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はじまり

「面会が出来るほど回復しているなら何故言ってくれなかったのですか。私達はずっと外で待っていたのですよ」
「いや、まだ面会謝絶だ」

 タケルに問われてオーギュストが答えた。
 ディーンが糸を外しながら、心配そうに言う。

「まだ具合が悪いのか?」
「少しな、ああ、それとシバイ、輸血パックだ。渡しておく」

 ハヤトは答えて、赤いものをロビーから受け取った。それをシバイに渡す。

「輸血パックですか!そうですよね、血で駄目でも臓器移植と偽れば…!誰も使っていない箇所なら早く順番が回ってきますし、風太のように毒性のない摘出された患部でもいいわけですし……」

タケルが驚いて、声に喜びを滲ませて言う。
二人の会話から、透明な袋の中身が血とわかったシバイは、それを一瞬取り落としそうになる。

「臓器の場合は意思確認はするがな。廃棄予定の古い血はいくらもらってもよかろう。
其れは特にシバイの行く研究所の者達が善意で集めてくれたものだ。開け方を教えてやる」

 ハヤトがシバイに輸血パックの開け方を教える。

「まさか…こんなにたくさんの血を私の為に…」

 震える手で、シバイは輸血パックを開けた。
オーギュストは興味深そうに横から輸血パックに触れていう。

「手術には必須のものだ。ハヤトの時にも使っていた。血にはいろいろ種類があるとか」

 シバイは血液を口に含んだ。甘い。飢えが満たされていく。嬉しい。
 其れと同時に、ついに人の血を飲み化け物になってしまったと実感する。

「さあ、用件が済んだら出て行ってくれ。ハヤトはまだ休ませなくては」

 オーギュストが、全員を追い立てていく。
 一行は、部屋の外に出た。

「しかし、他の研究所に行くとは……おそらくゲイルのところですね。あそこは、ご飯がおいしいそうですよ。向こうの国のマナーも今のうちから学んでおきましょう」

 タケルは、安心したように言った。ゲイルも狂科学者ではあるが、ハヤトよりはましだ。
 きっとシバイは大事にされるだろう。
 ただ、離れてしまう事が悲しい。

「毛皮ともしばらくお別れですか…」

 がっくりとした様子でタケルは言った。自分と離れがたいというタケルの想いが、研究所の人達のシバイに血を差し出す行為がシバイにはわからない。

「ハヤトの国では、何故これほどまでに良くしてくれるのだ」
「良くする、とは違うと思います。私達にとって貴方には価値がある。貴方の死後は申し訳ないですが、標本…死後そのままの姿で残されたり、解剖されたりするでしょう。私も出来るだけそうならないように頑張ってみますが……恐らく難しいかと」

 タケルの申し訳なさそうな声に、シバイは首を振った。

「構わない。魂すら渡すと約束した」
「では、早めに授業をしてあげましょう」

 タケルは英語の教科書を持ち出してきた。風太も使っていたものだ。
 そのとき、ふと思いついたようにタケルは言った。

「風太、翼は引っ込められますか」
「出来るよ」

 風太は翼を、尻尾を引っ込める。こうすれば、向こうの人間と変わらない。

「ならば、ハヤトも時間が出来た事だし、選択肢が出来ましたね。風太、ディーン。あなた方は、ハヤトの国とこちらの国、どちらを選びますか」
「え…?」

 ディーンは、戸惑ったように聞き返す。

「ハヤトは、ディーンをこちらの世界で暮らさせるつもりでした。だから高度な技術は教えなかった。それは秘密を守れる年になって、ハヤトの国を選んでもハヤトにディーンの生活の責任が取れなかったからです。寿命が近づいていたがために。今は違う。ディーン、貴方は秘密を守れる年となり、まだ若い。戻れない事を覚悟の上で、ハヤトの国に行きますか?行って貴方の希望通り、ハヤトの全てを受け継ぎますか?それとも、こちらの国でハヤトの知識の全てを継承する事無くこの国の技術で魔物退治と手品をして暮らしますか?これもまた、貴方の希望でしたね」

 タケルは、ディーンに言い聞かせる。その顔は真剣だった。
 ディーンは、顔を伏せて考える。ディーンにとって、ハヤト師匠の力を受け継ぐ事は夢だった。しかしそれは、ディーンのような子供を生み出さない為だ。タケルの言ったことは、ハヤトの力をディーンの目的に使う事は許されないといっているも同然だった。
 しかし、それが何故かは今はディーンにも理解できる。
 チョコレートだけで騒ぎになったのだ。ハヤトの攻撃のテジナがばれたら大変な事になる。それはディーンのような親のない子をさらに増やす結果になるだろう。

