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第25話 ~護りたい人~

 キィン!
 甲高い音が、あたしの耳を(つんざ)いた。

 陽之助さんが刀を大きく振り被り、洪庵先生目掛けて振り下ろす。

 ガキンッ!!

 洪庵先生が余裕の笑みで、陽之助さんの(やいば)を短刀で受け止めた。

 2人はそのまま鍔迫り合いに入る。

「坂本さんが(ワイ)を必要として下さったあの瞬間(とき)から、(ワイ)は坂本さんの為に生きることを心に(ちこ)うとるんです。坂本さんの為に生きて、坂本さんの為に死ねるんやったら本望です」
 陽之助さんが、自分に言い聞かせるように言った。

「貴方はあのような男の為に生きるのですか? 1度切りの生を他人(ひと)の為に使うなど、愚かとしか言いようがないですね。己の為に使ってはどうです?」
「洪庵先生に言われたかて、別に何とも思いまへんわ。これは(ワイ)が選んだ生き方なんやさかい、洪庵先生に口出しされる筋合いはありまへん」

 洪庵先生は、口は笑っているけれど、その眼差しはとても冷たかった。

「……随分余裕ですね。私のことをナメているのですか?」
「洪庵先生も、短刀なんかで斬り()うたらケガするん(ちゃ)います? ……ゴホッ……ケホケホッ」
 陽之助さんが咳き込み、深呼吸をして息を整える。先程から、彼は顔色が悪い。

 (かげ)(ざくら)の花弁が、風に舞っていた。

「――仕方ないですね。()()()()()()()()()()()()()()

 陽之助さんが、怪訝な表情を見せる。

 ゴォッ……!!
 突然強い風が吹き、影桜の花弁が一斉に舞った。
 それと同時に、光が洪庵先生を包む。

「!?」
 陽之助さんが驚いて目を見張り、腕で光を遮った。

 あたしも光を遮る。
 だけど風も光も、陽之助さんが(せっ)()になる際のものとは比べ物にならない程、強かった。

「アハハハハハハハハ!!」
 場違いな程に楽しそうな、洪庵先生の嗤い声が聞こえる。

 ギィンッ!!
「うッ!」
 風と光が治まる直前、(やいば)(やいば)が激しくぶつかり合う音がし、陽之助さんが10mくらい先に飛ばされていた。

「う……ゲホッゴホッゴホッ……!! く……ッ!」
 陽之助さんが咳き込み、起き上がろうとする。

 あたしは洪庵先生に視線を移した。

 洪庵先生の目は(あか)く、鋭い牙と角が生えていた。正に――()()()()()だ。
 殺鬼を象徴する黒い桜の紋章は、何処にもない。

 これは、一体……!?

