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俺に出会ってくれてありがとう

夏芽の季節だったか。
明日へ向かおう、俺をこんなに好きならば連れて行く。そして、いつか人生を任せて貰おう。

どこまできみと行けるかな? 聡いきみなら見えて居るんだろう。曇天では無く晴れた青空が。道を正してくれたきみには感謝して居る。

「俺はきっと、誰かのために生まれたと思う。それを見付け出すのが人生かも知れない」
「その輝く瞳が好きです。では、先ず今日を生きましょう。あなたの笑顔を僕が守ります。二度と曇らせません。ここまで思ったのはあなたが初めてです。この恋に走り出します!」

恋・か。

「やっぱり置いて行こうかな」
「どうしてですか。サンプルのストローは僕が抱えて居ますよ」
「冗談」と軽く手を顎に乗せて指だけで投げキスをしてみた。予想外に腰が砕けて居る。ああ、こんなことしたの初めてだもんな。可笑しい、俺もか。
「……色香が迸ります、炸裂です! 嘘みたいです、モデル気取りですか、いやらしい!」
はにかむ笑顔がいいと思う。

「ちゃんと立て。ほらもう」
脇に抱えると案外おとなしい。
「きみのことは悪く思ってないんだ」
「五辻 英さん!」

「1度も憎たらしいと感じなかったから」
あれだけセクハラされたのに、だ。

「ありがとうございます」
「じゃあ、行こう」
手綱は握れそう。この思いが恋と呼べるなら、なお一層、きみを守ろう。笑い続ける日々を過ごそうか。

「先輩、今のセクシーな素振りを営業企画室で為さらぬよう、お願いします。西芦(にしろ)部長はあなたがお気に入り」
そんははずは無かろう。……全社が俺を狙い撃ち?

「少しは人を疑って下さい。F社からの繋がりでこうしてストローを提示する経緯。部長のお力添えです。あなたがとん挫されぬよう『私の愛息子を宜しく』とお話しされたそうです。いつからお父さんが増えたんでしょう?」
増えてたの。

「ふうん」
部長は何歳だよ? まなむすこ・って言葉あるの?

「その反応が脅威です。疑えと申し上げても、これです!」
だから何。

「先輩の楽観主義・オプティミズムが健在ですね。部長の『心のよりどころ』だそうです。あなたの成長が生きがいですって。……人にそう言われるのは喜ばしいことです」
心のよりどころか、有難いな。
「そう言うきみも素晴らしいと思う。ありがとう」
「素直で真面目ですね。驕らないのが不思議です、部長はあなたをバンビーノ(少年)として慈愛の精神で愛育されておられ、その成長を励みにされるのに」
自慢するもんか。

「補佐としてこれ以上戯言を言わないなら、何でも作ってあげる。アレルギーは無いんだろ。さあ、どうする」
「五辻さん、僕は鶏ハムを添えたガパオライス食べたいんです。あと、カルボナーラ。パプリカの肉詰め」
ボリュームあるな。ガパオライスに使うバジルなら、今から向かう取引先が大手スーパーも展開して居るから、商談後に新鮮なものを買えるだろう。

「お蕎麦も」
そば・に掛けているのか。愉快な子。

「あと、イセエビの天丼とロブスターのソテー・チェリーソースにキャビア添え」
「黙れ」

止めないといつまでも言いそう。何がイセエビ・ロブスター。キャビアとか抜かしたぞ? まあ、でもエビの調理は好きかも。手の込んだ料理は気が紛れるし。
ん? それに季節感が無い。いつまでも、俺と居てくれるのか? まさか。胸が熱く成る。

