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お店が開店すると、お客でごった返した。この盛り上がりはいつ見ても高揚する。
人気店でのバイト、誇らしい。
商品出しをしていると背後に悪寒。
「お客が居るのに商品出しかね、きみは」
は、
「ストック分を出して、売り逃さないようにと思いましたが」
「声掛けが先だろう」
確かに、でも自由に見せてあげたい。
あまり、声をかけるとうざい店だと思われる。
実際、僕がここで買う時、誰も「この服は可愛いですよね」などと他店でのような密着はなかった。
弟も「そこがいいんだ」と話してた。
自由にお客様を回遊させたい。
僕は間違っているのかな。

「恐れながら、地区長、」
地区指導、

「お客様の前です。お控え下さい。スタッフを罵るなんて、聞かれたらこのお店は失墜します」

「まあ、そうだな。しかしだ」
「自分が伺います。お店を出ませんか。彼は、彼なりにお客様への奉仕を行っています。勿論、声掛けも必須ですが、売れる時に棚へ並べませんと。ストックルームで眠らせては売り上げに関わります」

「地区指導がそこまで言うなら留飲とするかな」
「感謝します」
45度まで頭を下げた。上司に対する姿勢、この方は遜っている。倫理観が強い。
間違っているのは僕か、働くと言う事は、自分の意志を曲げてまで仕えるのか?
この方は自由になりたいんだ。羽があるのに。美麗な天使の羽が。
そして青い空が嫉妬しそうなくらい、輝いているのに。


地区長が「また近日、来よう」と立ち去りかけた。おつきのものが慌てて侍従する。
地区指導が一礼した。この方の管轄の店だからか、何やら申し訳ない。
「その少年。綿屋だったな」
「はい」
「商品整理も接客も良いがディスプレーだ。お客の目を惹くものを心掛けよ。綿屋、人目を惹くものが頻繁に来訪しているはずだ。学べ」
地区指導の事かな、
「流行を先取りだ」
クレープとか、勉強しないと。
「地区長、自分が指導します」
髪が揺れて、翻るジャケットの裾。お尻が見えて、僕もスタッフも息を呑んだ。
この修羅場でも、いかんなく己を発揮か、
「お任せ下さい」
この細い背中に、お店の業績が圧し掛かる。

「精進します」
力強い、なんて凛々しい上司だ。

「辞めるまでは」
おい!

「地区指導、きみが退職するのは許可しない」
「辞表は出しました。自分は己の道を歩みます。踊り子ではありません」
「きみが駅前ビルに出店したわが店を年間3億の売り上げを叩き出した業績を評価しているのに、何だね、きみは未だに愛しいものを去らせた悔いを投げつけるか。子供ではなかろう。未練がましい」
嫌味かよ、それが上司の態度か。
そんなに地区指導を手離したくないのは分かるが、固執だ。

「自分はくれ行く空の元、呼んだら駆けつけた子を育てようと思います」
え、それは。



「水色の空にように爽やかなチェックのシャツ姿に、未来の光を見ました。自分が全てを諦め見上げた空の色より鮮やかでした」
僕の服、に。

「偶然でしょうが、彼はドットのシャツを買いました。自分の生きざまに汚点があると知らされた面持ちです」
そんな、

「もう悔いが残る生き方をしません。元々、自分は靴職人の親に育てられました。何時かは継ごうと。しかしカバンをデザインし人生の度に出たく存じます。携えるのは業績ではありません。己の人生です。もう、好きにさせて頂きます。怖いものはありません」

この生き様は、見本だ。僕はこういう人に成りたい。
美しく、気高く、そして揺るぎない。

「地区指導、きみは手離さん」
そんなに好かれているんだ。

「何を言われようとも。3か月後にはお別れの挨拶をさせて頂きます」
「せめて半年だ、もう譲らん。きみを慕うものは多勢だ。士気に関わる」

「畏まりました」
その横顔、言う事聞かない感じがするけどな。
強気だな、そうでなければ指導者に成れないか。

「地区指導、本部へ戻る。きみもつき合え」
「直ちに、」
疲れたのかな、頭を振って髪をかき上げた。
麗しいな。
あの渋い顔をした地区長が怯んでる。何だ、皆同士かよ。ガッカリだぞ、大人め。

「じゃあ、皆。あと、頼むね」と見返る笑顔が眩しい、疲れているだろうに。気遣いを怠らない。
「地区指導、退職なさるんですか」
縋る店長に「はい、お世話に成りました。ああ、後、店長」
「なんですか?」
「その子。綿屋碧くん、さらいます。俺の人生、捧げます」





ひいいいとスタッフの悲鳴が木霊した。
おい、マジなのか! 地区指導、僕が先に惹かれたのに、好きになってくれたんですか?
「綿屋くん。公言したからね。迎えに来るから。それまでは販売経験を積んでね」
「はい、」

「店長、いじめたら承知しませんよ? 元々、俺が拾った子です。呼んだら来たんです。追いかけなくても、来てくれた子です」

「それは面接だからですよ、地区指導」
店長の言う通りです、

「いや? 俺は面接は店長職以来、していません。綿屋くんが初見で可愛いと思いましたし、俺を追いかけてバイトするなんて、見所がありますよ。実際、個人売上、上位ですよね。確認しましたよ。期待してたら結果を出した。貰います、もう目の前から大事なものを消させない」

「おい! 地区指導、本部へ戻る。戯言を止したまえ」
「失礼します、」
スタッフに一礼して、地区長に従って去る背中を見つめた。
そこまで僕を買ってくれたなんて。
沁みる。

