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第24話

「心……?」
「どれだけ修練を積み、体を鍛えようと、心が成長しなければ――心が弱いままでは、何かを成し遂げることも、誰かを守ることもできん」
「く……」

 荒山の言う通りだった。

 澄人の人生で、それができたことはなかった。久重重工の短大に合格し、この第一研究所の実習に参加するところまではきたが、それらは所詮、途中関門に過ぎない。しかも短大に合格して彼がここまでくることができたのは、はるが側にいてくれたから。いてくれたからこそ、澄人は救われた。

 その事実を再認識させられた彼の目には、涙が浮かんでいた。

「見ろ。この程度のことを言われただけで、お前は涙を流している。それは成長していない証拠であり、弱さの証明だ」
「……荒山総主任は、強いから……そんなことが言えるんですよ。僕は……あなたみたいに、強くない……みんなみたいに、才能を持って生まれなかった……そんなに簡単に、心を成長させることなんて……できない……」
「甘ったれるな!!」
「ひっ……!?」
「才能を持って生まれなかった? 簡単に心を成長させることなんてできない? そんなことを言っているから、貴様はいつまでも変われんのだ! 才能がないから仕方がない。難しいことなんてできるはずがない。そんなふうに言い訳をして、自分を甘えさせているやつが、他人のために強くなりたいだと? ふざけるのも大概にしろ!!」
「す、すみま、せん…………」
「いいか。才能を持って生まれなかったからといって、それは才能を持てないという意味ではない。それに心を成長させることが簡単なことではないのは、誰だって同じことだ。才能があるなしにかかわらず、成長するための心の壁を乗り越えることは、誰にとっても困難なことなのだ」

 そう言うと、荒山は自分を落ち着かせるためか、一度深呼吸をした。

「……昔、お前のような男がいた。生まれつき体が弱く、他者よりも劣った存在として生まれた男がな」
「……?(もしかして、さっきナオが言っていた人の話?)」

 澄人が脳内音声で言いながら、チラッとナオを見ると、彼女はわずかに頷いた。

「そいつは、いつも近所の子供達にいじめられて、泣いているようなやつだった。けれど、そいつを守ってくれる人がいた。隣の家に住んでいた幼なじみが。その幼なじみは女の子だったが、男勝りな性格で、小学校入学前の時点ですでに柔道を始めていた。だからとても強かった。三人がかりでかかってきたいじめっ子を、軽く蹴散らすくらいにな」

 荒山は澄人から窓の方へと体を向けると、外にある空を見つめた。

「……当時、幼なじみと同い年――五歳の少年だった男は、彼女に憧れていた。そして、守られるだけじゃダメだと――いつか自分が、彼女を守れる存在になりたいと――彼女に認められるくらい、強くなりたいと思ったそいつは、小学一年生になった時、彼女と同じ道場に通い始めた。だが、現実は厳しいものだった。毎日のように投げられ負け、描いた理想とは程遠い現実の辛さに、そいつは泣いてしまうことも多かった。そんな男を見た大人達の期待は薄まり、同じ道場に通っていた他の子供達は、そいつのことを馬鹿にするようになっていった。男は、自分にはもう無理だと思い始めた。彼女にも弱音を吐いた。すると彼女はこう言った。『そんなことを言っていたら、自分に暗示をかけているようなものだよ』と」
「……!」

 澄人は、はっとしたように目を見開いた。

「男は気づいた。自分に甘えていたことを……無意識のうちに、暗示をかけていたことを。そのことに気づかせてくれた彼女に――いつも手を差し伸べてくれた彼女に、男はずっとついていった。彼女が拳法を始めれば、同じように拳法を始め……剣道を始めれば剣道を……。置いて行かれないように、必死にその背中を追いかけ続けていた」

