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獣人

 昨夜のどたばたで疲れ果てたハヤトが寝ていると、誰かが部屋に飛び込んできて急いで鍵を閉める。
 ちなみにハヤトは、ディーンと風太の為に寝室の鍵はいつでも開けている。
 鍵を開けていれば、いつか怖くて眠れないとしおらしく言って二人が入ってくる時が来るかもしれないからだ。
 入ってきたのは可愛い子供達ではなく、銀色の美しい毛並み、犬の頭、毛皮としか言いようがない肌、まさしく人狼だった。
ハヤトは葱を背負って飛び込んできた鴨に目を見張る。
ドアに寄りかかって泣き出した人狼に近づき、ハヤトはその耳に触れた。

「うわっ!?すまぬ、人がいたとは…!!」

 言いかけて人狼はドアに背を押し付けて硬直する。
ハヤトは、再度耳に触れた。普通の犬よりもでかいが、手触りは同じだった。

「え…ええと…私が怖くないのか?」

ハヤトはそれに答えない。人狼を凝視し、その耳を放心した様に撫でる。
その時、ドアが叩かれた。

「ハヤト!どうかしましたか?」
「タケル、ジンロウがいるぞ!ふわふわのもふもふのさらさらの毛並みのジンロウだ」

 ハヤトは人狼が止める間もなく鍵を開ける。

「ジンロウ…ですか…?」

 入ってきたタケルが、人狼を凝視して後ろ手にドアを閉めた。
二人の視線が突き刺さる。しかし、そこに恐怖はない。
タケルがハヤトと同じく放心したように手を伸ばし、サラサラの毛並みに触れた。
ためらいがちにそっと触れた手は、だんだんと激しくなってワシワシと毛皮を撫でる。

『凄い!凄い!信じられないさすがは異世界ですね神様ありがとうございます!』

 遠慮なく触りまくる二人に、人狼は慌てた。

「ちょっ無礼なっ……! お前達、私が怖くないのか!?獣人なのだぞ!」

 無礼と言う言葉を聞いて、タケルは手を引いた。

「あ、すみません。貴方のような方に会えたのは初めてで…」
「獣人?獣人というのか。興味深い人種だな。泣いていたようだが、どうかしたのかね」

そこで、人狼……獣人は気づいた。

「お前達、獣人を知らぬのか?異国の者のようだが……まさか、お前達の国に獣人がいないというわけではあるまい」

 二人は顔を見合わせた。

「ワシは会った事は無いな」
「私も会った事はありませんね。話に聞いた事はありますけど、実在するとは」

その言葉に、獣人は頷いた。

「そうか……。もしも……もしも良かったら、私を匿ってはもらえぬか」

辛そうに、でも縋るように言われたそれに、二人は頷いた。

「追われているんですか?」
「獣人は殺される」

獣人の言葉を聞き、二人は同時に動く。
タケルは素早く鍵を閉め、ハヤトはカーテンを閉じた。

『ハヤト。ここからすぐに移動できますか』
『魔術師達のいる中で?それはちょっと怖いな』

 ハヤトは鞄からフードのついた服を出し、獣人に着せる。

「サイズが合わないな」
「手袋もこの手じゃ入りませんね。包帯でも巻いておきましょうか」

 テキパキと変装をさせる二人に、獣人は戸惑った。
呆然と二人を見比べている獣人の毛皮が徐々に薄くなり、それは人の肌へと変わっていく。
現れたのは腰まで流れる美しい銀色の髪、アルビノのように赤い瞳の美しい青年だった。
いや、肌は白く、髪は銀で、瞳が赤いのだからアルビノだろう。

「戻れた……」

 青年はほっと息をつく。

「なんだ、人の姿もとれるんじゃないですか。これなら変装も簡単ですね」
「アルビノなら、シガイセンは駄目だな。しまった、サングラスを持ってきていない。君、獣人は殺されるといったが、どれくらいの規模で追われてるのかね。この町を出ればいいのかね」

