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早番で上がらせて貰い、須津と連れ立って部屋へ帰った。道中、須津は常に俺に話しかけていた。
「きみと歩けるのは気分がいいなあ」
「そう?」
「誰もがきみを見てる。人目を惹くね」
視線が気にならない訳はない。
多少の自覚はある、でもそれは親が器量よしだから、譲り受けたものだ。
誇らしいが、自慢じゃない。心を知るひとが現れて欲しいし、見つけたい。
それに、優先すべきは親を安心させる事。
ここまで育ててくれたんだ、俺はそうしたい。少しでも長く生きて欲しい。

片親を失くした辛さ、そして独り身で俺を育てた親の苦労、計り知れない。
傷付いたものを見るのは身を切るよう。

「ごはん作るね、須津」
「本当?!」
「そんなに嬉しいの?」
みおろすと、高揚している。
「何が食べたい? 買い物するよ」
「きみが作るならなんでもいいよ、ああ、でも、温かいもの」
寂しいんだったな。
「すぐに作れるものにしようか。スープと、ああ、須津はパスタが好きかな、食べたもんね」
「きみのだからだよ」
怖いな。

「きみの指先から生まれるものはすべて取り込みたいな」

「……本気じゃないよな。今、自分が何を口走ったか、後で問いただすよ」
生まれて初めて人を指差した。親には、『人を指差すのは最低だよ』躾けられた。
今それをする意味、俺は瀬戸際だ。目の前に居るのは友人じゃない、とち狂いだ。でも俺のせいだ。


部屋に戻ると俺のコートを脱がそうとする須津の手を払った。
加減はしたが納得しない表情をしてる、もう後はない、自覚した。
時間もない。
逃げようと思えば逃げたはず、それをしない俺はまだ何処かで須津が立ち直るのを期待してる。
甘いだろうか。

「何つくるの」
買い物見てただろうに。かごの中さえ見ないか。俺だけか。
腰に張り付く須津に「悪いけどリビングで待ってて」呟くと「待てないんだ」
迷う。
今、ここに戻ったのは間違いじゃないか?
「項が綺麗だね、見上げるとたまらないな」
「うるさいよ」
「え?」
「あ、ごめんね。疲れてるみたい」
『突き放せ』が出来ない、まずい。項垂れた、手段が行使出来ない、でも奮起しないと友人の須津を救えない。

藍色の益子焼の皿にミニトマトのカプレーゼパスタを盛りつけ、かいわれを添えた。スープはミキサーで手早く仕上げて生クリームで伸ばしたコーンポタージュだ。

「綺麗な色合いだ、まるできみだ」
もう聞きたくない。
「僕だけだよね、きみが水色とか青い色を好きなのを知ってるの」
「違う。高田も知ってる」
首を振り、言葉でも突き放したのに、聞いてないな? 動じない。
「どうして、かいわれがあるの」
「神経を沈める働きがあるんだよ、興奮作用を抑制する」
ここまで言わせるとは。
きつい言い方かな、でも言わなければ。
出した皿より、俺を見上げる須津に、何を言えば正解なんだ。悪手ばかりだ。


「聞いていいかな、須津」
もう切り出すしかない。

「俺が本当に特別なの?」
全部、曝け出せ、本音は違うだろ。

「必要なの? ねえ、羨ましいとかじゃない」
須津、きみも可愛い顔をしているのに、どうしてだ。

「自分から来たの、初めてなんだろ」
慣れてないから、俺を独占したいのか、それとも違うのか。
「今を生きる為に、人知れず務めて来た。その様、見たんだろ? それで欲しいって、何かな」
俺には余裕が無い、それくらい分からないかな。
誰でもいい訳でも無い、俺は最優先事項に親の安堵感を与えたいと思うのに。
側で見てたら分からないか。

「須津、きみは大事な友人だ。好意は有り難い。時間は欲しいんだ。真剣に考えるから」

「話したよね、付き合おうよ。きみの時間を全部欲しい、僕だけに使って」

違うだろう、そんなに強がったって、本音は。
俺を独占したい素振りで、須津は俺を見てない。見れないんだ。分かった。

「須津さあ、」
「なあに」

「泣いていいよ」と膝をついて小柄な体を抱きしめた。
「寂しいって言ってたな。ごめんね、早く気付かなくて」



「夜を一緒に過ごしてくれる?」
「会話なら。それ以上はしないよ、俺は須津を軽く扱う気はない。……今はそう思うから」
「好きなんだ、僕はきみが」
痛いほど伝わるが、それだけに大事にしたい。俺を想うあまりに正気を失うんだから。
「努力して、僕を好きになってほしい」

「好きになるのに、努力はおかしくない? 自然と惹かれるよ、」
ああ、そうか。
俺は無意識に須津を同居人に選んだかもしれない。
好意がなければ、一緒に住まないよな。自覚がなかった。不手際だな、そうか。

暴きだすのは俺自身だ。


「須津、俺は全部曝け出すよ。きみは大事だ。友人以上だ、好意はある。だから誘った」

「うん、そうだよね!」

「なるべく一緒に居る時間を増やすから。初めから立て直そうか、俺と付き合って。だから、もう強がったりしないで、そして俺を追わないで。自由を保障してくれる?」
「寂しいことを言わないで」

