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久しぶりの会話

大学の卒業式以来に支倉とは久しぶりに再会した。

2人は幼少期の思い出話で盛り上がり、談笑した。

「なあ、米満。俺の誕生日って覚えている?俺はね1998年の12月3日生まれで、友達からよく”12月生まれは良いよな、お誕生日プレゼントにクリスマスプレゼント、二つ貰えて嬉しいよ!”ってよく言われたけど家は残念ながらそこまで裕福な家じゃなかったよ。俺の母さんが『誕生日プレゼントにサンタさんは宙弥が欲しいものをプレゼントをしてもらったのだから、サンタさんは同じ家に二度プレゼントを渡したりはしない。』ってね、12月生まれって損だよ。俺は母さんからの言葉で段々と分かってきたんだよ。サンタさんなんてこの世の中存在しないんだ!ってね。まあそんな俺でもお正月には親からポチ袋を貰っていたけど中身は3千円しか入っていなくってね、このお金じゃゲーム機やゲームソフトすら買えないって泣きながら駄々をこねたのを今でも俺は覚えている。親戚からもらったポチ袋は皆母さんが回収して、”学費に使うから我慢をしなさい”ってね。今の自衛官になった俺は、母さんにとっても勿論父さんにとっても自慢の息子になれたら嬉しい。」

支倉の話を聞いて、米満は安心した。

「何だ!それだったら普通の一般家庭と同じじゃないか!支倉のお婆ちゃんが昔はよく男遊びが派手だったから、父親も分からぬような子供を授かり一人で育ててきたからってイメージが俺の中にはあったから支倉のお母さんのイメージも俺の中ではやんちゃなイメージがあったんだよ。」

米満の言葉に支倉は「何言っているんだよ。うちのお婆ちゃんは、すんごく厳しかったよ。孫だからって、甘えたら何でも買ってくれると思ったら違ったよ。テストで100点満点を取ったらご褒美として考えるといったぐらいにね。娘になる母さんなんか婆ちゃんの血筋を引いているから、なお怖かったよ。”お兄ちゃんならお母さんや妹を体を張って守れるぐらいのお兄ちゃんになりなさい”って何度も何度も叱責されたよ。きっとこういう厳しい家庭じゃなかったら、自衛隊の中でも人気のある陸上自衛隊になんか入隊できなかっただろうな。ダイビングが趣味だからって海上自衛隊に行くって道は考えられなかった。長い間船なんかに乗っていたら、俺は船なんて得意なほうじゃないから船酔いするしね。」と言って笑った。

支倉は自分の幼少期を語り始めると、米満も語り始めた。

「俺はね、誕生日が1999年3月3日というのもあって、上に5つ年の離れた姉ちゃんがいたから雛絶句の都度、”朔弥君もお誕生日だったね、おめでとう”って姉ちゃんの雛人形のケーキと、ひなあられは俺の誕生日には欠かせなかったよ。雛節句=俺の誕生日だから忘れないようにって感じだね。ついでに祝うとかだったから俺が子供の日に生まれていたらきっと違っていたんだろうなあなんてことは考えたよ。俺の家族構成は至って普通の、中小企業に勤めるサラリーマンの父さんに専業主婦でパート勤めの母さん、5つ年の離れた姉ちゃんは短大の卒業と同時に付き合っていた彼氏と出来ちゃった結婚をして、俺は22歳ながら7歳の甥っ子がいるよ。姉ちゃんは結婚して子供がすぐに生まれてお互いの価値観の違いで離婚したけどね。あっという間だったよ。そんな姉ちゃんは佐賀の実家に戻ってきて、大手の宅配ドライバーとして軽自動車に乗り土日も関係なく働き続けているよ。変わったところなんてない、至って平凡そのものだよ。変わっているといえば、姉ちゃんぐらいだからね。」

