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第34話 ~涙~

「イヤや――イヤや、イヤや……ッ!!」
 頭を抱えながら、陽之助さんが号泣する。
 聞いている方も胸が痛くなる程、悲痛な声だった。

 今の彼は、親を亡くした子供のようで――。

何故(なえで)、こないなことに……ッ!!」

 あたしは、陽之助さんの体をギュッと抱き締めた。

 陽之助さんは龍馬さんのことをとても尊敬して、誰よりも慕っていた。龍馬さんは、陽之助さんにとって唯一の理解者で、自分を必要として愛してくれる、大切な存在だった。
 その龍馬さんが――居なくなったのだ。

(ワイ)……これから、どないしたら()ェんや……ッ!」

 大切な人を亡くし、未来が見えないのだろう。
 龍馬さんはきっと――彼の灰色の世界に差した、たった一筋の光だったから。

「そうだよね……」

 あたしは、陽之助さんの背中を(さす)る。

「悲しいよね、寂しいよね」

 クールで強がりな陽之助さんが、どれ程龍馬さんを慕っていたかというのは、これまでの彼の行動で理解(わか)る。彼が龍馬さんを亡くしたその痛みは、きっと計り知れない。

「苦しいし、不安だし、怖いよね」

 陽之助さんの白く柔らかな手を、そっと包む――きっと少しでも触れている方が、安心するだろうから。だけどその手首から感じる脈拍は、異常な程に速かった。

 あたしは、静かに目を閉じる。

 これが、現実だなんて……。
 信じられない。信じたくない。

(ワイ)、まだ恩返し出来てへんのに! まだ必要とされたい! お役に立ちたい!」
 陽之助さんが、行き場のない感情(おもい)をあたしにぶつけて来る。

「……独りはイヤや……ッ!!」

 彼は今、どれだけ苦しんでいるのだろう?
 あたしでさえ、こんなに胸が痛いのに。

 だけど、あたしが弱かったらダメだ。あたしの何倍も苦しんで、悲しみに打ち(ひし)がれている陽之助さんを、あたしが支えなきゃ。

 慟哭して絶えず涙を流し、「まだお役に立ちたかった」「独りにしないで」と叫び続ける陽之助さん。

 彼はあたしの腕の中で、こんなにも――こんなにも泣いて苦しんでいる。
 あたしさえガマンすれば良いんだ。そうしないと、陽之助さんが(すが)るものがなくなってしまう。

 その瞬間(とき)

「――殺セ!」

 ドクンと心臓が大きく揺れた。

 無機質で抑揚のないその声は、だんだんと此方(こちら)に近付いて来ていた。
 暗闇の中で不気味に光る、幾つもの深紅の瞳。

 ゾクッと背中が震えるのを感じながら、あたしはゆっくりと立ち上がる。

 やがて現れたのは、5人の禿(かむろ)達だった。

 何で()()()()に……!

 あたしはギリッと歯噛みし、泣き叫ぶ陽之助さんを庇うように前に進み出る。
 そして彼を振り返り、あたしは優しく話し掛けた。
「陽之助さん、その刀貸してくれない……? あたしが禿達を倒すから」

 刀は武士の魂。そんな大切なものを、陽之助さんがあたしなんかに貸してくれるかは(わか)らなかったけれど、かと言って陽之助さんを戦わせるワケにはいかない。それに、陽之助さんが後追い自殺をするのを防ぐ為でもあった。

 陽之助さんは無言で、鞘の黒い刀をあたしに手渡す。

「有り難う、直ぐ返すから」

 真剣(かたな)を扱うのは、初めてだ。だけど何故か、上手く扱える自信があった。
 ゆっくりと刀を抜き、鞘を静かに地面に置く。

 そして――剣道で、竹刀や木刀を構えるときと同じように、刀を中断に構えて禿達(あいて)を見据える。唯一違うのは、(やいば)の部分を上に向けて構えていることだ。

 彼等も刀を持っている為、間合いを測りやすい。

 あたしの正面に居る禿に狙いを定め、目だけで静かに間合いを測る。

 ゆっくりと歩み寄って来る、禿達。
 互いの刀の先が、カチンと当たった刹那――あたしは、発声と共に大きく振り被って、右足を前に出した。

「はァァァァァッ!!」

 ガツンッ!!
 鈍い音が響き、1人の禿の脳天に刀の峰が当たる。

 また、あの()()()()が体を支配した。5人くらいなら、余裕で倒せてしまいそうな程の強さが、体の内から湧き上がって来る。

 目の前に居る禿を2人、同時に峰打ちで昏倒させた。

 今のあたしの動きは――心臓病を患っている者の動きではない。否、16歳の女子高生が出せる程の筋力や瞬発力ではなかった。だけど、体格は全く変わっていない。

 後ろから襲い掛かって来た禿に、振り向くと同時に峰打ちを食らわせる。
 そして、残る1人の胴を思い切り打ち、あたしは刀を下ろした。

 振り返ると、禿達は全員意識を失っていた。

 これが本当に、()()()()()だというのだろうか?

