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樹(しげる)

鬼塚の後を追うように、幽鬼と吉井が七ツ釜の洞窟のほうへと向かって進んでいく。

「この辺りは自殺者の霊だけで凄まじいから、近付かれて腕を引っ張られないように、溺れ死んでしまうぞ。」

鬼塚の指摘に幽鬼と吉井は揃って手で合図を送った。

「大丈夫だよ。」

ゴーグルだけで潜っているので、時たま水面に上がったり、潜ったりを繰り返しながら、樹が導き出す場所へと目指す。

「樹が案内をしてくれる場所は、この洞窟のかなり入り組んだ奥深いところになる。ひたすら上がったり潜ったりを繰り返すことにはなってしまうが、我慢してほしい。」

鬼塚の説明を聞いた幽鬼は、「えっ、そんな深いところまで潜るのか?」と説明をするが、鬼塚は「致し方がない。樹が導き出す場所には何かがあるということだ。それを探ることで、事の真相を知ることが出来るに違いないだろう。」と話すと、吉井は「都市伝説では”沖に流されたから遺体を引き上げられない”というのはデマだったということが証明されるって事なのか?」と聞くと、鬼塚は「そうかもしれないな。沖に流される可能性は皆無に等しい。この洞窟の形状から潮の流れから考えても、いずれこの洞窟内へと流れ込むメカニズムになっている。沖に流される可能性はないだろう。樹が導き出す場所に亡骸が恐らくあるはずだ。」と語り、再び潜水をし始めた。

潜ったり、上がったりを繰り返しながら潜水をして行くと、段々と洞窟の中でもひときわ狭い場所へと到着した。

「人ひとりがやっと入れる、いや大人でこのスペースを入っていくのはかなり厳しいであろう狭い場所じゃないか。一体どうやってこの地を探れというのか?」

幽鬼の質問に鬼塚が答えた。

「ここから先は狭すぎて一人しか入っていくことはできない。恐らく亡骸はこの地のどこかで引っかかっているかもしくはその先にあるだろう。」

鬼塚が幽鬼と吉井に説明した後に、潜水をし始めた。

「俺ら一体この地で何をせよというのか。」

吉井がぼそり呟くと、幽鬼は「仕方がない。こんな狭い場所では、仮にもし通報を受けて樹を見つけるためのレスキュー隊が潜水をしたとしても入り組み過ぎて絶対に訪れては来ない場所だろう。大方、ご遺体が流れ込んでくるであろう場所をターゲットに絞り探すことだろうから、”こんな奥深いところまでは流れついてこない”といったところだろうか。」と説明をした。

吉井は「だとしたらどうしてこんなところで息絶えたと思う?流れつかないであろう場所に遺体が流れ着く理由が分からない。」と話し始めると、幽鬼は「恐らくだが、樹が服を着たままの状態でこの地まで潜って入水自殺を図ったのだろう。そうじゃなかったら、誰もがきっと”靴と遺書が置かれた乙姫大明神の像があるあの地で投身自殺を図った”と思われないだろうからな。だから、”沖に流されて遺体の引き上げが出来ない”といったデマが広がってしまったのだろう。こんな場所どう考えても、遺体が流れ着く場所としては非常に考えにくいところだからね。」と答えた。

幽鬼なりの解釈を聞いた吉井は「なるほどな。」と言って頷いた。

その一方、五月雨は黒瀬鼻の遊歩道にいてYouTubeとTikTok、そしてニコニコ動画での”幽鬼の怪談日和”のライブ配信を始めていた。

「黒瀬鼻にまで来ました。雄大な玄界灘が美しいですね。」

五月雨がそう語ると、背後にある松林のほうへと戻り歩き始めた。

「背後にある松林のほうへと行って見ましょうか。海岸沿いに並んで立っているのはお地蔵さんでしょうか。この地で命を絶った御霊を弔うために恐らく設置されたものでしょう。」

