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2 おわり

高速道路の料金所のバーをくぐり、出口へ向かう。4トントラックも走行していたんだ。
「もう会社に着くよ、だいぶ飛ばしたからなあ」
あ、もうお別れか。
「ありがとう、今度は僕が運転する。……ああ、あまり同行の機会はないんだったな、」
観世が僕の頬を抓むので「いいい?」と奇妙な声をあげてしまった。

「何遍も言うけど『負けないで』。きみにも光があるからね、俺がいつも見ている光は一瞬で消えさせないから、話す気になればいつでも声を掛ければいい、またスピード上げて飛ばしてあげる」

「いや、酔いそうだった」
オレンジの明かりはともかく、音速の世界は視界が川の流れより早くて落ち着かなかった。

「ようやく閉じ込めた想いを話しそうだな、だけど時間切れだ。よく胸に刻んでおくんだよ。俺はきみの辛さも想いも知っているからな?」

それは、

「タイムカードをスキャンしたら、また駐車場で待っていて。きみは地下鉄で帰るんだろう、送るよ。時間を作るから泣きたければそのとき存分に泣けばいい。でも、笑顔も見たいからそこも宜しく?」



社用車を駐車場に停めて、観世が先に会社へ向かって歩き始めた。
疲れているのか、両腕を夜空に掲げると伸びをした。
細い腕だな、しかしずり下がる袖から覗く前腕新筋群は艶めかしい。一本線が通っているように見える。
眺めていたら優れた腸腰筋にも気が付いた。
相当、もてるだろう、魅力もあって器量もよくて仕事のできる男か、

君なら流れ星だって掴めるんじゃないのか。
望むなら雲の上まで届くかも。

僕だって知ってる、君が元から汎用性のある優秀な営業担当じゃないって。
人知れず努力しているんだろう。
営業活動がしやすいように、各部署へ顔を出して名前を覚えてもらって円滑に進めている。
名前は個人のものだから覚えると情が湧くのかな。
僕も観世彗貴の名を覚えて呼ぶようになったら気楽な感じはするが、どうしても卑下してしまう。
彼は着々と出世への階段を上がる。取引先からの信頼も厚い。この2年で大きく飛躍したんだ。
最初から武器を持って戦う強い勇者なんてどんなRPGにもいない。
始めは木の棒だ。

「あのさあ、」
僕の声に観世が思いも及ばない様子で見返った。

「僕は大丈夫だ。この靴で君をどこまでも追い掛ける」
営業で出歩く為に履く、底が減りにくい国産ブランドの革靴のセンターを指さした。
靴のセンターには容赦なく雨粒が叩き付けるが、拭けば使えるんだから。
観世が微笑んだ。
「瞳を潤ませながら言うから星の瞬きみたいだ、さっき言っただろうに。俺の前でしか泣かないようにって、……ああそうか」
僕が駆け出すと彼もアスファルトを靴底で蹴った。
抱きしめあうのは初めてだ、観世は仄かにミントの香りがする、スーツに香らせているのか?
スピードを出した爽快感かな?

「ごらんよ、丁度雨が降ってきた。これなら誤魔化せる」
観世の髪が湿っていく、早く会社に戻らねば。

「俺のスーツもきみの涙で濡れたから、だよ。もうお互い大丈夫だ」
彼が楽しそうに一笑して身を捩った。
「不安だったのはきみだけじゃないんだ、傍にいた俺もそうだから、行くよ。会社に戻ってまた明日から駆け回れるように美味しいごはんを奢ろう」


面倒見がいいんだなあ、このやさしさは知らなかった。
適わないな、本当に。

「何が食べたい? 食欲はあるの」

食べたいものと言われても迷うな、とりあえずミントの紅茶とか?
「じれったい。頬を貸せ」
観世に両頬を手で包まれ、キスされた。
口の中にミントの香りが漂う、ガムか? 
「眠気防止のガムだよ、きみが全然話をしないから」
いきなり?

「なんだ、まるでうちの弟みたい」
へっ、弟とキスしてるのか?
問題発言、看過しない! 信じるべき言葉はない!
「往生際が悪い。ここで藻がかない、本当に弟の幼い頃に似てるな、目が離せないのはそのせいか?」
「まだおかしな事を暴露か、もう聞けない、僕の中の君が壊れていく!」
抗うがネクタイを掴まれてつま先立ちになった。
「話しただろう、俺は大層な人間じゃない」
やめろ!
「留学経験があるから抜けないんだよ。挨拶、」
はあ? じゃあハグも。好意じゃないの?

「がっかり? なら言おうか。俺をどう思うのか理が非でも話してごらん。念を押すけどブラコンではないからね」
迫られると君の顔が直視できない、唇の匂いを思わず嗅いだが。
「やるなあ。寸止めか」
観世がほくそ笑む。してやったりなのか?

「この香りを辿って俺を追い掛けて来い、夜空に消えるんじゃないよ? 夜這い星」

ヨバイボシ?

「意味は分かる? ずっと呼び掛け続けるって事だよ。平安時代の女流作家が書き綴った」
へえ。
でも呼び掛け続けたのは君だろう。
「……唖然とした。強気なのか呆けているのか定かじゃないな。きみは想いを口に出さずとも表情で訴えていたよ? さながら俺は『星が走る』方だけど」


君は古風だとは思ったけど、博学か。
負けられない。
ああ、追い掛ける。僕だけ空回りは許せない。
流れ星にお願いするべきだった、音速で駆ける観世を追えますようにと。
違う。
また同行したいんだった。この揺れる感情は戦友だからか? 友情か、僕はまた労わって欲しいのか。
気持ちの整理ができなくて観世のジャケットの袖を握りしめた。
「あのさあ、人間ってそうやって立ち往生しながらも前を向いて生きるものだから、色めきたたずに俺を見れないのか?」
観世が濡れた前髪をかきあげたが怒ってはいない情態。
同僚なのに仕上がっているなあ。

「雨が降ろうと槍が降ろうときみの話を聞く。夜這い星へ祈るように3つと言わず限りなく願いを叶えてもいいよ、ちゃんと想いを打ち明けたら受け止める所存だから。きみのその光は俺にはかけがえのないものなんだ」

どうして僕なんか?

「俺をずっと想って見ていたんだろう。『思いは思わるる』んだ。ありがとう」

そんな諺があるのか。僕は確かに意識していたから歯向かえない。

「雨で体が冷えたなあ、きみは車に酔ったとも言っていたな。じゃあ、いいカフェがあるんだ。有機野菜たっぷりの拘り温スープとか、」
思案しながら会社へ戻ろうとする濡れた背中に飛び付いた。観世が予想しなかったらしく前屈仕掛けた。
度肝を抜かれたのか、態勢を崩して革靴が水たまりを蹴散らすが香りを辿れと言ったよな?
背後からは卑怯だと言わせない。 
願いも叶えてくれるんだろう。君の言葉は信じるから。

「僕は、なんでもない日常が欲しい。観世彗貴、また今日みたいに音速で連れ出してくれるか?」

「……つむじ曲がり。おんぶじゃなくて俺の正面においで。濡れたスーツが重苦しい」
確かにそうだろう、
「それと思いのたけを話して欲しい。まあ、分かるけど。俺も夜這い星が好きだから」



おわり

ありがとうございました

柊リンゴ


プライベートで「やさしくなりたい」と願い、この思いを明るく昇華したく思い挑みました
気持ちが沈んだ時こそ奮起だと悟りました
あなたに楽しんでいただけたら幸いです

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