「おい。綿屋くんよ」
ひっ
「どういう事かな。地区指導があんな事を言うの、初耳だけどね。怒りが治まらん」
「綿屋! 木綿布団にしてくれる! 1人占めか。仕事を教えたのは先輩であるオレ達だぞ。それも地区指導が目をかけたから致し方なく、だ。恩を仇で返すか、馬鹿野郎!」
僕も辞めたい。



帰宅して、パソコンでカバンを検索してみた。地区指導の言い方なら、本革のカバンを扱うだろう。
「……値段が高いな」
僕が使うポーターでも、お小遣いをためて買ったものだ。
ナイロンなのに2万円切る。
メンズの本革トートバッグならB4サイズが売れるのか。
書類とか入れるし、タブレットも入る。
イタリア最高級革使用で10万5千円。桁が違う。
話してくれたクロコダイルは幾らかな、は! クラッチバッグで16万2千円。おいまて。

あ、スマホに着信だ。「はい、綿屋です」
『お疲れ様、越後です』
好きだけど、地区指導。
無茶振り。
『明日、時間空けれるかな? 急に時間を作れそうだから、ちゃんと、』
なんだろう。
『口説こうかと思って』
「十分です、というより身に余ります。どうして、僕が」
『好きだった人に、似てないから。かな? 俺が追いかけないの、分かってた人だったんだよ。それが辛くて引きづった。青い色がひろがる快晴の空の日だった』

電話で聞く話じゃないな、会わないと。この人は傷ついている。

『気遣わなくていいよ。きみには感謝している。だから、さらう!』

電話でよかった。息絶える。

『ん? 俺じゃ駄目な事ないよね。追いかけてきたもんね。分かってるよ、  くん』
「越後地区指導に惹かれました。追いかけました。先に告白させてすみません、男気に再度、やられました。……僕でよければ、お力に成ります」
大人の色気を漂わせながら強気かよ。敵わない。


後日、一緒に街を歩いた。見返る人の多い事。釣り合うかな、僕は。
「綿屋くんを見てると甘いものを与えたくなる。美味しそうに食べるし、まあ、きみは何をしていても楽しそうだよね」
「そうですか?」
自覚は無い。
「実は知ってた。弟さん、あまり顔が似てないね。綿屋碧くんのほうが好みだ。可愛い」
歩きながら口説くかな、余裕なのか、無垢か、それとも。いや、考えてはだめだ。

連れられた先は越後地区指導の部屋だった。意外。
白を基調とした部屋だ。純白のインテリアは、自由への憧れに思える。雲だ。青空がないんだ。
「地区長から頂いたんだ。一緒にどうかと思って」
出されたのは大きなパイに見えるが。
「ガレットデロア。中に陶器の玩具が隠してある。で、このケーキの意味が分かる?」
「教会で食べるものですよねえ」
「後継者選びの際に、切り分けて食べるんだ。碧くん、きみに俺を託すと言われたんだよ。感謝するね、食べようか」

あの強面が? 僕をそんなに買ってくれたのか?

「そんな驚かなくていいよ、俺が真剣に誰かを想うの、無理だと思ってたみたいなんだ。ただ会社で囲うつもりかと思いきや、きみのおかげで視野が広がった。勘違いしてた。地区長に詫びたよ」
「では仕事を?」
「1年先延ばしにした。後継者が育ってないからね。きみには少し待ってもらうけど、そのほうが親御さんも気持ちよく手離すだろう」
勝手な事を。
まあ、嬉しいですけどね。
「切るまえにさあ、」
「はい?」
食べようとフォークを手にしたのに。ケーキナイフを置いてどうされた。
「俺を好きだと言ってないよね?」




「言っていいよ、さあ、どうかな」
この天使、見下してる。

「好きです。惹かれました、何か負けた感じさえします」くやしいなぜだ。

「うん。俺も好きだよ。捧げるよ、きみに全部。だから、等価交換だ。きみを貰う」
「はあ、」
ここまで好きだと言われたことないけどな、いいかな、幸せだけど。
「あ、つまみ食いした?」
「へ?」
とん、と床に圧されて転がると圧し掛かられた。「ち、地区指導」うわ、顔が近いし、自慢の髪が揺れてお顔を塞ごうとしてる。光をおびた瞳が僕しか映していないんだ、陰影が麗しい。
「迫られた経験もないかな、教えてあげるよ、カバンも持つし、きみも抱える、それくらいの腕はある」
唇が重なり、吸われた。
心臓が早鐘を打つ、どかんと!
シャツを捲られた、素肌を撫でられて思わずジャケットを握り、身をよじった。
熱くてキツイところがある、どうしたら。
触って欲しいなんて言えないな、せめて悟られたく無いが「は、」吐息が漏れる。
臀部も撫でられた、確かめてるのかな、経験を。恥ずかしすぎる。
「くるし、」漏れる声、反らす体、僕も全部捧げる、大空のように全部見せる。惜しげなく。
「ちくし、」
「一気にいく前に、接客レベルを上げようか、碧くん」
「は?」
「俺の言う事、聞けるよね」
薄目で誘うか、やられたぞ。
「ん、そうだな、全部仕込むか。革もなめしが必要だし、俺に慣れてね」
「しょ、精進します、」
こんな綺麗な上司に、迫られる。幸福が過ぎる。贅沢が有り余る。
「よし。じゃあ、切り分けようかな」
するりと身を起こされて、あら残念と思ったら「また今度ね、ちゃんとしてあげるから」とほほ笑まれた。敵わない。
「好きだよ、碧くん。お願いがある。俺の前から消えないで。まあ、今度は追いかけるけどね。どうやら俺には羽があるみたいだ。きみを捉えて思い出した。自由な青い空だ」


おわり

ありがとうございました

柊リンゴ

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