「……バイト時代に習った、和風キーマカリーとか、どう? トッピングに多めのネギで見栄えがいいし、何と、カリーにゴボウを入れるんだよ」
あの過去を乗り越える、きみと。
「トン汁みたいですね、ゴボウかあ。香りが良さげです。さぞや、女性客に受けたでしょう? 根菜類は人気があると聞きます」
お、いい返しだ。
「配膳は僕がしますよ、揚げ善据え膳なんて立場ではありませんから。でもお料理はお任せしたいんですっ」
お風呂掃除をしたくらいだから、躾の行き届いた子であるのは分かってる。

「はいはい。任せなさい」
たまには甘えてきたらいい。
「やさしいです。言い方が違いますね。ようやく、僕を認めてくれたんですね」
認めるも何も、きみが俺を見付けてくれたんだろ。いや、互いを見付けたのか。

「今だから言えます。実は横恋慕でもいいと思った日があります、思い続けることだけ許されるならと。本当に、五辻さんが好きなんです」
一途に思われて居たんだ。かわいい子じゃないか。
……虹の向こうに何があるか。行ってみよう。俺はまだ己を磨く途中だからさ。支えて居て貰おう、二度と道を誤らないように。じゃあ、この思いが何か分からぬまま俺は駆け出す。きみを連れて。
「きみを手放せないんだ。聡いきみならこの感情の名前を知ってるだろう。風に消えないように注意して教えて」
外垣がごそごそと手を動かす。ん? LINEか。
「送るつもりで居た言葉です。必要かと思い、今日まで保留して居ました」

『あなたが好きでした』
あっ。


『職位を上げられるよう、僕が陰ながらサポートします!』
そして、初めてのスタンプ。うさぎがペコリと頭を下げて居た。空っぽの体に風が吹き抜ける。さくらまじが吹き抜けて行く、花弁と想いを散らす。人の想いを無碍にできない、本当にありがとう。
振られる覚悟で側に居るなんて、俺にはできないことだったから。
『あなたを守ると決めました』
ん?
『全社の性的な視線から、あなたを守り抜きます!』
「先ず、きみだ」
元気な子で良かった。でも強がりかも知れない。ここが言葉だけのやり取りの読め無い部分。

『あなたに似て居る人は存じ上げますが、五辻 英さんはこの世にひとりです。僕のかけがえの無いあなたです』

嘘だろう、外垣。きみも懊悩の日々を過ごしたのか。しかも俺の側で。……でもここでぐらついたら、俺は外垣に向ける顔さえ取り繕いそう。
自分と重ねて、嬉しくなる。想いが通じた喜びで涙が溢れそうになる、いけない、そんな顔を見せてたまるか。

『会社でお待ちしております。ちなみにお伺いします。その魅惑的な身体を磨くお時間、入浴タイムはいかほどでしょう? 体臭を嗅ぎたく存じます。想像するだけで欲望が煮えたぎります』
……よし。いっそ、清々しい。このバイタリティーなら迎え撃つ。
「理解した。きみとは戦友だ。業務にあたろう」
戦慄する職場で戦いを挑む。
『先輩が僕の前で足を組んだら、隠したと判定します。しかんします!』
凝視しすぎ。冷静に行こう。こいつもう許さない。
「以上です。僕の愛情はとどき」
「振っていい?」
「送信エラーですか?」
「きみがエラーだ! 信じられない、この子」
でも、気配り上手なんだよな。性的な言葉で俺の怒気を削いだり、気を紛らわせてくれた。強がる言葉や、セクハラまがいの発言で、きみの存在に気付いたし。
素直なままでいいのに、飾ろうとする。昔の俺もそう、背伸びした。職位を上げたらどうにか届く・そんな誤った考えを正してくれたのも、自分を偽ったきみという、ある意味愉快な未来を迎えた。

実にさまざまな人が生きて居る。そこに教えられることは多い。

争いは醜きこと、よい習慣が多ければ善人になり、悪い習慣が多ければ悪人になる。俺は基本的なことを亡失して、固執したのだ。執着を捨てた今、楽になった。この悟りを忘れずいこう。

