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魔物退治

 魔術師には、村々を襲う魔物を退治し、それが無理なら何らかの援助を求める義務がある。これは、学院以外の魔術師にも共通した暗黙の了解だ。
 法的拘束力はないし、一般にはあまり知られていない。魔術師達も、表立った魔物退治はしないし、口外しない。
 もちろん、懸賞金の掛かった魔物の場合は話は別だが、例えば魔物退治を歌った歌や物語でさえも、魔術師以外には決して明かさない。
 この決まりは各地に点在し、好き勝手に学んでいた頃の魔術師達の唯一の共通した決まりだった。
 何故、魔物退治をわざわざ隠れてせねばならないのか。それには諸説ある。
 魔物退治の義務を知れてしまったら、魔物退治に懸賞金を支払うものがいなくなるとか、
 魔物の中には人里に降りてこないもの、強くて太刀打ちできないもの、様々な魔物がいるのに全ての退治を押し付けられてはたまらないとかの説が有力だが、それならば何故わざわざ魔物退治をするのか。
 そりゃ魔物がいれば魔術師だって困るには困るのだが、十分に用心すれば自分の身ぐらい守れるし、魔物退治など危険で、コストが掛かって、不利益でしかない。なのに、何故。
それを知る魔術師は現在、一人も存在しない。しかし、その掟を知らぬ魔術師も存在しない。
 ただ、現在、魔術師の所在地は学院によって管理され、それは国と連動している。
 魔術師のいる場所では警備兵を減らすようになり、その代わり魔物退治関連で魔術師が困ったときは優先的に国の協力が得られるようになっていた。
 それと同時に、サーデライト魔術学院では生徒達に積極的に魔物退治や手に負えない魔物が出た時の対処法を重点的に教えている。例えその生徒が戦闘について専門外であったとしても、病弱でも、偉くとも、幼くとも、例外はない。

 その関係で、卒業間近な生徒達の授業は、少し大掛かりな魔物退治が多くなる。
 なお、魔物退治を隠す風習はまだ続いて、今でも魔術師と国の関係は殆ど知られていない。



「ふむ、ちょっと頼りなくないかね?剣士とかいないのかね」
「普通、剣士が魔物を足止めして、その間に魔術師が攻撃ですよね」

 ハヤトとタケルが話しているのを、ザイルは興味深げに聞いていた。
 魔術師の戦術をハヤトが知っている。
 魔術を知らないものが、魔術師の戦術を知るわけがないのに。
 やはり、ハヤトは不思議な存在だった。

「そんな大掛かりな戦い方、大規模な戦い以外ではしないな。凶悪な魔物が現れたときに、騎士を囮に騎士ごと攻撃する事はあるが……そのまえにそうならないよう最善を尽くすのが普通だ。弓兵ならよく使うが」

 ザイルが説明すると、二人は最もだと頷いた。

「そうですよね。味方は通り抜けて敵だけ攻撃って普通ないですよね」
「当たり前と言えば当たり前だな。魔術とは完璧な存在ではないのだな」

 言って、二人は興味深く生徒達を見守る。
 そこは魔術学校のある町から少し離れた森の近くだった。
 少し離れたと言っても、馬で軽く一日は掛かるので移動呪文を使っている。
 森から少し離れた所に広く丸く土がむき出しになっている広場があり、そこに魔法陣が広がっている。
 これと魔術学校の教室の魔法陣が繋がっていて、普通よりずっと容易に大人数を移動できるのだ。
 ちなみに今回移動の術を使ったのはシバイだ。移動の術はとにかく魔力を使うから、誰もやりたがらない。
 なので、今回見学するだけでしかも優等生だったシバイはいいカモだった。
 シバイは、高価な術具の使用を許可されて、なおかつ教師に手伝ってもらったとはいえ、全ての魔力を使い果たしてへたり込んでいる。
シバイに水を渡すザイルは、いつもと全く変わりがない。
 最初は獣人を警戒していたザイルだったが、考えてみればハヤトほど不可思議な存在ではない。

 獣人なんて、カイボウとやらをやらかす人間に比べたらありふれたもので、危険性もその程度もわかっていて、理解できる存在である。
 元は講義をした事もある可愛い生徒だし、獣になったのを見たわけではない。