五月雨が話すと、玄界灘を向いて並んで立つ地蔵の近くへと足を運んだ。

「ここから眺めていると、この地を有名にさせたあの望月樹がこの地で命を絶った後、遺体は沖に流され引き上げられないという話は真実なような気がしてきました。樹が投身自殺を図った場所とされているのは七ツ釜園地内にある乙姫大明神の像の付近ともされていますが、当時靴と遺書が発見され、実際に通報されたのは明くる日の1975年の4月1日の午前10時過ぎとのことですが、捜索に出たレスキュー隊は落ちたであろう場所の付近を中心に、樹を5人がかりで捜したそうですが見つからず、何日も何日もたった一人の投身自殺を図った人のために労力は使えないと判断して、その日のうちに”遺体は行方不明”と判断されたことを機に、樹の都市伝説が広がりました。それが”この地で投身自殺を図った樹の亡骸は1日経ってから捜索を開始したので、遺体を探すにしても玄界灘の荒波にもまれて遠くへ流されたんじゃないだろうか?というある一人の捜索に携わったレスキュー隊員のうちの一人が話したことが、いつしかその話を聞いた人が”兄の会社の倒産を苦に自殺した樹はこの地であえて自殺を選んだのは、荒波に流され遺体がすぐにでも見つからぬような場所をあえて選んだのでは?という話がある。樹のこれまでの兄の無理心中事件を機に実名報道され、さらには仕事先も見つからず、精神的に追い詰められた末の彼の決断に同情する人達で後追いが続いた。そんな悲しい御霊が彷徨うこの地で今も樹は果たしているのでしょうか。霊能力はありませんが、噂の真偽を確かめるために呼んでみましょう。」

五月雨が解説をすると、再び七ツ釜園地のほうへと歩きだし、乙姫大明神の像が建つ付近へと戻るために移動をし始めた。

そして乙姫大明神の像の前まで戻ってくると、五月雨が海に向かって語りかける。

「撮影前にはなりますが、検証のために最初にこの地に訪れた際に、一緒にいた霊能力と透視能力を併せ持つ心霊現象研究家の鬼塚君が樹の御霊を呼び出すことに成功しました。わたしも樹の御霊を呼び出せることが出来るか確かめてみましょう。」と語りだすと、玄界灘に向かって叫び始めた。

「望月樹さん!あなたが今もなおこの地で彷徨っているならば、どうかカメラの前に現れてほしい!お願いです!望月樹さんに纏わる都市伝説の真偽をこの目で確かめたいんです!」

五月雨が叫ぶも、特にこれといった反応はなかった。

しかし粘り強く交渉を続けた。

「望月樹さん!いるなら出てきてください!姿を現してください!」

同じ内容を7回叫んだところで、玄界灘の荒波の音がさらに騒がしくなってきた。

嵐が近付くことを予感させるような、轟々とした音が聞こえ始めた瞬間に、五月雨が話しかける。「長いことをお待たせして申し訳ありませんでした。TikTokでは3分以上も経過しているので、実は何度も何度も3分以内には終わらずライブ配信が終わっては引き続きライブ配信を行っているので途切れ途切れになっていることかと思いますが、望月樹さんを呼び出すことが出来ました。では早速登場していただきましょう。悪寒と同時に、ズルズルと岩壁を這い上がる音が聞こえてきましたね。」と語ると、五月雨はしゃがみ込み、下の岩壁を写し始めた。

「先程の、鬼塚君が読んだときは確か望月樹の見た目は顔の左側が顔面に強く打ち付け陥没をした痕跡が生々しく残る見た目だったのですが、岩壁には何かが這い上がってくるような物音が聞こえてきたのですが、今見下ろしたところ、岩壁には何もいないようですね。」

五月雨が立ち上がり、振り返ろうとした瞬間だった。

「・・・・・・!?」

五月雨の背後に望月樹が立っていた。

思わず逃げようとしたが、金縛りで立ちすくんだ状態で動けない。

必死になってカメラを持ちながら撮影を続けることはやめなかった。

そんな状態で、五月雨は望月樹の御霊に近づかれると、叫ぼうと必死で大きく口を開けたせいか、望月樹の口から黒い何かが五月雨の口の中へと吸い込まれるように入っていく。

五月雨は抵抗が出来ず、恐怖のあまり必死で目を瞑って、早く消えないかを見過ごすことしか出来なかった。

数分が経過して、やっと動けると判断したときには既に望月樹は消えていた。YouTubeとニコニコ動画のライブ配信は続いていたが、TikTokでは自動的に終わっていた。再度TikTokでのライブ配信を行い、先程の事を話し始めた。