「五辻さん。人は人を愛するために生まれるのです。あなたが20歳を過ぎても生きて居られることを神様へ感謝し、愛すべき人を見付ける日々としたら如何です?」
本当に、敵わないのはこの子かも知れないな。
「下剋上を厭わず、背骨が折れるほど強く抱擁する許可を申請いたします」
口が減らない。
「きみと舌戦の春を迎えようとは。締めの一声を発するぞ。声を振り絞る、人前で俺に欲情するな、あほう!」
「今後とも宜しくお願いします!」
「耳、ついて居るよね」
強いなあ。本当にタフ、だからこそ驕る俺についてきてくれるんだ。

「荷物貸して」と渡して貰う。補佐だが、荷物持ちではないからな。
遥かより良き風が吹き来る。急がずとも季節は変わるのだ、時節を待とう。

「昔話ですがあなたの心を独占できるお相手が本気で羨ましく思いました。その柔和な笑顔、初見です。やっぱり、僕はあなたが好きです。想い続けることだけお許し願えたらと」

矢張り、懊悩か。いや、恋焦がれたのかな。憧憬か……。想いが沁みる。

俺は外垣に慣れ初めている。

流れる情報、変わらぬ日々なんてあり得ないかも知れない。誰かを幸せにすることは、ときに誰かが泣いてしまうのか。この子を泣かせて居たのかも知れない。

「あなたの幸せを願います。それこそ、僕が見たい顔かも知れません。安堵して下さい」
いい子なんだなあ。
「五辻さん。恋愛こそ、生きることに花を添えるんです。誰かを想う、それだけで人は強くも弱くも成ると思います。僕はあなたがこれからまた、どう変わるか見て居ます」
そうだな。
「誰しも人生は有限です。だからこそ、あなたを瞬きもせずに見ております。表情、しぐさもつぶさ無く」
瞬きか。胸が熱く成る。

「ですから、今。本当は不安だらけという五辻さんを存じ上げて居るつもりです。お兄さんとは双子だから仲良しではなく、心やすい間柄ですよね。僕もそうありたいものです」
心やすい間柄、よく見てくれた。郁のことも悪く言わず尊ぶし、業務も、俺自身も本当に支えてくれるんだ。
「……ところで、お尋ねしますが、幸せって何でしょうね? 隣に僕が居ることって、支えに成りませんか?」
時々、胸に迫ることを言うんだよな。

「求めて得るものは快楽だと思う。それは幸せでは無い。それだけは分かるんだよ」
物欲・自己啓示欲、流されていく言葉に幸福は無い。自分が愛した人に無償の愛を……きみか。



敵わない気がしてきた。でも、業務として組むなら外垣が最適なんだ。いつでも発破をかけてくる。
「ありがとう」あ!
「嫋やかですね。心が浮き立ちます、体の芯が点灯して高ぶります。とめどない欲情に身を委ねたく存じます。さて、どこへ参りましょう?」
「取引先に決まってるだろ、ぼけ。……独り立ちして、俺より先に職位を上げそうだから、今は組んで貰おうかな」

大手取引先のF社にストローを納品できるように成ればこれを皮切りに、割りばし・デザートスプーンなどコンビニで使う消耗品を受注できるはず。かつては年間5億の取引相手だ、俺が反撃に出る。同業他社から食い扶持を攫う。いや、奪われたものを取り戻す。

もう、既に割りばしの国内生産が安価で叶わず、海外生産を目論んで居る。マレーシアやタイなら親日的と感じる、工場があるなら抱え込めるように説き伏せたい。海外生産で人件費を抑え、輸送を船便にすれば航空便よりコストが軽減できる。到着まで日数を要するが。
課長に進言したのは計算があったからと証明するんだ。外垣のサポートが目算にあるし。