 生徒達は数名で一組のチームを作っていて、それが20あった。
 それに、教師が二人ついてきている。壮年の男と女だ。魔物退治だけあって、それなりにベテランが来ているのだろう。
 何か荷物を確認していたり、話したりしているが、ハヤト達は少し離れた防御結界の中にいるのでよくわからない。
 もっと近くで見たいと思うが、魔物退治は危ないからと許されなかった。
 シバイの件で既に無理を言っているため、ハヤトに無理をいう気はない。
 教師が生徒達に準備は出来たか聞くと、リーダーらしきものがチームから一人ずつ出てきて、順番に報告していく。

 最後のリーダーがチームに戻ると、教師は合図を出して森に生徒達を向かわせた。
 シバイは息を整えながら、切なげに見つめる。本当はシバイも、あの一団に混じっているはずだった。
 もうすぐ卒業だったのだ。シバイは長男ではないので家は継げないが、それでも貴族だから王宮に雇ってもらう当ても実力もあった。何せ、教師と術具の補助があったとはいえ、多人数転移をやってのけたのだ。
 友人だって許婚だっていた。既に人脈作りだって始めていたし、やりたい研究だってあった。それが今は異国の魔術師の所有物だ。

 獣人ならば、それでも幸運だったと言っていい。ハヤトはやすやすと受け入れたが、獣人とはそういった忌むべきものだった。二度と学院に戻れない事はハヤトから聞いている。

 だから、せめて今だけはかつての友人達の勇姿を眺め、感傷に浸っていたかったが、異国の魔術師一行といるとそんな暇もなかった。

「僕、最近魔物の肉を食べてないです。ちょっと分けてもらえると嬉しいですけど」
「今言っても遅いな。魔物は倒したとわかるように一部を切り取ってくるだけだと言うし、
後でワシらで取りに行こう。拾いに行くだけなら、楽だろう」
「……魔物の肉を食べているのか?」

 信じられない言葉にザイルとシバイは耳を疑った。

「風太だけ。私達にはちょっと口に合わないんですよね。ディーンなんて寝込んじゃって」
「成分的には問題ないはずなんだが……」

 のほほんと語る一行。
 こいつら実は捨て子の魔族かなんかじゃないか。
 頭によぎった考えが、魔力がないという一点でしか反論できない事に戸惑いながら、ザイルは忠告する。

「いや、魔物の肉は、殆どが魔力が上がるかわりに化け物に変異する性質を持っていて、食べるのは……」
「そんな事言ったらハヤトが実験するじゃないですか!」

 タケルは慌ててザイルの口を塞いだが、ハヤトはしきりにほほぅ、と頷きながら目を輝かせている。
 実はディーンの魔力って……。ザイルの想像通りだとしたら、ディーンの魔術師としての前途は暗い。
 そうやって無理やり手に入れた魔力は、不安定だ。少し無茶をするだけでなくなってしまう事もある。
 ディーンは魔力のコントロール力だけは高いから、一層不憫だった。
 魔力のコントロールの才能だけあって、魔力がない場合、消耗品のタイプの術具を使っていくしかない。
 普通は魔術師自体になれないし、なれても制限がつきすぎて絶対に大成しない。
 化け物になる事も死ぬ事もなかったのだから、むしろ幸運だと思わないといけないのかもしれないが、
 それでもザイルはディーンが不憫でならなかった。

「ディーン、化け物になっちゃうんですか?」
「化け物の定義が問題だな。姿がちょっと変わるくらいなら別にいいが、大分寝込んでいたからな……。苦痛があったり性格が変わるようならディーンに食べさせないようにしないと。風太は別に大丈夫なようだな。別に普通の子供と変わらなかったし。フェイクキッズだからだろうか?」

 不安げに聞く風太の頭を撫でながら、ハヤトはフェイクキッズを、普通の子供と変わらないと言い切った。
 タケルが、ハヤトに刀を構えて威嚇をする。

「ハヤト、私に一服盛るつもりですね? 殺られる前に殺れというのはハヤトの信条でしたね」
「タケルは丈夫だからちょっとぐらい良かろう。刀を下ろしてワシの作る飯を食え」

 なんていうか、色々斜め上な一行にザイルとシバイは呆然とする。いや、斜め上なのは一行ではなくハヤトか。
 逃げるハヤトと追うタケル、タケルにハヤトを切らせまいとぶら下がる風太。
 狭い魔法陣の中での喧騒に身を縮めながら、ザイルはディーンの未来を、シバイは我が身を案じていた。



