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「潜在能力、か」
部長が社用車の中で呟いた。助手席で足を組みながら顎に指をあてているのがルームミラー越しに見える、気怠いのか。
「未経験者がここまで提示するとは。試した僕も悪いけど、どこかで営業マンを見たりした?」
専門学校に機材を売りに来る営業職を見かけて、少し話を聞いた事はある。
お得意先の意向を熟知し、下準備を怠りなく、売るものの長所と短所を説明すると言われ、嘘のない職業と感じた。
俺は嘘をつかないのを信条として掲げている。惹かれた。
そして、部長、あなたです。初見で気に成り、『粗利』の意味を知り、商品部へ先回りしたのはあなたをみていたからできた事。
「まるで漫画の1巻で主役がいきなりヒーローになって大活躍」
そうか?
「何も知らされない中で、よくぞ。ああ、僕もチョコが好きなんだ、だからあのドット柄を見た時に、いけると思った。かわいいからさ」

「有り難うございます」
ハンドルを握りながら『しかしあなたは相当、剛腕』と思う。学ぶ点は多い。

「凛々しい男前が、こんなに素直とはな。愛でたく成るなぁ」
意外だな、柔和な響きの言葉をくれる。
でも、やさしくされたら縋りそうなので、これ以上は言わないで欲しい。
兄と同じ経験はしたくない。



「初見と印象が異なるな、きみは先方がおっしゃるように、伸びしろがあると思う」
可能性か、あなたほど考えていないが。
「僕は傲慢だった。見抜けなかったからな。職位に甘えていたらしい」
そう?
「あと、奇妙な感じ。僕は慣れてしまった積りだが未だに違和感があるのを思い出す。相楽くん、容姿を褒められるのは苦手だろう」
「ええ、見た目で判断されるのは。その人の好みにたまたま沿ったのだろうと思うんですが」
俺のどこが、と常日頃思う。
おばあちゃんに似た・というのも。確かに可愛いおばあちゃんだが。
「同感だ、きみを部下にしてよかった。僕自身も見直せそうだから」

角が取れていくよう。
前向きさが、あの剛腕な商談をした人とは思えない。
先方を計算づくで追い込むような凄みが今は感じられない。穏やかで人が変わったようだが?

「相楽くん。チョコの美味しいお店へ立ち寄ろうか。きみへご褒美。違った、僕が食べたいだけ」
ん? 口調がやさしくなったなぁ? 距離感が一気に消えた感覚。
思わず見たルームミラー、微笑する部長に、ときめいてしまう。
可愛い所がある人だなぁ。
そして、やさしい顔立ちに誰かを重ねようとして、違うと気付く。ギアを持つ手が震えた。
部長、あなたは俺にとって?
「オフィスの女性陣に差し入れも買おう。きみの武勲とともに伝えたい。初陣で大活躍したきみは僕の誇らしい部下だから」

部長がシートに凭れかかる仕草が横目で見られた。リラックスしている様子。
どうしても面影を探そうとしてしまう自分がいる、少しも顔や体形が似ていないのに、やさしくされると悲憤(ひふん)の思い出がよみがえってしまう。振りきれない、俺はどこまでさ迷うんだ。



混雑したショップだなあ。有名店かなぁ。
看板には『マジョリ』とあり、白拍子というショコラティエが経営しているのか。
チーズケーキで有名なお店の系列店・とも記載されている。
ふうん。
「賑わいが苦手かい?」
鋭いな。
「群れるのも苦手で、単独行動ばかりです」
「友人がいないとか、言わないでよ? 相楽くん」
「います!」
「安堵した、面白いなあ、きみは。真面目で器量よし。オープンな性格なら、引く手あまただろうに」
心を閉ざしていると見抜かれている?
「……笑顔がないよね」
ふと、足を止めた部長から指摘された。そう、俺は笑顔を忘却の彼方へ置いて来たらしい。