「五辻さん。西芦部長はフィリピンでの割りばし工場視察を検討されて居るそうです。某国は今、コインによる騒動があり、避けるべきとのお言葉」
おっ。政治情勢を見誤った。
「そして、商品部からはスプーンなら数種類あるので、先方の希望を先ず伺えとのご指示です。何れにせよ、メーカー直送で納品可能態勢を敷くとのこと」

流石、先回り。そして、関係部署の手厚い指導に感謝して……まさに命がけの行進なんだなあ。全社を担うとは、俺だけでは務まらぬ。外垣にお礼を。

「ところが僕は空腹でして。今ならどんなおじさんが『ご飯食べさせてあげる』と言ってもついて行きそうです」
待て。
「おー、そこのあんちゃん。かわいいのう。おじさんと一杯どおう? 背がたっかいけど」
腑抜けが寄って来た。朝から酔って居るなんて・くず。外垣の上着を引っ張るので「屈め」と指示して酔客の胸を軽く押す。背があるから俺が見降ろした時点で怯んだし、こんなくらいだろ。怒りの念が生じたら憂いを伴う。きみに教わったから、こうして、きみを守る。

……出鱈目ばかりと見下してきたが、きみも相当だし。俺もまともじゃないかも、郁の方が正しい時がある。正しい人の定義は知らない、聖人だとしたら人と関わらない気がする。

ものさしはどこにあるんだろ。

「弊社のものに何用ですか」
「……先輩、嬉しいのですが、その言葉が先です! まだ正します。相手が飛び道具を持って居たら、あなたが弾丸と一緒にお空へ飛びますよ?」
酔っ払いが気まずそうに「わりい」何だ、走れるじゃ無いか。酔った振りか。嘘つきは断じて許さぬ。
「怒りの念が・ですねぇ。先輩」
分かったよ。まあ、きみが居たから前のような珍事に成らずに済んだ。
「安堵しました。内心では地獄の窯の蓋が開き『くず・ぼけ・あほう・ばかやろう』と、その容姿端麗からは想像だにせぬ暴言が舞い踊ったでしょうに、飲み込まれましたね。さあ、幹部への道へまい進です」
言いながらも屈む、どうした? 俺がぶつけたか?

「……空腹ですっ。コンビニ寄っていただけますか?」
もう、こいつ。
郁からお弁当は貰ったが、実は拵えていた。ポットとおにぎりを入れたお弁当箱を詰め込んだトートバッグを見せた。
「八重桜で作る桜のお茶と、鮭のおにぎり。食べたら?」
五分から八分咲きの桜を塩漬けにしたものを母が送ってくれる。郁の好きなお茶。

「ありがとうございます。面倒見がいいですね。どうやら、桜が散る前にあなたを見つけ出したようで。……僕はあなたが大好きなんです。変わりゆく季節も共にしたいと願います」
季節か。俺がいつまで生きられるか分からないのに、でも、今まで通りに見えぬ先を案じなくていいか。


「温かみが欲しいです、五辻さん」
あ、沈黙が過ぎた。身長は俺くらいあるのにコツメカワウソの赤ちゃんみたいに動き回り、よく言えば愛くるしいし、目が離せない。俺しかだめなんだと自惚れていいだろうか。やさしい言葉を……。
「体の温もり、ずばり体温です。心臓は右でしたよね?」
何ですって?
もう、怖い。骨に成ってもしゃぶられそう。
それでも、きみがいいらしい。

気付いて居るのかな、俺の心音が正しくは無いことに。会社の健康診断、聴診器では心雑音が悟れないから誰も知らぬはず。
それを口に出さないから、きみには敵わないと思う。

だから俺も言わないよ、自分がこの先どうなろうとも構わない、きみだけは幸せに成って欲しいだなんて。
そうなんだ、俺はきみと幸せに成りたいと願うから。

……右にある心臓、もしかしたら神様は俺が生を受けるのを否定されたかも知れない、でも、曲解して生きたら、ほくろを授かった。人との心の交流に重きを置くんだ。

心は言葉と顔色に表れると思うんだ。だから、俺は恥を忍んででも人に会って、話したい。
相手の笑顔が見たいんだ。楽しい日々を送りたい、そのための努力が居ると知った時間。人を楽しませるのは自分が楽しくなければ、笑顔で居なければと気付けた。