「クックックックックッ! アッハッハッハッハッ!」
 洪庵先生が嗤う。

「龍馬さん! 貴方の部下は、実に使()()()()()()()()()ですねェ!! クックックッ……アッハッハッハッハッハッ!!」

 龍馬さんが悔しそうな表情を浮かべる。

 あたしの心臓は、ドキドキと耳障りな程に音を立てていた。

「さて萌華さん、貴女には()()()()()()()
「……ッ!」

 瞬時に疾走した洪庵先生が、短刀を横一文字に払う――。

 あたしは思わず目を閉じた。

 だけど、斬られた感触はない。

「……え?」
 あたしはそっと目を開け、目の前に広がる光景に驚いた。

 龍馬さんの右腕から、鮮血が吹き出している。

「龍馬さん!!」
「……ぐッ! 萌華……ッ、ケガは無いかえ……?」
 龍馬さんが、呻くような声であたしに尋ねた。

「はい!」
 あたしは答える。

「そうかえ……。良かったぜよ……!」

 龍馬さんが、あたしを振り返る。
 彼は、微笑んでいた。――何時(いつ)もと同じ、あの笑顔だ。

 洪庵先生の走る速度が速過ぎて、龍馬さんでも咄嗟に体で庇うしかなかったのだろう。

「坂本さん!!」
 陽之助さんが龍馬さんの名を叫び、走って来る。

「ヤァァァッ!!」
 と、気迫の()もった掛け声と共に、彼は洪庵先生に刀を振り下ろした。 

 洪庵先生が、振り向くと同時に彼の(やいば)を受ける。

「許せへん……! 坂本さんを……(ワイ)の大切な人を――!!」

 陽之助さんの瞳が、怒りに燃える。
 これ程までに、怒りの感情を(あらわ)にした陽之助さんを見るのは、初めてだ。

「まだやるのですか? 貴方と私では実力の差があり過ぎるのでは? 諦めなさい」
 口元に笑みを浮かべたまま、洪庵先生が言った。

「……ゴホ……関係ありまへん……ッ!! 実力の差があったかて、労咳に(かか)っとったかて、病弱で剣術が苦手やったかて……『坂本さんを斬った』っちゅうその()()が、(ワイ)には許されへんのや……!!」
 言い切って、陽之助さんは激しく咳き込んだ。

 苦しそうな表情を見せながらも、陽之助さんが斬り合うのを辞めないのは――龍馬さんへの強い想いがあるからだろう。

 龍馬さんが、腕を庇いながら歯噛みした。
 陽之助さんは肩を上下させながら、何とか持ち(こた)えようとする。

 だけど――。

「……うッ!」
 陽之助さんが呻き、その場に膝を突いた。

「ゲホ……ゴホッゴホッゴホッ……ゲホォッ!!」
 息が出来なくなる程の激しい咳に苦しめられながら、陽之助さんは必死に呼吸を繰り返す。
 陽之助さんは、もう殺鬼の姿ではなかった。

 洪庵先生が、見下すような視線を陽之助さんに投げた。
「貴方など、生かしておいても目障りなだけですね。()()()()()()()()()()孤立する前に、私が()()()()()差し上げましょう。……龍馬さんに捨てられるくらいなら、死んだ方がマシなのでしょう?」

「……坂本さんは……ッ、ずっと必要として下さいます……!!」
 陽之助さんが言う。それは洪庵先生に言い返しているようで、自分に言い聞かせているようでもあった。

 だけど、洪庵先生は彼を嘲笑した。
「そんな何時(いつ)崩れ去るかも(わか)らぬ脆い絆とやらに、貴方は自分の生を懸けるのですか? やはり愚かですね」
「坂本さんには、恩がありますのや……! 一生掛けたかて返されへん程の恩を、(ワイ)は一生掛けて、出来るだけ返さなアカンのです……ッ!」

 龍馬さんが陽之助さんを必要とする限り、陽之助さんは龍馬さんの役に立とうとするだろう。否、龍馬さんがもし陽之助さんを見捨てるとしても、陽之助さんはどうすれば必要として貰えるかを龍馬さんに問い、何としても龍馬さんに必要として貰おうとするに決まっている。
 それ程までに彼は、龍馬さんに必要とされたいと願っている。

 突然、龍馬さんが立ち上がる。
 洪庵先生が龍馬さんに視線を移した。

「ワシを殺すことが目的ながやったら、陽之助を殺す必要らァないですろう?」

 洪庵先生が口の端を吊り上げる。
「どうでしょう? 医者にすら勝てぬ程の剣の実力で、武士(さむらい)を名乗るなど……笑わせます。現に(まも)るどころかケガをさせていますよね? そんな使()()()にならぬ部下など、何時(いつ)までも自分の元に置いておかずに、サッサと追い出すか殺すかするベキだと思いますがね」