店内は女子だらけで部長と俺は目立ちそう。
「ほら、周りに気配りしなさい、相楽くん。女の子がきみをみてるよ。目立つねえ、無造作ヘアー」
うねりをきかせたパーマの部長だと思うが。

ショーケースに並んだ細長いケーキ。
「有名なガトーショコラ・ハイカカオ。世界有数のチョコレート製品メーカーであるバリー・カレボー社の高品質なチョコを使用しているんだ」
何が何だか。
「くちどけがテリーヌのような感じで、まさに大人向けのガトーショコラ」
聞き慣れない。

「相楽くん、チョコとか甘味は食べない子?」
「あまり。ああ、でもゴーフルなら」
「風月堂の? 老舗を知ってるんだね」
兄が買ってきてくれたから鮮明に覚えている。
『おまえはストロベリーが好きだなあ。おれはバニラ派』
最近の出来事より幼少期の思い出が鮮やかによみがえるなんて。
「どうかした?」
「いいえ?」
部長が「そうか?」と不審げに俺を見たが。

「プリン買おうか? きみに初陣勝利のご褒美」
『濃厚ショコラプリン」とプレートにある。
甘味は、と話したつもりだが。

「お気持ちだけで有難いです、部長。自分は運が良かったんですよ」



部長は「控えめだなぁ?」と少し不満げに、会社への手土産を購入した。
断ったらまずかったか。
でも、俺の声が届いていない気がして、それが両親の冷たい態度と重なり、つい歯向かってしまった。
よくないなと小さく頭を振るが。
ため息ばかりでは前へ進めない。立て直さなければ。

先にお店を出ようとしたら、店先で綺麗な色合いのチョコの詰め合わせを見つけた。
ワイン色に紫、ピンクか。提示内容の色じゃないか。
部長は、チョコが好きだといってたからな。

気付かれないように別のレジで購入し、手提げ袋を受け取ると「相楽くん、何か買ったの」部長?
俺の長財布を一瞥した。
「ステンドグラスみたいな色合いの財布だね、可愛い所があるじゃないか」
「兄の、お古です」
「それはいい。お兄さんがどんな職業か知らないけれど、成功している人が使っていた財布を貰うのは縁起がいいんだよ。金運に恵まれる」
笑顔が素敵な上司だなぁ。しかし、少し目線を落とさないと合わないのが、なかなか慣れない。
だからなのか、どうも見つめてしまう。
それに金運か、灰色の金銭だろう。



社用車に戻り、部長に「お茶のおともに」と渡した。
「有り難う。……これ『ありがたき哉(かな)』っていうチョコだし、ハート型だけど、そういう?」
は? クローバーだと思って買ったのに。
ハートが4つ並んでいたのか。買い慣れないものはしくじるなあ、もう照れ臭い。
髪を触ろうとしてドアミラーに肘を当ててしまい益々憤る。
「相楽くんは次男坊と総務部から聞いているけど、甘えないし気配りする。僕に対して、」
まずい。
「あの、お財布の話ですが、部長も、どなたかのお古ですか」
「僕は自分で選んだ。白蛇・パイソン柄は光沢があると『おらおら系』になりがちだから、これ、結構探したんだ」

「お古になったら、くださいませんか?」
「僕の、でいいなら。でもその財布」

部長にかいつまんで自分のあらましを伝えた。この話をしたのは友人以外、初めてだ。
自分でもどうして部長に話す気になったのか。
話しながら部長に好意を寄せていると自覚した、そして次第に顔を曇らせる部長。
悪手だったか。

「総務部の部長から、相楽くんから妙なオーラが漂うと聞いた時、オカルトかと聞き流したんだけど」
そうだろう。
「きみはお兄さんを追い掛けなかったんだ? それは諦めたという事、でもなさそう」
自分でもなぜ動かなかったのが分からない、ただ、愛してはならない人に想いをよせた背徳感はある。