 騒がしくしていたから、初めは気づかなかった。悲鳴に。必死に唱えられる呪文に。重い足音に。
 木々をすり抜け、時に倒し。巨体が広場に躍り出る。
 追われて逃げてきた生徒達が必死で魔法陣に向かって走ってくる。

「ヴィレッジイーター!?なんでこんな大物が!?」

 叫びつつもザイルは術具に力を込める。

「ライラ!セイム!」

 友の名を叫び、飛び出そうとしたシバイを、ハヤトが止めた。

「ここにいるのはプロだろう。ワシらが行っても邪魔になる」
「ハヤト…!」

 タケルが柄に手をかけながら言うが、ハヤトは冷静だった。

「タケル。さっき言ってただろう。魔術は味方を通り抜けたりしない。タケルは接近戦しか出来ない。自己満足のために邪魔しにいくのかね?それとも風太に一人で行かせるかね?」

 タケルは唇を噛み締めた。確かに、魔術師の戦い方がわからない以上、邪魔になる可能性が高い。
 それに、なんといってもここは彼らの世界。魔物退治は彼らが生まれたときから付き合ってきたこと。
 タケルに出る幕はないのだ。

「プロが何かはわからないが、ハヤトは話が早くて助かる。移動用魔法陣に移動しよう。私がアルと協力して防御結界を張るから大丈夫だ。後はサーシャが学院へ移してくれる」

 そういってザイルは駆け出していった。移動用魔法陣の最前面へ。
 アルも同じ位置にいた。考える事は同じだ。移動の術が発動される瞬間、陣の外へ出る。
 出来るだけ多くの生徒を招き入れて、ザイルが防御結界を再度張る。アルが移動の術を使う。
 ザイルは残って、最後に移動の術を使うか、魔物までついてきそうだったら防御呪文で救助が来るまで待つ。
一人で多人数の移動の術を使うと大量の魔力を消費するから、何度も行き来する事はできない。
 魔法陣の力を借りても、一人一度だけ。
セラフィードならすぐに助けに来てくれると信じていたが、術具の準備や、ヴィレッジイーターに見つからないように
 攻撃できる位置を探す事を考えるとどうしたって間に合わない。

「ザイル、頼む……ぎりぎりまで」

 アルの言葉にザイルは頷き、魔力を高めた。ヴィレッジイーターは嫌な事に逃げようとするものから先に襲ってくる。
 今も、サーシャの術を感知してこちらにやって来ていた。
 ヴィレッジイーターが襲い掛かるギリギリのタイミングを見計らって術を作動させ、アルがそれを補助する。
 タイミングは最高で、ヴィレッジイーターがぶつかる直前にそれは完成し、何とかその突進を食い止めた。
 最上級の結界を作ったにもかかわらず、それはあと少しで壊れるところだった。
 アルとザイルは必死に結界に魔力を込め続ける。
 結界が完成したと同時に、サーシャは移動の術を唱え始めていた。
 ザイルが術を完成させるまでに魔法陣に入れなかった生徒達は、あるいは泣き、あるいは悲壮な顔でヴィレッジイーターに向かい術を唱えた。

「ちょっと待って下さい、生徒達は!?」

 叫ぶタケルに、ザイルが首を振る。ザイルは可能な限り待った。次に救えるのはもっと少ないだろう。
 移動呪文が作動し、ザイルがまた防御結界を張るまでの短い間に移動用魔法陣に滑り込めた者だけなのだから。
 シバイはざっと魔法陣を見渡すが、友人二人の顔が見えない事に顔色を青くした。
 その時、大地を炎が走ってヴィレッジイーターにぶつかった。
 ヴィレッジイーターが振り返ると、森の近くにいた青いローブと赤いローブの男女が反転して森へと逃げるところだった。
 怒ったヴィレッジイーターが男女に襲い掛かる。

「ライラ!セイム!」
「シバイ、待て!」

 友の名を叫んだ瞬間、シバイの服は破け、逞しい白銀の毛並みが露になった。
 魔法陣の結界は中から出るものは妨げないらしく、あっさりとシバイを通してしまう。
 シバイが走る姿は、まさに風のようだった。
 ライラとセイムを背後に庇った銀色の毛並みの獣人は……あっさりヴィレッジイーターに食われた。
 ライラは目を見開いて、ギッとヴィレッジイーターを睨んだ。口早に、呪文を唱え始める。
 一拍遅れて、セイムも呪文を唱えだす。
 だが、その完成よりも食われるほうが早いだろう。

