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第23話

「…………」

 荒山に「十五分でこれか」と言われ、しょんぼりする澄人。

「始めてどれくらいになる?」
「三ヶ月くらいです……」
「三ヶ月か……。ちなみに、過去にこういった格闘技の経験は?」
「……なかったです」
「では、他のスポーツは?」
「それもないです。もともと運動が苦手で……体育の授業は一応出ていましたけど……」
「ふむ……苦手だと思っているのか」
「す、すみません」
「なぜ謝る?」
「いや……苦手なんて言うなって、言われると思って……」
「苦手なことは誰にだってある。『無理だ』『ダメだ』『合わない』と言って自分に甘え、挑戦することを避け、何も行動を起こさないようなやつより、お前はずっとマシだ」
「そ、そうですかね……?」

 澄人は横目でナオを見ながら、脳内音声で話しかけた。

「(もしかして、僕……荒山総主任に褒められているのかな?)」
「(たぶん、そうだと思います。さっきよりも表情が、若干ですけどやわらいでいますから)」
「(本当?)」

 ナオから荒山に戻した、澄人の視線が向けられているその顔の眉は、確かに先ほどよりも眉間のシワが若干……本当に若干収まっているが、変わっているのはその程度だ。

「(……全然そんなふうに見えないんだけど)」

 すると、荒山の眉間のシワが再び深くなった。

「……私の顔に何かついているのか?」
「い、いいえ! なんでもないです!」
「そうか。……それで、柳原澄人。お前は、なぜこんなことをやり始めた? まさか、急に格闘技の大会へ出場したくなったわけでもあるまい」
「……自分の身を守れるようになりたいんです」
「自分自身のために、強くなりたいということか」
「少し違います。どちらかというと、他人のためです」
「ほう……」
「一年半前……僕は大切な人に、命を助けられたことがあるんです」
「ヒューマノイド暴走事件の時か?」
「……はい。その時、僕はヒューマノイドに襲われて足にケガをして、動けなくなってしまいました。そして……僕を守るために、その大切な人はヒューマノイド達の囮になって……行方不明になりました。あの時、僕がケガをしていなかったら……自分の身をちゃんと守れていれば……手を伸ばすだけじゃなく、何かできていたら……その人は犠牲にならなくて済んだかもしれない……助けることができたかもしれない……そう思うんです」
「それが――それだけ理由か?」
「はい」

 澄人は、それ以外の理由などないと言わんばかりに、強く頷いた。すると、

「くだらんな」

 荒山は強い口調で澄人に言った。

「くだらない……?」

 格闘技の練習を始めたきっかけを――過去をくだらないと言われた澄人は、拳を握りながら立った。

「……くだらないって、どういうことですか? いったい何がくだらないっていうんですか……!」
「理由がくだらんと言っている」
「っ…………」

 歯をギリッと噛み締める澄人。だが、彼は荒山に飛びかかるようなことはしなかった。

「あの時こうしていれば――ああしていれば……そんなものは、今だから言えること……過去のことだ。お前はそればかり見て、後悔を背負い続けている。そんなことでは、いくらやったところで、お前はずっと変われないままだ」
「そんなことはありません! そいう過去があったから……その過去に後悔しているからこそ、こうやって僕は――!」
「なら、お前を守ってくれた大切な人というのは、お前に後悔の念を背負いながら生きてほしいと――過去ばかり見ていてほしいと……そう考えているのか?」
「…………」

 荒山に言われ、言葉を失う澄人。

「柳原澄人。お前は前に進んではいる。前に進み、この第一研究所で実習生として励んでいる。だが……過去と後悔で心を縛っている限り、お前の心は成長しないままだ」

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