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並行して走る白金色の車体が閃光を放つ様を見たと思ったら、瞬時に抜き去って駆け抜けていく。
滑らかな走行に迷いがない。音速の世界。

高速道路を突き進むと意外に静かなんだ。
車のライトとトンネル内のオレンジ色のライトが眩しく照らし、進行方向を違わせない。
追い越し車線を走行すると気分が嫌が応にも気分が高揚していく。
信号もない、止まらない。こういうものか、普段は高速に乗らないから知らなかった。
一般道ばかり車で走っているから。
「怠そう、」
運転している同僚の観世 彗貴(かんぜ・あき)にぼやかれた。
「運転させているのに悪いね」
「幸在 星南(こうざい・せな)、謝るより俺が居眠り運転しないように話しかけようか。助手席に座る者の役目だから」
「煩くない?」
「きみが煩わしいときはシカトするから平気」
こっちの立場はどうなんだ。
「で? 何か話せば」
急に言われても話題がなあ? お、閃いた。
「音楽聴こう」
「何を選んだの」
ルームミラー越しに見られた。
「和訳すると『美しき生命』って曲だ、イギリスのオルタナティブなロックバンドの代表曲!」
自信満々に推した。どうせ観世は知らないだろう。
「ああ、それ好き。かけていいよ。俺も訳した<私が信じる言葉はなかったんだ>の行が懐古的でいい。なんだ、趣味が同じなのか。じゃあこのまま幸在を連れ去るか!」
「今なんて?」

「おかしい、余裕がない。きみは俺と同じ年のはずだけど、冗談を真に受ける程、お子様かな?」
ハンドルから話した右手の指を曲げて口に当てている、笑いを堪えているのか。



会社は灰色のビル、ここに僕は落下した。
第一希望の会社に受からず第二も『他社とのご縁をお祈り申し上げます』温かくないメール。
もうここしかないのか、半分やけで受けたら採用されてもう2年。
商社の営業職なんて勤まるか、すぐに辞めると不貞腐れたら意外にレールに乗れた。
それは僕の力じゃない。
同行する同僚の、観世が有能だから。
たまに単独で営業活動すると彼の有難味が身に染みる。
僕では落とせない卸価格を彼なら平気で原価すれすれ際まで落とす。
代わりに数量をさらう。
敏腕だと認めるよ、同僚の中では出世頭だろう、間違いない。
「今日さ」
あれ、運転しながら話すのか。
「まあいいや」
なんだそれ。
「幸在は話したい事があると思うけど、俺には言えないの。上司にも言い難いだろうに」
もしかして提示した案件が通らなかった事か。
自信はあった、これなら数量をとれると挑んだら取引先の担当者に却下された。
いつもなら「価格を落としたまえ」と打診されるのにそれすらなく一見で払われた。
ショックだけど致し方ない。
隣に腰かけていた観世に、失望を悟られたくない。
君は僕より優秀だから鼻で笑う気がした、そんな弱い自分を見せたくない。
でも今、話し掛けられて視界が滲んできた。
僕を見ないでほしい。

「負けないで。きみが傷付いているのは知ってるけど、努力しているのも分かってるんだから」



高速道路のオレンジ色の点灯が観世の横顔をやさしく包んでいく。
そういえば女性をこの色の明かりで照らすと美しさが増して見えるらしい。
彼は女性的だろうか?
いや、男前だ。クラスに1人いるかどうかの端正な顔立ちで相手に不足しない感じがする。
背丈も180近くあるはず。僕は並ぶと見上げざるを得ない、軽く10センチは差を付けられた。
くわえて細身の体格はスーツが実によく似合う。欠点なしか? 学生時は相当遊んだろう。

「商材を売り込むのは他社との戦いだと理解しているはずだ、きみが出した包材のアイデアが無機質な感情で跳ねのけられても覚悟はあっただろう。俺だって全てが上手くいく訳じゃない」
うそだあ。
「疑うか? 信じるべき言葉を投げ掛けているけどね。全ての案件が通るなんて有り得ないだろう、個人の好みもあるし、取引先の意向があるじゃないか。まあ、きみの場合は・今日はタイミングが悪かったんだよ」
タイミングだって? 商談の打ち合わせ日は前もって確認してある。

「取引先の担当者が虫の居所が悪い顔をしていた、それだと思うから」
許せない。
「観世の指摘が当確なら担当者は業務なのに私情を持ち込んだのか、酷い、僕は」
「冷静に。相手も人間だよ」
観世が左手で僕の頭を撫でた。顔は向けてくれないけど人肌が温かい。
ルームミラーを見たら視線が一瞬視線が合った。