 青年は、ハヤトの言葉に俯いた。

「獣人を追わぬ所などないさ。わかっている、逃げても無駄な事は……いや、逃げれば家に迷惑がかかろう。だが、それでも私は生きたい……」

ハヤトはそれを聞いて眉をしかめた。

「流石に一人連れて帰りたいなどと言ったら怪しまれるだろう。往復に時間が掛かりすぎるから、ちょっと帰ってくるなんて出来ないし。住所を教えるから、一人でそこに行けるか?」
「駄目です!これは罠です!家になんて来たら獣人さんがハヤトの毒牙に!
ああ、でもここにいたら殺されるんですよね…なら仕方ないですか…」

 声を潜めて二人は言い争う。

「お前達…何を言っている?私を家に連れて行くだと?本当に獣人を知らぬのか?」

 変装を終えて、ハヤトとタケルは最終チェックをしながら頷いた。

「ええ、まあ」
「これでよし、と。そんなに旅費を持ってこなかったんだが。これで足りるかね?」

 ハヤトは、いくらかの金貨を渡し、その後、明らかに旅のためであろう荷造りをしだす。
そこに、慌てた様子のディーンがやってきて扉を叩いた。

「師匠っ師匠っ大丈夫か!?獣人が現れたって!人を食べるっていうから、早く避難しないと」
「何人だ?」

 ハヤトがディーンに問う。

「一人だって。でも、こっちの方に逃げてきたって言うから、気をつけないと」
「なら問題ない。今、タケルがこの部屋に来ているから。刀もある。今、研究の事で重要な話をしているから、ディーンは風太と一緒にいなさい。あの子と一緒にいれば問題ないから」

 ハヤトに言われて、ディーンは納得した。ハヤトになんとか出来なかった魔物はいない。

「わかった。風太、風太!」

 声が遠ざかるのを確認して、ハヤトは準備を続けた。
タケルはディーンの言葉に体を震わせたが、すぐに旅支度を手伝いだす。

「……何故だ。何故、知ってなお庇う」
「私の弟子の風太も、フェイクキッズです。それでも、風太は親であるハヤトを食べないで懸命に生きています。今殺されてしまえば、歩み寄りが可能なのかどうかすらわかりません」
「少なくとも話は出来るしな。ワシとタケルと子供らを襲ったらその時は反撃するが」

 旅支度は終わり、ハヤトは立ち上がった。

「行こう。学院が封鎖されたら終わりだ。出口はわかるな?町の外にさえ出てしまえばこちらのものだ」

 ハヤトとタケルに促され、よくわからないまま獣人は部屋を出た。



甘かった。学院の封鎖はハヤトが思う以上に早く的確で、すぐに行動したにも関わらず、既に門は閉められていた。

「塀は何か妙な感じがするから越えない方がいいな。何か抜け道とかないのかね」

 ハヤトが言う。

「時間のロスですが、一旦戻ってディーンに聞いてみましょうか」
「その必要はありません」

 タケルの言葉に答える声に、3人は振り向いた。

「セラフィード様…何故ここにおられる」

 搾り出すような獣人の声に、セラフィードは静かに答えた。

「貴方の連れは我が国にとって重要な人物なのですよ、シバイ」

 セラフィードは杖を構えたが、タケルがシバイの前に立った。

「獣人は殺されると聞きました。私は、会話のできる相手が目の前で殺されるのを容認するほど、彼のことも獣人のことも知りません」

 ハヤトも前に出て、獣人を庇う。

「ばれてしまったなら話は早い。シバイの身柄をよこせ。家に連れ帰ることにした」

 セラフィードはため息をついた。

「知らないのなら教えて差し上げます。獣人は、人を食べますよ。フェイクキッズより弱いですが、ずっとたちが悪い。普通の人間が唐突に獣人に変化する事例が多い。そして、一度獣人になってしまうと、人を美味に感じるようになり、長い間人を食べないと弱って死ぬようになる。獣人になってしまえば道は二つ。死を選ぶか、人を食べるかのどちらかのみです。シバイ、貴方ならば自害を選ぶと思っていた。残念です」

 シバイは、セラフィードに心の醜さを突かれて、タケルとハヤトの反応を見たくなくて、俯いた。
ここまで言われれば、さすがにセラフィードに引き渡すだろう。
シバイだって、獣人を見れば即座に杖を向ける。