遠回りはしたが、部屋の掛け時計の秒針が刻んだ時間を無駄にはしないぞ。



きみのために俺は生まれたと驕れる日が来ますように。
あれこれ思い悩んで、気付いたよ、恋だって。気付いたら恋に落ちてたんだ。
社用車に乗り込み、シートベルトを着用する前に外垣の顎を掴んで唇を重ねた。瞬きもしないさまを見ながらぼやく。
「きみが本気にさせてくれたんだ、ありがとう。きみに向き合うから覚悟して。どうやら、当確だよ。きみが好き」
瞠目して、俺から行くとこうだもんな。
「付き合って貰おう。この虹の先まで」
「五辻さん、ここの大臀筋と脊柱起立筋を鍛えて居るのはインナーマッスルでしょうか」
はあ? その妖しく蠢く手は何だ。
「僕はあなたと同じ背丈で目線が合いますが、ごく稀なんですよ? 一般の方の目線を思い図りましょう。ほぼネクタイでしょうが、うっかり目線を逸らせば行きつく先は、そこ」
口説いたはずが性的で下品な返し。全然、聞いて無い様子だし。この暴れ馬。
「黙ろうか! そして運転するから触るんじゃない! どうしてきみなんだろう? 俺の人生の責任をとらす。絶対に手放さないからな」
「胸に迫ります。僕があなたを幸せにしますから安心して驕り高ぶって下さい。こころ置きなく、さあ、どうぞ」

リズムが狂う、そんなきみがいいや。倦まず弛まず生きていこう、きみと。

「あのさ。ほら」
ボトムの裾を捲くって見せる。外垣がくれた靴下。ストライプで、仕事にはカジュアルだが。
「ありがとう」
「あなたの笑顔も好きだなあ」
いつから敬語がとれるか危惧したけど、早いな……。どうせ、踝を見せろと言うんだろ?
はっ、捕まれた。
「脱がす許可を? ちらりと素肌が覗けたら。丁寧に脱がせば」
何だって? また出た新たな性癖、それは無理。しつけするか?
「うち、なら許可する……」食われるかも。
まあいいや、お触りくらいなら。きみは俺の全部が好きらしい。有難いと思うんだ。……おかしい。

それに笑えるのはきみのお陰。一人で悩んでいたら堂々巡りだし、時間が惜しいとさえ思うようになった。崩れそうな夜をきみがセクハラLINEで支えてくれたことを胸に刻んでカバンに詰め込む、もう何も迷わない。

通りは人だかり。様々な人が歩いていく。

他の誰が罵倒しても、俺は自分の道を行くから、きみがついて来ないと困るからな? 俺たちは今からだ。この先に光があると信じて、きみと行こう。


さあ、明日へ向かうために、先ず、今日を強く生きるんだ。業務と言う目標に尽力しながら気付けた恋心を抱えてまっすぐ進む。革靴の底を鳴らして、ひたすら進むんだ。きみとの楽しい日々を期待してる。
「その言葉遣いでいいからね? きみとは肩を並べて同じラインに立ちたいんだ。そうじゃないと、側に居ないんだろ? 俺がきみを守るから。きみは俺を笑わせて居て。宜しく」
ギアを握ると手を触るかなと思ったら、ルームミラーを見て膝の上に手を置いて少し緊張気味の様子。ちゃんと話を聞いてくれて居る。さて、行こうか。