「きみの提案した包装紙はやさしさに溢れた柄だった。性格を表すように見えたよ、いつか報われるから。その頬に流れる雨はどうやったら消せるんだろう、俺は話せ・と言ったけど」



泣いてない、と無言で首を振った。
それに話せ・と言われても。
きっと僕のカン違いなんだろう、先方が探していたのは女子向けのかわいい包装紙だ。
僕が提示した包装紙は『プリュジュール』という名称でぬいぐるみのテディベアが印刷されたもの。
半晒クラフト紙で757X1060、50枚入り1束を3770円で売りたかった。
しかし却下された。子供っぽいかな。
採用されたのは観世の方。
『和華』という名称で薄紫色の地に手毬と扇子、すみれに桜の花が印刷された雅なものだった。
上質紙だからクラフト紙より包みやすいし、528X750の半裁版は用途を問わないから使い勝手がいい。
しかも50枚入り1590円で提示して、落とされずに提示内容を承認された。
受注は250束。敗北感しかない。
まざまざと実力の差を見せ付けられたんだ、促されても愚痴に成るのは分かるから言えない。

それに観世には弟がいると誰かからまた聞きした。
僕を弟扱いだろうか、頭を撫でるし「話せ」とは、辛いんだけどね。
憂鬱だ、早く会社に戻りたい。
すると観世が速度を上げた。
え、高速って110キロまで出していいの?
「観世、危ない」
「知ったこっちゃない。きみが話さないからこの光溢れる道の先へ連れ出すしかないだろう」
会社か、なんて話そう。
いざとなると報告書が提出しづらい、提示内容が全滅なんて。
「狼狽えない。正直に書くしかないのが業務。苦言を呈されても気付かないふりをすればいいだけ、大丈夫だから」
なにが大丈夫、

「俺はきみが痛みを隠そうとしているのも知ってる。だてに同僚じゃないんだから」



観世のしなやかで長い脚が勢いづいた。
またアクセルを踏んだな、平気か。
トンネルを抜けた、遮音壁が聳えて街並みが見えないが夜空が紺青色で、こんなに空は高いのか。
そして観世が速度を出すので突き抜けていきそう。
泣いている場合じゃない、音速の世界が駆け抜けていく。
大丈夫、か。
言い聞かせてみよう、僕は大丈夫なんだ。

信じようと決めた時、ジャンクションの開けた視界に何かが過った。

「あ、今見えた」
身を乗り出そうとしてシートベルトに捕らわれた。
「なに?」
「流れ星だと思う、一瞬で消えた」
「きみみたいだね」
え?
「どんな空の下でも追い掛けて来ているんだろう」
「何の事」
ギアを握っていた左手が僕の肩を押して姿勢を正させた。細い指先に結構、力があるものだ。

「きみが俺を目指して走っているのも知っているから、気を許せばいいと思う」



誰にも話していないのに?
でも話すきっかけが掴めない。
「ま怠い。あと、10分もないよ、俺が傍にいるのは」
「え、もう着くの」
観世が苦笑する。インターチェンジから合流する自家用車が目立つとは感じたが、そうなんだ。

目指した彼はまるで雲の上の存在に思えていた。
それでも同僚だから追い付きたいと願うし、その積りで今日は同行した。
流れ星に例えらえるとは思わなかったが。
僕は一瞬の輝きでどこかへ落ちるのか、出だしからそうだもんな。

「俺は自分で言うのもおかしいけど、きみとは業務成績で差がある。きみにとって遥かな場所なんだろう、でも負けるかも知れないと分かってて今日、俺と同行したんだろう?」
まあ、確かに。

「俺はそんなに夢見る存在じゃない。きみの同僚だし、呼べば駆け付ける」
「夢は見てないけど、まあ、目指したいのは君だ」

「なら、今日みたいな事があれば俺に話すようにして。泣き顔で帰社するより笑顔の方がいい、それだったら上司も突っ込まないから身を守ろうか」
泣いていないけどな、

「強がり」
観世がハンドルを指先でリズムを刻むように突く。
「えっ」
「その勢いで包材を売り込めば次は勝てるんだから傷付くことに怯えず、そして相手に怯まずに戦えよ?」
観世が諭してくれてる。

きみは戦友なんだ、目指す場所でもなく痛みを理解してくれるのか。

「誰でも傷は付くんだから。俺だってそう、人はまっさらな美しいまま生きられないんだ。何かしらで傷付いて、それを踏み台にすべく無様でも這い蹲ってやがてまた走り出して成長するものだと思うよ」

観世、君は大人なんだな、大差を付けられたもんだ。
しかしどんな経験をしたんだろう。同じ年で人生を悟るなんて。

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