「シバイ、話を聞くと少し前まで普通の人だったようだが、何か心は変わったか。殺戮を尊ぶようになったか。人が美味しそうに見えるか。食べたいか」

 ハヤトの質問に、シバイは叫ぶように答えた。

「殺戮など!確かに人を見てわずかに食欲を覚えるようになった。だが、私はついさっきまではごく普通の人間だったのだ。人を食べるなど!」

 ハヤトは次にセラフィードに質問する

「セラフィード、人狼は風太のように人を襲う衝動に襲われるのか」
「いいえ。だからこそ、恐ろしいのです。元は人だったものが、死を恐れて自らの意思で人食いを選ぶ。それこそが、獣人が忌み嫌われる理由。今ここでシバイの命を絶ってやる事は、慈悲でもあるのです」

 言いつつ、セラフィードは杖を下ろした。言っている事と相反した行動に、シバイは身構えた。

「貴方は風太くんを育ててきた。だからこそ、シバイも救えると思うのかもしれません。しかし、誰もが風太くんのように強い意志を持っているわけではありません。現に、シバイは誇り高い貴族でありながら、殺される事を恐れて逃亡した。ならば、餓える事を恐れて人も食べるでしょう」

 セラフィードは、ハヤトの目をまっすぐに見つめて言う。
真剣に見つめてくる瞳を、気負いなく受け止めて、ハヤトは最後の質問を発した。

「餓えずに済むにはどれくらいやればいい。必要なのは血か肉か。生で無いと駄目なのか」
「ハヤト……それは」

タケルがかすれた声を出すが、ハヤトに手で合図されて黙った。
いつもすぐにハヤトに刀を向けるくせに、こういう時はおとなしい。
セラフィードは垣間見えたハヤトとタケルの力関係を記憶に留めながら、ハヤトに問うた。

「詳しく調べた事はないのでわかりません…。ただ、人を食わなければ一週間で死に至る事はわかっています。ハヤト、貴方は風太くんが人を食べないと成長しないと聞いたとき、ならば2、3人攫ってくればいいと言いました。まさかあれは本気だと?いえ、シバイは会ったばかりなはず。ディーンとも学科は違うし、面識などあるはずもない。何故……何故なのです。何故そこまで」

もはやセラフィードはシバイを見ていなかった。ハヤトこそを、注視し、警戒していた。
シバイも、ハヤトから目を離せなかった。ハヤトは優しいからシバイを救おうとしているのではない。
その事にようやく気づいた。そう、ハヤトはシバイが部屋に飛び込んだ時も、人になった時も、追われていると言った時も、
人を食べると知った時も、宮廷魔術師が現れて杖を向けた時も、動揺も恐怖も見せなかった。
ただ優しく無知なだけの人間が、平然として食べる人の量を聞くはずもない。

「ハヤト…お前は一体…何者なのだ」
「興味を持った。それだけだ。シバイ。ワシと契約しろ。その身と心と魂、全部ひっくるめてワシによこせ。そうすればこの異国の魔術師が、命だけは守ってやろう。お前が死ぬのは寿命が来た時のみだ。ワシに従うならな」

 シバイはその言葉に身を震わせる。ハヤトに魔力を感じないのは、ハヤトが隠しているせいなのかもしれない。
そんな術を噂で聞いた事がある。目の前にいるのは、とんでもない大魔術師なのかもしれない。
なにせ、獣人を使役しようというのだ。その心、その魂までも縛ると豪語するのだ。その魔術師に、問われている。
魂までも束縛されて、それでもなお生きたいか。……生きたかった。どうしようもなく生きたかった。
血がざわめく。体が震える。体中が生きたいと叫んでいる。自分がこんなにも生に執着しているなど、思いもしなかった。
これが、獣人になった証、獣人の血の業なのかもしれない。人に対する弱い食欲などよりも、ただ生きたいという想いこそが、
獣人を殺戮へと誘うのだ。