「僕は桜も人も散り際が美しいと思う。散るからこそ美しい。でも、たとえ花が散っても僕は側に居る」
俯いたまま、ぼやくのは初見だ。
「何か言った?」

「あなたは負けないと信じてる。花のように運命と言う風には踊らされないはず」
まさか? いやでも。
「信じる・って、詐欺師の常套句だから俺は使わないよ。営業職は信頼で繋がるんだ」
「そう、お願いしよう」
良かった、笑顔だ。
きみを危惧させてはいけない、強く生きなければ。もう、俺はひとりでは無い。
「…… 窓を眺めてどうした」
「風が出ていないかなあって。花弁を散らすような乾いた風」
さくらまじ・か。もうそんな季節は過ぎたはずだが。
エンジンをかけてルーフを下げると、風が迷い込んで来る。遊びに来たのか。

「五辻さん、そろそろ初夏の風かなあ。温かいや」
夏を待ちわびて楽しそう。かわいい笑顔だ。背伸びなんてしなくていいのに、守ってくれるなんて健気だよな。本当に、きみと居ると退屈しないし悲観もしない。楽しいからだなあ。思わず含み笑いをしてしまう。抱きしめたくなるなんて、きみが初めてだから。

「……聞いて。きみが必要なんだよ。好きだから側に居て欲しいんだ」
風に消えず届いたかな? 
「五辻さんの愛くるしい笑顔だ、あまえがちでいい、僕も甘えたいから」
俺と同じくらいの背丈で、可愛げがある。惚れた弱みか、この子にしっかり掴まれた。
「そんなきみが愛しいな」
互いを必要として居る関係が欲しかった。もう淋しくない。幸せになりたい。
目指す先・業務での栄光、そして眺める景色が同じらしいし。巡る季節、冬を超えて春の兆しに何度もきみと花筏を観よう。あの花弁は冒険へ出たんだろ? 月の輝く方向へ。


夏芽だ、新緑の季節が春の終わりを告げる。

未来は明るいと言う答えなんて、一生探しても出て来やしないかも。でも、絶望はしない。きみと共に未来へ繰り出す船に乗る。

本当の願いを乗せた船ならば順逆の風に恐れることは無いと思う。
願いは、きみだ。

誰かに踊らされても気付ける自分に成って見せる。きみに恥じない男に成る。

「羽ばたいてる、どこまで行くんだろ?」
ああ、フロントガラス越しに白いハトが飛ぶさまを見た。喜びが生まれたら吉鳥も飛び来るのだ。鳩より遠くへ飛ぶ羽を持ちたい。あのソメイヨシノより白い翼を羽ばたかせたい。
「冬の、あなたが生まれた季節は空を割る光を天使の階と呼ぶけど、虹が出るんなら希望だと思う」
「そうだなあ」
外垣が急に俺の目元を指で触るから、驚いて身を引く。何だよ? ほくろ?
「面倒見がいいし、情に厚い。初見からそうだった」
ああ、雪の中へ。誰でも助けるだろ。

「……何があろうとも、僕は『貴方』の側に居る。こぼれ桜を踏み歩いた日を覚えてる。そうやって乗り越えて行くんだ」
かつて、一蓮托生と言ってくれたなあ。LINEはそのまま残してる。そして、今は言葉を飲み込むきみから不安を拭い去りたい。
「側に居てくれたらいいよ。俺はすぐにはお空へ行かない。きみを置いてなんて考えたくも無いんだから」
「うん。素行の悪い人ほど長生きするらしいし。ああ、だから心臓が逆なんだ? あきちゃんは人とは違う。納得。おっ、23歳でも青春してた、まさにバンビーノ」
こいつ。まあ、いいや。

空に浮かんだ月が呼んで居る。肩を並べて、ここまでおいでって。

憧れた気持ちと恋心を輝かせて、今日を精いっぱい生きる。遥か遠い月へ会いに行きたい、日ごと成長し、そして想いが変わらぬ俺を見て欲しい。ずっと一緒に同じ景色を眺められるといい、もっと話がしたいし。