「ハヤト師匠!」

 風太が顔を歪めてハヤトのローブの裾を引っ張る。

「タケル。風太。少し手伝ってくれないかね」

 ハヤトの口調は、まるで本を運ぶのを手伝って欲しいと頼むかのように何気なくて、なのに不思議と圧力があった。
 ハヤトは荷物を引っつかんで魔法陣の外へ出る。
 風太とタケルも後へ続いた。

「サーシャ!君はこのまま行け!」

 アルが叫ぶ。そろそろ移動呪文が完成する。

「ハヤト、何故魔法陣を出た……!ディーンはどうする!」

 ザイルは悔しげに叫んだ。会って一日の相手のために、片方の子供の命を危険に晒し、片方の子供を孤児にするのか。
 それは優しさではない。自己満足だ。愚かな行為だ。残酷な事だ。
 キッとハヤトを睨んで、そしてハヤトの冷たい眼差しを見て戸惑う。

「風太。アリクイの前足を切り飛ばせ。タケル。急所はあのあたりだ。わかるな?あそこに胃はないから思い切りつけ」
「がんばります」
「やってみます」

 風太とタケルはそれぞれ刀に手をかけて言った。

「よし、行け」

 ハヤトの言葉に二人は駆け出す。もはや二人は止められない。ザイルは、自棄になって攻撃呪文を唱え始めた。
 ヴィレッジイーターが怯んだ隙に、ハヤトだけでも魔法陣に投げ込もうと決意する。
 ハヤトが術は使うな、下がれと叫んだが、そんな事聞けるはずがなかった。

「村雨。お願いです」

 風太が言うと同時に、凄まじい魔力が溢れ出す。それと同時に、刀からも魔力が噴出した。刀が、カタカタと震える。刀から、凄まじい殺意を感じた。あんな物を持ったら、刀に意思を引きずられて殺人鬼になってしまうだろう。
 眠っている時と起きている時の差が激しいのだろうが、今まで気づけなかった事が悔しかった。あの刀は、命を持っている。魔剣の中でも最上級のものだ。
 風太が持つ琥珀の石が、服を通してさえわかるほど強く光っている。
 溢れ出る殺意を、健気なまでに吸っているのだ。
 
 風太の禍々しい魔力が、刀のそれと交じり合う。
 風太が気合と共に刀を鞘から抜き放つと同時に、それは妖気と禍々しい魔力で出来たとは思えないほど美しい光の帯を描いて、ライラを飲み込んでいたヴィレッジイーターの左足を鮮やかに切断し、右足にまで食い込んだ。

 強すぎる。
 確かにフェイクキッズは強い魔物だが、剣を振って魔力を放出する術は確かにあるが、
フェイクキッズの魔力はそれほど型破りではないし、その術には間違ってもヴィレッジイーターの硬い皮膚を切り裂けるほどの力はない。
 ましてや、片足を切り飛ばすなんて。
 タケルが走る。刀を抜く。ハヤトに指示された場所に向かって刃を突き立てる。
 その刀もまた、抵抗など感じさせないかのように体の中へと滑り込んでいく。
 いや、それだけならばタケルの腕の為だと納得できた。あんなに細く鋭い刀だ。突き立てれば普通の剣より容易く刺さるだろう。

 だが、刺されたヴィレッジイーターが体を捻った時……。タケルが振り飛ばされるかと思った。
 ザイルは、予想と全く違った結果に目を見開く。刀はタケルを振り回すのではなく、ヴィレッジイーターの体の方を裂いた。
 我が目が信じられなかった。ヴィレッジイーターの体をすっと刀が泳いだように見えた。
 あの硬いヴィレッジイーターの体をだ!

