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来るたびに思うが、この大手企業の要するショッピングモールは客足が落ちない。
企業努力を見習わなければ。痛感するな。
しかしだ。統括本部長はぶれが激しい。
オレを大事にして、上へ引き上げてくれた恩はあるが。さて非常に切り出しにくい案件だ。
「香しいな、生田莞部長補佐。漂う色香でオフィスの女性陣は動揺を隠せず休憩室へ直行だ」
「仕事をさせるよう指示なさって下さい」
「きみが来るからだろう。何かな、その濡れた髪は。乾かす間もなく私のところへ来るとは。如何なる案件だ。察するにジューンブライド。6月に結婚式を挙げれば花嫁は幸せになれるという」

流石、大企業の幹部、
侮れないな、矢張り。

「出迎えるかな。嫁入り道具は要らんぞ」
「違います」やはりか。
「花を背負った美麗な生田莞部長補佐。きみは濡れた髪で散歩するほど酔狂ではないだろうに。焦るな、時を越えた恋愛もこの世にあると聞くぞ」
「最近、何かおかしな曲か本でも読まれましたか?」
「情報収集は欠かさない。幹部の務めだ。きみにも分かる」
「都築部長、情報収取の前に提示したい案件がございます。お時間を頂戴します」
「猛々しい。そうか、流石にきみでも結婚という文字には真摯に受け止めるのかな」
は?
「人生において、女性は苗字が変わる。男性は伴侶を得て、生計を支える。これは幸せになるための覚悟といえる。けじめ、とも言うな。生田莞部長補佐。ようやく柔軟性を持ち、周りが見えたかな」
「え、まだその域には、」
「上京課長補佐と共に居たいと管理職を願った。しかし代価を支払い、きみは傷を負ったな。そろそろ先を見てもいいと思うが如何かな。会社に囲われた麗しい部長補佐。仕事だけでは寂寥感を滲ませないか」


「余談は終わりだ、提示しろ」
「はい、」
久しぶりに圧を感じたな。
「結婚式用の引き出物を貴社でも扱っておられますね。地味婚が増えたとはいえ、ブライダル業界は成長著しい。大手は年間607億円の売り上げ、シェア率が実に22.9%、式に参列した方がリピーターになっている可能性が見受けられます」
「そうだな」
「貴社での取り扱い品目も増加されていますね。カタログで。店頭より、引き出物はカタログで参列した方に選んで頂くシステム。これに力を注がれる」
「見ているね」
「弊社では商品を提示出来ません。食品の取り扱いはないからです。しかし彩る資材をお話したく存じます」

持参した持ち手が水色の白い紙製の手提げカバンを差し出した。
「ほう、これなら高級感があるし爽やかだ。持ち手の水色と内装が同じ色。女性に受けるし、二次会まで持ち込める。かさばらないしな。それで?」
読まれてる。
「女性の艶やかな服装を邪魔しない白い色。何故なら花嫁が着るから、呼ばれたものは白を着ない。鉄則だ。男性も同じ。花嫁より派手なスーツを着ない。喜ばしい席での祝宴の主役は2人だ。それから?」
負けてる、
「引き出物がカタログと読んだまでは及第点に及ぶ。情報を収集したな、だが目溢れだ生田莞部長補佐、これを選ぶものを想定したかな? 幸せなものを見て涙するものを見えるかな? 紙じゃないな、
きみの濡れた髪でもない。加工が必要じゃないかな。涙を浸透させないものだ」


「及ばずながら、エンボス加工とマットPP加工のカバンも持参しました」
迷って持ち込んだものが当たりとは、
「この表面には繊細な花柄の浮き出し加工がしてあります。今、お手にされてものより高級感がございます、如何でしょう。260X160X260、同じ大きさですが、PP加工で嬉し涙が滲みません」
「ほう?」
「10枚2600円で提示します。1枚260円」
「成程ね。で、他に色があるようだが。白なら他社でも扱うぞ?」
隙がない、
「女性客用に濃いピンク、マゼンダも考慮しました。花のように可愛らしいと存じます」
「面白いね。男性客は困惑するだろうに」
「華やかな場です、幸せを意図する色と思いましたが」
「……幾らで提示だ」
「表面PP加工にエンボスで仕上げました、10枚8400円で提示します」
「落とせ」
「7420円、ここが際です」
「白のPP加工を7千、マゼンダを2万8千で初回納品しろ。追加納品に備える事だ。婚礼行事だからな、待たないぞ、指示が出たら持参しろ。全国店舗からの受注には即、対応だ。即日出荷、いいな?」
「マゼンダ、ですか?」
白の花柄ではなく、か。
意外だ、ご自分でも、来賓客に添う白を押したはず。
「呆ける辺りが、また面白いな、きみは。疳高い視点を持っているんだぞ。流石に、私でもこの強烈なピンク色は織り込みがなかった」
え?
「きみは覇気があるのに自信が今一つないのか? これは誰かを連想させるぞ。大事なものを守るとき、先を見据えないか。幸せにしたい、その時の色は何だ」
白、ではなく。甘い色が浮かぶが、

「幸せの色は時を越えても全例墨守で表現される。甘美な夢だ。経庭だ」



「今一度問う。上京課長補佐とは、きみの何だ?」
「大事です。同期入社で偶然出会いましたが、惚れました。ご存知ですよね、お話しました」
何をいまさら、
「真誠真実かな」
「は、」
「そうは見えないぞ、生田莞部長補佐」
「まさか、あいつを軽んじてますか! あなたが例え大企業の幹部、そして自分を導いて下さった恩人でも許しません! 上京は元稼ぎ頭です、弊社の看板です、あなたに蔑まれる覚えはありません!」
「ほう?」
「まだ言わせますか、都築部長! 自分は上京の件は絶対に退きませんからね」

「生田莞部長補佐。大事・と発言したが、今、その肝心なものは何処に居るのかな」
は?
「販促部、ですが?」
「きみの腕の中に居ないようだが、いずこに置いて来た。そんな無思慮な男なら私の勘定違いか。私を失望させるな。守ると言い切った。その漢気を誇示せよ」

何が言いたいんだ。

「百合の香りが漂うが、上京課長補佐の姿と似通う」
「どういう事でしょうか、」
「花言葉くらい検分。純潔だ、きみしか見てないぞ。カサブランカなら高貴。きみの事だ。敬い、支えているぞ。そこにもしもピンクの百合があれば虚栄心だ。安閑としていないか、彼は」

一気に力が抜けた。検索すら後回しにした己の油断が許せない。

「きみは無意識に濃いピンクのカバンを提示した。心の奥底に沈めた想いを早く引き上げたまえよ。また呼ぶ、その際には爽快な顔で挑め。百合のように長時間の育成を要する部長補佐」



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