「TikTokでは映し出されたのか分かりませんが、こんなわたしでも樹を呼び出すことに成功できました。この地に投身自殺を図り見つからないと判断された樹の亡骸が今もこの地で彷徨っているかどうかはわかりませんが、少なくとも御霊がこの地で現れるということは恐らくですが、亡骸だけが流され御霊だけがこの地を彷徨っている可能性が非常に考えられます。都市伝説の真偽はデマではなく真実でした。皆さんも遊び半分でこの地には訪れないほうがいいと思います。」

五月雨がライブ配信を終了した。

終了したと同時に、TikTokでのライブ配信を見たあるユーザーがコメントを残した。「五月雨さん、この度はお憑かれ様です。黒い靄のような塊が五月雨さんの背後に映し出され、近付くと黒い靄のようなものを口に吹きかけたと思います。見ていて非常に危ないと感じました。近日中にも御祓いを受けるべきだと思います。取り憑かれているかもしれません。」と綴られてあった。

この書き込みを見て、思わず身震いをしてしまった五月雨がいた。

そして、幽鬼と吉井を鍾乳洞の中ポツンと残し、一人樹の亡骸を探すために潜り始めた鬼塚に変化があった。

樹が導き出した場所へと到着したのはまさに、岩と岩の狭間を潜り抜けないと通れない狭い空間だった。そこにずっと見つけてくれるのを待っていたかのように衣服を着た何かが底に沈んでいた。

それを見た鬼塚が樹の亡骸だと判断し、底まで潜水をし始めると、亡骸を引き揚げ、再び水面へと上がり始めると、狭い空間をひたすら、幽鬼と吉井を待たせている場所へと亡骸を抱いた状態で戻り始めた。


待つだけだった幽鬼と吉井は、鬼塚が帰ってくるのを何も言わずにじっとしていた。

すると、水中からブクブクと泡が立つのがわかり、幽鬼がすかさず「鬼塚だな!助けてやる!」といって潜り始め、二人で力を合わせて水面へと上がってきた。

樹の亡骸は一部が白骨化しており、また衣服も所々が藻のような植物が生え始め、長い間あの地で眠り続けていたのだろうと推測される状態だった。

「すぐに陸地へ上がろう。」

吉井が語ると、三人は洞窟の入り口へと向かって潜水し始めた。

鬼塚は遺体を損傷させないためにも抱いた状態で慎重に泳いでいた。

3人がやっと潜った地点へと戻り始めると、まずは亡骸を陸地へ引き上げた。
同時に、鬼塚が説明をしていた樹の訴えについても検証し始めた。

「鬼塚、俺達が潜るまでに教えてくれたよね。樹が”僕の亡骸はまだこの地で眠り続けている。亡骸には秘密が隠されている。公にして僕が受けるべき裁きを受けるように世に広めてほしい。”と訴えている。引き上げてきたこの亡骸がもし樹だったら、根拠を示す証拠は残されていることになるよな?」

吉井が聞くと、鬼塚は「ああ。そうかもしれない。衣服の胸ポケットや下着の中など隠せられるようなところは隈なく見ていったほうがいい。」と話すと、幽鬼が亡骸に近づき、探し始めた。

「赤いチェックのシャツの右胸にある胸ポケットには何もない。他あるとしたら下着しかないだろう。」

幽鬼が話すと、早速ズボンのファスナーを開けて、下着を露わにすると、右手で下着の中に手を突っ込み探り始めた。するとメモ用紙のようなものが見つかった。見つけたと同時に幽鬼はファスナーを締めて元通りにした。

「見つけたよ。水に濡れても影響が出ないように自分の大事なところに隠すなんて流石だな。よっぽど知ってほしかった内容に違いない。遺体を見つけてしまった以上、あとは警察に通報するしかない。」

幽鬼がそう話すと、吉井は「この遺体をこの地で置きっぱなしにすると、荒波にさらわれる危険性がある。遺体も引き上げて、五月雨のところに戻ろう。そして報告をしよう。」と提案した。幽鬼と鬼塚は口を合わせて「了解。」と答えると鬼塚と吉井の二人がかりで遺体を傷つけないように背中の上に亡骸を持ち上げるような形で、落とさぬよう亡骸の両腕を二人の肩で支えるような形で、岩壁を慎重な足取りで上がってきた。鬼塚は亡骸の足元を利き腕の右腕で支えながら登っていく。

3人が上がってきたと同時に、五月雨が待つ乙姫大明神の前まで戻ってきた。

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