 嘘だ。嘘だ。必死に否定しながらも作り出した火球を打ち出そうとする。

「ワシの犬を焼かんでくれ」

 すっとハヤトがザイルの手を上にずらし、それた火球はヴィレッジイーターの頭に辛うじて当たった。

 火球に頭を焼かれてヴィレッジイーターが倒れると、ハヤトは荷物を持ってスタスタと歩いていく。

「これよりアリクイのカイボウを始める。ワシはイを切開するから、風太は喉を頼む。タケルはワシを手伝え。イエキに気をつけてな」

 小さな刃物を取り出すと、風太とタケルに指示を出しながら解体し始めた。

「すいません、誰か! ザイル先生、手伝ってください。喉の部分を切り開くので、切り口を広げてくれませんか」

 ハヤトは人の身長ほどの長さに肉を抉り取り、抉り取ったところを慎重に刀で切り開いていく。

「イエキだ、触れないように気をつけろ」

 ローブを脱ぎ、裂いて両手に巻いてから押し広げる。
 そうして、ハヤトが中身を…人らしきモノを引きずり出した。

「うわわわわ!!ハヤトハヤトハヤト!?」
「ええい!お前自衛隊員だろう!胃の切開と聞いて覚悟していただろう!引きずり出すのはワシがやってやるからしっかり切り口を広げんか!イエキに触れるなよ!」
「ザイル先生!手伝ってくださいってば!シバイが窒息しちゃいます!」

 風太に言われて、ふらふらとザイルは近寄った。

「僕が切っていくから、広げていってください。あと一人、中身を取り出してくれる人がいるといいんですけど」

 言われて、ハヤトと同じように、細長く切られた傷口を見て途方にくれる。
 風太が慎重に刀を入れて、切り裂いていく。

「ザイル先生!生徒を助けたくないんですか!?一人だと中身切っちゃいそうで」
「風太、時間の無駄だ。ザイル、血が苦手なら魔物退治なんぞについてくるな」

 その一言が、ザイルに火をつけた。今ここで果敢に生徒達を助けようとしているのは、一般人なのだ。
 魔物退治は魔術師の使命。自分は何をやっている。震えているだけか。ザイルだって、何匹も魔物を倒してきたし、
 修羅場だって見てきた。なのに、自分は今、何をやっているのだ。
 ザイルは傷口に取り付いて、思い切り力を込めた。風太は慎重に刀を入れて裂いていく。
奥の方に、赤いローブが見えた。

「アル!アル!生徒を頼む。もうローブが見えている!」

 ザイルがアルを呼ぶと、そこに、なんとか倒れこんできたヴィレッジイーターを避けたセイムが、走りこんできた。

「ライラ!ライラ!無事なのか!?」

 懸命にライラを引きずり出そうとするセイム。

「あ…ああ、ライラくん!今助ける!君達も手伝いたまえ!」

 そこへ、アルが生徒達を追い立ててやってくる。

「そっちは精々2、3人で十分だ。残りはこっちへ。ローブを脱いで両手に巻け。ワシが中の人を引っ張り出すから、お前達は離れた所に引き出せ。それから二人ほど傷を広げるのを手伝え。タケル、それは生徒に任せてもう少し切れ目を入れろ」

 それから、ハヤトの指示に従って食われた生徒達を救い出した。皆血と泥だらけだった。
 ライラとシバイは無傷だったが、ハヤトがイと言った場所から救い出した生徒達は触れると激痛のする液体に濡れて酷い状態だった。
 ハヤトは後を生徒達に任せると、生徒達を寝かせている場所にやってきた。そしてシバイの口元に手をやっておもむろに頷く。

「むぅ、ワシとしてはシバイさえ無事だったからよし!」
「ハヤト!」
「ハヤト師匠酷いです!」

 タケルと風太に怒られ、荷物を漁りながらぶつぶつとハヤトは言う。

「布を持っているものは提供しろ。ローブも上着もだ。しかし、水さえない状態でこれを治療するのは大変だぞ」
「それは術で用意できる」
「本当かね?服を脱がせてイエキを全て洗い流さないといけないのだが、できるかね?」

