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98話 恋敵

「バインド、行きます!」
「おし、行くぜ! 破ッ!!」

 第二階層ボス、コボルトロード。やたらと硬いバックラーが厄介な敵だ。でも今の俺達の敵じゃない。

 かなり離れた位置で、ヒメが行動阻害のデバフを掛ける。動けなくなったコボルトロードの取り巻きはいいマトだ。一回、二回、三回、四回、五回。取り巻きの数だけ、俺は愛刀雷電を振る。
 直後、五つの魔物だったモノが地面に横たわった。不可視の刃(ステルス・エッジ)と名付けた、雷電を介して魔力を斬撃として飛ばす技。

 突如取り巻きが全滅して狼狽するコボルトロードは、俺と目が合うと突進して来た。俺はその場で雷電を鞘に戻し、腰を低く落として迎え撃つ。

「ふッ!」

 すれ違う瞬間、神速の抜刀。鞘の内に纏わせていた雷撃がスパークし、青白く辺りを照らす。

 ――チャキン!

 納刀の音と共に振り返ると、未だパチパチと帯電しているコボルトロードの、上下二つに分かたれた残骸が地面に転がっていた。

「さて、魔石だけでも拾って次に行くか」

 残念だが、俺達は便利な収納グッズは持ち合わせていない。だから出くわした魔物は魔石しか回収していない。
 俺達を導くかのように通路に放置されていた魔物の骸も、やはり魔石だけが抜き取られていた。恐らくシルト達だろう。あいつらは魔法鞄を持っているから魔物の素材が惜しかったら回収して行くはずだからな。けど、今更こんな小物の素材を欲しがるとは思えない。なのに魔石だけが抜き取られているのは魔法銃の為に魔石が必要だからだろう。

「この撲殺された魔物達は……ある意味私の被害者ですね……」

 第三階層に入っても、通路の至る所に放置されている魔物の骸を見てヒメが力なく笑う。死体は皆一様に頭を叩き潰されている。間違いなくシルトによるものだ。

「私もみんなの事を仲間だと思っています。でもレンを誰かに取られてしまうかと思うと――」

 言い訳や謝罪なら、あそこにいる人達にするべきだ。

「ほら、いたぜ? 一人でいけるか?」

 第三階層ボス部屋へと続く一本道の奥、扉の前のセーフティーエリアで呑気にお茶会をしているシルト達が見えた。

*****

 あれ? お姉ちゃん?メッサーさん?

「随分と荒れているようだね?」

 そうなのかな? 確かにヒメの視線を受けてから、やり場のないもやもやした気持ちになって。なにかあたし、悪い事したかなぁって。心当たりがないから苛立って。

「……ヒメがあたしに嫉妬したのは分かるんです。でもあたしがレン君に色目使ったとか誘惑したとか、そんな事は一切ないのに悪意をぶつけられるのが納得いかなくて。魔物の頭潰しまくって来ました。えへへ……」

 思えば、メッサーさんと出会ってパーティを組むまでは、悪意をぶつけられる事に慣れていた。
 ううん、心は傷ついてたけど、へこたれない強い心だった気がする。それがいつの間にかメッサーさんと、そしてお姉ちゃんと暮らす日々が心地よすぎて心が弱くなっちゃったのかな。

「あたし、戦闘は強くなったけど心の防御力は減っちゃったみたい」
「ヒメの依頼は破棄してきたんだ」

 え? お姉ちゃん、何言って?

「シルトを苦しめる人物の依頼なんて、私達が受ける訳がないだろう?」

 メッサーさん?

「こういう時は美味しいお茶と甘いお菓子が心を癒してくれるんだ」

 そう言って魔法鞄からお茶会セットを取り出し、熱いお茶と甘いお菓子を振舞ってくれるお姉ちゃんとメッサーさん。

「そうやって優しくするからあたし、弱くなっちゃうんですよぉ……」

 そうか。お父さんが死んでから縋るものが無かったあたしは、強く生きなきゃって気持ちが強かったんだ。でも今は、縋れる人がすぐ側にいる。

「ボク達は家族なんだよ? 家族が弱ってたら支えるのが家族だよ。ボクとシルトが逆の立場ならシルトはどうした?」
「えっと……撲殺?」
「「やりすぎだよ!!」」

 うふふ。このやりとりで倦んでいた気分が少し晴れた。そして一本道の向こうから近付く気配に目を向ける。アイギスが無反応なのは敵じゃない証拠。でも今はあんまり会いたくない人達。

「あの……皆さん」

 ヒメ。それにレン君。こんな所まで追いかけて来たんだ。

「そんな所に突っ立ってないで話があるならこっちにきたまえ。お茶くらいご馳走するよ」
「……はい」

 メッサーさんに促され、ヒメがあたしの隣、といっても少々空間があるけど。そんな微妙な場所に座る。

「……それでこんな所までわざわざ追いかけて来て、まだ何か用かい?」

 うわあ、お姉ちゃん、結構怒ってるよ……
 メッサーさんはカップに口をつけながらちらりと横目でヒメを見る。レン君は少し離れた所からアイギスを手招きで呼んで餌付けしている。アイギスはあたしの次にレン君に懐いているのよね。

「はい」

 ヒメはお姉ちゃんのプレッシャーにもめげずに姿勢を正した。そしてあたしの方に向き直る。決意に満ちた表情。肩に届かない程度の長さに切り揃えられたふわりとした栗色の髪。出会った当初は色白な印象だったけど、今は鍛えられたのかやや健康的になった肌の色。すっと通った鼻筋に意思の強そうな大きな瞳。こんなに整った容姿の人があたしに嫉妬?

「シルト。先程はごめんなさい」

 生まれ持った上品さや高貴さ。女の子らしい可愛らしさ。ちょっとした仕草ですら同じ女の子のあたしが見ても可愛いって思う。そんな、あたしが望んでも持ちえないものを持っている女の子があたしに頭を下げている。

「……あのね、あんたね!」
「え?」

「あんたね! そんなに可愛くて可愛くて可愛いんだから、つまらない嫉妬なんかしないでドンと構えてればいいのよ! あたしみたいにおバカでガサツで怪力で、周りから撲殺とか脳漿とか脳漿とか! そんな事ばっかり言われてるあたしに、女の子の魅力であんたに勝てる所なんて1ミリもないの!」

 ヒメはあたしにないものを全て持っている。そんな人に嫉妬されて、一方的に悪意をぶつけられた。迸る感情が口をついて出てしまうけど、止めようと思っても止まらない。

「シルト……そんな事はないのですよ……」
「へ?」

 静かに、でもきっぱりとあたしの言葉を否定するヒメ。

「シルトはいつも輝いています。私など所詮野に咲く花。ですがシルトは全てを暖かく照らす太陽です。シルトがいる所には笑顔が溢れています。私にはシルトが眩しすぎて……そんなシルトが恋敵になってしまったら私など……」

 ヒメが弱弱しい笑みを浮かべながら首を横に振った。

「は、はあ……?」

 えーと? この展開はどこに転がっていくのかしら?
 

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