米満の話を聞いて、支倉は「俺も、米満も兄弟がいるというのはお互い様だな。でも俺の姉ちゃんはまだ結婚していないけどね。」と語ると、米満は「甥っ子がいるというのも大変だよ~。支倉だって叔父になれば分かるはずだ、お正月の時なんてお年玉をせがまれるから、俺の中で甥の陽斗にだけは会いたくない~!って思っている時ほど”お年玉ちょうだい!”って笑顔で要求されるんだよ、お気に入りのゲームのソフトを買いたいからって言って迫ってくるんだよ。」と話し始めると、支倉は笑い始めた。

「俺、米満が甥っ子の相手に逃げまくっている姿を想像するだけでも笑いが、ハハ。7歳じゃやんちゃ盛りで、23歳の叔父ちゃんもお手上げってところか。」

支倉が他人事のように笑い始めるので、米満は思わず声を上げた。

「支倉だって叔父の立場になれば俺と同じ目に遇うから!嫌でもわかるから!それに俺は陽斗に”叔父ちゃん”と言うな、”兄さん”と呼びなさいって会うとその都度注意しているから。陽斗も会えば”兄ちゃん、兄ちゃん”って言ってくれるんだよ。」

米満の言葉を聞いた支倉は苦笑いしながらこう考えてしまった。

「甥なんだから叔父であることを認めないなんて甥も可哀想だな。」

2人でワイワイと過ごす楽しい時間が過ぎていく中、支倉が「この後はどうする?カラオケでも行くか?」と話し始めたので、米満は笑いながら「いいよ。そろそろ、安村編集長に俺が虹の松原と七ツ釜で撮影した写真をメールに添付をして報告をしなければいけないことだから、ストレス発散にでも行こうか。」と返事をして、2人で喫茶店を後にし、カラオケへと向かった。

米満にとって、お互い社会人になってから支倉と久しぶりに2人で過ごすことがとても嬉しかった。

カラオケに着いたと同時に、支倉は米満にある提案を出した。

「牛首トンネルから帰ってきた饗庭を召喚しようか?」

米満は支倉の提案を聞いて「いいね!デーモン饗庭閣下を召喚することにしよう!」と話し出すと、支倉は「早速地獄に携帯の電話が繋がるかチャレンジするぜ!」と話しスピーカーを大にした状態で饗庭の携帯に連絡をかけてみることにした。

連絡はすぐにつながったが、どうやら唐津署にいるようだった。

「牛首トンネルに行くまでにたまっていた仕事が残っているんだ。猫の手を借りたいぐらい俺忙しすぎる。ああ~早く家に帰って体幹トレーニングがしたい!!」

饗庭の答えを聞いた支倉は米満に話しかけた。

「饗庭は忙しすぎるみたいだ。俺たち二人だけで盛り上がることにするか?」

支倉の提案に米満は「そうするしかないだろ。」と話し2人でカラオケへと入っていく。案内された部屋で仕事用のMacのノートパソコンを開くと、虹の松原と七ツ釜で撮影した不審な写真を添付してメールを送信した。

米満が支倉に「俺が今まで撮影してきた怖い写真を見てみるか?」と聞くと、支倉は「いいよ。オカルトマニアとして是非とも見てみたい!」と嬉しそうに語り始めたので、米満は見せることにした。

「観音の滝の黒い靄、厳木ダムでのダム湖に浮かぶ女性の霊、虹の松原での黒い靄、そして七ツ釜での黒い靄。女性の霊は恐らく自殺者の御霊であろうことは推測されるが、黒い靄の正体だけは分からない。ただ言えることは人の形をしているので、幽霊であることに間違いはないだろう。黒い、赤い目をした人型の靄は間違いなく災いをもたらすであろう怨霊の可能性が十分に高い。ただ、今の段階ではこの映し出された黒い靄がいったい何の目的で俺の前に現れたのかというのが明確ではないという事とそれから、安村編集長から調査をするようにと言われた厳木ダムで投身自殺を図った茉莉子の謎。茉莉子は1975年4月8日を境に失踪をしたとされているが、仮に厳木ダムで自殺を図ったのならば、ダムの完成は1987年の話になるので12年ものタイムラグが生じる上に、茉莉子が自殺をしたことを印象付けたダムの近くにパンプスが置かれてあり、そのパンプスの中に”茉莉子”と綴られた手紙があったという事だ。仮にもしどこかの国へ誘拐をされたとしても、まるで自分がその後行方をくらますことを分かって自分であることを示すような証拠なんか俺は残せないと思っている。だからこれにはきっと、茉莉子が行方をくらまして依頼された誰かが、ダムが施工されてから置いたに違いないだろうと俺は思っているんだよ。そうじゃなかったらこんなことは成立しない。こんなことを依頼できるのはたった一人しかいない。」

