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第23話

 まるでナイフを突きつけるが如く、すずかは鋭い視線を晃穂に向ける。けれど、晃穂は怯えることなく、話を続ける。

「自分の顔が嫌いなの?」
「……嫌いに決まっている」
「柳原さんが造った顔だから?」
「……顔だけじゃない。声も体も……全部嫌い」

 すずかは自分の手を、汚らわしいものを見るような目で見る。

「すずかちゃんは、どうしてそんなに柳原さんを嫌っているの~? あ、言いたくなかったら別にいいんだけど」
「……いつも仕事に夢中で、ワタシのことなんか放っておいてばっかりで……。ワタシのことを叱ったし、それに嘘つき……」
「え~そうなの? そんな人には見えないけど……ちなみに、どんな嘘をつくの?」
「あの人は最初、ワタシを本当の娘だって言い続けていた。けど……あの人は人間で、ワタシはアーティナル・レイス。おかーさんと妹がいるなんてことも言って……。あの人はワタシを使って、家族ごっこをしていた。この顔も体も声も、結局はそれをさせるためのものだった。だから……」
「本当の娘、かぁ……」

 晃穂はホットバニラを何口か飲むと、またすずかに質問をしてきた。

「すずかちゃん。すずかちゃんにとって、本当の親子って何?」
「……遺伝的な繋がりがある関係」
「確かにその通りだね~。だけど、それってそんなに大事なことなのかなぁ?」
「……?」
「私はね、こう思うの。本当の親って言うのは、子供に愛情を注いで、将来を考えて、大人になるまで守り育ててくれる存在だって」

 晃穂は上着の胸ポケットから、アクリル板で挟んだ、老夫婦と子供の頃の晃穂が映っている、一枚の写真を取り出した。

「祖父母……?」
「私のお父さんとお母さん」
「え?」

 すずかは思わず、写真をじっと見てしまう。

 写真から推定される老夫婦の年齢は、最低でも六五歳を超えていたからだ。

 こんな年齢で子供を産めるものなのか? と、すずかが思っていると、晃穂は『驚いた?』と笑みを浮かべた。

「この写真に映っているお父さんとお母さんって、私の本当の両親じゃないの~」
「どういうこと……?」
「私は八歳の時に、本当の両親に捨てられたの~。遺伝子操作で生まれた私が、目が悪かったり、どんくさかったり、寝坊ばかりする子供で、思い描いていた理想の子供とは違っていたから」
「それ、だけで……?」
「そういう人間が増えてきているの。技術の進歩と共に、理想の子供を作れるのが当たり前になって、昔より出産も楽になってきているから……いいえ、子供だけじゃない。今の世の中って、望むものが手に入りやすくなってきているから、人は望まないものや嫌なものを、より簡単に捨てるようになってきている……」

 写真を観ながら話す晃穂の表情と口調は、次第に暗くなっていったが、すぐに元の、のんびりとした口調に戻り、笑顔になった。

「でも、お父さんとお母さんは、こんな私を引き取って養子にしてくれたの~。そして、とても愛情を注いでくれた。本当の子供のように、いいことをした時は褒めてくれて、悪いことをした時は、ダメだよって叱ってくれたの~」
「叱るのが愛情なの……?」
「子供のことをどうでもいいと思っている親って、子供が自分の機嫌を損ねたり、思い通りにならなかったりした時に怒るものなんだけど~、子供のことを本当に愛している親は、将来その子が大人になった時のために――できるだけ過ちを犯さないように、叱って教えてくれるものなの」
「過ちを犯さないように……」
「もしかして、柳原さんが叱った時って、すずかちゃんが何か間違いを起こした時だったんじゃないかな~? 他人に迷惑をかけたとか」

 すずかは澄人に叱られた時のことを思い出す。

 晃穂の言う通り、あの時は人が大勢いる食堂で叫んでしまっていた。

「私はまだ、柳原さんとすずかちゃんのことをよく知らないから、言い切ることはできないけど~、柳原さんはすずかちゃんのことをとても大切にしていると思うよ。それこそ、本当の娘のように。すずかちゃんがテスト中に墜落したって連絡がきた時、柳原さんは私と話終わった直後だったんだけどぉ、『娘が大変なんだ!』って、血相を変えて第四研究所へ帰っていったし」
「そんなに……?」
「柳原さんが仕事ばかりしているのも、別に夢中になっているわけじゃなくて、すずかちゃんのために、一生懸命働いているからじゃないかな~。ううん、きっとすずかちゃんだけじゃない。たぶんいろんな人のことを、柳原さんは常に考えて動いてくれているんだと思う」
「……そんなこと、今まで話してくれなかった」
「たぶん、すずかちゃんに心配をかけたり、気を遣わせたりさせたくなかったからじゃないかな」

 すずかは、マグカップのホットバニラを見つめながら、晃穂の話を頭に置き、今までの記憶を思い返す。

 晃穂の話通りなら、澄人はとてもいい父親と言えるが……

「ねぇ、すずかちゃん。すずかちゃんはさっき、自分の体や声は、柳原さんが家族ごっこをするために作ったって言ったけど、私はそうじゃないと思う。もし柳原さんがそういう人だったら、すずかちゃんが嫌わないようにプログラムしているはずだし。それにお母さんや妹がいるっていう話も、まるごと嘘ってわけじゃないと思うの。柳原さんは、無責任にそんなことを言う人じゃないと思うから」

 晃穂のその話を耳にして、すずかはつい澄人のことを許しそうになってしまう。だけど、そう簡単に許すわけにはいかないと、その気持ちを消す。

 これ以上、晃穂に論されては敵わない。

 すずかは話題を変えるために、あることを聞いた。

「……あなたって、あの人のこと、好きなの?」
「えぇ!? な、なんで~?」
「会った回数がそこまで多くないのに、随分知っているように話すから」
「そ、そこまでじゃないよぉ。私はただ、柳原さんとすずかちゃんに、仲直りしてほしいな~って思って……あ、あはは……」

 晃穂は目を逸らしながら笑うと、少し冷めたホットバニラを一気に飲み干し、立ち上がった。

「そ、そろそろ私、仕事に戻るね。あ、ホットバニラ、飲みたくなったら言って。いつでも作ってあげるから~」

 手を振って晃穂が格納庫へ戻っていった後、すずかは晃穂が入れたホットバニラを見つめ続ける。

 香りを嗅ぐと、やはり澄人のことが頭に浮かんでしまう。

 晃穂の話通りだとしても、まだ許しきることはできない。だが、澄人に対する嫌悪感は、晃穂と話す前よりも薄れていたすずかは、マグカップに口をつけた。

「……おいしい」

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