 龍馬さんが歯噛みし、拳を握り締めた。
「ワシは陽之助を、自分の駒のように扱いゆうワケじゃないですき」
 そう呟き、彼は顔を上げる。

 彼の黒い瞳は、その静かな声とは裏腹に、激しい怒りに燃えているように見えた。

 龍馬さんは洪庵先生を鋭く睨み付け、声を荒げる。
「陽之助も萌華も! ワシの大事な仲間ぜよ!!」

 あたしと陽之助さんは、目を見張って龍馬さんを見上げる。
 洪庵先生も、無言で暫らく龍馬さんを見つめていた。

「龍馬さん、そんなキレイ事しか言えぬ貴方に教えて差し上げましょう――弱者は、斬り捨てられるしかないということを!!」

 洪庵先生が陽之助さんに向かって、短刀を振り下ろした――。

 あたしは思わず顔を背ける。

 グシュッ……!
 ボタボタと音を立てて、地面が紅く塗られて行く。

 恐る恐る顔を上げ、龍馬さん達の方を見て――あたしは息を呑んだ。

 龍馬さんが陽之助さんの前に立ち、洪庵先生の短刀を素手で掴んでいたのだ。そして、短刀を掴んでいる手とは逆の手で、洪庵先生の眉間に銃口を突き付けている。

「坂本さんッ!!」

 龍馬さんは背中を向けたまま、陽之助さんに声を掛けた。
「陽之助、退()がりや」
「……ッ! せやけど――」
()よう退がりやッ!!」
 普段は優しい龍馬さんに強く言われ、ビクッと体を揺らした陽之助さんが、静かに退がる。

 龍馬さんの左手は、鮮血に染まっていた。

「もうワシ()ァに、関わらんといてつかァさい。もし次現れたら、ワシの指が引き金を引きますき」

 洪庵先生が短刀を下ろし、龍馬さんがパッと左手を放した。だけど彼の右手は、まだピストルを構え続けている。

 洪庵先生が鬼から人間の姿に戻り、クルリと(きびす)を返した。

「仕方がないですね。()()()()()は、これくらいにしておきましょうか」

 洪庵先生が歩いて行く。

 すると陽之助さんが飛び出し、洪庵先生を追い駆けようとした。
「陽之助ッ」
 龍馬さんが咄嗟にピストルを懐に入れ、右手で陽之助さんの体を後ろから抱き止める。

「放して頂かして!」
 陽之助さんが渾身で逃れようとした。
 あたしを護る為にケガをしたとはいえ、龍馬さんの右腕はビクともしない。2人の筋力の差があり過ぎるのだ。

(ワイ)には許されへん! 坂本さんにケガさしといて、逃げるなんか……!」
「いかん!!」
「放して頂かして……ッ!」

 龍馬さんが歯を食い縛り、眉を寄せた。

「――陽之助ッ!!」

 陽之助さんの前に移動した龍馬さんが、陽之助さんを見下ろしてその細い肩を強く掴む。

 怒気を含んだ上司の声に、陽之助さんがビクッと肩を強張らせ、反射的に目を閉じる。
 だけど龍馬さんはその手で、陽之助さんの白い頬に軽く触れただけだった。

 陽之助さんが目を開いた。
「え……?」
 叩かれなかったことを、不審に思ったのだろう。

 陽之助さんが龍馬さんを見上げる。

 龍馬さんは、笑っていた。あの太陽のように優しくて温かくて、屈託のない笑顔だ。

 あたしは立ち上がり、2人の元へ行く。

「おォ、スマンのゥ」

 自分の懐にあった手拭いを、龍馬さんの左手に巻き付ける。
 急がないと、大量出血で気絶してしまうかも知れない。それくらい、彼の手からは血が流れていた。

 だけど龍馬さんは、そんなことは全く気にしていないかのように、笑っている。
 本当は、とてもとても痛いのだろう。それなのに平然と笑っている龍馬さんに、あたしは『強さ』を感じた。

「……(ワイ)なんかを護って下さったばっかりに、坂本さんは手を……」
「そんなことらァ、気にせんで()いき。オマンを護る為やったら、ワシはどんなことやちするぜよ」

 龍馬さんがその大きな手で、落ち込んでいる陽之助さんの頭をポンポンと優しく撫でる。

 どうか、龍馬さんのケガが治りますように。

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