「悲憤が胸に燃えて涙を流す様が浮かぶ」

どうして見抜ける。
憤り、悲しみに暮れる俺を。洞察力でも持ち合わせているのか。



「何て言ったら正解なんだろう。僕は営業担当だから弁が立つ自信はあるが、局面に立った経験が無い。それでも言葉をずっと探している。きみに張り切れと言えないし。だって今まで堪えたんだろう」
部長は紙袋を膝にのせて少し体を捩り、僕に顔を向けている。

「僕も大して長く生きていないが、これだけは言える。人の気持ちにどうしても揺らぎはある、それを許してあげるやさしさが必要だと思う。きみには酷ないい方かもしれないが」

揺らぎ、そうか。

「だから笑顔になれないの」
拘るなぁ。

「今度、晩御飯でもどうかな? 社員寮住まいなんだろう? たまにはいいものを食べようか」
なにが食べたいか思いつかないから部長にお任せする。
「焼肉」
「はい?」
「お肉が好きなんだ」
見かけによらない、細身なのに。
「しかも、ライスを大盛」
おかしな事をいう。
「炭水化物も食べるんです? よく太らないですね」
「普段、食べないからじゃないかなあ」
は?
「僕は独り暮らしが長いせいか、余程空腹でない限り、食べないんだよ」
独りだと食欲がわかないのはわかる、実家で俺もそうだったから。
「よく、生きていてくれました。感謝します。部長に出会えたのが奇跡のようです」
兄のように・と、またよぎる。

「本気で言ってる?」
部長がきょとんとしているが。
「はい。自分は嘘をつかないのが信条です」
「そうだろうね、少しの間しかきみを見ていないけど、そんな感じはする。そこのコンビニを通過したら車を脇に止めて」
「はい?」



停車させたら部長がシートベルトを外したので、てっきりコンビニで飲み物でも買うのかと思った。
しかし身を捩らせて薄目で迫り、僕の肩を抱いてキスしてきた。
なにか香る、漂うものが・と頭の中で探ろうとしたら唇をなぞられて中に入り込まれ、抗わずに唇を吸った。
部長が俺の臀部を撫でて行き場のない高ぶりを覚えそう、相手は上司、思わず身を反らして避けてしまったが互いの唇が糸を引く。
思わず唇に指をあてて感触を確かめた、ぬめりがある。自分の皮膚ではない柔らかな唇が触れていた。
「……なんの薫りですか」
「飴屋さんで打っていたティーリップ。オフィスの女性陣が、僕が紅茶好きを知っていて、紅茶に蜂蜜を入れる感覚でどうぞとくれたんだけど。塗ってみた、香った?」
揶揄っているようには見えないが。
「りんごの、あと紅茶の香りです」

「さすが男前、動揺しないあたりが経験を物語るなあ。僕はきみが好きだよ? 相楽くん」
いまなんて?
「きみからも香る、きみの匂いにそそられそう」
なにも香水なんてつけていないが。
「惹きつける青い果実の香り」
部長が蠱惑的な笑みを浮かべる。

「初見で気に入った。あの訳の分からない挨拶に加えて、物おじしない営業力。きみが容姿端麗というのも正直落ちた理由の1つだけど。寂しそうで放っておけないんだよね」
俺を好き?

「誘惑されているような錯覚を覚えて、いっそ蹂躙されてみたくなる」
はい?
「背の高い男前。しかも利発。好奇心というより弄られて感じてみたい、きみの全部を」
おぞましい。そっちなの?

「きみを僕の中に埋めたい初期衝動にかられそうだが、自らの高ぶりを戒めねば。僕は上司だから。それでもあえて言う」
何だろう。
部長は「事情を聴いたし、もう後へは退けない。きみを他の管理職へも渡せない」と俺の肩を叩いた。


「きみを僕の傍に置く。きみの笑顔を取り戻す」

しおり