「須津の自由も保証するから。ね、俺は一緒に住んでるよ。足掻かなくていいよ、出て行かないから、帰ってくるから」
「帰るって?」
「須津、きみの元に。待っててくれるんだろ」

「あまり待たせないで」

「うん。分かった」
可愛い須津を、無意識に独占しようと企んだのは俺なのかもしれない。そうでなければ生計を共にしない。好きだと言えばよかったのか。俺は自分の事しか見えていなかった。


期待を持たせた俺こそ、心が醜い。寂しい想いをさせていると薄々気づきながら放置した、俺の何処が綺麗なんだ。
「悲しそうな顔をしないでよ。きみは気高いままでいてほしい。僕の為に」

なんだって? おい、須津。俺はきみのものじゃない。

「きみの全てに嫉妬する。好きだよ、柏。僕はきみを捉えたね」

曝け出した俺の何処が魅惑するんだ。

「きみを傷付けても厭わないんだ。覚えてくれるよね、きみを最初に傷付けるのは僕だよ。好きだから、手段を択ばない。きみを独占するんだ、ようやく叶った。嬉しい」

戦慄が走った。

早く朝が来ないかな、挨拶からやり直せるか、俺は須津を立ち直らせたい。心を見て欲しい。
俺こそグロテスクな欲望を秘めているのか。
追い詰めた残酷さを痛感する、とうとう狂わせた。

「それで、話は何かなあ。僕を愛してるって言ってくれてないね? どうしたら言ってくれる? 冷めた欲望があるのかな。離さないよ、柏。一緒に夜を過ごしてくれるよね。おはようって、隣で言ってね」

もう無理だ。刃のようなものが突き刺さる。果たして俺は特別なのか。命の危機すら感じる、心じゃない! 体でもない! 思わず顔を両手で覆った。見ていられない。残酷な仕打ちをした!


「嬉しいでしょう? こんなにきみが好きなんだ!」

スカイブルーのニットにミニトマトが潰れて汁気が広がる、組み敷かれる、いやそれどころじゃない。
俺の未来が閉ざされる。


バターンと荒々しくドアを開ける音がした。
「そこまでだ!」
黒字に白い花柄のポンチョが投げつけられ、須津を覆った。まるで花を手向けるようだ、まさか。

フローリングの床を踏みつける靴のセンターが見えた。
俺も好きなドクターマーチン、そういえば一緒に買ったな、サイズがなくて違うタイプだけど。
見間違わない、なかなか売ってないから。高田、おまえか。
薄いピンクと藍色のボーダーのドルマンセーター姿なんて初見だ、でも高田だよな。

「なあ、新宮。住所も教えてくれてありがとう。胸の内を聞けて本当によかった」
高田を見上げるのは初めてだ、
凛々しい顔つきなんだな。

「おまえはオレの特別だ! 守るぞ、ひたむきな想いを闇に落とせるか!」

その握った拳で、何を払う気だ。
「おい、須津! あえて言うぞ。おまえは新宮の幸せを妬んでる。素直に生きる美しいものを黒い欲望で包み込もうとするな、間違うな!」

須津が震えている、花柄が波を打つ。
当確なのか。
暴き出したのは高田だ。俺では敵わなかった。


「新宮 柏、」
向き合う顔に惹きつけられた。
「なに、高田 安智(とも)」

高田が瞬きした、どうしたんだ。

「初めて呼んだな、オレの名前を。聞き流したと思った。よく覚えてたな、新宮。1度しか話してないのに、おまえもオレに、1度しか氏名を名乗ってない」
そうだ、
「オレはおまえの言葉1つも大切にしてる。胸に刻むようにな。発言にも気を付けてるんだ、だから新宮が危機的状態に陥るのも読めた。LINEしなくても、指先で伝えなくても、オレには分かる。惚れてるからな! 心底だ!」

人の想いとは、如何なものか。今、闇を見たばかりだ、高田が眩く感じるが。

「新宮、オレも管理栄養士を目指す仲だ。導くぞ、おまえの明日へな! ここで躓かせるか、誰がおまえを見て来たと思う、オレは新宮に惚れたんだ。容姿だけじゃないぞ、その心だ! そのおちびさんとは違うんだ、振り払え、それで両成敗に落とせ」

「高田、おまえ、そこまで」俺を想ってくれていたのか。

「守るから、新宮。おまえのまっさらな心を全力でだ。応えなくても構わない、オレはエゴイズムの塊だ。片思いでもいい」

いや、そこまでは。身を起こすと片腕を取られた。だけど温かい、ぬくもりがある。

「ただ、今は強引に腕を引っ張り上げるぞ! 放置できない。何度でも言うぞ」

ぐいと引き寄せられて、胸に飛び込んだ。
汗が滲んでる、どれだけ走って来てくれたんだ。
声をかけようと顔を見たら瞳に光、見つけた、この輝きは親以外に出会った事がない。俺を慈しみ守った母親の瞳の光。随分さまよった。このボーダーラインこそ、俺の起点なんだな。

「おまえが好きだ。大切だ! だからここまで乗り込んだ。新宮を失う訳にはいかないんだ! おまえもオレの明日を保証してくれ。一緒に肩を並べて生きていきたい。……特別って、こういう想いじゃないかな」


おわり
ありがとうございました

柊リンゴ







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