい。本当に困っている人のための力になりたい。だから霊能者として金稼ぎしたいなんて考えは一切ない。」と答えると、烏藤も「俺もないね。慈善事業の一環として携わっている、その考えを変えたりしたくない。」と霊能者としての仕事が増えることに対して否定的な考え方を示すにとどまった。

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