「心のよりどころかぁ」難しいが、きみだと言っても。

「……『貴方』のお側に居させていただきます」
呼吸が少し変わったか? 気のせいでは無いぞ? 知ってたか、想いが反響する。

「生き急ぐ貴方も好きですが、あえて言いますよ。ゆっくり歩き、しっかり立ちましょう。焦らず、慎重にね。僕が側に居ます、足元を支えますから」

だから、きみが側に居てくれるんだな。
早朝に深呼吸をした甲斐があった、充実感を知る。


しかし、只ならぬ決意で俺に寄り添うのか、きみに出会えた奇跡に俺こそ感謝したい。
きみはどこまで献身的なんだろう。頭が下がるよ。愛情の深さを思い知る。

「貴方は教導する立場に成らなくては。貴方の顔と同じように言葉に気を付けて下さい。全社に夢を見せる立場です。お覚悟を」

諭されて居る、唸る。……しかし上司も酷い有様だが悪しきものを口に出すのも、どうかと思うし。俺は自分なりに、自分が誇れるものに成ろう。気付かせてくれたきみに礼節を以って。そう、俺はこれからも生きて行くからだ。

全社が、いや、きみが見たいものは俺が駆け上がる姿と気づく。有難いが、きみが側に居ないと輝けない。そう、誰も俺をうそつきと疑わず、チャンスをくれて居る。俺はご恩に報いて輝きたい。

「帰社したら良い報告と手土産ですね。その時は貴方の笑顔も添えて下さい」

全社が俺を待って居る、何だかおかしい、笑ってしまう。緊張感が無い。昨年は埋もれた俺が、きみに救われた。
そんな、きみに堕ちたと知らされて居たら、きみは灼熱の視線を浴びるのかな、それを避ける傘ならある。身長178は伊達じゃないから。粋な男気を見せようか。

「いなせですっ」
はあ? 勇み肌かなぁ?
「キスされた時も思いましたが、何だか昨日より素敵ですっ」
ああそう。

車を運転すると車窓は流れて行く、でも大事な言葉は流せないんだ。

許されぬ恋を覚悟したし、別れをも案じたきみに、贈るべき感謝の言葉を見付けたい。かつての祈りはきみに捧ぐ。想いを伝えてくれたきみに届けたい。
一緒に居よう。俺はそのために楽しい日々を守ると誓うよ。きみとの絆を大事に抱えて走り出す。

「きみの誕生日は5月だろ。欲しいものを報告書に記載の上で俺に提示して。内容はすべて承認するから。叶えてあげる、お祝いしよう。そして、二人で幸せを掴むんだ」
ギアを持つ左手に外垣の指先が触れた。捺印代わりかな。いや、無言はあり得ない、これは、1人でどこへも行かないようにと言う意味だろうか。きみはどこまで俺を想ってくれるんだ。深い愛情を想う。

淋しい想いは絶対にさせない。覇気が漲る。きみの居るこの世界が好きだ。

きみが願う言葉をかすかに、待ち侘びて居るきみだけに。

「側に居るから安堵して。俺はきみしかだめらしい、愛してる」
俺はきみを愛するために生まれて、今日まで生きて来たんだ。

「あきさん、有難う。僕は生まれて良かった。出会ってからスリルの連続ですよ」
雪に埋もれて零れ桜を踏み、花の浮橋を観たんだもんな。俺も可笑しいや。
日月の光と風のやわらかさを、きみから教わったよ。風が温かいなんて。

俺が見たいものは相手の笑顔、見せたいものは俺が生き抜く姿なんだ。

よし、車が順調に大通りへ出た。
思わず革靴の底を鳴らす、このリズムを刻み続けるよ、ピリオドを見ずに。きみの夢をきっとあげるから。

俺に出会ってくれて、ありがとう。

さあ、きみと明日を迎えに行こう。



おわり
ありがとうございました
柊リンゴ
ブログ「ヒロガルセカイ。」作業のぼやきと、くだらない日常
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