「従おう。私を生かしてくれるならば、この身も心も魂も、くれてやる」

 自分でも驚いていた。初対面の異国の魔術師と、こんな明らかに怪しい契約を結んだ事を。

「ハヤト…貴方は、魔術師ではありません」

 セラフィードは、ゆるく首を振りながら搾り出すように言った。

「ワシは魔術師さ。見たところ、シバイと知り合いのようだが、友人を殺すのは忍びなかろう。ワシとシバイを家まで送れ。それでお前は良心を痛めず厄介払いができ、ワシはシバイを手に入れる。お互いに利益が出ていいではないか」

 ハヤトはなおも言い募る。

「自分が食われるとは思わないのですか?」
「タケルがいるさ。これは護衛としても優秀だ」

 セラフィードは息をついた。しばらく目を瞑って、考える。

「……いいでしょう。貴方がチョコレートの製法を教えるならば、それと引き換えにシバイを追わないと約束します」

 ハヤトがそれに笑った。

「これはこれは、たかが獣人一人に大きく出たな」
「獣人一人と、週に一度の行方不明者、でしょう?それに、貴方が死んでからでは遅いのですよ」

 ハヤトは少し考える。

「ふむ、何と引き換えるかは見学の後だな。交渉するつもりがあるとわかっただけでも十分だ。交渉期間中はシバイの身は一時的にワシが預かる。そうだな、シバイが餓えて妙な気を起こしても困る。明日交渉に入って、明後日にはここを発ちたい」
「一日で見て回るのは無理ですよ。そうですね、明後日に交渉を纏めて、夜に送り届けます。それと、シバイには監視を一人つけさせてもらいます。シバイが妙な真似をしたらその時は……」
「わかった。シバイ、最初の命令だ。ワシの家につくまでおとなしくしてろ」
「よろしい」

 セラフィードは交渉を終えて去っていく。
シバイは緊張から開放されてへたり込んだ。

「何をしている、シバイ。お前の部屋に行くぞ。荷物を纏めて、家族に手紙を書かないとならんだろう。2時間与えてやる。それで用事を済ませろ。その後はずっとワシの傍についてそのまま家まで来てもらう。いくらワシでも、安全と確証とれんものを野放しにはできんからな」

 せっつくハヤトに、タケルが慌てて聞いた。

「どうするんです、まさか本当に人を攫う気ですか?」
「さあな」

 どうでもいい事のようにハヤトが答えて、タケルは一瞬怒鳴ろうとして脱力する。
結局風太の時と変わらないのだ。
タケルは、セラフィードのように、毅然として拒絶する事はできない。
ハヤトのように、受け止めてしまう事もできない。
だから、シバイに害なすものが現れたら、タケルは止める。
シバイが誰かを害そうとするなら、タケルは止める。
中途半端だろうと、情けなかろうと、それがタケルに出来る精一杯の正義なのだ。



 背中越しでも、生徒達の意識が後ろに集中しているのがわかった。
 ディーン達の授業を見学しているのだが、シバイが獣人という事はもう知れている。
 それと同時に、何かとても高価なものでハヤトがシバイを買い取った事も知れ渡っていた。
 学院とハヤトの行う取引の材料であるシバイを傷つけた場合、学院に害をなしたとみなすとの通達が行われたのだ。
 責任取れと引っ張り出されて術具で武装したザイル、使役されていないフェイクキッズ、麗しいアルビノの青年。
 存在感があることこの上ない。生徒達の集中は、完全に後ろで見学している一行に向いている。
 肝心の保護者の二人は、真新しいローブを着て完全に溶け込んでいるのだが。

「なあ、ディーン。お前の師匠何者だよ?学院と取引結んで、孤児とフェイクキッズと獣人拾って、手品なんて変わったもんやってて…よっぽど道楽者の金持ちなのか?お前って実は偉い所の子なのか? 確かラキも連れて来ていいって言ってたよな」

