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第39話

 十分後。

「ナオ。ナオ」
「……あっ、は、はい! なんでしょうか?」

 澄人に軽く肩を揺さぶられ、ナオはようやく空返事をしていた状態から覚める。

「きたよ」
「きた?」

 何がきたのだろうかと思った直後。テーブルに置かれたスペシャルジャンボタワーパフェがナオの目に入る。

「……え? ええ? ええええええええーーーーーーーー!?」

――ななな、なんでスペシャルジャンボタワーパフェが!?

 ナオは手に持っているタブレット端末と、テーブルに置かれているパフェを交互に見る。

(ま……まさか、無意識のうちに注文ボタンを押してしまったのでしょうか? どど、どうしましょう!)

 ナオは慌てて澄人に謝る。

「す、すみません澄人! 私ったら、こんな高いパフェを頼んでしまって!」
「いや、注文ボタンを押したのは僕だから、謝る必要はないよ。注文履歴のところに、僕が頼んだパスタもあるでしょ?」

 注文履歴に目をやるナオ。その直後にノックの音が聞こえた後、店員のアーティナル・レイスが「失礼致します」と、個室のドアを開けた。

「お待たせ致しました。トマトとモッツァレラチーズのパスタと、セットのサラダとストレートティーでございます。ご注文は以上でお間違いないでしょうか?」
「はい」
「それでは、どうぞごゆっくり、お食事をお楽しみくださいませ」

 ドアが閉まると、澄人は「さあ、食べよう」とナオに言ったが、彼女はすぐにスプーンを持つことはできなかった。

「どうしたの?」
「あの……本当によかったのですか?」
「何が?」
「このパフェ、一万円もするんですよ? アーティナル・レイスの私が一万円のパフェで、人間の澄人が一三〇〇円のパスタセットというのは、いくらなんでも……イヤリングまで買っていただいているのに……」
「アーティナル・レイスだからとか、人間だからとか、そういうのは気にしなくていいんだよ。今日はナオに、食べたいものを食べてもらいたくて、ここにきたんだから」
「でも……」
「それに実習期間が終わって、久重重工の正社員になることができたら、きっと忙しい日々を送ることになると思う。そうなったら、こんなふうにゆっくりできる日は、なかなかないかもしれない。その時に、『あの時、ナオに好きなパフェを食べさせてあげればよかったな~』なんて思っても遅いからね」
「え?」

 下がり気味だった、ナオの目が上る。

「あ、勘違いしないで。別にそういう時間を作らないって、言っているわけじゃないんだ。今日みたいな時間を作れるように、もちろん努力はする。ただ、今よりもこういう時間を過ごす機会は、どうしても少なくなっちゃうと思う。だから今日は、このパフェを遠慮なく食べてほしいんだ」

 ナオは別に勘違いをしていたわけではなかった。

 澄人が話した、正社員になってからのこと。そこに自分の存在があったことが、彼女は嬉しかったのだ。

(澄人は、これからも私を側においてくれるつもりなんですね。でも……彼の言う通り、これからはこういう時間をなかなか作れなくなるかもしれません。だったら――澄人が後悔をしないように努めてくれるのなら、私も……)

――今日は自分の気持ちを伝えよう。後悔をしないように。

 ナオは決心するように、スプーンを持った。

「ありがとうございます、澄人。では……いただきますね」

 ナオは右手でスプーンを持ち、パフェを口に運んだ。

「はむ……」

 瞬間。アイスクリームの冷たさと、濃厚な甘さが口の中に広がった。

「んっ! うぅ~~~~~~~~んっ!!」
「おいしい?」
「はい! とってもおいしいです!!」
「喜んでもらえて、何よりだよ」

 パスタを一口食べる澄人。

 その間にナオは、三口、四口、五口と、次々にパフェを口の中へ入れていく。

(あま~い! ソフトクリームも、生クリームも、フルーツもチョコも……ぜ~んぶ甘くて、すごくおいしいです~~! しあわせです~~~~!!)

 そのうち、彼女の口の周りは、白や茶色などの色で染まっていった。

「あ、ナオ。ちょっとストップ」
「ふぁい?」
「口の周りが大変なことになっちゃっているよ」
「ふぇ?」

 左手の指で、顎の辺りに触れるナオ。そこでようやく彼女は、自分の口の周りの状態に気づく。

「わわわ、私ったら……」

 途端に恥ずかしくなったナオは、テーブルの隅にあるナプキンに手を伸ばそうとしたが、隅人に止められた。

「あ、待って。ナプキンより、おしぼりを持ってきてもらったほうがいいかも」
「い、いえ! ナプキンで十分です! バッグの中に、ウェットティッシュもありますし!」
「でも、右手もすごいことになっているよ」
「右手?」

 ナオはスプーンを持っている右手を見てみると、そこにもアイスやチョコレートがついていた。

「あ……」

 もはや、ナプキンとウェットティッシュを、何枚消費するかわからないレベルである。

「おしぼり、必要でしょ?」
「うぅ……すみません」

 店員のアーティナル・レイスを呼び、おしぼりを三つ持ってきてもらうと、ナオはそれで手と口の周りを拭き始めた。

「本当にすみません。あまりにおいしくて……」
「ナオにとっては久しぶりのパフェだからね。夢中になっちゃうのは仕方がないよ」

 おしぼりを二枚使用し、手のべとつきも取れたナオは、店員のアーティナル・レイスが気を利かせて持ってきてくれた、新しいスプーンを持とうとした。が――

「ナオ。まだちょっとついているよ」
「えっ、ど、どこでしょうか?」
「僕が拭いてあげるよ」

 澄人はまだ使っていないおしぼりを持つと席を立ち、ナオの前まで行く。

(澄人の顔が、近くに……)

 近くで見つめてくる澄人の視線に、ナオは固まった。

「ちょっとそのまま動かないでいてね」

 左手を添え、ナオの目尻の下辺りを拭く澄人。

 そこから伝わってくる彼の体温を感じながら、自然と唇に視線が行ってしまう。

(もし……このまま、顔を前に出したら……)

 いけないことだとわかっているが、つい想像してしまうナオ。

 そうしている間に、澄人はナオの顔についていたクリームを拭き終わった。

「よし。これで全部とれたと思うよ」
「…………」
「ナオ?」
「はっ……はい。ありがとう……ございます」
「次は慌てないようにね」

 席に戻ろうとする澄人。その手を

(澄人……いかないで)

 ナオは思わず掴んでしまっていた。

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