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第108話

 ナオの機能が停止してから、十数分後。ルシーナが撤退したことで、妨害電波が消えた三ツ山島に、久重重工直属の軍が到着。唯一の生存者である澄人は、本土の病院へと搬送された。

 病院で一応の検査を受けることになったが、一切の負傷をしていなかった澄人は、その日のうちに第一研究所に戻ることになった。

「…………」

 病院から乗ってきたタクシーを降り、夕日の中、うつむきながら門をくぐる澄人。すると、

「……柳原澄人」

 男の声が彼の足を止め、顔を上げさせた。

「荒山総主任……ナオが……みんなが……」
「……報告は聞いている」

 荒山の声には、無念の感情が含まれていた。

「……総主任。僕は、間違っていたんでしょうか……。もし僕が、三ツ山島へ行くことを選ばなかったら、廃棄処分は免れなかったとしても、ナオはもっと……いや、それを回避する方法を探したほうが……」
「可能性としてはゼロではない。しかし、少なくとも私は、お前のとった行動が間違いだったとは思わん」
「…………」
「後悔するなと、前に言ったはずだ……と言っても、無理だろうな。実を言うと、私も後悔してしまっている。こんな結末にならない方法が、何かあったのではないか? 自分にできることが、もっと何かあったかもしれないのに……とな」

 荒山は夕日に染まった空に顔を向けた。まるで、涙をこぼさず堪えているようにも見える。

「荒山総主任……」
「私もナオには、世話になった。アーティナル・レイスのことなんて、ほとんど何も知らないまま、第一研究所の総主任にされた私に、あの子はいろいろと教えてくれた。その恩を、いつか返したいと思っていたのだが……結局、返せないままになってしまった……」
「……すみません」
「お前のせいではない。だから自分を責めるな。きっとナオも、それは望んでいない。あの子のことを思うのなら、私達は前を向かなければならない」
「そう……ですね」

 澄人は顔を上げて、目を瞑った。遅れて荒山も、空に顔を向けたまま目を閉じる。

 互いにナオのことを思い出しながら、黙祷を捧げるかのように。

 それが一分ほど続いた後、目を開けると、荒山は澄人の方を向いた。

「柳原澄人。お前は実習期間終了後、今度新設される予定の、久重重工第四研究所、特殊機体開発部に配属されることが決まった」
「第四研究所……?」
「第四研究所は、試作機や実験機の開発、製造を主とする場所……と言えば聞こえはいいが、やっかい者、変わり者、鼻つまみ者……能力はあるが、何かしら問題がある者達を、本社や他の研究所から追い出すための、体の良い陸の孤島だ。ここに一度配属されてしまえば、本社や他の研究所へ配属される可能性は低くなる。例え新しい技術やアーティナル・レイスを開発しても、その手柄は、他の研究所や本社の者にとられてしまうだろう」
「……僕は一度問題を起こしていますから、仕方ありません」
「そうではない。お前にとって、第四研究所はメリットの方が大きいと私は考えたのだ」
「メリット?」
「第四研究所は今言った通り、出世や昇給、名声とは程遠くなる場所だが、他の研究所よりも多くの設備が導入され、アーティナル・レイスに関する最新の情報がいち早く入ってくる。それは最新の技術を扱い、学ぶことができるということでもある。加えて第四研究所は、問題児が多く配属されるということから、他の研究所とは独立し、分社化している。他の研究所よりも自由で融通がきくはずだ」
「結果さえ出せば、好きな仕事や研究、調べ物ができる……ということですか?」
「平たく言えばそうだ。それに、分社化しているが故に、本社の――久重一将などの人間の勝手が通じにくい」

 荒山は、澄人の左肩に手を置いた。

「柳原澄人。お前は、何かやるべきこと――成し遂げなければならないことがあるのだろう? そしてそれは、ナオの願いでもある。そうだな?」
「……はい」
「ならば、第四研究所で学び、経験を積み、成長しろ。久重重工のためではなく、己自身のために。そしていつか、お前のやるべきことを成し遂げろ。命をかけてお前を守った、ナオや他の者達の命を無駄にしないためにも」
「はい……!」

 澄人は強く頷いた。子供達のマイクロメモリと、ナオから渡されたマイクロメモリが入れてある、金属製ケースがついたペンダントを握りしめながら。


 都内某所。

 薄暗い地下室に、あの男がいた。その男が立っている側には、手術台のようなベッドがあり、そこには、ナオの体が横たえられていた。

「まさか先行量産型の君が、ルシーナに勝つとはね……。正直、予想外だったよ」

 男はナオの頬にそっと触れた。

「命令ではなく、自らの意志で誰かを守る……性能を凌駕するその能力と、蓄積してきた経験データ……このまま失うには惜しい。それに君には、まだ役目がある。君にしかできない役目がね……」

 その時、地下室のドアがノックされた。

「入りたまえ」
「失礼致します。久重一将様をお連れしました」

 女性型のアーティナル・レイスがドアを開けて入ってきた。

「来たか」

 男がドアの方に目をやると、そこには一将が立っていた。

「お久しぶりです」
「一将君……ルシーナの命令を、途中で変えたそうだな。あまり勝手なことをされては、困るのだがね」
「命令を変えた方が、02を機能停止にできる確率が高かったからですよ。現に目的は果たせたじゃないですか」
「結果論だと思うがね」
「結果論でも、結果を出せたことに変わりはない。僕は父や、名前通りのあなたのように、臆病じゃない。多少のリスクがあったとしても、目的を達成できる確率が高い手段を選択します」

 一将は両手をポケットに突っ込んで話しながら、あの試験管のような入れ物の前に行った。

「……それで、彼女はまだ目覚めないんですか?」
「残念ながら、封印が強固でね。いろいろ手を尽くしてはいるんだが……」
「強引なことはしていないでしょうね?」
「安心したまえ。第一、したくてもできんよ。そんなことをすれば、彼女が自らの人格とデータを、破壊する可能性がある」
「そのうち僕が、その封印を解いてみせますよ。そのために、優秀な者達を集めているわけですからね」

 一将は、試験管のような入れ物に手を触れ、中にいる、ケーブルに繋がれているはるを見る。

「はる……君に必要なのは、あんな出来損ないの男じゃない。僕こそが、君に相応しい人間だ」

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