 ディーンの隣に座っていた少年が、ディーンにこっそり問うた。その質問に、教室が静かになる。

「ラキには卒業まで学費を貸す事になった。その代わり時々協力してもらう約束は取り付けたけど」

 教室が静かになった事にも気づかず、こそこそとディーンも答える。

「協力ってなんだよ?」
「師匠の事だから…手品関連じゃねぇかな。魔力過多って言ったら興味があるみたいだし」
「手品に魔力は必要ないだろ。お前の師匠、変わったの集めるのが趣味なのか?ディーンもなんかあるんじゃねぇの?」

 その言葉に、ディーンの周囲の生徒が身動ぎする。ディーンの隣に座っていたもう一人の生徒は、僅かにディーンに距離を置いた。

「俺は、あの村では珍しく文字が書けたから……役に立つって判断された。師匠、俺が会った頃はこの国の言葉わからなかったから」
「やっぱり、ただかわいそうだから拾ったんじゃないのか。もう一人の師匠、ありゃ明らかに護衛だよなぁ。ハヤトさんって、家を出た外国の要人とかか?」
「魔術師だけど、しがない平民だって。裕福なのは確かだと思うけど。師匠の家にいると餓えるなんて考えられねぇし。でも使用人とかはいないぜ?」
「魔術師じゃないだろ。手品師だろ。けどよ、学院にこんな通達出させるなんて、どんな取引したんだよ?よっぽど凄い手品だとしても、こんな通達までは出せないだろ」
「師匠は魔術師だ。俺の師匠なんだから。……取引だって、そんなに変でもないと思うけどな。師匠は手品の知識で術具研究に貢献してるし、さつまいもで植物研究に貢献してるし、師匠のくれたコンパスは学院の正式な筆記用具になる予定だし、風太の件で魔物研究に貢献してるし、その師匠が学院と取引してどこが変なんだよ?」

 ディーンが必死にハヤトを擁護すると、そういえば、と周囲の者も頷いた。
普通に考えて短期間で学院にこれ程の影響を与えたものはそんなにいない。しかも、ハヤトは魔術師ではないのだ。
 一つ一つはそんな事もあるだろうと納得できるが、それがいくつも揃うと話は違ってくる。
 単に変わり者の面白い中年だと思っていたが、よく考えると凄いのかもしれない。
 いや、既存の常識を破りまくり、その上魔術師でもないのにフェイクキッズを手懐けたのだから、十分に凄い。
 少年は、こっそりとハヤトを盗み見た。ハヤトに魔力は全く感じない。それもあって、ローブを着てもなお、その辺にいる中年のおっさんにしか見えない。
 それだけに、底知れない、得体のしれないものを感じてしまう。
 教師が、授業を始める。シバイが、ハヤトとタケルに授業の内容を解説しているのが聞き取れた。
 二人は凄い凄いと無邪気に楽しんでいるようだった。やはり、普通の中年と青年にしか見えない。
 ディーンは授業が終わると、ラキの手を引いて真っ直ぐにハヤトの元へと向かう。

「師匠っ!獣人って変身するんだろ、見てみたい!」

 わくわくとした顔でいうディーンに、教室の空気が凍った。

「だ、駄目だよディーン。シバイさんだってきっと迷惑だし、ラキ怖いよ」

 流石にラキが止めるが、ディーンは危機感皆無の顔で笑う。

「大丈夫だって。師匠がいるから。シバイさんが迷惑なら、諦めるしかないけど」
「い……いや、残念ながら、獣人になったばかりで変身の仕方がわからぬでな」

 シバイが戸惑いながらいうと、ディーンはそっかぁとため息をついた。明らかにがっかりしている。

「本当がっかりですよね……せっかく綺麗な毛並みだったのに」

 タケルも同じくがっかりしてため息を吐く。

「ハヤト様、シバイさんを引き取るって話だけど、ご飯はどうするつもりなんですか?」

 ラキの質問に、ハヤトはなんでもない事のように答えた。

「ああ、人間を食わねば死ぬというやつか。様子を見ながらの話だが、一週間に一度くらい与えようと思っている」

 ラキがその返答に固まる。

「あ、あの、ハヤト様……?その人間ってどこから…」
「つてがあるからな。高望みしなければなんとかなるだろう。質と量によっては手に入れるのが難しくなるが」
「そ、そうですか…」

