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8.二作目が駄作ってよくあるよね。ゲームとかでも。

 少しだけ遡る。

 天城が星生と出会い、久遠寺と協力することになった日。

 結局記念すべき第一回の”部活動”は行われなかった。

 その原因は大きく分けて二つあった。

 一つは、鍵の問題である。

 現代文化研究部の部員は今まで星生一人しかいなかったものだから、当然のようにその鍵も一つしかない。一応、顧問がもう一つ持っていることに加えて、学校全体の鍵を開けられるマスターキーが存在するにはするのだが、そのどちらも天城たちが気軽に扱えるものではなかった。その為、部室の鍵は星生に開けてもらうしかないのだが、この日の放課後はどうしても外せない用事があるという。

 二つめは久遠寺の問題である。

 星生の都合が悪いのであれば、鍵を預かって、天城と久遠寺だけで部室を使えばいいのではないかと思ったし、実際、星生もそう提案した。

 ところが、今度は久遠寺が難色を示した。一方で、その理由に関しては詳しくは触れなかった。

 しかし、想像することは出来る。要は「放課後、家に帰らずに学校に居残る」という事それ自体が、久遠寺……いや、久遠寺の家族からしたら想定にないことなのだろう。思い返してみれば、久遠寺が放課後、ずっと学校にいるのを余り見たことが無いような気がする。天城だっていつも監視している訳ではないのだが、大体ちょっと友人と話をしたら、すぐに教室を出ていく。てっきりその後どこかに寄り道でもしているものだとばかり思っていたが、どうやら本当に直接、家に帰っていたらしい。

 そんな訳で、第一回の”部活動”は翌日の放課後からという事になったのだが、

「……遅い」

 これである。

 天城と久遠寺はクラスが一緒で、つまりそれは、放課後になり自由になる時間もまた、一緒であることを示している。勿論、クラスでの天城と久遠寺の関係は「ちょっといざこざがあった間柄」という認識なので、そうそう話しかける訳には当然いかないし、もし話しかけたとしてもそんなにいい反応は返ってこないだろう。きっとそこにいるのは天城と舌戦を繰り広げる久遠寺文音ではなく、皆から愛される「完璧美少女」久遠寺文音のはずで、まさか仲よく一緒に部室まで向かうなどという青春感あふれる放課後の姿は夢のまた夢のはずである。

 だからこそ天城は教室を出るとき、久遠寺に声をかけるなんてことは勿論しなかったし、近くまで行くこともなかった。目で合図を送ることだってしなかったし、なんなら視線すら向けなかったと思う。別に久遠寺のことを信頼していた訳ではないのだが、流石に昨日の今日で考えが変わるなんてことはないだろうと高をくくっていたところもあった。

 その結果がこれなのだ。

 久遠寺は暫くしても顔を出さなかった。

 天城もはじめのうちは、まあそんなこともあるだろう、久遠寺はちょっと特別だからなと思っていたのだが、暫く経つと段々とそんな殊勝な気持ちはどこかへと飛び去り、現れたら必ず弄ってやろうという思いが芽生えていた。

 そんな天城がこの部室でやることといえば、久遠寺の作品をよんで駄目だしをし、たまにからかって遊ぶくらいのものなのだが、その相手が来ないものだか手持ち無沙汰になってしまった。
 
 かつてなら本のひとつくらいは持ち歩いていたのだが、今はそれもない。星生は来ていたのだが、なんだか忙しそうにしているので声をかけづらい。仕方なくスマートフォンで適当なサイトを眺めていたのだが、やがてそれも退屈になり、部室内を眺める。それにも退屈し、行き場を探して彷徨っていた視線が部長机に座る星生の所で止まる。

 電話をしているところだった。

「はい。だから、今後は違う人に依頼してください」

 誰からだろう。純粋にそう思った。

「そう言われても、困……ります。元々一冊限りだったはずです」

 どうやら仕事の話らしい。会話の感じだと断わりを入れているようだが。

「だから、受けません。そういうことで、それじゃ」

 切った。

 そして、視線に気が付いたのか星生が天城の方を向いて首を傾げ、

「……何か用?」

「あー……いや」

 天城はどう言うべきか迷い、

「や、用はないんだけど……今の、仕事の電話だよな?」

 首肯。

「断っちゃってよかったのか?」

 再び首肯。そして、

「話が、よくない」

「話?」

「そう、話。彼女の作る話。前のやつは凄くよかった。でも、今回のは良くない。なんていうかイメージがぼやっとする。だから、駄目」

「ぼやっと……」

 相変わらず抽象的である。しかし、言わんとするところは何となく分かる。

 要はこういうことだ。星生は何らかの作品――恐らくはライトノベル辺りの挿絵を担当していたのだ。その作品は、星生の眼鏡にかなう、いい作品だったのだろう。そうでなければ仕事を受けたりはしないはずである。

 しかし、その作者が書いた別の作品は、きっと駄目だったのだろう。

 何が駄目だったのかは分からない。ぼやっとするというのは恐らく星生が実際にイラストをあてる際、イメージが浮かびにくいということだろうし、イメージが浮かびにくいということはつまり、星生からしたら微妙な作品に見えたということなのだろう。だから、その作品の挿絵を担当する気はないし、端から断るつもりでいたのだが、向こうにその気が無かった。そのせいでちょっと話がもめてしまった……まあ、概ねそんなところだろう。

