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さくらまじ後の祭り

「ああ、あきちゃん。ご無沙汰、元気かな?」
ヴィトンの限定トートバッグを提げる姿。前とは雰囲気が違うけれども、宮津さんだ。

それに名前を呼んでくれた。
涙が溢れそうに成った。嬉しくて。『忘れられて居なかったんだって』思いがこみ上げた。

「きみが初めて、ぼくを叱咤してくれた人なんだ」
言い過ぎたと思う。
「ぼくはきみに教わった。何でも、言わないと通じないとばかり思って居たんだ、黙って相手の出方を待つという姿勢。着目したんだ、そして、きみは我慢強い気さえした。錯覚かなと思ったけど、嬉しいよ」
また1つ弱さを見付けた俺に、あなたを支えることができるのだろうか。それでも、側に居たい。
幸せとは、大事な人を守ること。もう、悲しい想いをせぬようにしたいが、弱い俺ではまた泣かせてしまうかも知れない。その時に痛みを分かち合えるものでありたいのだが。

「あぁ、しくじった」
カバンを落とした宮津さんの服に気付く。流線型バックタックのシャツ、まるでカーテンが閉まるようで、心を閉じられた錯覚を感じた。郁と外垣の言葉が脳裏をよぎる、俺は腹を括るべきだと理解した。

「俺はあなたに惹かれてます。好きでした」
過去形で伝える。
「有難う。前も言ってくれたね。でも」
遠方へ転勤に成ったと言う。そして、お相手も居ると告げられた。

「自分が淋しい時って同じように淋しい人が歩み寄ってくれるのに、強く成ったら弱い人を見なくなる。そんな自分が情けないけど、変われると信じたい。……ごめんね」

はっきりさせて貰えた、それに俺のことを『淋しがり』扱いか、これで振り切れる。
背中を向けて歩き出す。桜の花弁が舞い込んだ。もう散らす風が吹くのか。

その風の名は、さくらまじ。


――俺が観ている桜とあなたが観るであろう桜は違うんでしょうね。
遠方、と告げられた。ソメイヨシノが咲くんだろうか。
俺がこうして眺めて居る桜とは趣が違うんでしょう、あなたは誰かと笑顔で眺めるはずだから。
今、振り返っても花吹雪であなたが見えないといい。
さくらまじが吹き付ける、俺の涙が足元へ。それは花びら浮かべる水たまり。
……どうしたらこの水は枯れ果てますか?

さくらまじが吹き付ける、俺の心を冷やしていく。どうしてこんなに悲しいの。

あなたを本気で好きだから、側に居たいと言えば良かったんだろうか。
それでも、もう、後の祭り。
おみこし担いで祭囃子、そんな楽しい日々が送れるだろうか。
あなたはいつも笑顔だったから。たまに涙をこぼすから。
……好きです、と告げた想いは喧騒に消えていく。

あなたが遠すぎて。思い出との距離を測ってみる。

遠く先へ……。もう、後の祭り。

前へ歩き出すしか無いんだ。

だって、去ったあなたはきっと俺の名前を忘れて居ると思うから。どこかの街で偶然会ったとしても、名前がでてこないでしょうね。俺は交差点ですれ違ったうちのひとりだ。




しなやかでタフな自分でありたい、俺は、1人でも立てると知らしめたい。揺らぐ体勢を整えて、明日へ向かう。さ迷う時間は社会人には無い。仮面をかぶるように顔を作り、背筋を正す。

1歩踏み出せば行ける。大丈夫、自分に言い聞かせて生きて行くんだ。

ご縁が無かったのなら、諦めよう。自分なりに張り切ったが届かないのは努力不足と、相手が違うと言うこと。引きずれない、断ち切っていかなければ。

……ああ、月は変わらず輝くものなのか。あまり意識して見て居なかった。

『大丈夫、俺は平気です。さあ、明日へ向かいます』

何1つ望み通りにならぬという訳では無い、俺には業務と言う希望があるんだ。

逃げないぞ。気持ちを整理して明日へ生きるんだ。

懊悩の日々と決別して見せる。靴音鳴らして、明日へ向かう。


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