 そこまで話したところで、荒山の眉が少しだけ下がった。

「そうして月日が経ち、二人が中学二年になった時、ある事件が起きた」
「事件?」
「……男の目の前で彼女が乱暴され……殺されたのだ」
「え……っ」
「相手の人数が少なければ、どうにかできたかもしれん。だが、二人を襲ったのは八人……体を押さえつけられ、口を塞がれ、身動きがとれず、どうすることもできなかったのだ」

 荒山は黙祷するように、数秒目を閉じた。

 その様子を見た澄人は、脳内音声でナオに聞いた。

「(ナオ。この話の男って……やっぱり荒山総主任のこと?)」
「(……はい。詳しい話を聞くのは、わたしも初めてですけど……)」
「(荒山総主任に、こんな過去があったなんて……)」

 何者にも勝てそうな、鍛え上げられた屈強な体からは、想像できない過去。

 けれど、話の内容と荒山の雰囲気は、それが現実に起きたことであると、二人に言っていた。

「……彼女を殺した奴らは、すぐに警察に捕まったが、男は彼女を守れなかったことを悔やみ、がむしゃらに練習をするようになった。しかし……いくら練習しても、何度大会に出ても、何年経っても、勝つことはできなかった。勝てないのは、生まれつき体が弱いせいだと、男は思っていた。けれど、原因はそうではなかった。負け続けていたのは、後悔を背負い続け、過去ばかり見ていたから――過去の記憶の中にいる彼女を救うことを、無意識に考えていたからだ。そのことに気づいた時から男は、過去だけではなく、未来にも目を向け始めた。この先できるかもしれない、新たな知人や友人達を守れるように」

 荒山は自分の右手を見ると、その手をゆっくりと握った

「それからしばらくして、男に新しい友人ができた頃……同じようなことが起きた。その友人が、武器を持った暴漢に襲われそうになったのだ。けれど今度は、守ることができた……未来に目を向け、修練を積んでいたおかげで、同じ結末を繰り返さずに済んだのだ」
「荒山総主任……」
「……過去を忘れ、捨て去る必要はない。だが、それだけを見続けることはもうやめろ。自分に暗示をかけるな。どうしようもない過去を救うためではなく、この先の未来のために、己の体と心を強くすることを考えろ」
「は、はい!」
「……話は以上だ。引き続き、0(ゼロ)……いや、今はナオという名前になっているのだったな。彼女と練習を続けろ」

 澄人の返事を聞くと、荒山は道場から退出していこうとした。それを澄人は呼び止めた。

「あ、あのっ、荒山総主任!」
「なんだ?」
「どうして、僕にこんな話をしてくれたんですか?」
「今のままでいられると、迷惑だからだ」
「迷惑、ですか……」
「心が成長しないままでは、この久重重工にとって邪魔な存在にしかならん。そんなやつがここの正社員になっても、まともな扱いはされん。そうなりたくなければ、今言ったように心を成長させろ。そして、これからも精進し続けろ。今までの評価と、お前の力になってくれているナオの期待を無駄にせんためにもな」
「は……はい!」
「……いい返事だ」

 荒山は澄人に、初めて満足げな笑みを見せると、道場から出ていった。

「よし! 荒山総主任に言われた通り、僕……未来に目を向けて、心が成長するようにがんばるよ!」
「それがよろしいかと(澄人なら必ずできますよ。すでに守るものもありますし)」
「守るもの……?」
「(この子達のことです)」

 ナオはマイクロメモリが挿入されている、耳部分のユニットを指差した。

「(将来、この子達が体を得て目を覚ましたら、澄人は父親として守らないといけませんからね)」
「あ、そっか……僕ってもう、一応父親なのか……」
「立場的には、そうなります。(うふふ。がんばってくださいね、お父さん)」
「は、はい。がんばります……」
「では、練習の続きといきましょう」

 練習を再開する二人。

 その音が鳴る窓の外に、いつの間にか人影があった。

「……なるほど。荒山との会話からすると、あいつが失敗作だって噂は本当のようだな」

 人影は若い男の声でそう言うと、そこから離れていった。

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