 実際そういう例は少なくない。一作品目で華々しくデビューしたはいいものの、続かない。似たような作品を出してしまい、飽きられる。逆に意欲作にしすぎて失敗する。その理由はいくらでもあるが、得てして「二作目」というのは「一作目」以上に難しいものなのだろう。

 しかし、いくら個別の契約だったからとはいえ、二作目が芳しくないだけであっさりと仕事を断ってしまうのはちょっと凄いと思う。酷い言い方をするならば絵師だって代わりはいるはずなのだ。プロとして仕事を貰っている数は、全体からしてみればはるかに少ないはずだし、その椅子は簡単に手放せるものでは、本来無いはずなのだ。

 それでも星生……いや、月乃茜は簡単に手放す。このスタイルは出てきた時から一貫していた。基本リアルでもネット上でも感情を出すことは少ないが、その仕事に関して一度だけ意思らしいものを示した事がある。曰く、


「自分が絵を描くものくらいは自分で決めたい」


 だ、そうだ。その言葉には多くの人間が共感しただろうし、時には奢っている、甘いという言葉もあったかもしれない。しかし、天城はその姿勢が好きでファンをしていると言っていいし、そんなスタイルでも成り立つくらいの実力が備わっているのもまた、事実だった。

 と、いう訳で、星生は今日も坦々と水準に満たない作品の一つを切り捨てた訳だが、相手はそれが気に入らなかったのだろう。その気持ちもまた、分からなくはない。彼か彼女かも分からないその新人作家は一作目で相当な自信をつけただろうし、その背景には月乃茜がイラストを引き受けたという事実もあったはずなのだ。その後ろ盾があっさり無くなってしまうのはやっぱり辛い。だから、何とかならないかと直談判したのかもしれない。

 だが、

「それだと、駄目か」

「駄目、描いててもやっとする」

 このとおり。そもそも取り付く島があると考える方が間違いなのだ。星生はそういう存在なのである。

 それでも天城はその相手の事が少し気になって、

「んで、なんて作家なんだ?」

「えっと……確か南野(みなみの)(まどか)っていう人」

「みなみの……まどか……」

 思わず反芻する。何だろう。覚えのある響きだ。どこかで著作を目にしたのだろうか。天城はスマートフォンでざっと検索をし、

「ネット小説大賞作品か」

 思い出した。

 久遠寺の作品を探した時だ。

 天城が久遠寺の”素”を暴こうとしたときに最初にやったことがネット上の小説投稿サイトの中から彼女の作品を探す事だった。

 勿論、ネットにあげていない可能性も考えたが、わざわざ出版社まで持参をした上で門前払いをくらうということは、少なくとも既存の小説大賞には応募していない可能性が高いだろうと見ていたし、もし応募していたとしても、ネット上にも登校している可能性が高いとも見ていた。

 さらに、久遠寺には仲間が少ない。友達と言える人間の数ならば多いのだが、アニメの影響をもろに受けた作品を読ませられる相手は恐らく殆どいないだろう。アドバイスだって貰うことは出来ないし、同好の士を見つけるのはもっと困難だったはずである。そうとなればネット上に活路を見出すのは至極自然な流れだし、事実そうしていたのだった。

 そして、そんな久遠寺の作品を探す時、サイトのトップで宣伝されていたのが何を隠そう南野円の作品なのだ。世間的に有名かどうかは分からないが、星生が認め、賞を取った相手だ、少なくとも実力はあるのだろう。しかし、

「大賞とったやつでも駄目か」

「駄目」

 厳しい。

 星生は基本的に容赦がない。それはアマチュアでもプロでも同じである。駄目だとおもったら見限る。そこに実績は関係ない。事実既に名前の通った作家の新作でも全く興味を示さないことがあるくらいだ。

 天城は気になって、

「なあ、星生」

「何?」

「その作家って、」

 その時、

 コンコン、と部室の扉をノックする音が聞こえる。遅れて、

「ゴメン、遅れて。中、いるよね?開けて開けて」

 久遠寺の声である。天城はここぞとばかりに、

「……これ、このまま放置しといたらどうなるんだろうな」

「オイ」

「いや、ちょっと面白そうじゃないか。部室棟の廊下なんてそんなに人通りは多くないが、それでもたまには人が通る。そんな通行人は思うだろう。なんでこんな所に久遠寺さんが?ってな。気になって近寄ってみるとそこには現代文化研究部なんておおよそ学園を代表する美少女とは縁のなさそうな、」

「おうコラはよ開けろお前。さもないとお前の一生は高校生で幕を閉じることになるぞ?ああ?」

「分かった分かった」

 天城はやれやれと肩をすくめ、内側から鍵を開け、

「よっと。あんたホントやめろよこういうの。シャレにならんぞ」

 きる前に、逃げ込むように部室へと入ってくる。天城は扉を閉めながら、

「そんなに気にする事でもないと思うがな」

「そら、あんたは気にしないでしょうよ。でも、私は気にするんだよ。まったく……」

 天城には視線を向けず、長机に鞄を置き、その中から一冊のノートを取り出しながら、

「でもまあ、遅れたのはゴメン。それは謝る」

「あ、ああ」

 余りに素直すぎる謝罪に、あっけにとられる。久遠寺文音という人間はこんなに素直だっただろうか。まあいい。

「……さて、メンバーも揃ったところで、始めるとしようか」
 

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