 アルとザイルは術の詠唱でもってそれに答えた。
 その時、ごほごほと咳き込みながらシバイが起き上がる。

「う…あ…ああ!?」

 倒れているヴィレッジイーターとか周りに倒れている人とかに動揺するシバイに、ハヤトは早速指示を出す。

「シバイ、風太。怪我人の服を脱がせろ。傷を洗わねばならん」
「ライラ、ライラは!?」

 シバイがライラの元に駆け寄ると、ハヤトはライラの口元に手をやる。

「息をしていないな。タケル、人工呼吸」

 タケルがライラの所に走りより、屈みこんでキスをする。

「タケル殿!ライラに何を」
「もう一度ライラに呼吸をして欲しければ黙っとれ」

 ハヤトが止めるが、シバイには我慢が出来なかった。タケルがライラの胸に手を置き乗り出して、また屈みこんでキスをする。

「タケル殿!」
「黙れ犬」

 凍りつくような声に背筋に冷たいものが走り、シバイはハヤトを振り向いた。

「タケルがしているのは治療だ。そして治療を必要な人間はライラだけではない。クラスメイトを死なせたくなければおとなしく手伝え」

 ハヤトは片手に薬を持って、明らかにライラより重症な者達を指し示す。

「ごほっごほっ」

 その時、ライラが咳き込みながら起き上がった。

「上出来だ、タケル。ショックで息が止まってるのは何人かいそうだから、確認と人工呼吸を頼む」
「そうですね。風太も手伝ってください。服を脱がせるくらいなら誰にでも出来るでしょう」
「綺麗に洗ったものから体を拭いて傷の手当をしてローブを着せて魔法陣へ移動。担架があればいいんだがなぁ。ワシの薬と包帯だけじゃ間に合わんな。他に誰か薬を持ってきたものは?ああ、血に引かれて魔物が来るかもしれん。誰か見張りに立て」

 気の利いた生徒が数人で組になって怪我人の体を浮かせて移動させる。
 ザイルも、水を出すのは生徒に任せて広い防御結界を張る。アルはアルで生徒達を確認し始めた。
 サーシャが連れて行った生徒も全て覚えているらしい。術を使っていない生徒の探査を始める。
 生徒達にはそれぞれ違う識別用の術具を見につけさせていたから、簡単な探査の術で居場所が確認できる。
 治療と生徒の確認作業が終わったのは、3時間後だった。
 酷い怪我人が多いが、奇跡的に全員一命は取り留めた。予断を許さないものもいるとはいえ、ザイルとアルは安堵のため息を吐いた。
大昔の物語に魔物に食べられた人を救い出すというものがあったが、自分達がそれをするとは思わなかった。
ザイルの手に、ハヤトがいくつものお菓子を手渡す。

「どうせこのままでは移動の術が使えんのだろう。食え。それで移動の術が使えるならよし、少しでも失敗しそうなら一泊する。タケルは若いんだ、一晩くらいならなんとかなるだろう。それでも移動の術が使えなそうならワシがどうにか助けを呼ぶ」
「もう既にへとへとですけど、これから寝ずの番ですか……。まあいいですけど」

 手に乗せられたのは、チョコの山だった。確かにザイルもアルも、生徒達も疲れ切っていた。
 かなり迂闊な事だったが、移動の術を使えそうな者はいない。
 ハヤトは振り返って、泣いている風太の所へ行った。
 風太は治療が終わってすぐ、泣き出して魔力暴走を起こしてしまった。
 子供にはショックが強すぎたのだろう。
 ハヤトもタケルも、魔力暴走を起こしている風太を抱きしめて慰めたために傷だらけだった。
 ヴィレッジイーターや他の魔物と戦った時は無傷だったのに。
 そして、あれだけ魔力を暴走させていた風太に容易く近づいて抱きしめる。
 シバイが、タケルの治療を疑ったことについて懸命に謝って、タケルは笑って許していた。

 ようやく、ディーンがハヤト達に心酔していた理由がわかる。
 ハヤト達を魔術師と勘違いした理由も。
 魔術を知らないものなら、そういうだろう。ハヤトのことを、魔術師と思ってしまうだろう。
だが、ザイルはハヤトが魔術師でない事を知っている。魔術が何か知っている。
ならば、ハヤトをどう呼べばいい。


 浮かんだ言葉は結局魔術師で、ザイルは動揺した。
 幼い頃夢見た、何でもやってのけてしまいそうな力強い魔術師。
 魔物を従え、倒し、人々を救い、ミステリアスで、唯我独尊の魔術師様。

 大人になった今、ザイルは魔術師の自分が地味である事を悩み、目の前には魔術師でないハヤトが、風太をあやしながら生徒から奪い取った魔物の肉を焼きはじめている。

 ハヤトに貰ったチョコを食べると、甘くほろ苦い味が広がった。
 それはまさに、ザイルの気持ちそのものだった。

しおり