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5.プロローグⅤ

 蛇がいる。
 恐ろしいほどに強大で、目に余るほど巨大で、目を逸らしたくなるほど黒い蛇がいる。
 漆黒が漆黒を纏ったように黒い胴体に、ルビーのように赤い眼が二つ光っている。
 光る眼は侵入者を見つめる。
 敵意をもって睨みつける。

「な、なんだこいつ……」

 戦士はたじろぎ引き攣った顔で言う。
 実際にはその場から動いていないが、本人はたじろいでいるような感覚で言う。
 誰一人として動かない。
 動く事ができない。 
 宛ら蛇に睨まれたカエルの気分を味わっている。

「答えよ―――愚者共」

 蛇は豆粒のような侵入者を睨んだまま問う。

「この場に踏み込む事を誰が許した? 誰に許しを請うた―――」

「うっ……」

 冷や汗が止まらない。
 身じろぎ一つとる事ができない。
 まだ何もされていないのに、何も出来なくされている。
 この時、フランのを除く全員が察した。
 
 このままじゃ―――殺される!

「か、構えろぁ!!」

 戦士の男が叫ぶ。
 固まった全身を声で奮い立たせて剣を抜く。
 続いて弓使いが弓を構え、槍使いが槍を構え、神官が呪文を唱える。
 フランは彼らに一歩遅れて剣を抜いた。

「ほう、おもしろい。童に敵意を向けるか?」

 蛇が笑う。
 蛇であるため笑っているのか判断が難しい。
 だがきっと笑っている。
 そう思わせるような口調で言った。

「魔法だぁ!!」

 再び戦士が叫ぶ。
 それに神官が反応し、両手を前に突き出して魔法を放つ。

「【フレイムショット】!!」

 火球は撃ち出される。
 一直線に蛇へと向かい、そして見事命中する。
 爆発を起こした事が着弾した事実を伝える。
 引き攣った表情が笑顔に変わる。

「なっ……」

 しかしその笑顔は一変して絶望に染まる。
 魔法の直撃を受けた蛇は、何の外傷も無く佇んでいる。
 外傷が無いというだけでは済まない。
 もはや何かが起こったのかすら怪しいほどに、平然とこちらを見つめている。

「何じゃこの程度か……暇つぶし程度にはなるかと思ったんじゃがな。現代の術士はずいぶん衰えたようじゃ」

 どうしようも無い現実に直面した時、人はどう動くのだろう。
 特に『死』というこの世で最も取り返しがつかない現実が相手だったら?
 たとえどんなに優しい人間でも、勇気ある人間でも、『死』という終わりからは逃れられない。
 人は皆平等に、『死』という現実を突きつけられれば抗う。
 どうにかして生きようとする。
 何とかして生き永らえようとする。
 ただ残念な事に、どうしようも無い現実は、やはりどうしようも無いのだ。
 どんな方法を用いても、『死』から逃れられない場合もある。
 どんなに怖くとも、どんなに生きたいと願おうとも、何の手段も持ちえていないのであれば……

 なんとかしなきゃ!なんとかしなきゃ!なんとかしなきゃ!
 でもどうしたらいい?
 あんな魔法でも効かなかったのに、僕の攻撃なんて効くわけが無い。
 逃げるしかない!
 だけどこんな化物からどうやって逃げればいいの?

 フランは握った剣を震わせながら考える。
 しかし彼は何の手段も持ちえていなかった。
 故にどれだけ考えても答えは出ない。
 刹那のうちに考え続けたフランだが、やがて思考が停止する。
 考えれば考えるほど生きる事が遠のいていく。
 その現実に彼は、考える事を投げ出した。
 しかしこれは仕方の無いことだ。
 誰だって、彼の立場で彼と同じ状況に陥った場合、思考はやがて停止するだろう。
 ただ不思議な事に、思考を止めたのは彼だけだった。
 戦士を含む他の4人は、まだ希望を捨てていなかった。
 彼らには策があったのだ。
 この状況を打開できる策を準備していたのだ。
 戦士は再び笑顔を見せる。

「フラン君!」

 突然名前を呼ばれ反応する。
 そして戦士の方を向く。

「私に考えがあるんだ! 協力してくれないか?」

 戦士がフランに問いかける。
 思考を止めていたフランは、考えがあるという言葉に希望を見出す。
 そして特に考える事も無く返した。

「わ、わかりました!」

「よし! これを持ってくれ!」

 戦士は自分の持っていた盾をフランに投げ渡した。
 それをキャッチする。
 この時、フランに渡されたのは盾だけではなかった。

「それを上手く当ててくれ!」

「は、はい!」

 渡されたソレを見て、意図を察したフランは返事をする。
 渡された盾を構え、蛇と向かい合う。

「まだ策があるのか? 良いぞ? 童に見せてみよ」

 蛇は余裕を見せる。
 フランが盾を構え駆け出す。
 真っ直ぐに蛇目掛けて駆け出す。
 やけくそに見える彼の行動に呆れた蛇。
 しかしその瞬間、フランは盾の後ろからソレを取り出す。

「食らえ!」

 ボール状のソレを地面に叩きつける。
 瞬間、目の前に閃光が走る。

「くっ―――これは!!」

 広がった光は蛇の視界を奪った。
 戦士がフランに渡していたソレとは、閃光玉と呼ばれる便利道具だったのだ。
 蛇の眼は光に弱い。
 作戦は見事成功した。
 フランは嬉しさのあまり振り返る。

「や、やった! 皆さんこれで―――」

 予想していなかった。
 無我夢中だった。
 だから彼は、気付く事ができなかった。
 自分が蛇に駆け出した直後、戦士達が背を向けていた事に、そしてそのまま出口へと逃げていた事に……
 その時、彼は思った。

 ああ―――やっぱりか。

 蛇の尻尾がフランを吹き飛ばす。
 視界を奪われた蛇は、形振り構わず暴れていた。
 それに彼は巻き込まれてしまった。
 壁に叩きつけられ、全身から血を流し倒れ込む。
 すでに鼓膜は破れ音も拾えない。
 かすかに残った視界で、戦士達が逃げ切った事を見る。
 そして暴れる蛇を眺めながら、そっと眼を閉じた。
 

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