 ふと足元の水溜まりを見下ろし――あたしは目を疑う。

 水溜まりの中から自分を見つめる()()()は、何時(いつ)ものあたしではなかった。
 ポニーテールにした栗色の髪や、ピンクの着物、白袴はそのままだ。だけど牡丹色の目は、右目が赤で左目が金のオッドアイに変化している。更に、右頬には不思議な模様をした濃い紫色の紋章が浮かんでいた。

 驚いたあたしは、思わず自分の顔を片手で覆う。
 数秒経って、恐る恐る手を離して水溜まりを覗き込むと、其処には普段のあたしが居た。

 これは一体何なのだろう? と、自分自身が恐ろしくなった時、陽之助さんの泣く声が聞こえ、あたしは反射的に振り返る。

「刀返すね。もう大丈夫だよ、あたしが倒したから」

 何故、この力を龍馬さんが襲撃された時に使わなかったのか――あたしは、とても後悔した。

(ワイ)所為(せい)や……ッ! 胸騒ぎがしとったのに……、危険を察知しとった(ワイ)が、お(まも)りしやなアカンかったのに……ッ!」
 陽之助さんが自分を責める。

 そして静かに脇差を抜き、(やいば)を自分の首の位置へと持って行く。

 まさか――。
 全身が、一気に冷たくなるような感覚を覚えた。

「陽之助さんッ!!」

 あたしが彼の手から脇差を奪い取って投げ捨てたのと、彼が首筋に当てた(やいば)を引いたのはほぼ同時。

 陽之助さんの白い首筋を、鎖骨を、胸を、赤いものが伝う。

 あたしは自分の着物の袖を、陽之助さんの首筋に当てた。

何故(なえで)……ッ」
 陽之助さんが俯き、肩を震わせる。

「後追い自殺なんかしないで!」

 陽之助さんの血が止まると、あたしは彼を抱き締めた。

 だけど彼が呟いた言葉は、あまりにも残酷だった。

「――()()()()

 あたしは目を見開く。

 死ぬことを、()()()()()()

「生きて、お願いだから」

 きっと陽之助さんにとっても、あたしの言葉は残酷だっただろう。
 それでも、これだけは譲れない。

 だって――。

「あたしは、貴方に生きていて欲しい」

 陽之助さんの居ない未来なんて、想像さえしたくない。
 それ程までに、あたしは彼を愛している。

 こんなにも離れたくないと強く思った人は、他に居ない。

 だけど、悲痛な彼の声があたしの耳を響いた。
(ワイ)は死にたいんや!!」

 あたしは唇を噛み締める。

 生きて欲しいと願っているのに、1番残酷な言葉が返って来る。

「死にたい……! もうこれ以上……あの人の()れへん世界で、これ以上生きたない……ッ! 生きる意味なんか、(ワイ)には……もう……ッ」

 生きる意味――陽之助さんにとっては、龍馬さんに必要とされることが生きる意味だった。その龍馬さんが居なくなって、彼にはもう生きる意味が無いのだろう。
 だったら、あたしが生きる意味になりたい。彼が生きることを選べるように、彼の力になりたい。

 泣きじゃくる陽之助さんの背中を、優しく撫でる。

「ずつない……ッ! 助けてや……ッ……! 何故(なえで)、こないな想い――ゲホゲホッ」

 どうして、こんなことにならなきゃいけなかったんだろう?
 あたし達が、一体何をしたっていうの?

 許せなかった、愛しい人がこんなにも苦しまなければならない世界が。

 どうして、離れたくないと願う人が離れて行ってしまうんだろう?
 どうして、今までずっと苦しんで来た人が、更に苦しみを背負わなければならないんだろう?

 陽之助さんがこうして苦しまずに済むような、皆が幸せになれるような――そんな世界を、龍馬さんは創ろうとしていたのに。

「ずつない……ずつない……ッ! (ワイ)の所為で、(ワイ)が……(ワイ)が護れれへんかったさかい……ッ! もう死にたい……今直ぐにッ!」
 そう言って、陽之助さんが声を上げて泣いた。

 冷静沈着で感情をあまり表に出さない彼が、これ程までに「苦しい」「死にたい」と泣き叫んでいる。

「生きて! 大丈夫だから! 貴方が居ない世界なんて、あたしはイヤだ!」

 身勝手な願いだと思う。キレイ事だというのも理解(わか)っている。
 陽之助さんは、死んだ方がマシだと思う程の大きな苦しみを背負っている。そんな彼に「生きて」なんて言葉は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 残酷だけれど、生きることに全ての人が喜びを感じるとは、限らない。

 それでも――それでも生きて欲しかった。

 陽之助さんが心の底から苦しいと思っていて、死にたくなるような心の傷を抱えているのなら、あたしも本気で彼と向き合おうと思った。
 ――好きだから。大好きだから。

 この想いは届かないと理解(わか)っているけれど、好きだから彼の傍に居たい。彼が何時(いつ)か心から笑ってくれるように、彼が心から幸せを感じてくれるように、あたしが彼を護りたい。

「傍に居るよ、ずっと……」

 護りたい――貴方を狙い、苦しめる全ての敵から。
 何よりも、誰よりも……大切な人だから。

「だから、大丈夫。貴方は独りじゃないよ」

 陽之助さんが、苦しげな嗚咽を漏らす。

 あたしが、独りにさせないから。
 どんなことがあっても、貴方の傍に居る。

 陽之助さんの華奢な体を抱き締め、降り注いで止まない雨の中――あたしはそう強く誓った。

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