 ラキはぎゅうっとディーンの服の裾を握り締めた。ちょっぴり泣きそうだ。
 ザイルもそれを聞いて、少し青ざめた。

「そういえばハヤト……昨日、かなりリアルな胴体の断面を手品で使っていたが。まさか、本当に切断した事があるとは」
「それはないな」

 ザイルはそれを聞いてほっとする。

「そうでしょうな。いや、これは変な事を聞いてすみませんでした」
「切断なんかしても意味がないだろう。カイボウならやった事があるが」
「カイボウ?」

 聞き返したザイルに、ディーンが説明する。

「体を刃物で切って、体の中がどういう作りになっているか見る事だよ。俺と風太もされた事あるぜ。ほら」

 ディーンが風太の上着をぺらりとめくると、うっすらと大きな傷跡が残っていた。

「昔は師匠、傷跡を残さずにカイボウする方法開発してなかったから、風太は傷跡が残ってるんだよな」
「ディーン、風太。あの時はそんな事をされてるとも気づかず、すみませんでした……」

 タケルが風太とディーンを抱きしめ、キッとハヤトを睨む。

「……今なんと?」

 カラダノナカガドウイウツクリニナッテイルカミルってなんだろうか。
 異国の言葉ではないのか。どうやって。どのていど。なにゆえに。
 傷跡は確かに大きいが、ごく薄い。詳細はわからないが、そんなことした割には綺麗な傷跡なのではないか。
 というか、二人とも何故生きてるんだろう。そんな想像するほど酷いものではなかったのだろうか?
 ザイルは眩暈を覚えて、頭を抑えた。
 ハヤトという人物のイメージが急速に変わっていく。何か、自分はとんでもない思い違いをしているのではないだろうか。

「確かに、風太に傷を残してしまったのは悪かった。しかし、研究には必要だったのだ」
「ラキちゃんとシバイはカイボウさせませんからね。やったら斬りますからね」

 ハヤトとタケルのやり取りに、ラキは青ざめる。

「協力って、もしかして…」
「ラキはカイボウ嫌いか?俺も最初怖かったけど、ハヤト師匠に任せておけば大丈夫だって。痛くないし傷口も残らないし」
「任せてはいけません!二度と協力しないようにあれほど言い聞かせたでしょう、ディーン!」

 タケルが有無を言わさずディーンを叱り付ける。風太が、タケルを援護した。

「そうです、ディーン。ハヤト師匠落ち込ませる方が、ハヤト師匠とタケル師匠の喧嘩を見るよりずっとましです」
「そうだよな、あの時の喧嘩凄かったからな……。ハヤト師匠、ごめんな。シバイのカイボウあんなに楽しみにしてたのにな」

 手伝ってやれないと謝るディーンに、タケルは怒りをあらわにした。

「ハーヤートー?」

 ザイルがシバイに目を向けると、シバイは目を逸らした。

「既に、カイボウとやらの約束を?」
「昨夜、細かい契約を取り交わした。それに、命以外の全てを渡すと約束しているゆえ」

 それを聞いて、タケルは刀の鞘を抜いた。ハヤトは早々に逃亡を始める。風太とディーンは、急いでタケルにしがみついた。
 喧騒を眺めながら、シバイはザイルに小さな声で呟いた。

「ザイル先生。ハヤト様はある意味妖魔よりも恐ろしい存在かも知れぬ。
ハヤト様の僕たる私が言うのはよくない事かも知れぬが、ハヤト様には気をつけられよ」
「ああ、わかった」

 ハヤトを一般人扱いするのはやめた方がいいのかもしれない。
 ハヤトの態度をよくよく思い出せば、一部の魔術師に酷似していた。
 研究第一で、人体実験も躊躇わない魔術師の中でも厄介な者達。
 しかし、ならばハヤトは何の研究をしているというのだろうか。魔術師でもないのに。
 本当に今更、ザイルは気づいた。
 ハヤトは、得体がしれない。

 その日の授業見学は恙無く終わった。しかし、二日目の授業見学は魔物退治の実習である。シバイとザイルは、漠然とした不安を感じていた。

しおり