「ディーン…よく考えなさい。卒業まで、時間はあるのですから」

 ディーンは、迷いながらも頷いた。
タケルは、風太にも聞いた。

「風太は翼が隠せるようになったらハヤトの国で住まわせようかと考えていましたが、中々翼を隠せるようにはならなくて、完全に向こうで住む準備は出来ませんでした。同じく、こちらで暮らした方が幸せな可能性があるから。しかし、ハヤトに時間が出来た。風太も、翼が隠せるようになって向こうで住む準備が整った。ディーンが魔術学校に入学して、こちらに住む当てもまた出来ました。貴方達が訴えれば、ハヤトは受け入れるでしょう。ハヤトの弟子となり、向こうに住むか、知識はある程度制限して習ってこちらにすむか。ただ、わかっているとは思いますが、向こうの地は風太にはシバイと同じ危険が伴いますし、二度とこちらに戻れないかもしれませんよ」
『そうそう、それと二人とも、ハヤトに何か悪い話を持ちかけられても絶対に答えてはいけませんよ』

 タケルは意味深な事を言う。

「僕はハヤトの弟子になるよ、タケル師匠。そしてハヤトの後を継ぐ」

 風太は、迷いもせずに言った。
ディーンには、それが羨ましかった。
迷うディーンを見て、タケルはふっと笑う。

「秘密を守れる年になったのだから、ハヤトも今までより多少多くの知識を教える事は許してくれるでしょう。とりあえず、シバイの行く国……ハヤトの国とは違う国の授業をシバイにしようと思いますが、一緒に受けますか?」

 ディーンは、頷いた。
 そして、ディーン、風太、シバイは向こうの風習を習う事になった。
 タケルは鍵をかけた一室で授業を行う。

「向こうで一番重要なのは、銃ですね。これだけは覚えてください」
「あ、師匠の杖だ」

 ディーンが言う。

「これは銃といいます。向こうの武器です。これを向けられたら、決して動いてはいけません。例え遠くからでも、喉元に剣を突きつけられていると覚えてください」
「そんな恐ろしい武器があるのか。魔力は感じないが」

 シバイは、恐る恐る銃に触れようとしたが、タケルは止めた。

「こちらの人には決して言ってはいけませんよ。ハヤトの国でも、あまりの危険さゆえに禁止されている武器ですから」

 シバイとディーンは頷く。
 特にディーンはその威力を知っているだけに真剣だった。
 元より、ハヤト師匠にも口止めはされている。

「では、次は言葉や風習の授業に入ります。それと、今日からご飯は全て米国のものを食べて貰いますから」

 幸いにも、シバイは米国のパンやハンバーガーやウィンナーになじむ事が出来た。
ちょうど、高級品のパンと米国の普通のパンの味が同じだったのだ。
そしてシバイは元貴族だった。
食べられる食事があったことに、シバイは安堵する。
こうして瞬く間に二日間は過ぎていった。



「体が軽い…魔術というものは凄いな」

 ベッドの上で、ハヤトが言う。

「ハヤトからは手術について大分いい話が聞けた。こちらも助かった」

 大きくなった荷物をまとめたオーギュストが言った。

「ハヤト師匠……良かった。後は三ヶ月くらい安静にしてればいいんだろ」
「大事をとってな。見送りが出来なくてすまんな」

 ハヤトがいい、タケルも慌しそうに準備する。

「タケルはどうしたのだ?」
「そろそろ帰らないと、休暇が終わっちまうから」

 オーギュストに聞かれて、ディーンが代わりに答えた。
 そうして、慌しい中で一行は外に出る。
 タケルとシバイがオーギュストの転移呪文を見送った。
 その後、急いで部屋に戻る。
 一行が戻った後、タケルは言った。

「体調が悪い中、申し訳ありませんが、お願いします」
「向こうの病院で入院した方がワシも安心だしな。シバイ、準備はいいな」

 シバイはハヤトから許可された荷物を持って頷いた。
 米国に行った際はその荷物はもっと減る事だろう。

 そして、しばらくした後。

 そこには誰もいなくなっていた。



『シバイさん!僕はゲイル。君は貴族だそうだね。出来るだけ丁重に扱うよ』

 快活な金髪の男が笑いながら言った。
 それをシバイはうまく聞き取れない。せいぜい、自分に挨拶をして、名を名乗った事がわかるくらいだ。シバイは、聞き取れないなりに、習ってきた返事を返す。

『こんにちは、よろしくたのむ、げいるさん』
『おや、少しは言葉を習ってきたようだね。助かるよ』
『ゲイル、よろしくたのむ』

 ハヤトは、珍しく真面目に頼んだ。それにゲイルは強く頷く。

『変身した姿と食事の事は聞いているよ。大丈夫。本当の僕の子供だと思って、万全の体制で守ってみせる』

 その養子手続きで大波乱が起きるのだが、それはまた別の話である。

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