米満の話をうんうんと頷きながら聞いていた支倉。

すると支倉は支倉なりの持論を話し始めた。

「今年の2月27日の話になるんだけどね、まだ心霊現象研究家の鬼塚さんが首吊る前の話になるんだけどね、2人で生前の福冨克哉が虹の松原で埋めた金庫の中に入っていた8mmフィルムの内容の検証会を行っていてね、俺もまだ金庫の中に入っていた全ての8mmフィルムの内容については確認はできていない状態ではあるが、染澤潤一郎の死に関しては壮絶だったよ、まあ望月裕が観音の滝に身を投じる時も、きっとこれはテレビや雑誌などで果たして報道をしてもいいのかどうか問われるぐらいのレベルになってくると思う。俺もテレビを通して色々なニュースは勿論見てきたけど、これほど生々しい家庭崩壊から、潤一郎が悪魔崇拝に傾倒していた様子なんか誰も見たくないし、関わりたくもないと俺は考えるよ。だから、安村編集長にも伝えたほうがいいと思うよ。これはスクープにも何にもならないと思う。見た人が不快な思いをするだけだ。ただ、俺や饗庭は親族である以上、首を挟まないわけにはいかない。染澤潤一郎と共に悪魔崇拝を行った望月兄弟、そして唯一事件を起こしていないフェニックス・マテリアルの小鳥遊悟が何かを握っているような気がしてならない。それこそ元々はソメザワ・マテリアルだった武雄市内の敷地を買い取り、本社兼工場にしているのだから、それなりの理由がなければ多久市から移転はしてこないと思うんだよ。何かあると思うんだ。でも今の俺でも、饗庭でも、事件は既に解決済みで仮に見直しが必要だと判断されても時効が成立している事案については首を挟むことはできない。時効という法律に守られている以上ね。小鳥遊悟について、今の現段階で分かってきていることは、65歳で肺癌で逝去された後、会社は2代目となる息子の譲社長が切り盛りをしているとのことだ。その譲社長がどこまで俺達に対して親身になって協力をしてくれるか否かによる。まだ交渉はしていないが、行く行くは俺と饗庭の二人で小鳥遊譲社長と直接謁見をする機会を頂けるようなら、俺と饗庭と二人で交渉はしてみたいと思っているんだ。このことについてはまだ饗庭には伝えてはいないが、何か知っていることがあるはずだと思えてならない。それこそ茉莉子の行方だって、墓には埋葬されていない潤一郎の遺骨が埋められた場所にも行きつくかもしれない。米満は俺達とは違い第三者でもあるから、これ以上こんな気味の悪い事件など、関わったりしないほうが俺は良いと思っている。知らないほうが世の中には良いことがたくさん存在している。安村編集長には事実を伝え、次の仕事を貰うように交渉をするべきだ。」

真剣に語る支倉を見て米満は戸惑った。

しかし記者である以上、一度茉莉子の謎と触れ合った以上、自分の中における謎が解けない以上説得されても答えは変わらなかった。

「気遣ってくれてありがとう。でも俺の気持ちも変わらない。勿論饗庭も、俺にこの事件があったことを公に伝えてくれとお願いされている以上ね、俺も既に足を突っ込んでしまっている以上、退散したら記者としてのプライドが許されない。とことん闇に葬られてしまった真実を暴き出し、それこそ小鳥遊譲社長との謁見にも俺は参加したい。それは記者としての責務でもあるんだよ。」

米満なりの言葉を聞いた支倉は「わかった。ここから先は自己責任だよ。無論俺だって呪われてしまうリスクを背負っているのだからね。」と語ると、米満も「分かっているよ。俺もそれなりの自覚はある。」と真面目な口調で話し始めた。

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