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第18話

 声をかけられ、振り返るはる。そこには、右手で杖をつきながら歩く、ショートコンチネンタルヒゲの男性がいた。

「あ! エドワード代表」
「やっぱり君か」

 身長約百八十センチの痩せ型。白のワイシャツにストレッチパンツの服装の彼の名は、エドワード・ラニング。

 I.Rテック社を買収し、澄人の両親が現在勤めている――アーティナル・レイスを世に出したF.P.T社の代表。そして、はるが澄人に会いたいと言った時に、許可を出してくれた人物でもある。

「お久しぶりです!」

 ニコニコと目を細めるエドワードに、はるは近寄って行った。

「二ヶ月半……いや、三ヶ月ぶりか。メイド服じゃないから、一瞬わからなかったよ。今日は買い物かね?」
「はい。明日は澄人さんの誕生日なので」
「料理の材料を買いにきたというわけだね」
「そうなんです。あと、澄人さんが喜んでくれそうなものも買って、プレゼントしようかと」

 エドワードはアゴを左手で擦りながら、はるの顔を三秒間ほどジッと見る。

「ふむ……君が笑顔でそう言うということは、友達の柳原澄人君は元気になったということかな?」
「はい。お薬はまだ飲んでいますけど、三ヶ月前と比べてかなり良くなってくれました」
「ほぅ。前に治人君と綾音君は、息子は一年や二年くらいの治療では治らないだろうと、言っていた気がするが……?」
「再会した日に澄人さんを見た時は、わたしもそう思いました。でも澄人さん、思った以上にどんどん良くなってくれて……わたしが作ったご飯をたくさん食べてくれるようになって、今では『ありがとう』『おいしい』って、わたしに笑って言ってくれるんです。それに少しずつですけど、外出もするようになりました。それに最近は、わたしのお手伝いもしてくれるようになって、今日の朝も一緒に洗濯物を干したんです。それから――」

 と、ここではるは、自分が一方的に話していることに気づく。

「あ、すみません。つい……」
「構わんよ。しかし君がそんなに嬉しそうに話すとは……柳原澄人君は順調に良くなっているみたいだね」
「許可を出してくださった、エドワード代表のおかげです」
「いやいや。君は我が社のために、数々のデータ収集やテストに励んでくれたからね。おかげで当初の予定より一年も早く、アーティナル・レイスを世間に発表することができた。私が出した許可は、その対価――君への給料のようなものだと思ってくれればいい。まあ、給料と言うには安すぎるかもしれんがね」
「そんな、安すぎるなんてことは……金額として見れば、むしろ高すぎるくらいです。わたしがしたお願いは、例えいくらお金があっても叶うはずのない願いでした。それをエドワード代表が許可を出してくださったから、わたしは澄人さんとまた会うことができたんです。本当に感謝しています」

 はるはエドワードに頭を下げた。

 柳原治人が設計した、新型試作動力――N.Hリアクター。

 柳原綾音が開発した、自己判断可能な新型人工頭脳――AI-vis。

 更にナノマシン技術を応用した――自己修復可能な人工皮膚や人工筋肉等……。

 次世代型ヒーマノイド――アーティナル・レイスのアーキタイプであるはるは、F.P.T社の最新技術が詰め込まれた、いわば最重要機密。無論、多額の開発費もかかっている。

 それを社外へ出し、社員の家族とはいえ一個人の世話をさせるなど、普通では考えられない――あり得ない――許されないことだった。

「私は君の願いに許可を出すことが、君にとっても会社にとってもベストだと思っただけだよ。実際、君は治療に数年かかると言われていた柳原澄人君を、たった三ヶ月で――外出するようになるまで回復させたという、素晴らしい実績を作ってくれた。これはアーティナル・レイスが、引きこもりや心の病気で悩んでいる人間のケアも、可能だという証明になる」
「つまり……良い宣伝になる、ということですか?」
「正直に言うと、そうなるね」
「…………」

 表情には出さなかったが、はるは内心むっとした。

――もしかして、澄人さんのことを宣伝に利用するつもり……?

 そんな彼女の気持ちをエドワードは察したのか、

「はっはっは、安心したまえ。柳原澄人君を宣伝に利用するつもりはない。そういう実例があると言わせてもらうくらいさ」

 と、笑いながら言った。

「そうですか。よかった……」
「それに宣伝云々よりも、君のおかげでアーティナル・レイスに今以上の可能性を持てたということの方が、私的には意味が大きい」
「今以上の可能性?」
「うむ。私を含め多くの者は、アーティナル・レイスは経験もデータもないことに関しては、対処が難しいのではないかと考えていたからね。しかし君は一度もやったことのない、心のケアを柳原澄人君に施して元気にさせた。君は私に、アーティナル・レイスにはさらなる可能性があることを教えてくれた」
「そんな……わたしはただ、澄人さんに元気になってもらいたかっただけです。澄人さんが、わたしにとって大切な友達だから、そういうことができたんだと思います」
「大切な友達……か。もしかしたら君は、柳原澄人君の側にいることで、これからも成長していくのかもしれないね。それも、私の想像以上の成長を」
「澄人さんの側に……」

 ふと、はるの脳裏に “何か”のことが思い浮かぶ。

「あの……エドワード代表。少しご相談したいことがあるのですが、良いでしょうか?」
「もちろんだとも」
「実は……」

 はるは“何か”のことについて、エドワードに話した。

「……つまり、その“何か”の正体を知りたいというわけだね」
「はい……」
「ふむ……少し時間はあるかね? 良ければ、念の為に軽くチェックをしてみよう。簡易的なものだが、メンテナンスベッドを用意してきている」
「良いのですか?」
「良いに決っているさ。君に異常が出た時に調べることも、私達F.P.T社の仕事だ。今のうちに調べておけば、他のアーティナル・レイスに君と同じ症状が出た時に、対処が可能になるからね」
「ありがとうございます」
「では、ステージ裏へ行こうか」

 はるはエドワードについていき、ステージ裏へと足を進めた。

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